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case8 女神の断罪
10 地下室の主
しおりを挟む修道院からの移動途中、薔薇乃によって手配してもらっていた車に乗り換える。追っ手を警戒するための方策であり、移動中も常に気をつけてはいたが、今のところ不審な気配は感じられなかった。
そして――美夜子たちは再び『地下室の夜景』を訪れていた。営業時間よりは少し早いが、特別に中に入れてもらったのだ。
「何なんだよあんた達……何度来てもらっても無駄だって。俺は四年前のことなんか知らないんだから」
夜中に訪れたときと同じ店員だった。今回用があるのは彼ではなく、地下の武器屋の主人のほうだ。
「禊屋、合言葉ってのは何なんだ?」
織江が耳打ちしてくる。
「えっと、ちょっと待ってね……」
美夜子はコートのポケットに入れておいたメモを取り出した。薔薇乃から受け取ったは良いものの、今まで内容を確認していなかったので美夜子も合言葉はここで初めて知る。折り畳んだメモを開いて、美夜子は絶句した。
「……ね、ねぇ織江ちゃん。これ代わりに言ってくれないかな?」
「えっ!? いや、私はほら……そういうのはちょっと専門外っていうか」
「じゃ、じゃあ乃神さん……」
乃神は聞こえていないふりをしている。
「――わかったよ、あたしが言えばいいんでしょ……」
意を決して美夜子は店員の前へ歩み寄る。緊張した面持ちの美夜子を見て店員は戸惑ったようだった。
「な、なに……?」
「えっと……わ……『私もう我慢できない。あなたの太いモノでいじめてほしいの』」
「はぁ?」
店員の男は呆然としてから、ハッと気がついたように後ろの暖簾を指さして言う。
「あ、ああもしかしてあんた……裏の店に用事?」
「そう! そーなの!」
「いや、そんなアレな合言葉なんて言わなくても、裏の店に用があるって伝えてくれたら通したのに……他の客も皆そうしてるし」
衝撃的な発言だった。
「そ……それ早く言ってよぉー!」
「いやそんなこと言われても……」
それを知っていたらあんな恥ずかしい合言葉、絶対言わなかったのに! これじゃ恥のかき損だ!
「じゃあ、その暖簾くぐって、その先の階段降りたところだから……」
店員に礼を言って、美夜子たちは暖簾の先の階段を降りる。階段の先には扉が一枚、それを開けると――少し変わった部屋に辿り着いた。
部屋にはところ狭しと水槽が並べられていた。いや、アクアリウムと呼んだ方が良いのだろうか。どの水槽でも緑鮮やかな水草と色とりどりの熱帯魚が飼育されている。
部屋の電灯はついておらず、明かりは水槽に取り付けられた照明のみのため、部屋の中は薄暗い。しかし目をこらしてみると、部屋の奥のほうにライフルやマシンガン――いわゆる長物と呼ばれる銃が壁に掛けてあるのが見えた。やはりここが件の武器屋で間違いないらしい。
「誰もいないのか……?」
乃神が呟くように言う。店員の姿は見当たらないが、奥の部屋にいるのかもしれない。カウンターに呼び出し用のベルがあったので、美夜子はそれを押してみた。
チーン。…………反応がないのでもう一回。チーン。…………本当に誰もいないんじゃないの? チーン、チーン、チーン。
奥の方から声が聞こえる。
「はいはいはい……一回押せばわかるよぉ」
ラフな服装をした太った男が出てきた。歳は四十から五十というところ、顔がパンパンに大きい。
「あなたは?」
「なんだ、新顔かい。俺はここの店主だよ。フグって呼ばれてる、よろしくな。それであんた達、何がご入り用だい?」
「ごめんなさい、あたしたちお客さんじゃなくて……話を聞かせてもらいたいんだけど」
「話ぃ?」
美夜子は千裕の手帳を取りだして、例のページを開いてフグに見せる。
――『11/20 午前2時 地下室の夜景 待ち合わせ 名護』
「四年前のこの日、ここで何かなかったかな?」
「んん、どれどれ…………あっ……こ、この日は……!」
フグは驚愕したような表情を浮かべる。手応えありだ……!
「覚えてるんだね? この日に何があったか……」
「あ、ああ。四年前だよな? その日、兄貴に頼まれて表のビデオ屋ごと店を貸したんだよ。夜中の間だけな」
「兄貴って?」
「俺が昔世話になった人なんだよ。まだ俺が若くてこの世界のルールなんか全然知らなかった頃に、色々と面倒見てくれた恩があってさ。今はその人、ナイツって組織のメンバーでな。あんたらもこんな店に来るくらいなら知ってるだろ? あのナイツだよ」
「ナイツって……あたしたちもそうなんだけど」
「なんだ、そうなのか? 偶然だな。名前は?」
「あたしは禊屋」
「ああ! なんか聞いたことあるな! よくは知らねぇけど。あっ、それじゃあ、岸上豪斗って名前聞いたことあるか?」
岸上豪斗! ここでその名前が出てくるとは……!
「どうだったかな……聞いたことあるようなないような……」
美夜子は織江、乃神と目を見合わせてから、質問を続けた。
「その岸上豪斗って人、なんであなたに店を貸して欲しいだなんて頼んだの?」
「それがよくわかんなくてさ。急に頼まれて、目的は教えてもらえなかったんだよ。……まぁでも、大体は見当つくけどな。たぶん、殺しに使う場所が必要だったんだ」
「殺しに使う場所……?」
「ああ、こっちの裏の方の店は人目につかない上に、隣りにシューティングレンジがある関係で防音がしっかりしてるからな。騒ぎになっても誰も気がつかない。こっそり殺しをするならぴったりな場所なのさ。実際、その後店に戻ったら誰かが争ったみたいに物が散らかってて……片付けが大変だったよ。まぁ、さすがに死体がそのまま残ってるってことはなかったけどさ」
「ううん……でもそれだけじゃこの店で殺しがあったとは言いきれないんじゃない?」
「それがそれだけじゃないんだよ。俺、あの日この店に殺し屋が入っていくのを見たんだ!」
フグは興奮した様子で言う。
「殺し屋?」
「ああ、叢雲って殺し屋だ。俺の調べた限りだと、どうやらすげぇ大物のヒットマンらしい」
「叢雲……!」
また重要な名前が飛び出した。美夜子も流石に高揚してくる。
フグはその当時のことを思い出しつつ語り出した。
兄貴に店を貸した夜な、俺、こっそりと外で見張ってたんだよ。兄貴からは店には近づくなって言われてたんだけどさ。自分の店を貸すわけだから、どうしても気になっちゃって……。
兄貴が誰かに電話しているのを盗み聞きしてたから、夜中の二時頃に何かがあるってのは知ってたんだ。だから二時の少し前くらいから、店の近くの電柱の陰に隠れて待ってたんだよ。まぁ店の外から見ててもしょうがないんだけど、人の出入りくらいは確認できるだろうと思ってさ。いやぁ、あの夜は寒かった……。
しばらく待ってると、路地の向こうから男が歩いてきた。分厚いコートを着て、つばの広い帽子を被った男だ。背の高い男だったな。暗くて顔はよく見えなかったし、歳もわからなかったが……多分、四十かそこらじゃないかな。声がそういう感じだった。その男は携帯電話で誰かと話してたんだ。ちょうど俺の近くに男が来たときに電話がかかってきてさ。その会話の内容も聞こえたんだ……今でも覚えてる。男はかかってきた電話を取って、こう言った。
「――ああ、叢雲だ。もう店の前まで来ている、少し遅れたかと思ったが時間ぴったりだったな。……わかった、地下のほうだな。じゃあ……」
それだけ言って、男は電話を切った。その時の俺は叢雲ってのが殺し屋の名前だとは知らなかったんだが、それが男のコードネームだってことは直感でわかった。俺はその電話の内容で確信したよ。間違いなく、この男は俺の店に用があるんだってな。こっそり男の後ろからついていっちまおうかとも思ったんだが……。
「そこの男、何をしている」
心臓が飛び出るかと思ったね。だってこっちに気がつくそぶりは全然無かったのに。電話しているときにはもう気づかれてたのかなぁ……。
「い、いやぁどうも……へへ……俺はそこの店の店主なんですけど……いったい何をするのかと気になってしまって……」
「あの店の店主か……。悪いことは言わない、今日は家に帰れ。お前の店に迷惑はかけないから安心しろ」
「わ、わかりました……」
威圧感っていうのかな。とにかく逆らったらヤバいって思ったんだよな。そこは素直に従って、そのまま家に帰ったよ。でも、その男が俺の店に入るところだけは見届けさせてもらったぜ。
「――っていう感じだな。どうだい? 殺し屋が俺の店に入っていったんだ、これは間違いなく殺しがあったって証拠だろ?」
それが証拠というのは少々強引すぎる気がしないでもないが……状況的にはここで殺人があった可能性は確かに高そうだ。
「その話って本当に間違いない? 四年も前のことだし、あやふやな部分とか……」
「へっへっへ、俺は要領は悪いが記憶力だけは自信があるんだ! 円周率三千桁、そらで言えるぜ。やってみせようか?」
「いえ、結構です……」
「あ、そう?」
フグはがっかりしたようだったが、美夜子は気にしないことにして質問を続ける。
「フグさんが店を見張っていたとき、岸上豪斗はもう店の中にいたのかな?」
「ああ、いたはずだ。店の外に兄貴の車が停められたままだったからな」
だとすると、四年前の十一月二十日の深夜、戌井千裕、岸上豪斗、そして叢雲こと名護修一の三人がこの店に集まったわけだ。そしてその後、戌井千裕の遺体が別の場所で発見された……。
美夜子は一度フグから離れて、乃神と織江から意見を聞いてみることにした。
「――おそらく、こういうことだったんじゃないか?」
乃神はフグに聞こえないよう声を抑えつつ言う。
「名護の隠れ家で見つかった写真……あそこに写っていた三人の様子からして、戌井千裕、岸上豪斗、名護修一の三人は親しい仲だったと推測できる。だが一方で、手帳の記述を禊屋が読み解いたように解釈するなら、戌井千裕は名護が殺し屋・叢雲ではないかと疑っていたことになる。親しい仲だったとはいえ、後ろめたい素性は隠していたのだろうな。自分が疑われていることに気づいた名護修一は、保身のために岸上豪斗と共謀して戌井千裕を殺害する計画を立てた。まず岸上豪斗が伝手を利用して殺害現場となるこの店を一夜の間借りる。そして、名護が適当な理由をつけて戌井千裕をこの店に呼び、殺害した。その後、戌井千裕の遺体は二人によって別の場所に運ばれた……と、こんなところだろう」
乃神の推測は概ね美夜子が考えていたものと同じだった。しかしどこか釈然としない部分があるのも確かだ。
例えば、岸上豪斗はなぜ名護修一に協力したのかということ。豪斗も犯罪組織の構成員であるから刑事だった千裕に対しては負い目があったと思われるが……名護が殺し屋であることがバレると、いずれは自身も危ういと考えたのだろうか? 己の保身のために兄弟を殺す……それ自体は良くあることなのかもしれないが、豪斗の人となりを知っていただけにあまり信じたくはない想像だ。
今度は織江が言う。
「名護が店に入る前に電話してたって話だったけど、あれは誰と話してたんだ? 岸上さんか? それとも戌井千裕?」
「多分だけど、豪斗おじさんのほうじゃないかな。電話相手は店の中にいて、名護さんに地下に来るように指示していたみたいだからね。騙されて店におびき出されていたはずの千裕さんがそんな指示を出すとは思えないし」
「なるほど……確かにな」
アルゴス院の貸金庫で見つかった短刀から考えて、千裕を殺害した犯人はまず間違いなく名護だ。千裕がいつ店に来たのかは定かではないが、おそらく約束の二時前後に店にやってきたところを殺されてしまったのだろう。
「――それにしても、元気にしてんのかなぁ兄貴。もう長いこと会ってねぇなぁ……」
フグが懐かしむように言う。
「なぁ、あんたらさ、もし兄貴に会うことがあったら、たまには俺のところに顔出しに来てくれって伝えてくれよ」
「……あのね、そのことなんだけど……。あたしたち本当は岸上豪斗って人のこと知ってるの。同じ支部のメンバーだったから」
「へ? なんだ、そうだったのか?」
「それでね、言い辛いことなんだけど……豪斗おじさんはもう亡くなってるんだ。今から二ヶ月前に……殺されて」
フグは一瞬、言葉の理解が遅れたようだった。
「あ……兄貴が死んじまったってのか? 本当に? 殺したやつはどうなった?」
「そっちも、もう死んでる」
「……そうか……そうか。そりゃ、こんな世界に生きてりゃそういうこともあるわな……。わかっちゃいたが……」
フグは深いため息をついて、項垂れる。それから気がついたように顔を上げて、
「……あ、悪い悪い。教えてくれてありがとうな。知らないままでいるよりかずっと良かったよ。――ところであんたら、何のために四年前の話だなんて聞きに来たんだ?」
「あー……それは……ちょっと色々あって」
「話せない事情があるってことか? それなら別に無理に聞き出しはしないけどよ……」
何だか色々と込み入ってきているから、もう一から説明するの面倒くさいなって思っただけなんだけど……納得してくれたのならいいか。
「それにしても、偶然なのかねぇ。今からちょっと前にもあんたらと同じことを訊きに来た女がいたよ。そういやあれも二ヶ月ちょっと前だったな」
「女……? それって、誰なの?」
「名前は聞いてないけどさ。背が高くてモデルみたいな美人だよ。こう、髪を一つ結びにしてさ……キリッとした感じの女だったな」
間違いない……神楽だ。
「その女にも、今と同じような話をしたんだね?」
「ああ。そのものズバリ、『四年前の十一月二十日に何があったかを教えろ』って訊かれたからよ。俺が覚えてることは全部話した、お小遣いもくれたしな」
神楽は二ヶ月も前にここに辿り着いていたのだ。神楽は何のために四年前の事件を調べていたのだろう……? 今回の名護修一殺害と何かしらの関係があるというのは確信できるが、その具体的な繋がりが見えてきそうで見えてこない。今回の事件の計画を企てる上で、四年前の事件の情報が必要だったのだろうか?
「他に用がなけりゃあ、そろそろいいかい? 子どもらに食事をやらなきゃならんのでな」
「子ども?」
フグは美夜子の後ろに並ぶアクアリウムを指して、えびす顔で笑う。
「可愛い我が子らだ」
「な、なるほど……」
美夜子は礼を言って、『地下室の夜景』を後にした。
「――お帰りなさい。どうでした?」
路地を抜け出て車に乗り込むと、留守番していたシープが尋ねてきた。
「結構重要そうな話が聞けたよ。それは追々話すとして……ちょっと待ってね」
いつの間にか携帯にアリスから連絡が入っていたので、かけ直す。
「アリス? ごめんね、電話気づかなかった。何かあったの?」
『あぁ~、連絡ついて良かったお姉ちゃん。何かあったのかと心配して――って、まぁそれはいいわね。お姉ちゃんが持ってきた、名護修一の隠れ家にあったっていうパソコンあったでしょう? あれの解析が一通り終わったから報告しておこうと思って』
「ああ、あれね! どうだったの?」
『あのパソコン、殆ど使われた形跡がなかったのよ。復帰できたデータで参考になりそうなのは、送信済みメールが一件あっただけね。でもこのメールの内容、お姉ちゃん聞いたら驚くと思うわ』
「そりゃ気になるね……どんなメール?」
『今からひと月くらい前に、お姉ちゃんあいつの学園祭に行ったでしょう?』
正確には冬吾の通う大学の学園祭、その準備日だった。
「うん……あの時はノラの危険を知らせるメールが届いて、それで……って、まさか……?」
『そ! あの時うちに送られてきたメール、名護修一が送ってきたものだったのよ。確認してみたけど、ひと月前に送られてきたものと一言一句同じだった』
あの日、冬吾はキバという殺し屋によって命を狙われていた。この夕桜支社宛てにそれを知らせるメールが送られてきたお陰で美夜子は冬吾の危機を知り、駆けつけることが出来たのだった。あのメールは送信元が偽装されていたために今まで誰が送ってきたのかわからなかったのだが……それがまさか名護修一だったとは。
そういえば、あのメールには差出人の名前が記されていた。『戌井千裕』という名前だ。名護修一がその名前を騙って冬吾の危機を知らせてきていた……。
頭の中でこれまで点在していた一つ一つの出来事が、これで一気に結びついたような気がする。まだ完全ではない……しかし、パズルの完成形は見えてきた。
「――ありがとうアリス。それって、すごく大きな手がかりかも。ちょっと考えたいから、また後で!」
美夜子は電話を切って、頭の中を整理する。あと一歩というところだけに、ここで詰め方を誤っては取り返しがつかない。慎重にいかなければ……。
「禊屋、アリスはなんと言っていたんだ?」
乃神が言う。美夜子は車内の皆に今受けた連絡を説明した。
「――それでね、今のアリスからの報告で、なんで名護さんが殺されたのかわかったような気がするんだ」
美夜子は推理した仮説を話し出す。
「『ラフレシア』のマスターが言ってたこと、覚えてる? 名護さんは三日前、二十一日の夜にラフレシアを訪れて、自分が海外へ逃げるつもりであることをマスターに話してる。そしてその時、自分は裏の仕事で主を裏切ってしまったということも漏らしていた」
「犯人はその組織の人間じゃないかって話だったな。裏切った名護を粛正したわけだ」
織江が言う。美夜子は頷いて、
「うん。その考え自体は今も変わってないよ。それで、名護さんがした裏切り行為についてなんだけど……もしかしたら、このメールのことなんじゃないかと思うの。組織の命令でキバがノラを殺そうとしていることを知って、名護さんは密かにメールを出してうちに警告してきた。ノラのことを心配してね。でもそのことが後になって組織にバレて、名護さんは殺された。――どう?」
「あのメールは身内からのリークだったということか……。あんな情報どこから手に入れたのかと思っていたが……それならば納得はいくな」
乃神も関心を持ったようだ。
「差出人の名前として、ノラのお父さんの名前を使った理由ははっきりとはわからない。単にメールへの注意を引きたかっただけということも考えられるけど……あたしは、お父さんの代わりにノラを守ろうとしたんじゃないかと思う。これは証拠なんてないただの想像だけど……名護さんは千裕さんを殺したことを後悔していたんじゃないかな。だからせめてもの償いとしてノラのことを守ろうとしていた。組織を裏切ることで、自分の身が危険に晒されたとしても。その意思の表れが、戌井千裕という差出人名だった……のかもしれない」
美夜子はそのまま続ける。
「名護さんが所属していた組織がキバの一件と関わりがあるとすると……今回の事件でノラが犯人に仕立て上げられた理由は、名護さんを殺す動機を持っているからというだけじゃないはず。キバは依頼人の命令でノラを殺そうとしていた。つまり名護さんの主にあたる人物は、ノラの存在を邪魔に思い、消したがっていたってこと。もしも今回の事件でノラが犯人ということにされたら、その人物にとっては一石二鳥だよね。組織の裏切り者を始末して、前から邪魔に思っていた人間も消すことが出来る」
「戌井冬吾を殺そうとしていたということから、一昨日の灰羽根旅団の一件もキバの事件と同じ人物が裏にいる可能性が高い、とお前は言っていたな。つまり今回の名護の事件と合わせて、三つの事件の黒幕は同一人物だということか……」
乃神が言うと、織江が疑問を呈する。
「禊屋ならともかく、あいつを殺そうとする人間が何人もいるとは思えないしな……。でもその黒幕とやらは、どうしてあいつをそこまでして消そうとしたんだ?」
美夜子はかぶりを振る。
「それがわからないんだよね……どうしてノラが狙われなきゃいけないのかが……」
すると、シープが言う。
「今回の事件も、その組織に雇われた殺し屋が犯人なんですかね? 僕が夕桜支社に入る少し前のことなんであまり詳しくはないですけど……そのキバって奴も殺し屋だったんでしょう?」
たしかに、キバは殺し屋だった。しかも、その正体はナイツの他の支部に所属するメンバー……黒幕は様々な場所に手先を用意しているのかもしれない。
乃神がシープの意見を受けて答えた。
「黒幕本人が手を汚す理由はないだろうからな。黒幕に指示を出された人間が犯人であると考えて良いだろう」
「…………」
「……どうかしたか、禊屋?」
美夜子は「ううん、なんでも」と首を横に振った。
……実は犯人の正体については、既におおよその見当はついている。あの犯行を実行できたのは、容疑者たちの中でおそらくたった一人……あの人物だけだ。しかし、まだ確証がない。いや、確証があったとしても――この答えはギリギリまで伏せておくべきだと、美夜子の探偵としての勘が告げていた。
その時、美夜子の携帯に着信があった。
「あ……『ラフレシア』のマスターからだよ!」
電話に出る。
「…………うん。うんうん、わかった。それじゃ、すぐに行くね」
通話を終えて、美夜子は車内の皆に向けて言った。
「調査について報告したいから、店に来てほしいって。早坂晋太郎さんも店で待ってるみたい」
「早坂……叢雲のことについて調べていたというフリーライターか」
乃神は眼鏡の位置を直しつつ言う。
「よし、すぐに向かうぞ。シープ、『ラフレシア』だ」
「了解です!」
シープは張り切って言うと、車のエンジンをかけた。
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