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case5 夕幽奇譚
幕間 燃えて、消えて
しおりを挟む一、無人の音楽室でピアノが鳴る。
二、体育館ロビーの鏡に幽霊が映り込む。
三、雨の日、中庭の東屋の柱に霊からのメッセージが刻まれる。
四、図書館には呪われた本がありそれを読むと死ぬ。
五、夕暮れ時、南校舎の屋上に少女の霊が現れる。
六、美術室の絵画『影の国』をずっと見ていると絵の中に引きずり込まれる。
七、首なし用務員が夜の校舎をさまよう。
――これが、夕桜中央高校に伝わる七不思議。誰が、いつ考えたのかも知れない噂話。でも、こんなものを真面目に怖がる高校生なんてまずいない。ただ、話のタネとして面白がる程度のものだろう。はじめに考えた人だって、それくらいのつもりだったに違いない。
それが……どうして。どうして、こんなことになってしまったの? ねぇ、優月……?
――夜。私は、自分の部屋で電話をしていた。
「お願い……お願いだから、本当のことを教えてよ……優月。なんで……火なんてつけたの……?」
『…………』
電話の向こうの優月は、沈黙するばかりだった。今になっても信じられない。何かの間違いであると思いたい。よりによって優月が、どうしてあんなことを……?
夏休み直前の七月十七日。学校の美術室から出火するという騒ぎがあった。火が消し止められたときには部屋は半焼、室内で保管されていた作品も殆どが燃え尽きてしまった。
騒ぎの最中、教師たちへ「火をつけた犯人は自分だ」と名乗り出た人物がいた。それが……私の親友、水鏡優月だった。
騒ぎを知った私が美術室の近くへ駆けつけたとき、野次馬たちの中に見つけた優月はただ一人、呆然と、燃え盛る炎を見つめて立っていた。……あのとき優月は、何を考えていたのだろう。
「黙ってないで……答えてよ……。優月……私、なんにもわかんないよ……」
『……もう、言ったでしょ』
優月は普段の快活な喋り方とはとても似つかない、か細く疲れたような声で言う。
『火をつけたのは……あの不気味な絵を燃やすためだよ。あの七不思議を知ってからずっと、あたし、怖くて仕方なかったの。だからつい、やっちゃった。先生たちにだって、そう説明したよ』
「嘘よっ! そんなの嘘に決まってる!! だってそんな話、優月は笑ってたじゃない! そんなことするはずない……。だから、嘘……嘘って、言ってよぉ……!」
携帯電話を握る手に、力が入る。大粒の涙が零れるのも構わず、椿姫は話し続ける。
「私たち二人の絵も……燃えちゃったんだよ……? 優月は……優月はそんなこと、しないもん……」
「っ…………ごめん。ほんとに、ごめんね」
「なんで……謝るのよ……そんなの、おかしいよ…………」
優月の考えていることが、私にはまるでわからなかった。優月はきっと、何かを隠している……でも、どうして私に教えてくれないの?
『……椿姫ちゃん。あたし、明日引っ越すんだ。朝早くに』
「え……?」
『おばあちゃんち……お母さんの実家に住むことになったの』
美術室への放火は警察には連絡せず内々で処理することになったらしいが、犯人とされた優月は、退学の処分を受けた。警察沙汰にはならなかったとはいえ、周囲からは好奇の目で見られることもあるかもしれない。それを避けるために、引っ越しを……?
『だからね……椿姫ちゃんとお話するのは、これで最後』
「えっ? ……な、なんで? どうして……!?」
『……ごめんね。でも……お互いのために、そうしたほうがいいと思うんだ』
「わかんない……わかんないよ……。優月は私のこと、嫌いになったの……?」
『っ……! そんな……そんなことないよ、椿姫ちゃん。椿姫ちゃんはあたしの……一番大切な、友達だよ?』
電話越しの優月の声にも、嗚咽が混じり始めた。優月も泣いている。
「だったら……お願いだから、最後だなんて言わないで……! 私……優月がいたから、色んなこと我慢してこれたんだよ……? 優月がいないと私、なんにもできないの……臆病で弱くて……また、ひとりぼっちになっちゃう……そんなの、いやだ……」
『椿姫ちゃん……椿姫ちゃんは弱くなんてないよ。あたしがいなくても、きっと――』
「いや……いやぁ……そんなの、やだぁ! ひっぐ……嫌だ……嫌だよぉ……! お願い、だから……置いていかないでよぉ……!」
涙も嗚咽も止まらなくて、自分でも何を言っているのかわからなくなってくる。
『……聞いて、椿姫ちゃん。あたしもね……大変なときはいつも、椿姫ちゃんの言葉で救われてきたんだよ。あたしの絵を描いてくれ始めたとき、あたしの怪我のことを心配してくれたよね。あのときは、すごく嬉しかった。他にもいっぱいあるけど……あたしがそういう気持ちでいたってこと、それだけは……覚えておいてね』
「優月……」
『もう、椿姫ちゃんの絵を見れないのは残念だけど……あたし、これからもずっと椿姫ちゃんの幸せを祈ってるよ。……じゃあね』
「待って、優月――」
……切れてしまった。こんなの……こんなのまるで、今生の別れみたいだ。また、ぼろぼろと涙が零れてくる。
「あっ……あぁ……あぁぁぁっ!!」
私はベッドに突っ伏して、わけのわからないことを泣き叫んだ。目も鼻も喉も、痛くなるくらいに泣いて、泣いて、泣いて……それ以外に私は何も出来なかった。悪夢を見ているような気分だった。でもこれは……夢じゃない。
……こんなの……こんなのおかしい。何かが間違っている。誰の……誰のせいなの? 優月、誰のせいであなたは……。
その後、何度も電話をかけ直した。でも――優月の電話には、もう二度と繋がることはなかった。
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