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case5 夕幽奇譚
幕間 記憶の旅
しおりを挟む「ふっふっふ。これ、なにかわかるー?」
――優月の部屋。食事が一段落ついたところで、優月はクローゼットに隠していた大きな紙袋を取りだした。伸司は飲んでいたワインのグラスをテーブルに置く。
「なんだ、服屋の袋……?」
紙袋には有名ファッションブランドのロゴが入っている。優月はにこにこしながら、袋から“それ”を取りだした。
「じゃーん、誕生日プレゼント! これ、いいでしょー?」
優月が取りだしたのは、カーキ色のモッズコートだった。
「お、おお……これを俺に?」
「これから寒くなるし、ちゃんとした上着あったほうがいいでしょ? 伸ちゃんいっつも寒そうなかっこしてるから、心配だったんだ」
伸司は照れながら髪を掻く。
「なんか、わりぃなぁ。飯作ってもらって、プレゼントまで……」
「なに言ってんのっ。せっかくの誕生日なんだから、いーんだよ。それよりさ、値札もう取ってあるからちょっと着てみてよ! ほらほら!」
優月は伸司を立たせて、コートを着せるのを手伝った。
「うん、やっぱり伸ちゃんに似合うよ! いつもの二割増しくらいかっこよく見えるかな?」
「そ、そうか?」
「いかにも探偵って感じ! いやぁ、あたしのセンスもなかなかだねー」
「へへ、ありがとな。大事にするよ」
優月はそのまま伸司の隣へくっついて床に座ると、意地悪く笑いながら伸司へ尋ねる。
「と・こ・ろ・で、伸司さんは今年、おいくつになられるんでしたっけー?」
知ってるくせに……。伸司は拗ねたように答える。
「に、二十九……」
「あははっ、来年で三十かぁ。もうオジサンだねー」
「お前だって一つしか違わねーだろ」
「ま、そうなんだけどね。あたしもすぐオバサンになっちゃうんだろうなぁ」
「……そりゃ誰だってそうだよ。問題は、どう歳を取るかだろ」
「おっ、伸ちゃんのくせにまともなこと言うね」
「どーいう意味だ……」
優月はくすくす笑って伸司へしなだれかかる。頭を伸司の肩に預けながら、
「あたしもそう思うよ。あたし、今すごく幸せだから……歳取っていくのも全然怖くない」
「…………」
しばらく無言の時間が続く。やがて、伸司は思い切ったように切り出した。
「……優月。大事な話があるんだ」
「ん? なぁに?」
優月が顔をこちらへ向ける。互いの顔の距離は、十センチもないほどだった。
優月のことを何より大事に想っている。彼女のためならば、何を捨てたとしても惜しくはないと思える。優月と出会ってから共に享受してきた全てが、今までに覚えたことのない幸せだった。だから――今あるこの幸せを、より確かなものにしたいと思う。
伸司はズボンのポケットから、指輪の入ったケースを取りだした――。
――あれから半年後。伸司は、優月の墓に線香をあげていた。
優月を失ったあの事故から半年……今でも、伸司は週に一度はここへ足を運ぶ。何度墓参りを繰り返しても、傷が癒えることはなかった。腕や足を切断したらもう二度と生えてはこないのと同じように、優月を失って、鳥居伸司という人間の半分は死んでしまったのだ。
「……?」
伸司はふと、視界の端に女が立っているのに気がつく。眼鏡をかけていて、喪服のような黒いスーツに身を包んでいる。彼女は優月の墓を見ていたようだったが、伸司には見覚えのない相手だった。
「あの……」
伸司は眼鏡の女へ声をかける。
「彼女の……優月の知り合いの方ですか?」
「……あなたは?」
「彼女と……婚約していました」
「……そう」
女は静かに言うと、そのままどこかへ歩き出す。
「あっ、ちょっと……」
伸司は声をかけ止めようとしたが、女は無視して歩みを止めない。そのとき強い風が吹いて、伸司は目を瞑ってしまう――風が止むと、女の後ろ姿は消えていた。
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