あなた♡おもちゃ~嘘から始まる、イケメンパティシエとの甘くて美味しい脅され関係~

ささきさき

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60:突発お泊りの弊害

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「昨日と同じ服……」

 と雛子が唸るような声色で呟いたのは、ラブホテルの一室にある鏡の前。
 蕩けそうな熱い時間と、その後のルームサービスによる盛大な酒盛りを終えて、ぐっすりと眠った翌朝。
 チェックアウトまで余裕を持ちつつも準備を終えて、改めて自身の格好を確認したうえで出た言葉である。

 元々、昨夜は夕食だけで終わらせる予定だった。
 どちらかが翌日に仕事がある時は食事だけと決めている。時間が早ければもう一軒寄ってお酒を飲む事はあるが、ラブホテルや颯斗の家に行くことはない。
 別れ際に颯斗が抱きしめて粘ってくることもあるが、それはもはや恒例行事のようなものだ。「明日は何時に出勤?」の質問とキスで彼は簡単に引いてくれる。

 昨夜もそうなるだろうと考えており、替えの下着も洋服も持ってこなかった。
 つまり、昨日と同じ服を着て出勤しなければならないのだ。季節柄、汗や汚れはそこまで気にならないが……。

「会社のひとに気付かれたらどうしよう……。なにか変に思われるかも」

 気になるのはそこである。
 仮にこれが後輩だったなら『彼氏のところに泊ったのかしら』ぐらいは思うかもしれない。問うのは野暮なので彼女が話し出すまでは口にはしないが、もしも会話に出て来たら「そうだと思った」ぐらいは言ったかもしれない。
 それはつまり、雛子がそう思われる可能性があるということだ。想像するだけで恥ずかしくなってしまう。
 だというのに颯斗は暢気なもので、椅子に座ってコーヒーを飲みながら「そうかぁ?」と間延びした返事をしてきた。

「考え過ぎだって。みんなそんな細かいこと気付かないだろ」
「颯斗は制服でしょ? 更衣室で着替えれば済むだろうからそう簡単に言えるのよ。私はそうはいかないの。ずっと着てるからバレる可能性も高いし」
「それなら会社に連絡して遅刻にしたらどうだ? 駅前の店で買ってそのまま着替えれば、午前中には出勤出来るだろ。一人じゃ寂しいなら俺も一緒に行って選んでやるけど」
「駄目。今日は商品写真の撮影に行かなきゃいけないの。大事な仕事なんだから」

 絶対にずらせないと雛子が断言する。それほどに重要な仕事だ。
 熱意が伝わったのか、颯斗が「頑張れよ」と笑った。


 ◆◆◆


 そんなやりとりを経て、出社してしばらく。
 幸い洋服のことを指摘されることはなく、安堵しながら出かける準備に取り掛かった。
 撮影に必要な書類、資料用に撮影するためのデジタルカメラ、メモ帳、スケジュール帳、その他諸々。入れ忘れはないか一つ一つ確認していく。
 鞄の内ポケットには颯斗がくれた名刺入れが入っており、きちんと名刺が入っていることも確認した。

「それじゃぁ行ってくるね。一応戻ってくる予定だけど、撮影が長引いたら直帰になるかも。そうなったら電話するから、パソコン落とすのだけお願いね」
「はぁい。ところで先輩、まだ時間は平気ですか?」
「時間? まだ上の人達も準備出来てないみたいだし、大丈夫だけど。どうしたの?」

 お茶をしながらのんびり話をするほどの余裕は無いが、かといって今すぐに慌てて出かけるほどでもない。一つ二つ話を聞くくらいなら出来る。
 いったい何があったのかと問えば、後輩が真剣な顔付きでじっと見つめてきた。

「私は良い後輩なので、先輩が昨日と同じ服で出社したことについては気付かないふりをすると決めました。けっしては口にはしません。良い後輩ですから」
「……ほんとに良い後輩だわぁ」

 ありがとねー、とまったく心のこもっていない声で返す。
 そうしてじろりと睨みつける。無言ながらに『言いたい事はそれだけ?』と視線に想いを乗せれば、察した後輩が「でもですね」と話を続けた。
 真剣な顔付きだ。何かあるのかと思わず雛子まで緊張し、ゴクリと生唾を飲んでしまう。

「さすがに首にキスマークをつけて撮影現場に行くのは、良い後輩と言えども見過ごせません。いえ、良い後輩だからこそ先輩に伝えます」
「嘘!? どこ! ファンデーション塗ったのに!」

 慌てて首を押さえ、見えないと分かっていても振り返ってしまう。もちろん自分の首を見る事は出来ない。
 悲鳴じみた声で「どうしよう!」と躊躇いの声をあげれば、後輩が真剣な表情から一転して楽しそうに笑いだした。

「ファンデーションは襟で擦れて落ちたんじゃないですか? 私スカーフ持ってきてるんで、それ巻いていきますか?」
「……貸してくれるの?」
「良い後輩ですから!」
「世界一の後輩だわ……!」

 首を押さえながら大袈裟に褒め称え、そのまま更衣室へと向かった。

 そうして後輩のスカーフを借りて首に巻く。
 更衣室に置いてある鏡で確認し、それだけでは足りないと手鏡を使って入念に己の体を確認する。二枚の鏡を利用して首筋や肩、項も確認すれば、その必死さが面白かったのか、背後で見守っていた後輩が楽しそうに笑った。

「どう、見えない? 大丈夫?」
「大丈夫ですよ、首のも項のも肩のもバッチリ隠れてます!」
「そんなに見えてたの!? やだもう……、隠しきれたと思ってたのに……!」

 情けない声で嘆けば、後輩の笑みが強まる。
 随分と楽しそうではないか。色々と聞きたいと爛々と光る瞳が物語っている。
 外出の予定が無ければ今日は一日質問責めだったろう。そう考えると今の雛子には撮影同行の予定はなにより有難かった。……といっても明日は二人とも事務所での仕事なので質問責めが一日ずれただけなのだが。
 更にはスカーフを借りた身で文句を言うことも拒否も出来ず、むしろ「この事は周りにはご内密に」と平身低頭頼み込むしかない。あぁなんて無力。

「分かってますって、言い触らしたりしませんよ。でももう夏の終わりの先輩の嘆きも聞くことが出来ないのかぁ……」
「風物詩みたいに惜しまないでくれる?」
「これからクリスマスの休みは要相談ですね。あ、でも今年のクリスマスは譲りますよ!」
「クリスマス?」
「そうですよ、最初のクリスマスなんだし彼氏と二人で過ごしてください」

 嬉しそうに話す後輩に、雛子は「そんな関係じゃない」と言いかけ……、すんでのところで言葉を飲み込んだ。
 颯斗とは恋人関係ではない。かといって体だけかと聞かれればそういうわけでもない。食事だけの時もあるし、二人でどこかに出かける事もある。メッセージでの連絡は毎日行っており、その会話から体だけとは誰も考えるまい。

 雛子自身どう説明すれば良いのか分からないのが正直なところだ。かといってキスマークをしっかり見られている以上、白を切ることも出来ない。
 それに下手な嘘を吐けばそこいらの男と一夜の関係を持つ女と思われる可能性もある。
 となると、ここは『彼氏』という明確な単語を避けつつも話を進めるのが得策だろう。そう考え、雛子は「安心して」と話を続けた。

「クリスマスは今まで通り休み取って平気だから」
「良いんですか? 彼氏と過ごせばいいのに」
「クリスマスが一年で一番忙しい人なの」

 だから、と明確なことは言わずに話をし、改めてスカーフの位置を直す。
「さ、頑張ってこようかな」と気合いを入れ直すのはそろそろ出発時間が近付いてきたからと、そしてこの話を終わりにするためだ。
 だが後輩はまだ気になっているようで、「クリスマスが一番忙しい……」と呟き、なにかに気付いたのかはっと息を呑んだ。

「もしかして……、サンタクロース……?」

 突拍子もないこの発言に、雛子は笑いながら更衣室を後にした。

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