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case7 自白の鑑定
1 資料室にて
しおりを挟む武器の密売、強盗、暗殺など、あらゆる犯罪を取り扱う巨大組織――ナイツは、日本全国にその支部を持っている。夕桜(ゆざくら)市にもその一つである、夕桜支社が存在した。一見平凡なオフィスビルの中に、そのアジトはある。
戌井冬吾(いぬいとうご)は現在、この夕桜支社のメンバーだ。元々は平凡な十九歳の大学生だったはずが、二ヶ月ほど前に、奇妙な巡り合わせから裏社会に足を踏み入れてしまったのだった。
冬吾のメンバーとしての役割は、夕桜支社専属の顧問探偵である禊屋(みそぎや)の助手兼護衛――すなわち、相棒役だ。ナイツ、あるいは外部からオファーを受け、様々な問題に対しその優れた頭脳をもって解決にあたるというのが、顧問探偵としての禊屋の仕事である。
基本的に、禊屋の探偵としての仕事は夕桜支社を経由して伝えられる。今日も冬吾はその呼び出しを受けて支社を訪れていたのだが、予定の時間より幾分早く到着してしまったために、一人、支社内の資料室で調べ物をして時間を潰していた。
「――やっぱりないか……」
冬吾はパソコンの前でため息をつく。目的の情報は見つからなかったのだ。
刑事だった冬吾の父親――戌井千裕(いぬいちひろ)は、四年前に謎の死を遂げていた。裏路地の暗がりで、刃物で複数回刺された遺体が発見された……という経緯だったと冬吾は聞いている。
病で早くに母親を亡くしており、家族と呼べる存在は長らく父と妹の二人だけだった冬吾にとって、突然の父の死は、受け入れがたい悲劇だった。
事件から四年が経過した今でも、犯人の手がかりはまったくと言っていいほど見つかっていない。捜査一課――つまり殺人や強盗など強行犯係の刑事だった千裕は、それまでに逮捕した犯人やその関係者などから逆恨みされていた可能性もある……そういう見方もあったが、そちらの線でも有力な容疑者は挙がらなかったらしい。
警察の捜査が手詰まりになっている以上、素人が調べたところで進展は見込めないだろう。しかし、裏社会の情報が集まるナイツの資料室ならば、あるいは何らかの手がかりが眠っているかもしれない。そう思って、こうして何度か足を運び、膨大なデータ・資料の中から少しずつ調べているのだが、今のところそれらしい情報はヒットしていない。
もっとも、資料室内で保管されているデータにはロックが掛けられている項目も多く、冬吾の権限では見られない情報も多い。一度、支社長である岸上薔薇乃(きしがみばらの)に相談してみようか……頼みを聞いてくれるかどうかは、わからないが。
あと可能性があるとすれば……あの、神楽(かぐら)という女だ。ナイツと双璧を成す大犯罪組織・伏王会(ふくおうかい)。神楽は、若いながらもその伏王会の差配筆頭という大幹部の立場にあり、実質的に伏王会をまとめている天才である。神楽と直接会ったのは、冬吾がナイツに入るきっかけとなったあの事件の時だけだが、あの時の彼女の口ぶりは、千裕の死について何かを知っている様子だった。
……そもそも、発端であるあの事件にもまだ謎は残っている。あの事件で殺害された岸上豪斗(きしがみごうと)が、冬吾に伝えようとしていた内容のことだ。
豪斗は夕桜支社の幹部だった。同じ岸上姓ではあるものの、元から岸上家の人間だったというわけではない。本家生まれの薔薇乃とは遠縁である分家筋の家に婿入りし、改姓していたのだという。改姓前の名前は、戌井豪斗。おそらく冬吾の父親である千裕の兄弟だろうというのが、禊屋の推理だった。
祖父母は冬吾が生まれる前に死去しており、父親からも兄弟がいたなどという話は聞いたことがなかった。後日、戸籍・除籍を確認してみてもやはりそれらしき名前はなく、はっきりしたことはわかっていない。ただ、あの事件の際に豪斗の遺体を見たとき、その顔にどことなく見覚えがあったのは、おそらく、自分が幼少の頃に何度か会っていたからなのだろうという妙な確信だけはあった。
豪斗が、千裕の死の真相を冬吾に伝えようとしていたのは確かだ。だが、その前に豪斗が殺されてしまったために、彼が何を掴んでいたのかはわからずじまいとなってしまっていた。事件後、ナイツによって豪斗の遺留品が調べられたが、それらしき情報は見つからなかったらしい。
……そしてもう一つ、おかしなことが起こっていた。
後日、禊屋から聞かされたのだが――あの事件の数時間後、豪斗の自宅が火災で全焼していたらしいのだ。豪斗の妻は数年前に死去していたのでその家に住んでいたのは豪斗一人だったそうだが、彼の所有していた物品もまとめて焼けてしまったため、何らかの証拠隠滅である可能性もあった。警察は不審火と発表したようだが……これも、あの事件の首謀者だった、神楽の仕業なのだろうか? 疑わしいことはたしかだが、なにやら釈然としない部分もある。神楽にそこまでする理由があったのだろうか? 豪斗が殺された理由と併せて考えると、どうもうまく噛み合わない気がする。
あの事件で豪斗が殺された理由……それは、神楽がナイツの情報を探るためスパイとして操っていた島原(しまばら)という男が、その正体を豪斗に感づかれそうになったからだった。神楽が島原に策を授け、島原はその指示通りに豪斗の殺害を実行したのだ。神楽にとっては島原の犯行が露見することも想定内だったようで、伏王会とスパイとの繋がりを示す証拠は残されていなかった。
問題は、神楽自身には豪斗を殺す積極的な理由が無かったはずであるということだ。豪斗の家まで焼き払う必要が神楽にあったとは思えない。……こちらがまだ知らない、そうせざるを得なかった何らかの事情があったとも考えられるが。放火が神楽の仕向けたことではなかったとしても、豪斗が殺された直後のタイミングで、いったい何者が、なぜ、そんなことをしたのかという謎は残る。
豪斗が冬吾に伝えようとしていた、千裕の死の真相……そして、豪斗が殺害されるのと連続したように起こっていた火災……これら二つは、関連性があるのだろうか? そして、神楽は何かを知っているのだろうか? ……もっとも、それを彼女に問いただしたところで、答えが返ってくるとは思えないが。
答えを掴むには、まだ何かが足りないのだ。
「何かきっかけがあれば……な」
冬吾は独り言を漏らし、ため息をついた。そろそろ約束の時間になるから、行かねばならない。資料室での調べ物は、今日もまた進展なしだ。棚から取りだしてきたファイルやらCDロムやらを片付けようと、パソコン前の椅子から立ち上がる。
「ん……?」
ふと、部屋の扉のほうへ目を向ける。
今……誰かが部屋の外にいたような……。
微かではあったものの、足音が聞こえた。この資料室は廊下の突き当たりにあるから、部屋の前を通過したわけじゃないはず。つまり、部屋の前まできて、また戻っていったのだ。中に人がいることを察して、時間を改めようとしたのだろうか……。もう出るところだったことを伝えようと、扉を開けて呼び止めようとしたのだが――廊下に人影はなかった。
人がいたように感じたのは、気のせいだったのだろうか?
「……ま、いいか」
冬吾は資料の片付けに戻った。
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