【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる

櫻井みこと

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マリエ視点

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 婚約破棄、と言う言葉が聞こえたような気がして、マリエは顔を上げた。
 目の前に立っているのは、婚約者の第一王子グリーダ。
 第一王子であって、王太子というわけではない。だが、公爵令嬢マリエとの婚約によって、それも時間の問題だと言われていた。
 容姿はそこそこ。でも、頭は少々残念。
 そうはいっても、この国では国王など飾りでしかない。むしろ見目がよく、余計なことを考えない人間のほうがいい。父と兄たちがそう言っていたのを、マリエも聞いていた。
 結婚しなくてはならないマリエからしてみれば、多少見た目は悪くとも誠実な人間のほうがよかった。でも国を支える立場の父たちからすると、余計なことをして事態を悪化させる王よりは、最初から何もせずに任せてくれる王の方が、良い王らしい。
 でも、それでもこのグリーダが良い王になれるかどうかは微妙なところだ。
 性根は悪くないと思うのだが、とにかく人の意見に左右されやすいのだ。誰かの諫言をあっさり信じて処罰しようとしたことも、一度や二度ではない。
 人を信じる心を持っているといえば聞こえはいいが、とにかく騙されやすい。これは国王として致命的ではないかと思う。
(それはそうと、王子は何を言っていたのかしら。興味がないからまったく聞いていなかったわ)
 マリエはあらためて、婚約者であるグリーダを見つめた。
 彼はなぜかひどく嬉しそうな顔で、マリエに言い放つ。
「今さらそんな顔をしても無駄だ。もう決めたことなのだからな」
「何を、でしょうか?」
 話を聞いていなかったと知られると、面倒なことになるが、このまま話を続けられても意味がわからない。思い切ってそう尋ねると、グリーダはますます愉快そうに笑う。
 最近、彼はなぜかマリエに対して尊大な態度を取っている。
 マリエのほうが、幼い頃から王太子となるべく教育されてきたグリーダよりも、近隣諸国の語学や歴史に精通していて、物事の覚えもいい。
 それを教師に指摘されて悔しがっていたので、マリエは社交辞令として、婚約者である王子の役に立つために必死なのだと答えたのだ。それをなぜか、マリエは自分に心底惚れていて、彼のためなら何でもするのだと変換されたらしい。
 王子の頭はもはや、残念を通り越して空っぽではないかと思った瞬間だった。
 父や兄にそんな扱いをされていると告げたら、すぐにでも婚約は解消されるだろう。だが、また婚約者との顔合わせからしなければならないのが面倒で、そのままにしていた。
 だが目の前にいるグリーダは、堂々とこう宣言したのだ。
「お前との婚約は破棄する」
「……そうですか」
 本人がそう言うのなら、仕方がない。
 マリエはあっさり頷いて、立ち上がった。
 婚約者との恒例のお茶会だったが、もう婚約者ではないのなら、ここにいる意味はない。
「待て、どこに行く」
「婚約者ではないのですから、もうここにいる意味はありません。帰ります」
 もう対応するのも面倒になって、投げやりにそう答える。
「そんなにショックだったのか。そうだろうな。今まで私のために努力してきたことが、すべて無駄になるのだからな」
 今度は誰に、何を吹き込まれたのだろう。
 今まではそれを探り、父と兄に報告して処罰してもらうのもマリエの役目だったが、もうそれもしなくてもいい。 それを思うと、彼を唆した人物に少しだけ感謝の気持ちさえ抱いた。
 自分が思っていたよりもずっと、王子のお守りは大変だったようだ。
 それに、今までの妃教育が無駄になるようなことはない。
 きっと父は、第二王子のエイダを次の婚約者にするだろう。
 少し身体は弱いが、頭の良さは兄とは比べものにならないくらいだ。そしてマリエの婚約者となったエイダが、王太子となる。
 マリエにとって、王妃となるのは確定した未来。
 その相手が誰になるのか、はっきりと決まっていなかっただけだ。
(そういえば、婚約破棄の理由を聞いたほうがいいかしら?)
 そう思ったが、どんな理由であれ、彼との婚約はもう解消される。
マリエ自身、これ以上彼との関係を続けたくない。きっと父と兄がうまく収めてくれるだろう。
「お前が今までの非を詫びて許しを請えば、側妃くらいにならしてやってもいいぞ」
 性根は悪くないと思っていたが、それは昔のことのようだ。この言葉も父と兄に報告しよう、と決意する。
私の正妃になるのは……だ、と誰かの名前を言っていたような気がするが、興味がないで聞いていなかった。
「そのつもりはございません。グリーダ様との縁も、これまでです。今までありがとうございました。お元気で」
 そう言って、一度も振り返ることなく部屋を出ていく。
 なぜかグリーダは追いかけてきて、マリエの腕を掴んで引っ張った。
「待て、どういうつもりだ」
「離してください。婚約者でもない方に、触れられたくありません」
 ぱしりと払いのけると、彼は信じられないというような顔でマリエを見つめる。
「お前は俺を、愛しているのだろう? 嫉妬に狂って、リィをいじめるほどに」
 リィとは誰の愛称だろう。マリエは首を傾げた。
「何のことでしょうか。わたしはそのような人は知りません。それに、グリーダ様は社交辞令という言葉をご存知でしょうか。私の行動はすべて、そのひとことで片付くことです」
 マリエの言葉は王子に対して非礼だったが、調査の結果によっては、王子ですらなくなる可能性がある。
 そう言い捨てて、今度こそ立ち去る。
 たしかに婚約破棄は手間だが、一生彼の面倒を見ることを考えると、この方がずっといい。
 どこか晴れ晴れしい気分になって、マリエは笑みを浮かべた。


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