やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

文字の大きさ
29 / 53

第29話

しおりを挟む
 京哉が自室に籠城して二十時間近くが経過していた。それを知ったオルファスも無理に外出したいとは言い出さなかった。だがそれよりも京哉である。

 ノックし、チャイムを鳴らすたびに返事はするので中で倒れている訳でもなく、それだけに却って本人の意思を無視して強引に開けることもできない。しかし朝食と昼食も抜きでもう夕食の時間だ。それでも籠城を続ける京哉に霧島も苛立ちを隠せなくなっていた。

 今枝やメイドたちも心配を募らせ、インターフォンに声を掛けては促すのだが、頑として京哉は、「放っておいて下さい」と「大丈夫です」を繰り返すばかりである。
 御前までが出てきて声を掛けたが同じことで、いい加減に霧島はキレかけた。

「京哉、出てこい! 幼稚な子供じみた真似は止せ!」
「放っておいて下さいと言っているでしょう!」
「ここにいる皆がお前を心配しているんだぞ。家族同然の者たちにすまないと思わんのか?」

「それより貴方はオルファスに謝ったんですか?」
「それとこれとは別問題だろう!」
「別でも何でも構いません。僕は貴方が謝るまでここから出ない、それだけです!」

 そこからは同じ会話のループとなる。互いに頑固と知っているだけに厄介だった。そこで今枝がドアのマスターキィを持ってくる。渡されたキィを手に霧島はドア越しに怒鳴った。

「自分で出てこなければ強制執行するぞ! 恥ずかしい思いをするのはお前なのだからな!」
「強制執行したら、僕は貴方を許さない――」
「二十時五分、執行!」

 京哉の意志より京哉の躰だと思い、霧島は問答無用でロックを解除するとためらいなくドアを引き開けた。踏み入った霧島の背後から皆がドドドッと続く。悲痛な声が響いた。

「だめです、部屋から出て! みんなにうつっちゃう!」

 ベッドで上体を起こしたパジャマ姿の京哉に霧島は声を失くして駆け寄る。京哉があまりに憔悴していたからだ。単純に食事まで抜いて籠城したからだとは思えないほど酷く力ない表情で目の下にどす黒いクマを作り、声も嗄れた京哉は霧島に抱き締められる。

「あああ、忍さん、離れて下さい……僕、間違いなくインフルエンザですう……」

 霧島との諍いと高熱で混乱し上手く説明する能力すら蒸発してしまった京哉の目論見は崩れ去った。待機していた医師命令で皆がうがいと手洗いに走り散ってゆく中、霧島は殴りつけたい思いと愛しく切ないような想いを抱えて京哉の汗に濡れた髪を撫でる。
 もう京哉も霧島を拒否せず諦めてウイルスを共有することにしたらしい。

「すみません、忍さん。ご心配をおかけしました……ゴホッ、ゲホッ!」
「やはり声も酷いな。だが本当に子供のような真似をしてくれるな」
「何だかぼーっとして他に何にも方法を思いつかなくて……ゲホゲホゲホッ!」

「病人が飯も食わずにいてどうする。こじらせたらまた肺炎だぞ?」
「分かっていたんですけど、忍さんだけには感染させたくなくて……ゲホッ、でも途中から本当に訳が分からなくなってきちゃって……ゴホゴホッ!」

 赤い頬に霧島が触れると京哉は燃えるように熱かった。ナイトテーブルに置かれていた救急箱から体温計を出して熱を測らせると、四十度二分もあって霧島は眉をひそめる。

「すぐに医師が点滴を持ってくるだろうから、それまでの我慢だ」
「それと鎮痛剤もお願いします。関節が痛くて眠れなくて……ゴホゲホゲホッ!」

 救急箱の解熱鎮痛剤は飲んでしまったらしく空箱が入っていた。自分でどうにかできる事態でないのは明らかなのに、霧島一人にうつしたくないばかりに独り耐えていたのだ。
 横になった細い躰を毛布の上から抱き、京哉の熱を切なく感じる。

 まもなく医師と看護師がマスクをしてやってきて診察を始めた。簡易検査でA型インフルエンザと確定し、まずは鎮痛剤が処方されて京哉はグラスの水で飲み下す。
 霧島と再び横になった京哉に医師がパキパキと申し付けた。

「言わずもがなですが、鳴海さまにはこの部屋での籠城を続行して頂きます。そして接触した忍さまにおかれましても、この部屋からお出になりませぬよう。宜しいですね?」

 医師が喋っている間に京哉は左腕に点滴をセットされる。白い細腕が痛々しく霧島はまた切ない想いに駆られた。いつまでこの想いを抱えていたらいいのか訊く。

「どのくらいで治るんだ?」
「現在はインフルエンザの治療薬も良いものが数種類ありますから。しかしこれは発症して四十八時間以内に使い始める薬が殆どです。いつ頃から症状が現れたのか分かりませんが、治療が遅れた事実からして薬が効かない可能性があるのも否めません。ですから長ければ一週間は掛かる覚悟をしておいて下さい」

「分かった、そうしよう」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

【完結】結界守護者の憂鬱なあやかし幻境譚 ~平凡な男子高校生、今日から結界を繕います~

御崎菟翔
キャラ文芸
​【平凡な高校生 × 妖従者たちが紡ぐ、絆と成長の主従現代和風ファンタジー!】 ★第9回キャラ文芸大賞エントリー中! 「選ぶのはお前だ」 ――そう言われても、もう引き返せない。 ​ごく普通の高校生・奏太(そうた)は、夏休みのある日、本家から奇妙な呼び出しを受ける。 そこで待っていたのは、人の言葉を話す蝶・汐(うしお)と、大鷲・亘(わたり)。 彼らに告げられたのは、人界と異界を隔てる結界を修復する「守り手」という、一族に伝わる秘密の役目だった。 ​「嫌なら断ってもいい」と言われたものの、放置すれば友人が、家族が、町が危険に晒される。 なし崩し的に役目を引き受けた奏太は、夜な夜な大鷲の背に乗り、廃校や心霊スポットへ「出勤」することに! ​小生意気な妖たちに絡まれ、毒を吐く蛙と戦い、ついには異世界「妖界」での政変にまで巻き込まれていく奏太。 その過程で彼は、一族が隠し続けてきた「残酷な真実」と、従姉・結(ゆい)の悲しい運命を知ることになる―― ​これは、後に「秩序の神」と呼ばれる青年が、まだ「ただの人間」だった頃の、始まりの物語。 ​★新作『蜻蛉商会のヒトガミ様』 この物語から300年後……神様になった奏太の物語も公開中! https://www.alphapolis.co.jp/novel/174241108/158016858

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。 世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。 しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。 入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。 彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。 香織は、八重の親友。 そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。 その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。 ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。 偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。 「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。 やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。 その中で、恋もまた静かに進んでいく。 「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。 それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。 一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。 現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。 本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...