『カールロット公爵令嬢は魔女である』~冤罪で追放されたので、本当に災厄の魔女になることにした~

あだち

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四、カールロット公爵令嬢は魔女である

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 三日前、ルゼの件のあと、私はフラウリッツの行方を気にかけつつも、殿下が用意してくれた馬車で王宮を後にした。

 そして夕方には、私は生まれ育った邸宅から、また王宮に戻るはめになった。
 肉体的にも精神的にも疲労困憊だったのだが、結果的に、生家は王宮以上に心休まらない場所となっていたからだ。

 けれどその後、さらに追い討ちのようにとんでもない事後報告が王宮でもたらされるとは、まだ知るよしもなかった。

 ――目立たない裏の門から王宮に入り、ひっそりと案内された小部屋。そこでヴァンフリート殿下から渡されたのは、書記官の書いた速記の議事録だった。国王陛下や緊急召集された大臣たちの目の滑るやりとりを省き、私は要点を拾っていった。

 曰く。

“我々は王宮を狙う魔女の一団の存在を秘密裏に察知した。その手先をあぶり出し、そして駆逐するため、国王自身も承知の上、王太子は乱心したふりをした。結果、魔女の意を汲み王宮で不正を働くものを、次々とらえることができた。罪なき者の投獄は、魔女たちにこの企みがばれないようにするためのカモフラージュである”

 ……そんなことにされたの。
 読みながら、私は白々と呆れていた。

“そしていよいよ呪いの正体を暴くというとき、亡くなったはずのカールロット公爵家のレダリカ嬢が現れた。皆には、呪われし力を得て死から蘇った彼女に、その妹にして王太子妃候補だったルゼ嬢が立ちふさがったように見えたことだろう。”

 ……まあ、私のこと、隠しきれないわよね。
 やはりすぐにここを去ろうと思いながら、黙って先を読んだ。

“しかし、呪われた力を得ていたのは妹の方であった。レダリカ嬢は天から悪魔を退ける力を授かり、ふたたびこの地上に舞い戻ったのである。神の祝福を受けたレダリカ嬢は、彼女を庇って重傷を負った王太子と共に、無事王宮から魔女ルゼ・カールロットを追放したのである”

 ……。
 は?

“聖なる娘レダリカ・カールロットによる救済は宮廷のみならず、尽きかけていたヴァンフリートの命の灯火にも及んだ。互いに命を懸けて国を救いし二人は、かつては死に引き裂かれながらも今また手を取り合い、未来永劫この国の繁栄に尽力してくれることだろう。天の教会とともに、ウィヴランに栄光あれ。聖女の力に祝福あれ。”

 ……。
 ……。

『……殿下?』

 暫し絶句した後、私は目の前にいたヴァンフリート殿下に声をかけた。彼は黙ったまま、じっと私の目を見返してきた。

『……何ですか、これは。何があったのですか、これは』

 私は、殿下から直々に渡された紙束をひらひらと振った。こんな態度、以前なら考えられなかったが、今はそれどころではない。
 殿下は『読んだ通りだ』と淡々と返してきたのだ。

 読んだ通り。
 この戯曲の筋書きみたいな文が、国王が臣下に語った内容の速記。歴史書の元にもなる、議事録。

 私はもう一度、手元の紙束に目を落とした。そして何も深いことは考えず、口を開いた。

『――誰が聖なる娘ですって、手を取り合って未来永劫繁栄に尽力ですって!? 聞いてないどころの話じゃないわ! 冗談じゃない、ウィヴランにもグラニエルにも、私にはもう用はないし、先に私を捨てたのはそっちでしょう! なんなら今も休ませてくれなくて結構、フラウリッツ同様すぐここを出るわ!』

 疲労と衝撃と怒りで、箍が外れたようにまくし立てると、私はすぐに踵を返そうとした。

 ……それなのに、私の足は殿下の『待ってくれ』の言葉で素直に止まった。
 待て、なら待たなかったのに。予想だにしていなかった言葉に、足が固まってしまったのだ。

『勝手なことをしたとは思う。だが、貴女が私と王国にしてくれたことを正当に讃えようにも、その力は神と教会の意に沿うものである必要があるのだ。国民はもちろん周辺諸国も、神への信仰という秩序の上で均衡を保っているのだから』
『……なら、教会の働きで呪いを打ち消したことにすればいいわ。私を聖女に仕立てなくとも、教会に花を持たせて恩を売れば良いでしょうに』

 と、反論すると。

“カールロット家に隠れていた真の魔女を見抜けなかった教会に、余の宮廷で大きな顔をさせる気はない”

 とは、魔女に狂わされた“ふりをした”実の息子に軟禁された陛下の、思慮深ーいお言葉らしい。きっと、私を見捨てたときと全く同じすまし顔でそう言ったに違いない。ありありと想像できた。
 その鉄面皮、目の前にあったら鼻先燃やしてた。

 殿下はなおも『貴女には、皆の前で魔女だと名乗る以外は好きに過ごせるよう配慮する。……公爵邸もあるが、警備や衆人の目を避ける意味ではできれば、この王宮で過ごしてもらえると助かる。聞くと、魔女だからと言って何か特別なことをしないといけないわけでもないのだろう? 聖油や聖武器さえ近づけなければ、礼拝堂にも入れると聞いた。聖女といっても、国事の際に司祭長や我々と同じように出席してくれれば、それで求心力としては十分過ぎるのだ』と、こんこんと言い募ってきた。

 聞いた、って誰に。
 ……クラリスか!

 私は混乱と怒りで目の前が回る感覚に耐えていた。そこへ、殿下が私の手を取ってきた。
 
『それに、私も貴女の働きを国中に分からせたい。……レダリカ・カールロットの名を、尊いものとして、未来に語り継がせたい』

 握られた右手の次に、いつの間にか近くなっていた殿下の顔をまじまじと見てしまった。――化粧せずとも美しい、“獅子の王太子”の顔を。

『はっきり言う。一度は魔女の力で傾いたこの治世の建て直しに、協力してほしい。ルゼに負けた、私たちに』
『そ、それは脅しですか、ルゼがしたことの責任は姉がとれと――』
『違う。私とて、貴女に頼むなんて、今さら都合が良いとはわかっているが、これ以上王都が掻き乱されれば、国全体が不安定になってしまう。……それに私も、あなたにそばにいて欲しい』
『……は』
『レダリカ、これは卑怯な言い訳に過ぎないが、……望んで貴女を追放したわけじゃない。妃になってほしくないと、自分の心で思ったことなど、ただの一度もなかった。もう何年も前から今に至るまで、妃にふさわしいのは、結局貴女だけだった』

 いつだって、彫像のように端正で、ろくに感情を表に出さなかった王太子殿下。
 その彼が、目の前で顔を歪めていた。苦しそうに。悔しそうに。

 そのとき、私は手を振り払ってやればよかったのだ。今さら知ったことじゃない、と吐き捨てて、魔女らしくつむじ風と共に去ればよかったはずだ。

 骨の髄まで沁み込んでいた国への忠誠も、高い身分ゆえの義務や使命も、この人への思慕も、そのすべての礎となっていた虚栄心も親の愛への渇望も、そのすべてがとっくの昔にひっくり返されているのだから。

 なのに、それができなかったのは。

 ――あろうことか、そこで私の気力と体力が限界に達したからだ。

『っ、レダリカ!?』

 押し寄せる疲労に負け、意識が遠ざかるのと同時に足が崩折れた。
 以前は多少の無理こそ通常運転だったのだが、最近は疲れたらちゃんと寝る習慣がついていた。今日は、もう寝るべき。そう全身が訴えている。

 眠い。もう何も考えられない。

 後のことは明日、朝食を作ってから考えよう。

 朝食?
 そうだ、それは確か交代で作ることになったはずだ。まだ、順番を決めていない。
 
 明日は、どっちが作るの。そう問うために、瞼を押し上げる。

 睫毛が遮る、うすぼんやりとした視界に、焦ってもなお美しい顔が映りこんでいる。声は聞こえないけど、見慣れたその顔に、呼び掛けた。

『……フラウリッツ』

 ――ああもう、そんな顔をするくらいなら、なんで私を置いて先に帰っちゃうのよ。




 そして次に目覚めたときには、朝日がカーテンの隙間から漏れる、豪奢な客室の天涯付きの寝台の上だった。

「……はぁ」

 それはすなわち、クラリスが居座るこの豪奢な部屋に続く寝室で、ぐっすり夜を明かしたということ。

  ばか。私の大ばか。
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