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二、カールロット公爵令嬢は魔女になる、ことにした
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「魔法ってね、簡単なやつなら、正確な魔法陣とか正しい製法で作られた呪具とかがあれば、誰でもできんの。おまじないって言われたりするやつがそう。“魔女”と“おまじないに精通した一般人”との原則的な違いは、魔女の洗礼を受けているかどうか。魔女になるとね、人によって程度の違いはあるけど、まだるっこしい魔法陣とか呪文とかがいらなくなるんだ。ロザロニアもちょっと前まで猫になるために長々詠唱してたもんねー」
「……では、私は魔女になる前に、おまじないの勉強をしないといけないというわけですか?」
「そうだよ」
夕食後、パイプをくゆらせて窓枠に腰掛ける男を前に、私は肩透かしを食らった気分になった。なんだ、もっと厳しくて危なくて死にそうになったり、残酷で気が滅入るようなことをさせられたりするのだと思っていたのに。
「詳しいことは明日から教えてくね。とりあえず、城の裏手に鶏小屋があるから、そこの場所だけロザロニアに聞いておいて」
なるほど。弟子入りしたからには食事の準備も私の役目というわけか。横を見ると、たらいを抱えてシチューをかっこんでいた美女と目が合った。青い顔をして、「……これ片付けてからな」とのこと。大量に作ったからといって大食いなわけではないのか。
はっきり言って私も料理などしたことはない。シェフ修行じゃないんだから味は期待しないで欲しいと思った、その矢先。
「簡単な魔法陣描くのに、新鮮な鶏の血を使うから。頑張ってね、しばらくは毎日締めるんだよ」
ロザロニアも最初の内は毎朝血だらけで勉強してたよねーと、師匠ひとりで懐かしがっていた。
私は目と口を開けっ放しにして、数秒間唖然としてしまった。
鶏料理の心配どころじゃなかった。
「……ま、魔女の洗礼は、いつ頃受けられるんですか」
「堅い言葉遣いやめてね。……それは、人それぞれとしか」
今の間は何。もしかしてすごい長い時間がかかるの。魔法がなじみにくいっていわれた私は、いつまで血まみれで魔法陣とやらを描くの。
「フラウリッツは、早かったんだろ、受洗」
「ロザロニア、食べ終わった?」
まだ、と言ってストロベリーブロンドの女はたらいを傾けた。
……もしかして、無理やり弟子入りしたから、私この男に意地悪されてる?
人間不信になりかけている私の胸に疑念が湧きかけたとき。
「食べ終えたら、レダリカを部屋に案内してね。今片付けるからさ」
ぱちんと男が指を鳴らす。城のどこか遠くで、ガタガタバサバサと、何かが激しく壁にぶつかったりはためいたりする音がした。
見えるわけもないのに左右をきょろきょろしてしまった私を嗤いもせず、男は穏やかに言った。
「ここで生活するのに必要な物はさ、ぼちぼち手配するから。今夜はロザロニアのお古で我慢して、ゆっくり休みな」
その顔に、私は自分の勘繰りが見当違いであることに気がついた。
食器を手に部屋を出て、壁の燭台が点々と照らす廊下を歩きながら、先を歩く妖艶な美女に「ねぇ」と声をかけた。
「夕食を、どうもありがとう……」
振り返ったロザロニアは目を見開いた後、「へへ、どういたしまして」と笑った。
朝になったら、彼にも言わないといけない。
助けてくれてありがとう、と。
色々聞かなくてはいけないこともあるけれど、まずはそれだ。
*
しかし翌朝、血と羽にまみれた使い古しの前掛けを洗濯場へ放り投げると、私は耳の奥にこびりついた鶏の断末魔を振り切るような早足で、食堂だと教えられた場所へ飛び込んだ。その頭は恐怖と怒りに支配されていて、正直礼の言葉どころではなかった。
「フラウリッツ。あなた、私が寝てる間に部屋に入って、天井にこれを貼ったの……?」
寝起きそのもの、という体で椅子の背もたれによりかかり、あくびをした男が「ああ、それ」と言った。その顔の前に突き付けた貼り紙には『言い忘れたけど、僕の許可なしで城の外に出ないでね』と書いてあった。朝いちばん、目覚めてすぐにわたしの目に入った、昨夜寝たときには絶対になかった紙を。
「まさか、片付けだって入らなくてもできるのに、貼るためだけにわざわざ行くわけないじゃん」
「……そ、そうよね」
「あ、下着の替え発注するから、後でサイズ教えて」
「ロザロニアに言えばいいわよねっ!?」
下心もデリカシーも無さそうな男はそうだねぇ、とのらりくらりと呟いて。
「ま、ロザロニア、さっき帰っちゃったから、次に来る時までどうにかできるんなら、それで」
――私は初歩の呪文より先に、生活必需品の発注の仕方を教えてもらった。
ああ、はやく王太子たちを呪い殺せる力が欲しい。
「……では、私は魔女になる前に、おまじないの勉強をしないといけないというわけですか?」
「そうだよ」
夕食後、パイプをくゆらせて窓枠に腰掛ける男を前に、私は肩透かしを食らった気分になった。なんだ、もっと厳しくて危なくて死にそうになったり、残酷で気が滅入るようなことをさせられたりするのだと思っていたのに。
「詳しいことは明日から教えてくね。とりあえず、城の裏手に鶏小屋があるから、そこの場所だけロザロニアに聞いておいて」
なるほど。弟子入りしたからには食事の準備も私の役目というわけか。横を見ると、たらいを抱えてシチューをかっこんでいた美女と目が合った。青い顔をして、「……これ片付けてからな」とのこと。大量に作ったからといって大食いなわけではないのか。
はっきり言って私も料理などしたことはない。シェフ修行じゃないんだから味は期待しないで欲しいと思った、その矢先。
「簡単な魔法陣描くのに、新鮮な鶏の血を使うから。頑張ってね、しばらくは毎日締めるんだよ」
ロザロニアも最初の内は毎朝血だらけで勉強してたよねーと、師匠ひとりで懐かしがっていた。
私は目と口を開けっ放しにして、数秒間唖然としてしまった。
鶏料理の心配どころじゃなかった。
「……ま、魔女の洗礼は、いつ頃受けられるんですか」
「堅い言葉遣いやめてね。……それは、人それぞれとしか」
今の間は何。もしかしてすごい長い時間がかかるの。魔法がなじみにくいっていわれた私は、いつまで血まみれで魔法陣とやらを描くの。
「フラウリッツは、早かったんだろ、受洗」
「ロザロニア、食べ終わった?」
まだ、と言ってストロベリーブロンドの女はたらいを傾けた。
……もしかして、無理やり弟子入りしたから、私この男に意地悪されてる?
人間不信になりかけている私の胸に疑念が湧きかけたとき。
「食べ終えたら、レダリカを部屋に案内してね。今片付けるからさ」
ぱちんと男が指を鳴らす。城のどこか遠くで、ガタガタバサバサと、何かが激しく壁にぶつかったりはためいたりする音がした。
見えるわけもないのに左右をきょろきょろしてしまった私を嗤いもせず、男は穏やかに言った。
「ここで生活するのに必要な物はさ、ぼちぼち手配するから。今夜はロザロニアのお古で我慢して、ゆっくり休みな」
その顔に、私は自分の勘繰りが見当違いであることに気がついた。
食器を手に部屋を出て、壁の燭台が点々と照らす廊下を歩きながら、先を歩く妖艶な美女に「ねぇ」と声をかけた。
「夕食を、どうもありがとう……」
振り返ったロザロニアは目を見開いた後、「へへ、どういたしまして」と笑った。
朝になったら、彼にも言わないといけない。
助けてくれてありがとう、と。
色々聞かなくてはいけないこともあるけれど、まずはそれだ。
*
しかし翌朝、血と羽にまみれた使い古しの前掛けを洗濯場へ放り投げると、私は耳の奥にこびりついた鶏の断末魔を振り切るような早足で、食堂だと教えられた場所へ飛び込んだ。その頭は恐怖と怒りに支配されていて、正直礼の言葉どころではなかった。
「フラウリッツ。あなた、私が寝てる間に部屋に入って、天井にこれを貼ったの……?」
寝起きそのもの、という体で椅子の背もたれによりかかり、あくびをした男が「ああ、それ」と言った。その顔の前に突き付けた貼り紙には『言い忘れたけど、僕の許可なしで城の外に出ないでね』と書いてあった。朝いちばん、目覚めてすぐにわたしの目に入った、昨夜寝たときには絶対になかった紙を。
「まさか、片付けだって入らなくてもできるのに、貼るためだけにわざわざ行くわけないじゃん」
「……そ、そうよね」
「あ、下着の替え発注するから、後でサイズ教えて」
「ロザロニアに言えばいいわよねっ!?」
下心もデリカシーも無さそうな男はそうだねぇ、とのらりくらりと呟いて。
「ま、ロザロニア、さっき帰っちゃったから、次に来る時までどうにかできるんなら、それで」
――私は初歩の呪文より先に、生活必需品の発注の仕方を教えてもらった。
ああ、はやく王太子たちを呪い殺せる力が欲しい。
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