やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

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第43話

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「酷い声だな、無理に喋るな。今、水を持ってくる」

 湯呑みの水を口移しで飲ませると、一杯を飲み干して京哉は溜息をついた。

「謝ったりしないで下さいね、あんなに良かったんですから」

 年下の恋人に先手を打たれたが貰ったのは嬉しい言葉で、霧島は微笑むのを止められない。久々でかなり酷い攻め方をした筈なのに、年下のパートナーは優しすぎる。

「どうする、何れにせよ宿泊料金は払ってあるが」
「えっ、休憩コースじゃないんですか?」
「そうか、京哉お前もラブホテル経験者か」
「う……でもたった二回だけです! それも七年以上も前のことですからね!」

 墓穴を掘った京哉を霧島もまさか責めたりはせず、ただ、なるほど高校生でやるな、などと思っただけだった。微笑んだまま、高校生の京哉を思い浮かべて頬を赤くした年下の恋人を余計に愛しく感じる。ベッドに上がり直すと、さらりとした髪を梳いてやった。

「で、どうするんだ。泊まるか、帰るか?」
「勿体なくも悪いんですけどやっぱり帰りたいです。もう十日以上もマンションの僕らの部屋で寝てないですから。明日は金曜だし出勤もしなきゃだし。だめですか?」

「だめでも悪くもないが、無理して出勤することはないからな」
「小田切副隊長がどれだけ書類の督促メールを溜めてるか、賭けてもいいですよ?」

「分かった。だがそうなると殆ど寝るヒマはないぞ」
「わ、午前四時前、どれだけヤラかして……じゃなくて! 早く帰りましょう!」

 焦り出した京哉だったが、あれだけのことをしたあとでまだ足腰が立たない。シャワーも着替えも移動も運転も全面的に霧島頼みとなる。けれど霧島は非常に愉しそうに甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるので京哉も邪魔しない。

 保養所に着いたのが五時過ぎで、気を利かせた今枝がシェフの一人に作らせた朝食の包みを持たせてくれる。そうして愛車の白いセダンに乗り換え、マンションの部屋に辿り着いたのは六時半だった。徹夜になってしまったがそれくらいでへばっていては警察官など務まらない。所轄刑事課経験者の京哉もそういう面ではタフだった。

 手洗いとうがいをしキッチンのテーブルで包みを開けるとおにぎりが六つとタッパーウェアのおかずだった。早速電気ポットの湯でティーバッグの玄米茶を淹れ頂く。

「あ、この照り焼きってもしかしてオルファスが釣ったヒラマサかも」
「おそらくそうだろう。さすがに旨いな」

 あっという間に全部食べてしまい食後は眠気覚ましに濃いインスタントコーヒーを飲みながら京哉は換気扇の下で煙草タイムだ。二本吸うと満足してTVニュースを見ている霧島の許に行く。するとニュースで『警察官自宅ロケット砲銃撃事件』の教唆容疑で柏仁会会長の槙原省吾を組対の薬物銃器対策課が昨夜逮捕したと報じていた。

「わあ、組対・薬銃課長の箱崎警視もやりますね」
「また『自分が主犯』とチンピラが次々立候補するのは目に見えているが、な」
「でも検察送致も入れて勾留延長の二十三日間は僕らも安心して眠れますよ」

「一時的だが休暇には違いないか。だったら今日も休んで……なあ、いいだろう?」
「良くありません! さあ、出勤しますよ、出勤!」

 年上の男が灰色の目を潤ませ赤くしているのは非常にそそられたが、流される訳にはいかない。足腰も回復した京哉は霧島を追い立て部屋を出るとドアロックする。

 月極駐車場でジャンケンし、負けた京哉がステアリングを握った。

 時刻は七時半、時間的に通勤ラッシュにぶち当たるのは必至だが定時の八時半までには辿り着けるだろう。機捜隊員は二十四時間交代という過酷な勤務体制で、ここでは三班に分かれてローテーションを組んでいるが、機捜隊長と副隊長にその秘書は内勤が主で代わりがいないため、定時出勤・定時の十七時半退庁という日勤である。

 住宅街から街道に乗り、バイパスを走って白藤市内に入った。
 ここからは渋滞している表通りをまともに走っては遅刻する。そこで京哉は霧島から伝授された機捜流運転術で裏通りに入り込み、普通なら選ばないような細い小径や一方通行路を駆使して渋滞を避け、八時二十二分には県警本部庁舎裏の関係者専用駐車場に白いセダンを駐めた。
 
 ホッとして助手席に声を掛けようとして一瞬ためらう。
 珍しくも助手席で霧島が居眠りをしていたのだ。だが放置もできない。

「忍さん、着きましたよ。起きて下さい」
「ん、ああ。起きている」
「嘘ばっかり。ヨダレ付いてますよ」

 手の甲で拭いながら降車した霧島と共に本部庁舎裏口から入り、階段を上って二階の左側一枚目のドアの前で一旦足を留める。京哉は霧島の締めたタイの歪みを直してやった。

「いいですよ、霧島警視」
「すまんな、鳴海巡査部長」

 ドアを開けると昨日から上番して今朝下番する二班の隊員と、本日上番の三班の隊員がいて結構な賑やかさだった。そこに二人の姿を認めた小田切が鋭い声を飛ばす。

「気を付け! 出張から無事戻られた隊長と鳴海巡査部長に敬礼!」

 皆が立ち上がって姿勢を正し、身を折る敬礼をした。霧島と京哉も同じく身を折って答礼。霧島隊長が隊員たちにひとこと述べる。

「たびたび不在をしてすまない。こうして戻ってきたので、また宜しく頼む」

 低く通る声で霧島が言うと、過去の特別勤務で押しつけられたオスの三毛猫ミケが二人の足に絡みつきながら「ニャー」と返事をして皆が笑う。本当はミケを買いたかった京哉だがマンションはペット禁止だったので、苦肉の策で二十四時間必ず誰か詰めている機捜につれてきたのだ。広いので却ってミケは居心地もいいようである。

 霧島隊長はデスクに就いた。京哉は給湯室に走ってお茶の準備をする。トレイに湯呑みを並べ茶を淹れて在庁している皆に配給すること三往復で熱い茶は行き渡った。
 だがその間ずっと皆が笑っているので何事かと思う。怪訝な思いで皆を見回すと副隊長立ち会いの許で交代したばかりの三班のお笑い担当・栗田くりた巡査部長が代表して言った。

「『誰だ、私の京哉の首筋に咬みついた奴は!』。そんなの隊長だけだっつーの!」

 低い声でのモノマネに皆が爆笑していた。京哉は恥ずかしくて堪らず、

「こっ、これはヒラマサに咬みつかれたんですっ!」

 などと訳の分からないことを叫んで、真っ赤な顔で給湯室に駆け込んだ。

 しかしいつまでも給湯室に籠城してはいられない。今度は猫好きの同志で当番表を作っているミケのエサとトイレのチェックだ。当番は上手く機能していたようで京哉は安堵する。
 そしてアルミの灰皿を給湯室から持ってくると自分のデスクに就いて煙草を咥えオイルライターで火を点けた。咥え煙草で恐怖のメールチェックである。

「あれっ、書類の督促メールが四通しか溜まってない、どうして?」
「俺様を舐めちゃいけないぜ、書類くらいチョロいさ」

 大仰に胸を張って見せる小田切を京哉と霧島は本気で称賛した。

「すごいすごい、小田切さんが真面目に仕事するなんてミラクルですよ!」
「いつ心を入れ替えた? どうせならその調子で一ヶ月に一度入れ替えるといいぞ」
「あんたらって、しみじみ酷い奴だな」
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