やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

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第36話

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 しぶしぶ京哉はマグカップにインスタントコーヒーを淹れ、キッチンの椅子に着席したオルファスに押しやった。そこで三人は夜食のサンドウィッチをモサモサ食す。

「今晩中に保養所に戻るぞ」
「分かってます。また部屋を吹き飛ばされるのは勘弁ですからね」
「だが護りを固めすぎていても敵は姿を現さんのではないか?」

 口を挟んだオルファスを二人は見つめた。こっそり戻ってきた闖入者は続ける。

「そなたたちもいい加減に敵を見極めたいだろう?」
「それは今現在、県警SATと組対に捜一が総力を挙げてやってますよ」

 既にオルファスを狙った犯罪は明らかにされたのだ。極秘事項でも何でもなくなっている。つまりは自分たち二人だけが秘密裏にSPとして就き、本ボシを炙り出さんとわざわざ危険に身を晒すこともないのである。

「だからこそ俺は内緒で戻ってきたのだ。またSPに囲まれるのは鬱陶しいからな」
「けど表を練り歩く訳にはいかないんですよ、分かっているんですか?」

 そう言って京哉はリビングのTVを点けに行く。ニュースに合わせると首相同席のパーティーで主催者のオルファス=ライド四世が狙撃され、更にはSPが発砲し負傷者まで出た事実がセンセーショナルに報道されていた。勿論オルファスの写真がアップで映し出されている。

 これでは狙いやすすぎる上、一般人に巻き添えを出す危険もあった。

「う……仕方ない、ほとぼりが冷めるまで暫くは保養所内にいてやろう」

 偉そうに宣言したオルファスは眠たそうに大欠伸した。

「ふあーあ。夜は眠らなければならん。保養所につれて行くのだ」

 溜息をついて京哉はカップを片付ける。霧島はずっと黙ったまま眉間に不機嫌を溜めていて京哉も当たらず触らずだ。
 エアコンとTVに電気ポットの電源を切ると、三人して部屋を出て月極駐車場に向かった。

◇◇◇◇

 何事もなさ過ぎてオルファスが我慢できなくなったのは保養所生活三日目だった。

「鳴海、霧島、何処でもいいからつれて行け!」
「リンドル王国の王宮にならつれて行ってあげますよ」
「そなたも共に皇子宮に留まるのなら一緒に……痛たた、霧島、何をする!」

 昼食の箸が二連打で飛んできて頭にヒットし、オルファスは箸を投げ返したが霧島は綺麗に避ける。だがこの膠着状態をどうにかしないと皇太子さまが帰ろうとしないのは事実だった。確かに獅子身中の虫を抱えているのを知っていながら帰りたくはなかろう。

 しかし京哉たちも自ら命をすり減らすようなスリルは好まない。

「では、取り敢えず今日は船を出して釣りだ」
「うむ。海か、構わんぞ。宜しく準備せよ」

 傍に控えていた今枝が一礼し、メイドを残して船の準備をするために去る。食事を終えて京哉と霧島も着替えるため京哉の部屋に戻った。セーターまで着込んで銃を吊る。スペアマガジンなども着けてダウンコートを着ると京哉はDSR1のハードケースを提げた。
 DSR1は整備して338ラプアマグナム弾も満タン、ケースに予備弾も入っている。

 ロビーに降りるとオルファスはもう待機していた。

 おやつの入ったバスケットをオルファスが抱え、黒塗りに乗り込んで三人は貝崎マリーナに向かう。真冬の寒さながら本日も好天でマリーナは利用客が多かった。
 ガラス張りの瀟洒なヨットハウスにも人々が出入りしている。駐車場に黒塗りを置き、バスケットだのハードケースだのを提げてマリーナの突端へと歩いた。

「今日もエキドナ号でいいんですよね?」
「ああ。命が大事な皇太子さまにおかれては、滑って転んで頓死しないよう気を付けて乗ってくれ」

 乗り込んで霧島と京哉は、また侵入者がいないかどうか二階の寝室まで点検する。そして京哉がもやいを解いた。ガラガラというアンカーを巻き上げる音を聞きながら操舵室へと走る。オルファスと共に霧島の見事な操舵を眺めた。
 沖堤防を避けるまで見守り、キャビンを通って甲板に出ると釣り道具の準備をして厨房の冷蔵庫の中身までチェックする。

 やれることをやってしまうと操舵室に戻って霧島の傍に立った。

「今のところはどの船からも狙える距離じゃなくて安心ですね」
「おやつのサンドウィッチに穴を開けられるのは勘弁だからな」
「組対と捜一は柏仁会へのガサ入れに向けて動いているんですよね?」

「今は証拠固め中だろう。オルファスが海遊びで我慢しているうちにさっさとガサ入れして本ボシの名を挙げて欲しいものだ。ところで当のオルファスはどうした?」
「キャビンでビールを飲みながら魚の図鑑眺めてます。どれを釣るのか選ぶとかで」

 暢気な皇太子さまを乗せたエキドナ号は、沖に出てもどの船からも距離を取って約一時間後にアンカーを降ろす。まず三人はサビキ釣りで釣り糸をポチャンと垂れた。
 小アジを何匹か釣ると、エアレーションしたバケツの中で泳がせておいて、次にその生きた小アジを針に付けて大物を狙う。最初に獲物が掛かったのはオルファスの竿だった。

「おお、これはすごい! 大した手応えだ、誰かタモを持て!」

 そうして釣り上げたのは立派なヒラマサである。京哉は手を叩いて称賛した。

「すごいすごい、最初からそんなの卑怯かも! それに美味しそう!」
「まさにビギナーズラックというヤツだな」
「厨房のシェフに頼んで、そなたたちにも分けてやるから安心せよ」

 頼まれて京哉はブログ用の画像を撮ってやる。満面の笑みで魚を抱いたオルファスは画像をチェックして早速アップロードし、霧島が大物を活け締めしてやった。

 三時間ほど釣りを続行したが最初にオルファスが釣った以上の大物は掛からず、おやつタイムにする。キャビンでバスケットの中身をロウテーブルに出した。ポットの中身は熱い紅茶、あとは野菜サンドにスコーンやタルトなどが並び、立派な茶会の準備が整う。

 行儀良く手を合わせて獲物の調理法などというネタを話題に茶を味わった。
 ゆったりした時間を過ごして甲板に出てみるともう日没である。真冬の白い日が沈んでゆくのを見ながらまた釣りにいそしみ、十八時頃になって釣り道具を片付けた。

 結果としてヒラマサの他に真鯛やヒラメといった高級魚が大漁で、この後の食卓が愉しみだった。だがオルファスは惜しがる。

「夜釣りなら、もっと大物が釣れるのではないのか?」
「でも晩ご飯の用意もしてないし、せっかく釣った魚の鮮度も落ちますからね」
「そうか、ならば仕方あるまい。本日は帰るとしよう」
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