裏稼業探偵

アルキメ

文字の大きさ
31 / 61
case5 夕幽奇譚

幕間 燃えて、消えて

しおりを挟む



 一、無人の音楽室でピアノが鳴る。

 二、体育館ロビーの鏡に幽霊が映り込む。

 三、雨の日、中庭の東屋の柱に霊からのメッセージが刻まれる。

 四、図書館には呪われた本がありそれを読むと死ぬ。

 五、夕暮れ時、南校舎の屋上に少女の霊が現れる。

 六、美術室の絵画『影の国』をずっと見ていると絵の中に引きずり込まれる。

 七、首なし用務員が夜の校舎をさまよう。

 ――これが、夕桜中央高校に伝わる七不思議。誰が、いつ考えたのかも知れない噂話。でも、こんなものを真面目に怖がる高校生なんてまずいない。ただ、話のタネとして面白がる程度のものだろう。はじめに考えた人だって、それくらいのつもりだったに違いない。

 それが……どうして。どうして、こんなことになってしまったの? ねぇ、優月……?

 ――夜。私は、自分の部屋で電話をしていた。

「お願い……お願いだから、本当のことを教えてよ……優月。なんで……火なんてつけたの……?」
『…………』

 電話の向こうの優月は、沈黙するばかりだった。今になっても信じられない。何かの間違いであると思いたい。よりによって優月が、どうしてあんなことを……?

 夏休み直前の七月十七日。学校の美術室から出火するという騒ぎがあった。火が消し止められたときには部屋は半焼、室内で保管されていた作品も殆どが燃え尽きてしまった。

 騒ぎの最中、教師たちへ「火をつけた犯人は自分だ」と名乗り出た人物がいた。それが……私の親友、水鏡優月だった。

 騒ぎを知った私が美術室の近くへ駆けつけたとき、野次馬たちの中に見つけた優月はただ一人、呆然と、燃え盛る炎を見つめて立っていた。……あのとき優月は、何を考えていたのだろう。

「黙ってないで……答えてよ……。優月……私、なんにもわかんないよ……」
『……もう、言ったでしょ』

 優月は普段の快活な喋り方とはとても似つかない、か細く疲れたような声で言う。

『火をつけたのは……あの不気味な絵を燃やすためだよ。あの七不思議を知ってからずっと、あたし、怖くて仕方なかったの。だからつい、やっちゃった。先生たちにだって、そう説明したよ』
「嘘よっ! そんなの嘘に決まってる!! だってそんな話、優月は笑ってたじゃない! そんなことするはずない……。だから、嘘……嘘って、言ってよぉ……!」

 携帯電話を握る手に、力が入る。大粒の涙が零れるのも構わず、椿姫は話し続ける。

「私たち二人の絵も……燃えちゃったんだよ……? 優月は……優月はそんなこと、しないもん……」
「っ…………ごめん。ほんとに、ごめんね」
「なんで……謝るのよ……そんなの、おかしいよ…………」

 優月の考えていることが、私にはまるでわからなかった。優月はきっと、何かを隠している……でも、どうして私に教えてくれないの?

『……椿姫ちゃん。あたし、明日引っ越すんだ。朝早くに』
「え……?」
『おばあちゃんち……お母さんの実家に住むことになったの』

 美術室への放火は警察には連絡せず内々で処理することになったらしいが、犯人とされた優月は、退学の処分を受けた。警察沙汰にはならなかったとはいえ、周囲からは好奇の目で見られることもあるかもしれない。それを避けるために、引っ越しを……?

『だからね……椿姫ちゃんとお話するのは、これで最後』
「えっ? ……な、なんで? どうして……!?」
『……ごめんね。でも……お互いのために、そうしたほうがいいと思うんだ』
「わかんない……わかんないよ……。優月は私のこと、嫌いになったの……?」
『っ……! そんな……そんなことないよ、椿姫ちゃん。椿姫ちゃんはあたしの……一番大切な、友達だよ?』

 電話越しの優月の声にも、嗚咽が混じり始めた。優月も泣いている。

「だったら……お願いだから、最後だなんて言わないで……! 私……優月がいたから、色んなこと我慢してこれたんだよ……? 優月がいないと私、なんにもできないの……臆病で弱くて……また、ひとりぼっちになっちゃう……そんなの、いやだ……」
『椿姫ちゃん……椿姫ちゃんは弱くなんてないよ。あたしがいなくても、きっと――』
「いや……いやぁ……そんなの、やだぁ! ひっぐ……嫌だ……嫌だよぉ……! お願い、だから……置いていかないでよぉ……!」

 涙も嗚咽も止まらなくて、自分でも何を言っているのかわからなくなってくる。

『……聞いて、椿姫ちゃん。あたしもね……大変なときはいつも、椿姫ちゃんの言葉で救われてきたんだよ。あたしの絵を描いてくれ始めたとき、あたしの怪我のことを心配してくれたよね。あのときは、すごく嬉しかった。他にもいっぱいあるけど……あたしがそういう気持ちでいたってこと、それだけは……覚えておいてね』
「優月……」
『もう、椿姫ちゃんの絵を見れないのは残念だけど……あたし、これからもずっと椿姫ちゃんの幸せを祈ってるよ。……じゃあね』
「待って、優月――」

 ……切れてしまった。こんなの……こんなのまるで、今生の別れみたいだ。また、ぼろぼろと涙が零れてくる。

「あっ……あぁ……あぁぁぁっ!!」

 私はベッドに突っ伏して、わけのわからないことを泣き叫んだ。目も鼻も喉も、痛くなるくらいに泣いて、泣いて、泣いて……それ以外に私は何も出来なかった。悪夢を見ているような気分だった。でもこれは……夢じゃない。

 ……こんなの……こんなのおかしい。何かが間違っている。誰の……誰のせいなの? 優月、誰のせいであなたは……。

 その後、何度も電話をかけ直した。でも――優月の電話には、もう二度と繋がることはなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...