病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで

あだち

文字の大きさ
40 / 92
第四章 魔力なき呪い

40 埋まる空白

 不機嫌な大司教が部屋から出ていったあと、ヴァレンティノはしばらく侯爵と廊下で話し込んでいた。

 そうなると、フェリータもひとりでこの場にはいたくなかったのだが、「さすがにロレンツィオが哀れね」とほくそ笑む王女をそのままにはできず、結局、絢爛な応接間の一席に浅く腰を下ろすに至った。

「ふぅん、レオナルドがそんなことを。本当に勝手なのだから」

 おおかたの話を聞き終えると、オルテンシアは肩をすくめてカップに口をつけた。

「お、おそれながら王女様、人ひとり殺されかけたのに、勝手の一言では済まされませんことよ……!」

 その向かいにかけたフェリータに恨みがましく睨みつけられて、オルテンシアは不愉快そうに目元を歪めた。

「まぁ不細工。従兄弟のしたことなのに、あたくしにそんな目を向けるなんて」

「ぶっ……向こうはオルテンシア様のためのつもりだったのですわ! ちゃんと事情を説明しておいてくださいませ、だいたい、一昨日の夜からあなたさまときたらっ、」

「フェリータ様」

 ヒートアップし始めたフェリータに水を差したのは、先程からオルテンシアの隣で両手を揉んで縮こまっていた、チェステ家の令嬢だった。
 兄や父と同じ薄青の目は、剣呑なフェリータと目が合うと一瞬びくっと怯えを見せたが、すぐに奮い立って精一杯の強い眼差しを返してきた。

「先ほどから、王女様に対してお言葉が過ぎるのではありませんか? 言うべき相手は、他にいらっしゃるでしょう」

 フェリータは目を瞬かせた。
 相手が格上の家の娘だからでも、恩人の妹だからでもない。

「な、なんで黙るのです」と上擦った声に、聞き覚えがあった。

「あなたは……」

 ちょうどそのとき、戻ってきたヴァレンティノが「フィリパ!」と厳しい声をかけた。

「お前こそ言葉に気をつけなさい。私の客人だ」

 叱責を受けた『フィリパ』が不満そうに黙り込む。
 その艷やかな黒髪をまじまじと見つめて、フェリータは確信した。

『オルテンシア様、ロレンツィオ様にわたくしのこと取り持ってくれるって約束してくれてたのに!』

(あのときのご令嬢だわ……)

 結婚祝いの夜に宴会場の外で嘆いていた、あれがまさか、ヴァレンティノの妹であるフィリパ・チェステだったとは。夜会で会っていそうなものなのに、女友達のいないフェリータは今の今まで彼女と接点がなかった。

 となると、フェリータに対する怯えと敵意の混ざった態度も、オルテンシアとのいさかいだけが理由ではないのだろう。

 沈黙したフィリパを横目に見て、オルテンシアは冷たいまなざしと矛先をヴァレンティノに向けた。

「まぁ勇ましいのねヴァレンティノ。白昼堂々、友の妻を連れ込んだ男の態度とは思えない」

「人聞きの悪い言い方をなさらないでください、殿下。彼女を親友の妻と思えばこそ、ここにお連れしたのです。ロレンツィオは私の判断に理解を示すと思いますよ」

 淡々と反論されたのが不服だったのか、腕を組んだオルテンシアは唇を尖らせ眉根を寄せた。

「あの男のことなら、お見通しと言わんばかりね。結婚祝いに夫婦用の酒なんて平凡なものを選んだようだから、てっきり薄い交流かと」
 
「平凡な男ですよ、私はね。対の果実酒は普通の祝い品として悪くないでしょう、縁起物ですから」

「妻を連れ出しても怒られない仲の親友が選んだものにしては、普通すぎてつまらないわね」

 オルテンシアの嫌味に、とうとうフェリータのほうが限界を迎えた。

「ええ確かに、オルテンシア様がご用意し、レオナルド様がお持ちになったネックレスに比べたら平凡ですわね。なにせ果実酒では死者がでませんから!」

 顎を上げたオルテンシアがフェリータに目を移す。フェリータも、負けてなるかと睨み返す。
 しかし、どちらかが何か言うよりも、フィリパが立ち上がるほうが早かった。

「……殿下がお求めの書物は、呪獣の核と呪いに関する研究書でしたね。父が戻ってくる前に、探してまいりますわ」

 フェリータに向けた敵意もどこへやら、フィリパは固い面持ちで応接間を出ていった。

 毒気を抜かれたフェリータだったが、その心情に思い当たると次には複雑な気持ちが湧き出してきた。

「彼女、ロレンツィオのどこを好きなのでしょう?」

 扉を見つめていたオルテンシアは、絶対零度のまなざしを寄越した。

「知らないわ。身分が低くて背の高い男が好きなんじゃない? ペルラ伯爵とは真逆で」

 フェリータが父親そっくりの気の短さで、声高に抗議しようとしたとき。

「ロレンツィオはモテましたよ、女性にも、男にも」

 ヴァレンティノが角をはさんだ椅子に腰を下ろして、さらりと割って入ってきた。初めて、オルテンシアが「はぁ?」と目を剥いた。

「あ、いや、男にもというのは変な意味ではなく。人が寄っていくというか、頼りがいがあったので」

「あの嫌味な人が!?」

 今度はフェリータが驚愕して声を大きくした。
 ここまで大きな反応を返されると思っていなかったのか、ヴァレンティノは「あー……あの、あくまで主観ですがね」と目を泳がせながら話し始めた。

「口は荒いですけれど、面倒見がいいでしょう。本人はあまり人の上に立つ気はなかったみたいだけど……なんだろうな、貴族的なカリスマというより、騎士団長気質のリーダーシップというか」

 それはカヴァリエリの家系色に引っ張られたイメージではないのか。口にはしない疑念には、悔しさが過分に含まれていた。
 ヴァレンティノは言葉を探るように話し続けた。

「ウルバーノみたいな平民とも、公爵家のリカルドなんかともうまくやっていけてたから。そう、特にリカルドは、あいつと接するようになってあからさまに態度が軟化しましたし」

「……軟化?」

 思わぬ流れで、思わぬ単語と一緒に、幼馴染みの名前が出てきて、フェリータの意識はすぐにそちらに持っていかれた。

 学院時代のリカルド。フェリータにはわからない時間。ヴァレンティノは苦笑とともに彼を評した。

「リカルドは今もクールですけど、入学からしばらくの間はもっと顕著で、全然周囲に溶け込もうとしなかったんですよ」

「……あ、ああ。あの人マイペースだものね」

 しばし固まったフェリータが、合点がいったように頷くと、向かいから噴き出す気配があった。

「失礼、初期のリカルドがどんな風だったか、続けて」と、口元を抑えたオルテンシアはフェリータの視線を無視し、ヴァレンティノを急かした。

(……何?)

「そんなに語ることがあるかと言われると、あまり話してなかったので困るんですが。そうですね、冷たいというか、あからさまに周囲と一線を画すようなところが見受けられて。あまり……あまり、人と関わるのが好きじゃなさそうだった」

「……え?」

「身分だとか魔力の有無で差別するわけじゃなくて、分け隔てなく全員遠ざけたがっていたような。……まぁ、生まれと魔術の腕を考えると、そういう態度もおかしくないかって周囲は遠巻きにしてたな。私も彼は得意じゃなかった」

 フェリータは固まっていた。

 ヴァレンティノは記憶をたどるうちに、だんだんと言葉遣いが砕けてきていた。
 それが余計に、当時のリカルド周辺が持つ感情の生々しさを感じさせた。

「でもそれが、飛び級の結果ロレンツィオと講義が被るようになって、態度が変わっていったんだよな。他の学生とも普通に話すようになって」

「そ、そう」

 緊張していたのかもしれない。
 リカルドだって人の子だ。慣れ親しんだ家庭教師とのやりとりから、急に同世代の、ほとんどが身分も実力も劣る学友たちの中に入っていって、どうしたらいいのかわからなかったのかもしれない。
 もしかしたら、やっかまれて人知れず嫌がらせでも受けたのかも。それで警戒心を強めたのを、人のいいヴァレンティノには感じ悪く映ったのかもしれない。
 
 フェリータの頭をそんな思考が高速で埋めていく。誰にするわけでもない、言い訳が。
感想 32

あなたにおすすめの小説

戻る場所がなくなったようなので別人として生きます

しゃーりん
恋愛
医療院で目が覚めて、新聞を見ると自分が死んだ記事が載っていた。 子爵令嬢だったリアンヌは公爵令息ジョーダンから猛アプローチを受け、結婚していた。 しかし、結婚生活は幸せではなかった。嫌がらせを受ける日々。子供に会えない日々。 そしてとうとう攫われ、襲われ、森に捨てられたらしい。 見つかったという遺体が自分に似ていて死んだと思われたのか、別人とわかっていて死んだことにされたのか。 でももう夫の元に戻る必要はない。そのことにホッとした。 リアンヌは別人として新しい人生を生きることにするというお話です。

嘘つきな唇〜もう貴方のことは必要ありません〜

みおな
恋愛
 伯爵令嬢のジュエルは、王太子であるシリウスから求婚され、王太子妃になるべく日々努力していた。  そんなある日、ジュエルはシリウスが一人の女性と抱き合っているのを見てしまう。  その日以来、何度も何度も彼女との逢瀬を重ねるシリウス。  そんなに彼女が好きなのなら、彼女を王太子妃にすれば良い。  ジュエルが何度そう言っても、シリウスは「彼女は友人だよ」と繰り返すばかり。  堂々と嘘をつくシリウスにジュエルは・・・

「私に愛まで望むとは、強欲な女め」と罵られたレオノール妃の白い結婚

きぬがやあきら
恋愛
「私に愛まで望むな。褒賞に王子を求めておいて、強欲が過ぎると言っている」 新婚初夜に訪れた寝室で、レオノールはクラウディオ王子に白い結婚を宣言される。 それもそのはず。 2人の間に愛はないーーどころか、この結婚はレオノールが魔王討伐の褒美にと国王に要求したものだった。 でも、王子を望んだレオノールにもそれなりの理由がある。 美しく気高いクラウディオ王子を欲しいと願った気持ちは本物だ。 だからいくら冷遇されようが、嫌がらせを受けようが心は揺るがない。 どこまでも逞しく、軽薄そうでいて賢い。どこか憎めない魅力を持ったレオノールに、やがてクラウディオの心は……。 すれ違い、拗れる2人に愛は生まれるのか?  焦ったい恋と陰謀+バトルのラブファンタジー。

いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!

夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。 しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。 ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。 愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。 いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。 一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ! 世界観はゆるいです! カクヨム様にも投稿しております。 ※10万文字を超えたので長編に変更しました。

いつも隣にいる

はなおくら
恋愛
心の感情を出すのが苦手なリチアには、婚約者がいた。婚約者には幼馴染がおり常にリチアの婚約者の後を追う幼馴染の姿を見ても羨ましいとは思えなかった。しかし次第に婚約者の気持ちを聞くうちに変わる自分がいたのだった。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜

しましまにゃんこ
恋愛
リヴィエール公爵家に養女として引き取られた少女、アリサ・リヴィエール。 彼女は華やかな公爵家の嫡子マリアとは対照的に、家でも学園でもひっそりと息を潜めて生きていた。 養女とは言っても、成人と同時に修道院へ入ることが決まっており、アリサに残された時間は僅かだった。 アリサはただ静かに耐えていた。 ——すべてを取り戻す、その時まで。 実は彼女こそが、前公爵が遺した真の娘であり、水の加護を持つリヴィエール公爵家の正統なる後継者だった。不当に奪い取られた地位と立場。 アリサは静かに時を待つ。 一方、王太子リュシアン・ルミエールは、傲慢な婚約者マリアに違和感を抱きつつ、公爵家に隠された不正の匂いを嗅ぎ取っていく。 やがて二人の思惑は重なり、運命の卒業パーティーが幕を開ける。 奪われた名前も、地位も、誇りも—— 元々、私のものなので。まとめて返してもらいます。 静かに爪を研いできた養女の、逆転ざまぁと溺愛ロマンス。 完結保証&毎日2話もしくは3話更新。 最終話まで予約投稿済み。