裏稼業探偵

アルキメ

文字の大きさ
37 / 61
case6 ブラインド・ボイス

2 銃声

しおりを挟む


 伏王会――かつて関東地区に存在した極道組織を母体として勢力を拡大してきた、犯罪組織である。主な活動は武器の密売、強盗、暗殺など様々。その存在は、表社会から完全に隠匿されている。

 現在は全国に支部を置く大組織にまで成長した伏王会だが、同じく全国規模の犯罪組織である『ナイツ』とは、互いに無干渉の協定を結びながらも水面下で争いを続けているという、危うい関係にあった。

 年老いた会長の代理として伏王会を取り仕切っているのが、差配筆頭の神楽である。若くして組織の実質的な支配者にまで登り詰めた彼女は現在、伏王会総本部から場所を移していた。“ある目的”のため、しばらく前から夕桜の街に滞在しているのだ。

 夕桜市の南区に、伏王会支部の一つがある。支部長室の隣りにある特別来客室を改装した一室が、彼女の臨時の執務室となっていた。

 その室内、神楽は執務机の椅子に座り、紫煙をくゆらせつつ、ある書類に目を通していた。

 神楽――何も知らずに彼女を見て、裏社会の大物であると気づける者はまずいないだろう。外見年齢は二十代半ば、トップモデルばりのスタイルで黒の高級パンツスーツを着こなし、背中まで届く黒髪をうなじのあたりで一束にまとめた麗人である。しかしその冷徹な双眸には、底知れぬ闇を宿しているようでもあった。

「――ねぇ、お嬢ぉー。さっきから何見てんの?」

 部屋の手前側に置かれたソファに寝転がったまま、ナツメが問いかけた。ソファの背もたれには彼が脱ぎ捨てたスーツのジャケットがかかっている。

 神楽は書類を見つめたまま答えた。

「例の強盗団――スケアクロウについての調査資料だ」
「昨夜俺らがぶっ殺したやつら?」
「ああ」

 部屋には、神楽直属の部隊である神楽組の三人が集まっていた。アキカワは執務机の横で神楽を守るガードマンのように無表情で立ち、カザマはテーブルを挟んでナツメの向かい側のソファに腰掛け、詩集の本を読んでいる。

「金はちゃんと回収出来たんだろ? なんでまたやつらのことを調べてるわけ?」

 ナツメが更に質問する。

 一週間前、とある密輸組織の事務所がスケアクロウによって襲撃された。その組織は伏王会夕桜支部が担当する集金先の一つだったこともあり、伏王会は今回の集金額を五割上乗せすることを条件に、スケアクロウの殲滅に動いたのである。

 夕桜に滞在中、本来の役目とは別に夕桜支部の業務にも協力していた神楽は、調査の結果スケアクロウのアジトを見つけ出し、ナツメたちの力をもって襲撃――アジトから金を回収することに成功した。足りない分を密輸組織側が補填することとなり、事態は収束した――ナツメはそう考えていたのだ。どうして今更、スケアクロウの資料など見返す必要があるのか?

 神楽は煙草を咥えてから、ゆっくり煙を吐き出した。

「……少し、気になることがあってな」

 カザマが本から顔を上げて、たしなめるようにナツメへ言う。

「ほら、ナツメ。あまりお嬢の邪魔をしちゃダメよ」
「わ、わかってるよ。――でもさぁ、お嬢。普段から側近にしてるアキはともかく、俺たちまで呼んだってことは、また何か仕事なんだろ?」

 神楽は頷いた。

「ああ……だが少し待て。先に調べておきたいことがある。待たせて悪いが、お前たちに仕事を頼むのはそれからだ。それまでの間は、自由にしてくれて構わない」
「ふぅん……ま、いいけど」

 ナツメは寝返りをうって仰向けになると、頭の下に両手を置いた。

「じゃ、俺は少し寝るわ。都合ついたら起こしてカザマ」
「あら、寝ちゃうの?」

 カザマは意外そうに言った。

「んだよ。暇つぶしにトランプでもしようってのか? やだよ、だりーから」
「違うわよ」

 カザマは面白がるように笑うと、テーブルに身を乗り出して、口元を手で隠しながらひそひそ声で話す。

「だってあなた、こういうときは大抵、お嬢が仕事してるところを悶々としながら見つめてるじゃない」

 ナツメはぎょっとしたようにカザマを見た。

「なっ……ななな……!?」
「気づかれないようにしていたつもりみたいだけど、私にはお見通しよ?」
「み、見てねーよ、べつに! 変なこと言うなドアホ!」

 ナツメは顔を赤くしながら否定し、それと同時に神楽の様子を窺った。まだ書類とにらめっこを続けている。今の話は聞こえなかったようだ。ナツメはほっとしたように息をついた。

 カザマは意地悪く笑って言う。

「ま、そういうことにしといてあげるわ」
「チッ……今度妙なこと言ったら殺すぞ……」
「おーこわいこわい」

 カザマは肩をすくめおどけてから、また詩集の本を読むのを再開した。

 そのとき、執務室を外から誰かがノックする。

「神楽様。イズミです。例の資料をお持ちしました」

 男の野太い声が響く。神楽は灰皿に煙草を押しつけ火を消してから、応えた。

「入れ」

 男が部屋に入ってくる。イズミ――年齢は五十過ぎくらい、体重百キロは越えているであろう岩のような大男であり、伏王会夕桜支部の支部長を務めている。

 イズミは神楽組の面々が揃っていたことに少し驚いたようだったが、すぐに丁寧に一礼してから執務机の前まで移動した。

 脇に抱えていた大型の封筒を差し出す。神楽はそれを受け取りながら、

「現場の写真は何枚ある?」
「先ほど支部長室でお見せしたものも合わせて、二十枚になります」

 神楽は封筒から写真の束を取り出す。

「事件については先ほど簡単に聞いたが、改めて詳しく説明してくれるか。あれから明らかになったことも含めて」
「はい」

 イズミは話し始めた。

「今から三時間ほど前に、支部のメンバーの一人である天城(あまぎ)という男が殺されているのが見つかりました。場所は天城がヤサに使っていた街外れのボロ家です」

 神楽は話を聞きながら、写真を順に目を通していく。死体と、現場である居間をそれぞれ様々な角度から写した写真である。

 天城の死体は、フローリング張りの居間に入ってすぐ右側の壁に、背をもたれかけるようにして倒れていた。スーツ姿で、両足は少し開いて前へまっすぐ伸ばされている。額を銃で撃たれたらしく、眉間に開いた穴からは大量の血が流れ出していた。その表情は、驚いたように目を見開いたままだ。丸顔に短髪、年齢は三十前後で、体格は中肉中背というところ。

 額を撃ち抜いた弾丸は頭部の後ろ半分を吹き飛ばしつつ貫通し、背後の壁に直撃したようだった。壁には頭の高さにある弾痕を中心に、放射状に飛沫血痕が残されている。死体の周囲は、頭から流れ出た大量の血液で血の海のようになっていた。着衣は上着のジャケットにズボン、靴下の足裏までべったりと血で汚れているのが確認できる。

 死体のすぐ右側には本棚が置かれていて、戦車を中心にミリタリー関連の雑誌が並んでいた。本棚にも、壁に近いところでは血飛沫がかかっている。棚に並べられた本の列は少し崩れていた。

 居間中央を撮影した写真には、木製のテーブルが写っている。その上には沢山のものが載っていて散らかっているのがわかった。

 テーブルには長財布、食べかけの菓子パン、飲みかけのアップルジュースのペットボトル、ボトル入りのミントガム、そして灰皿代わりに使ったらしい醤油皿が置かれている。

 醤油皿にはガムの包み紙が一つと三本の吸い殻が残っていた。吸い殻は三本とも同じ銘柄で、フィルターには銘柄の名前、『CONTINENTAL』という文字が印刷されている。

 テーブルの真ん中には切り取られたメモ用紙とボールペンが置かれてあり、メモには走り書きで、こうあった。

『夜十時 亀山板金工場跡』

「――天城の死体を見つけたのは、同じくうちのメンバーである青鷺(あおさぎ)という男でした。天城は殺される直前に、青鷺に電話をかけていたのです。青鷺はその時トイレに行っていたとかで電話を取ることはできなかったのですが、留守電が残されていました。その留守電には、“天城が殺される瞬間の音声”が記録されており、それを聞いた青鷺が天城のヤサに向かい、死体を発見、我々に報告してきた……という流れです」
「なるほど……ではこれが、その音声というわけだな?」

 神楽は封筒から小型のICレコーダーを取りだした。

「はい。留守電の音声データをコピーしたものが入っています」

 神楽はレコーダーの再生ボタンを押す。すると、やや慌てたような口調で話す男の声が流れ出した。

『……俺だ。天城だ。青鷺、ちょっとマズいことになった。それでな、しばらくお前んところで匿ってほしいんだよ。もちろん、礼なら用意する。な、いいだろ? 俺とお前の仲じゃないか。この留守電聞いたらすぐに連絡を――あっ……』

 天城が何かに気がついたような反応をする。そして、扉が勢いよく開かれるような音。

『天城、てめぇ……! どういうつもりだ、おいっ!』

 また別の男の声。かなり興奮しているようだ。

『し、秋水(しゅうすい)……。落ち着け、これにはワケが……』

 天城は秋水と呼んだ男へ弁解するように言う。

『うるせぇ! テメェの事情なんか知るか! いいから俺の車から盗んだ金、返せよ! わざわざ取引に志願したのはこのためだったってわけか? あの三千万、一人で持ち逃げするつもりだったんだな!?』
『チッ……だったらどうだってんだよ? そんなに大事な金なら、俺を殺して奪い返してみろよ。この腰抜け野郎!』

 天城は開き直って秋水を挑発する。秋水は更に激怒した。

『ふ、ふざけやがって……! 本当にぶっ殺すぞっ!!』

 すると、天城の様子が一変する。途端に慌てたように、

『なっ……お、おいやめろ! 悪かった! わかったから、そんなもの向けるんじゃない!』

 その直後、銃声と思しき破裂音が響く。電話が床を転がったような音――そこで音声は終わっていた。

「まさに衝撃的瞬間ってやつね」

 ソファに座っていたカザマが、本を閉じながら言う。

「聞く限り、その天城って男が金を盗んで、それを管理していた男に撃ち殺された……というところかしら?」

 イズミはカザマのほうを振り返って、頷いた。

「ええ。相手の秋水という男もうちの支部の構成員でして、天城と一緒に、今夜行われる取引に出向く予定でした」

 神楽が受け取った写真の束には、秋水の顔写真も含まれていた。天城とは対照的に面長で、目が細い。こちらも年齢は三十前後というところだろう。

 イズミは続けて説明する。

「取引に使う三千万を入れたトランクケースも、既に二人へ預けてあったのですが……」

 カザマがその先を読むように言った。

「それを天城が一人で持ち逃げしようとしたってわけね。ヤサへ戻って雲隠れする準備をしていたけど、逃げる前に秋水に見つかって、殺された」
「そのようですね。……実は天城と秋水は以前から折り合いが悪く、よくトラブルを起こしていました。その不仲具合も今回の要因だったのかもしれません」
「ふぅん……でも、どうしてそんなに仲が悪い二人を組ませちゃったわけ?」
「元々今回の取引は秋水が話をつけたものです。それに同行する人員を一人選ぶ必要があったのですが、そこで天城が強く志願したものですから。最近は二人とも以前より落ち着いていたようだったので、私も許可したのですが……恥ずかしながら、見通しが甘かったようです」

 イズミは悔やむように言って、小さくため息をつく。カザマは小さく笑うと、励ますように言った。

「ま、起こっちゃったもんは仕方ないわね。それで、秋水は今どうしてるの?」
「今、部下に行方を追わせているのですが、未だに何の足取りも掴めていない状態です」
「あら、逃げちゃったの? 仲間殺しは重罪と言っても、そういう事情があったなら殺すのもやむなしってもんじゃない? まぁ、多少ことを急いた感はあるとしても」

 イズミは困ったように、薄くなりかけた頭を掻いた。

「それは、たしかにそうです。しかし……電話の声からも、かなり興奮していた様子。まともにものを考えられる状態じゃないのかもしれません。仲間を殺してしまったことに動揺して、そのまま逃げ出したということは考えられます。……いや、もしかしたら、金が見つからなかったから逃げているのかも」
「金が見つからなかった……って?」

 目を閉じていたナツメが尋ねる。カザマは笑って、

「あら、アンタ起きてたの?」
「そんな話されてちゃ、寝てらんねーよ。んで、おっちゃん。どういうことなの?」
「おっちゃん……あ、いえ失礼」

 イズミは気を取り直すように咳払いをして、続けた。

「天城が盗んだ三千万を入れたトランクケースなのですが、天城はどこか別の場所に隠していたのではないでしょうか。実際、天城のヤサ内で金は見つかりませんでした。秋水はその隠し場所を聞き出す前に天城を殺してしまい、金を見つけることができなかった。天城が独断で行ったこととはいえ、三千万を失った責任は秋水にも及びます。その責任払いを恐れて、秋水は行方を眩ませているのかもしれません」
「ふーん……なるほどね。でも俺、もう一つ可能性思いついちゃった」

 ナツメは「にひひ」と笑って人差し指を立てる。

「秋水ってやつはさ、金に目が眩んだんだよ。死んだ天城と一緒。天城を殺して舞い上がっちまって、そのまま金を持ち逃げしたんじゃねーの?」
「たしかに、その可能性も否定は出来ません」

 イズミはそう言ってから、神楽に向き直った。

「――しかし、本当によろしいのですか? うちのメンバーの一人が仲間を殺し、逃げたという、ただそれだけのことです。わざわざ神楽様に協力していただくようなことでも……」

 神楽は「ふっ」と微笑して答える。

「気にするな。私が好きでやっていることだ。長すぎる退屈を紛らわす……単なる暇潰しさ」
「そうですか……」
「それに、この殺人……見かけほど単純ではなさそうだぞ?」

 イズミは驚いたようだった。

「というと……神楽様はこの事件に何か裏があると? ……まさか、先ほどの時点でそれに気がついていらしたのですか?」
「ああ。さっき見た写真だけでも疑惑を抱くには充分だった」

 先ほど神楽はスケアクロウについてイズミへ報告するため、支部長室を訪ねていた。そのとき机に置かれていた事件現場の写真を数枚見て、神楽はイズミに詳しい資料を用意させたのだった。

 神楽は写真を見つつ言う。

「確認だ、イズミ。これらの写真には電話の類は写っていないようだが?」
「はい。固定電話はなく、青鷺に連絡を取ったのも天城の携帯電話からだと判明していますが、現場からは見つかっていません。おそらく秋水が持ち去ったか、どこかへ破棄したのかと。……なぜ、そんなことをしたのかはわかりませんが」
「……他に、遺留品の類は?」
「衣服の他に天城が所持していたものは特にありません。財布は写真に写っているようにテーブルに置かれてありますし、鍵も玄関側にある棚の上から見つかっています」
「本人は何も持っていなかったのか?」
「はい。家の中で殺されたわけですから、それでも特におかしくはないかと」
「なるほど……」

 神楽は手元の写真をめくりながら質問を続ける。

「……殺されたのは天城という男に間違いないんだな?」
「それは間違いありません。私も奴の顔や声はよく知っています。死体を発見した青鷺を含め、部下たちにも確認させましたが、あの死体が別人の替え玉ということはあり得ません」
「では、電話の声も本人のものだと断言できるか?」
「音声のみでは断言までは出来かねますが……死体と同じで、あの留守電についても天城、秋水両名とも本人の声だろうということは複数の部下によって確認させています。ほぼ間違いないと言ってよいかと」
「ふむ……」

 神楽は顎を指先でなぞるように動かしながら考え込む。

「ほぼ答えは見えたが……もう一つ決め手となるものが欲しいな」

 呟くように言うと、イズミを見上げた。

「ところで……イズミ。天城と秋水が担当していたという今晩の取引だが、相手はたしかコロンビア系の組織だったな?」
「はい。近頃こちらへ進出してきた、コロンビアマフィア傘下にある『テスカトリポカ』という二次組織です。フィリピン経由のルートで密輸された銃器の取引を行う予定でした。お渡しした写真の中に、テーブルの上に置かれたメモ用紙があったかと思いますが……」
「あのメモは、天城が取引の時間と場所を書いたものか」
「そうです。今夜十時、埠頭沿いにある亀山板金という廃工場の中で行う予定になっています」
「コロンビア、ね……」

 神楽は小声で繰り返すと、今度は隣りに立つアキカワのほうを見て言った。

「お前はどうだ、アキ? 黙ってないで、たまには意見を聞かせろ。何か考えはあるか?」
「ははっ、そういやいたんだったな。お前」

 ナツメが寝転がったまま笑う。

「アキカワ……」

 イズミは小さく呟くと、アキカワを睨む。ナツメやカザマに対するそれとは明らかに違う、敵意の込められた視線だった。

 アキカワは一瞬だけイズミと視線を合わせたが、すぐに無視する。少し考えてから、ゆっくりと低い声で話し始めた。

「……そうですね。俺には難しいことはわかりませんが……あの留守電は、気になりました」

 神楽は面白そうに口の端を上げる。

「ふむ……どう気になった?」
「具体的にどこが、とは言えませんが……なにか、作為的なものを感じます。あの電話は、どうも嘘くさい」
「嘘くさい……作為的、か。たしかにその通り。あれには嘘が仕掛けられているはずだ。その見当も既についている。しかし証拠となるものが――」

 神楽はふとそこで言葉を切り、数秒考えてから、思いついたように指を弾いて鳴らした。

「――そうか。アレがあったな……!」

 神楽はもう一度天城の死体を写した写真を見ながら、イズミへ尋ねる。

「イズミ。天城は頭部を撃ち抜かれたことで死んだ、それは間違いないな?」
「はい。眉間を貫通し後頭部へ抜けた銃創の他に、外傷らしきものは見当たりませんでした」
「殺しに使われた銃は?」
「銃そのものは現場及びその周囲から見つかっていませんが、壁に残っていた銃弾は.45ACP弾でした。おそらく秋水が所持していたコルト・ガバメントでしょう。奴がよく使っていた銃です」
「コルト……45口径か。よし」

 神楽はニヤリと笑って、手元のICレコーダーを操作する。

「ナツメ、起きろ」
「んぁ……? なに、お嬢?」

 ナツメは怠そうに身体を起き上がらせながら言う。

「お前は耳が良かったな。今から流す部分の音を、よく聞いていてくれ」

 神楽はレコーダーのボタンを押して、天城が残した留守電の音声を途中から再生する。

『ふざけやがって……! ぶっ殺すぞっ!!』
『ひ……や、やめろ! そんなもの向けるんじゃない!』

 ――破裂音。

 神楽は再生を停止して、ナツメに問いかけた。

「お前ならわかるだろう。今の銃声……コルト・ガバメントのものか?」
「……いや、違うね。ガバの音はそんなに軽くないよ。今の音はもっと小さい銃のものだ。たぶん……32……いや、25口径か、22口径ってとこじゃないかな。銃の形状にもよるから断言はできないけどさ。まぁ少なくともガバの音じゃないってのは、確かだね」
「ふっ……充分だ」

 神楽は満足気に頷くと、今度はイズミへ向かって言う。

「イズミ。今夜のテスカトリポカとの取引、私が出よう」

 イズミは困惑したような反応を返す。

「か……神楽様が? なにゆえ……」
「……面白いことを教えてやろうか。昨夜、スケアクロウのアジト襲撃の際に捕らえた男のことだ」

 神楽は自分の鼻を指さして言う。

「その男は、鼻の頭が赤かった。ひどい鼻炎だったんだよ」
「は……はい……?」
「それにもう一つ。男の身体には首筋、腕などに引っ掻いたような傷跡が多数見受けられた。さて、ここまで聞いて何か思いつくことはないか?」
「鼻炎……そして首と腕に引っ掻いたような傷……? あっ、まさか……!」

 イズミは驚いて息を呑む。

「コカインの使用兆候……!」
「そう。鼻からクスリを吸引するスニッフィングは、コカインの摂取方法として最も一般的なものだ。鼻の粘膜から直接摂取を繰り返すから鼻腔内炎症を起こす。一方の首や腕の傷跡は、蟻走感から自ら皮膚を引っ掻いたためにできたもの。コークバグと呼ばれるコカインの代表的中毒症状だな」
「それにしても、コカインとはまた……」
「ああ。日本に入ってくるものとしてはなかなか珍しいブツだ。捕らえた男が言うには、コカインの売人は最近知り合ったコロンビア人から仕入れたと話していたらしい」
「コロンビア人……」

 神楽は腕を組み、静かに笑みを浮かべる。

「最近になって現れたコカインをさばくコロンビア人。同じく最近夕桜へ進出してきたコロンビア系密輸組織の存在。偶然の符合にしては、出来すぎていると思わないか?」
「それら二つが関係している可能性は、かなり高そうですね……」
「そして先日の、リスト盗難の一件」

 数日前に、伏王会夕桜支部からあるデータが何者かによって盗まれた。伏王会はナイツとの協定に伴う業務変更によって、数年前から薬物の取り扱いを中止している。盗まれたのは、その取り扱いを中止する以前に利用していた顧客リストである。

「おそらく、あのリストを盗んだのは天城だ」
「天城が……!?」
「これまでの情報から推測するに、その可能性が一番高い。天城はコロンビア人と手を組んでいたんだろう。しかし、夕桜支部内部でのリスト盗難が判明したことで、スパイの存在が疑われるようになった。天城がスパイとして捕まれば、自分たちとの繋がりを伏王会へバラすかもしれない……それをコロンビア人どもは危惧したんだ。リストを手に入れた以上、大した利用価値もないと判断したのだろう。奴らは天城を切り捨て、殺したのさ。自分たちの存在に感づかれないよう、回りくどい真似をしてな。不幸なことに、秋水はその巻き添えを食ったというわけだ」
「そんな、まさか……」

 イズミは困惑を隠せない。だが態度を乱すことはなく、なんとか落ち着きを保ったまま神楽へ尋ねた。

「……しかし、神楽様。現場の状況とあの留守電を聞く限り、天城は秋水によって殺されたとしか思えません。あれがコロンビア人によって仕組まれたものだったとすると、私には何がどうなっているのかよくわからないのですが……」

 神楽は愉快そうに喉を鳴らして笑う。

「……知りたいか?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...