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第30話
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あとは数種類の治療薬でも吸入薬を処方された。使用法を説明して医師と看護師は一旦去り、入れ替わりにチャイムが鳴って、これもマスクをしたメイドが夕食の載ったワゴンを押して現れる。今枝の姿がないのは医師の命令によるものだろう。
ワゴンごと夕食を置いたまま一礼したメイドに訊くと、御前はA型インフルエンザまでは皆と共有したくないらしく、真っ先にこの保養所から出て本家に逃げ帰ったらしい。
「手を煩わせてすまん、仕事に戻ってくれ」
二人きりになると、まずはずっと食べていなかった京哉にリゾットを冷ましつつ「あーん」してやる。高熱ながら腹を空かしていた京哉は霧島の思いやりが嬉しくてリゾットを完食してみせた。そのあと薬を処方通りに使い、鎮痛剤も効いたかウトウトし始める。
そんな京哉の寝顔を眺めながら霧島は自分の食事を三分で片付けた。そうしてワゴンを廊下に出し、ドアロックをして戻ると、毒食らわば皿までというつもりで京哉からソフトキスを奪う。潤んだ目を見開いた京哉は咄嗟に右手で自分の口を塞いだが、もう遅い。
「だがちゃんとしたキスはまだできん。京哉、早く治してくれ」
「ゲホッ……分かってますけど、治った頃には忍さんが熱発患者ですよ?」
「私の体力を舐めるなと前にも言った筈だ。そんなものは一日で治してやる」
「でも、こんなにつらい思いは、貴方にさせたくないんです」
「私も同じことを考えているのを忘れないでくれ」
「はい。でも忍さんってば怖い顔して、桜木さんだってわざと置き土産した訳じゃないんですから、次に会っても紅茶に塩を混ぜたりなんて仕返ししちゃだめですよ」
目のふちを赤くして訴える京哉は堪らなく色っぽかった。けれど今はのしかかる訳にもいかず、霧島はヒマと情欲とを持て余してバスルームを使うことにする。
だがやはり京哉が心配で十分と掛からずバスタイムを終了してしまい、今度は京哉の躰を拭いてやろうと思い立ってパジャマの袖を捲り上げた。熱い湯で絞ったバスタオルをふたつ作る。
過去の特別任務で二人は何度も撃たれ骨折したことさえあった。霧島が骨折した時には京哉がこうして甲斐甲斐しく世話をし、京哉が骨折した時は霧島も却って愉しんで京哉の面倒を見ていたものである。
数ヶ月前の出来事を思い出しながら熱いバスタオルを手に部屋に戻ると、エアコンの温度設定を上げておいて京哉に声を掛けた。
「おい、京哉。躰を拭くからな」
「そんなことまでさせて、ゲホッ……すみません」
「互いに慣れている、気を遣うな」
毛布を剥がすと点滴の効果か湯気が立つほど京哉は汗をかいていた。パジャマのボタンを外し背を支えて袖を抜かせる。下衣も脱がせると京哉は僅かに身を震わせた。
顔から拭き始めて首筋から肩へとバスタオルを滑らせてゆく。なるべく寒い思いをさせないよう手早くだが優しく拭いた。しかし白くきめ細かな肌を拭いているうちに京哉が吐息を乱れさせる。やがては身を捩るのを押さえつけて拭くことになった。
「京哉、大人しく拭かれてくれ」
「んっ、だって……ああん、やだ!」
「嫌じゃない、肌を清潔にして汗を出さんと熱も下がらんぞ」
言いつつも心して涼しい顔を保った霧島は、勃ち上がりきった京哉の熱く硬いものを見て、少々可哀相だったかと思う。だがそれにもバスタオルを巻きつけた。丁寧につま先まで拭いてしまうと京哉の身を返してうつ伏せにさせ、また上から順に拭いてゆく。けれど後ろを押し開いて拭こうとすると、京哉はビクリと身を揺らした。
「ちょっ、あっ……んっ、だめ――」
「変な声を出すんじゃない、すぐ終わるからそのまま寝ていろ」
などと言ってはみたが、自分でも可笑しくなるくらい声が硬い。そんなことを思っている間に京哉はベッドの上で這い逃げようとしている。本当に鎮痛剤が効いて関節痛も一時的に治まっているようだったが、小柄な身の抵抗をいなすのは霧島にとって容易だった。
「やだ、ああん……やめ、自分で拭きますから!」
「一人で飯も食えん熱発患者が、何を言っている」
だが京哉の白い肌が全身桜色に染まったのは熱のせいではないだろう。霧島の指先にはとっくに京哉の羞恥が伝わっていた。
横を向いた京哉は諦めたか抵抗をやめ、ベッドに身を沈ませている。身動きを止めた京哉を納得するまで拭いてしまうと、霧島はバスタオル二枚を洗面所の洗濯乾燥機に放り込んだ。
戻ると京哉に新しい下着とパジャマを着せようとして、京哉が身動きひとつせず固まったままなのに気付く。目も固く瞑ったまま、呼吸しているのかすら分からない静かさだ。
「京哉……おい、京哉?」
急激に霧島の中に不安が湧き上がり、恐る恐る手を伸ばした。その手をふいに京哉が掴む。点滴を繋いだ腕で意外なほど力強く引かれ、思いがけない京哉の挙動に誘われるまま霧島はふらりとベッドに上がりかけた。
上体を起こした京哉は長身の胸にぶつかるように抱き縋る。見上げてきた黒い瞳と灰色の目の視線が絡み、次には深く濃くキスを交わしていた。
インフルエンザがうつるなどということは既に霧島の頭になく、舌が届く限り京哉の口内を蹂躙し、唾液をせがんでは飲み干す。絶妙なテクニックで舌先を蠢かせて京哉をうっとりさせ、次には叫ばせた。
「んんぅ……んっ、ん……んんっ、はあっ! 忍さん、酷いですよ」
「私がお前に何かしたのか?」
「分かってるくせに。あんな風にしておいて我慢させるなんて」
「躰を拭くたびに、その気になっていたら身が保たんぞ?」
「昨日の晩の答えです、貴方が欲しい」
「お前こそ、相当な土鍋性格だな」
「似たもの夫婦というヤツでしょう」
微笑み合った目に互いの情欲を見て退けるラインを越えたのが分かった。
ワゴンごと夕食を置いたまま一礼したメイドに訊くと、御前はA型インフルエンザまでは皆と共有したくないらしく、真っ先にこの保養所から出て本家に逃げ帰ったらしい。
「手を煩わせてすまん、仕事に戻ってくれ」
二人きりになると、まずはずっと食べていなかった京哉にリゾットを冷ましつつ「あーん」してやる。高熱ながら腹を空かしていた京哉は霧島の思いやりが嬉しくてリゾットを完食してみせた。そのあと薬を処方通りに使い、鎮痛剤も効いたかウトウトし始める。
そんな京哉の寝顔を眺めながら霧島は自分の食事を三分で片付けた。そうしてワゴンを廊下に出し、ドアロックをして戻ると、毒食らわば皿までというつもりで京哉からソフトキスを奪う。潤んだ目を見開いた京哉は咄嗟に右手で自分の口を塞いだが、もう遅い。
「だがちゃんとしたキスはまだできん。京哉、早く治してくれ」
「ゲホッ……分かってますけど、治った頃には忍さんが熱発患者ですよ?」
「私の体力を舐めるなと前にも言った筈だ。そんなものは一日で治してやる」
「でも、こんなにつらい思いは、貴方にさせたくないんです」
「私も同じことを考えているのを忘れないでくれ」
「はい。でも忍さんってば怖い顔して、桜木さんだってわざと置き土産した訳じゃないんですから、次に会っても紅茶に塩を混ぜたりなんて仕返ししちゃだめですよ」
目のふちを赤くして訴える京哉は堪らなく色っぽかった。けれど今はのしかかる訳にもいかず、霧島はヒマと情欲とを持て余してバスルームを使うことにする。
だがやはり京哉が心配で十分と掛からずバスタイムを終了してしまい、今度は京哉の躰を拭いてやろうと思い立ってパジャマの袖を捲り上げた。熱い湯で絞ったバスタオルをふたつ作る。
過去の特別任務で二人は何度も撃たれ骨折したことさえあった。霧島が骨折した時には京哉がこうして甲斐甲斐しく世話をし、京哉が骨折した時は霧島も却って愉しんで京哉の面倒を見ていたものである。
数ヶ月前の出来事を思い出しながら熱いバスタオルを手に部屋に戻ると、エアコンの温度設定を上げておいて京哉に声を掛けた。
「おい、京哉。躰を拭くからな」
「そんなことまでさせて、ゲホッ……すみません」
「互いに慣れている、気を遣うな」
毛布を剥がすと点滴の効果か湯気が立つほど京哉は汗をかいていた。パジャマのボタンを外し背を支えて袖を抜かせる。下衣も脱がせると京哉は僅かに身を震わせた。
顔から拭き始めて首筋から肩へとバスタオルを滑らせてゆく。なるべく寒い思いをさせないよう手早くだが優しく拭いた。しかし白くきめ細かな肌を拭いているうちに京哉が吐息を乱れさせる。やがては身を捩るのを押さえつけて拭くことになった。
「京哉、大人しく拭かれてくれ」
「んっ、だって……ああん、やだ!」
「嫌じゃない、肌を清潔にして汗を出さんと熱も下がらんぞ」
言いつつも心して涼しい顔を保った霧島は、勃ち上がりきった京哉の熱く硬いものを見て、少々可哀相だったかと思う。だがそれにもバスタオルを巻きつけた。丁寧につま先まで拭いてしまうと京哉の身を返してうつ伏せにさせ、また上から順に拭いてゆく。けれど後ろを押し開いて拭こうとすると、京哉はビクリと身を揺らした。
「ちょっ、あっ……んっ、だめ――」
「変な声を出すんじゃない、すぐ終わるからそのまま寝ていろ」
などと言ってはみたが、自分でも可笑しくなるくらい声が硬い。そんなことを思っている間に京哉はベッドの上で這い逃げようとしている。本当に鎮痛剤が効いて関節痛も一時的に治まっているようだったが、小柄な身の抵抗をいなすのは霧島にとって容易だった。
「やだ、ああん……やめ、自分で拭きますから!」
「一人で飯も食えん熱発患者が、何を言っている」
だが京哉の白い肌が全身桜色に染まったのは熱のせいではないだろう。霧島の指先にはとっくに京哉の羞恥が伝わっていた。
横を向いた京哉は諦めたか抵抗をやめ、ベッドに身を沈ませている。身動きを止めた京哉を納得するまで拭いてしまうと、霧島はバスタオル二枚を洗面所の洗濯乾燥機に放り込んだ。
戻ると京哉に新しい下着とパジャマを着せようとして、京哉が身動きひとつせず固まったままなのに気付く。目も固く瞑ったまま、呼吸しているのかすら分からない静かさだ。
「京哉……おい、京哉?」
急激に霧島の中に不安が湧き上がり、恐る恐る手を伸ばした。その手をふいに京哉が掴む。点滴を繋いだ腕で意外なほど力強く引かれ、思いがけない京哉の挙動に誘われるまま霧島はふらりとベッドに上がりかけた。
上体を起こした京哉は長身の胸にぶつかるように抱き縋る。見上げてきた黒い瞳と灰色の目の視線が絡み、次には深く濃くキスを交わしていた。
インフルエンザがうつるなどということは既に霧島の頭になく、舌が届く限り京哉の口内を蹂躙し、唾液をせがんでは飲み干す。絶妙なテクニックで舌先を蠢かせて京哉をうっとりさせ、次には叫ばせた。
「んんぅ……んっ、ん……んんっ、はあっ! 忍さん、酷いですよ」
「私がお前に何かしたのか?」
「分かってるくせに。あんな風にしておいて我慢させるなんて」
「躰を拭くたびに、その気になっていたら身が保たんぞ?」
「昨日の晩の答えです、貴方が欲しい」
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