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case5 夕幽奇譚
6 花とマフラー
しおりを挟む――夜の十一時。伸司は『ラフレシア』というバーを訪れていた。
「おや、お久しぶりでございます」
入店と同時に、ロマンスグレーのマスターが丁寧に頭を下げる。
「今日は空いてるね」
店には伸司以外に客はいなかった。
「あまり流行っていない店ですので」
マスターは冗談めかして言った。
ラフレシアは、朱ヶ崎の路地裏でひっそりと開かれているバーだ。知る人ぞ知る隠れた名店である……しかし、この店には更に裏の顔があった。
「ちょうどいいや。例の件について進捗を聞かせてくれ。あ、バーボンね。ロックで」
伸司はカウンター席に座りつつ言う。
「例の件……で、ございますね」
マスターは手際よく氷を用意し、グラスに酒を注いで伸司の前へ出す。
「申し訳ありません。あれから調査を続けておりますが、依然として『アリス』という少女の行方は掴めません」
「うーん……やっぱダメか」
ラフレシアのマスターは、腕利きの情報屋でもあった。ナイツとも懇意にしており、ひと月前の騒動の際、薔薇乃たちに鳥居伸司というフリーの探偵を紹介したのもこのマスターだったのだ。
「せめてもう少し手がかりがあればよいのですが……」
「悪いな。小学校高学年くらいの女の子ってことしか……」
……彼女は最後の電話で、そう言っていたのだ。
『――アリスって女の子! 小学校高学年くらいかな? ちょっと、ワケありみたいなんだ。困ってるみたいだから、助けてあげたいの! とりあえず、今から伸ちゃんのとこ連れて行くから事務所で待ってて!』
……しかし、優月は事務所に来なかった。あの電車事故が起こっていたのだ。アリスという女の子も姿を見せることはなかった。
優月の死は、本当に事故だったのか? 伸司は今でも疑問を持ち続けている。優月が死の直前一緒にいたアリスという少女を見つけることが出来れば、もしかしたら、その疑問にも答えが出るかもしれない。
「とりあえず、もう少し調査の範囲を広げてみることにいたしましょう」
「ああ、そうしてくれると助かるよ」
「ところで……空調の温度、上げましょうか?」
マスターは伸司の首元を見ながら言う。伸司は店に入ってからもマフラーを巻いたままだった。
「ん? ああ、いいんだこのままで」
「そのマフラー、新しいもののようですね」
「貰い物なんだ。夜は冷えるからと思ったんだけど……やっぱり、この時期にはまだ早かったかな?」
「ふふふ……よくお似合いですよ」
マスターにそう言われて、伸司は満足そうに笑った。
「――だろ?」
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