やんごとなき依頼人~Barter.20~

志賀雅基

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第44話

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 喋っている間に下番した二班の隊員らは帰って行き、三班の隊員らは警邏に出て行って詰め所は閑散とする。情報収集用に点けっ放しにしてあるTVの音声と、機捜本部の指令台に就いて捜査専務系無線で指示する三班長の佐々木ささき警部補の声だけが響いていた。

 小田切は頑張ってくれたがそれでも四通の督促メール案件と本日の仕事があるのは確かで、京哉は上司二人がオンライン麻雀などに嵌らないよう監視する。京哉自身は上司に任せておいては間に合わない書類の代書に忙しい。

 やがて昼になると京哉は立って昼飯休憩で戻ってきた隊員たちにまた茶を配り、仕出し弁当の幕の内を三つ確保して自分と上司のデスクに置いた。ここでは隊員の夜食も含めて一日四食全て近所の仕出し屋の幕の内と決まっている。迷うということを知らない霧島がそれしか注文しないからだ。

 ひととき書類作成の手を止めて京哉もネットニュースに目を通しながら幕の内を食べ始めた。そこで霧島のデスク上の警電が鳴る。デジタル表示をチラリと見て霧島が眉間にシワを寄せた。それで京哉も相手が分かる。

「はい、こちら機捜の霧島」
《昼時に悪いね。十三時に鳴海くんと小田切くんをつれてわたしの部屋に来てくれ》
「了解しました、本部長」

 それだけで警電は切れたが、三人は途端に味のしなくなった幕の内の残りを黙々と食った。食い尽くすと霧島は茶のおかわりを啜り、小田切と京哉は煙草を吸う。

 十二時五十分になると三人で席を立ち、佐々木班長に出てくる旨を告げてから十六階建ての最上階にある秘書室にまず顔を出した。一ノ瀬本部長に取り次いで貰ってから、隣の県警本部長室のドアに向かって霧島が低く張りのある声を掛ける。

「霧島警視以下三名、入ります」

 ドアを開けて紺色のカーペットに踏み出し、京哉は少しだけ安堵した。応接セットのソファには政府の役人も議員先生の秘書も自衛隊の幹部も座っていなかったからである。一ノ瀬本部長と組対・薬銃課長の箱崎警視だけが腰掛けていた。

「いやいや、忙しいのに悪いねえ。まずは座ってくれたまえ」

 三人掛けソファに霧島・京哉・小田切の並びで腰を下ろす。階級を無視した並びだが、他の組み合わせで座ると誰かは、いや、霧島が機嫌を悪くするので仕方ない。本部長も半ば面白がっている節があり、普段から何も文句は言わなかった。

 すぐに内扉から入ってきた制服婦警が紅茶を振る舞ってくれた。その婦警は現在五十名を超えた『鳴海巡査部長を護る会』の一桁ナンバー会員で、京哉に微笑みを投げてから去る。
 それでせっかく京哉と小田切が気遣った霧島の機嫌が悪くなったのを二人は察知したが、今更どうしようもない。

 お蔭で開口一番、霧島が一ノ瀬警視監に対して文句を垂れた。

「こちらは押しつけられた特別任務で不在ばかり、超過勤務で書類は勝手に溜まる。おまけに本日は週末です。忙しいと分かっているのなら用件を早く仰って頂きたい」

 慇懃無礼に鉄面皮でするすると霧島は言ってのけた。そんな霧島は午前中からエンジンが掛からずウダウダと報告書の一通も仕上げていないのだが京哉もバラさない。

 そこで一ノ瀬本部長の代わりに口を開いたのは箱崎警視だった。

「明日の検察送致で槙原省吾が釈放パイになりそうだ」
「何だと? 検パイだというのか?」

 灰色の目を煌かせた霧島が唸り、箱崎警視はやや仰け反りながらも頷いた。

「どうやら柏仁会のバックには強力な『何か』がいるらしい」

 通常は逮捕後四十八時間以内に被疑者は検察送致される。そこで検察官は被疑者を取り調べ、二十四時間以内に起訴するか勾留延長するか釈放するか決めるのだ。

 警察側がもっと取り調べが必要だと判断し検察に対し勾留延長請求して認められると、また被疑者は警察の留置場に戻り十日間の取り調べである。必要なら更に十日の延長で、つまり被疑者と警察は最長で二十二日間の付き合いとなるのだ。

 だが検察送致され検察官の取り調べにおいて『罪なし』とその場で判断されると、そのまま釈放となる場合も勿論あり、それを検パイというのである。

「『何か』とは何だ、そんなことでまともに聴取したのか!」

 鷹揚にも箱崎警視は態度を変えなかったが、失礼な物言いに京哉が霧島を肘で突いた。しかし箱崎警視との話はここまで、一ノ瀬本部長が箱崎警視に退室を命じる。この先は『知る必要のないこと』と心得た箱崎警視はさっさと本部長室を辞した。

「問題はここからだ。箱崎くんの言う『何か』とは元暗殺肯定派という情報がある」

 京哉を陥れていた暗殺肯定派は瓦解し、霧島の企てで関わっていた全ての人間が一応は検挙された。だが検挙された全員が罪を認め罰せられた訳ではない。

 メディアに叩かれた霧島カンパニーも数ヶ月の株価暴落を経験し、議員辞職やサッチョウの『上』でも依願退職に追い込まれた者も多い。
 そんな中で訴追されて罪を償い蟄居する者、出直し選挙にチャレンジしている者など色々だが、逆を言えば政府与党の重鎮らなどは、職や議員を辞しただけで罪を償った気でいるのだ。

 その証拠として身内である霧島と部下の機捜に悪事を暴かれた霧島カンパニーの代わりに、これも大手だったミラード化学薬品をまたも暗殺肯定派が担ぎ出したという事実がある。

 だが結局はミラードも悪事がバレた上に、霧島カンパニーほど企業体としての体力がなかったため、消え去る運命となり同時に再び暗殺肯定派も瓦解したのだ。

 そういった話を暗殺反対派の急先鋒だった一ノ瀬本部長は、今まで何も聞かされていなかった小田切に聞かせるためにも語った。
 顔に『巻き込まれたくないです』と書いてあるような表情をしながらも、小田切は諦めたか真面目に聞いていた。
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