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第6章「讃洲旺院非時陰歌」
第83話「アーサー王はいい王様だった」
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城下町へ行く道々、コバックは馬車の窓から外を見ていた。
「小雨地域といっても、農業も盛んなんですね」
小雨は見方を変えれば、日照時間が長いという事にも繋がる。野菜や果実の栽培には意外に向くのだ。
エルは「盛んですよ」といって、三角山を指さす。
「特に柑橘類の栽培が盛んです」
三角山は果樹が植えられ、鮮やかな緑の葉を揺らしている。
「日照時間が長く、北側に波の穏やかな海があるので、陽の光を反射して果実に当てられます。だから山の斜面に、よく陽が届くのです」
日照時間が長く、一年を通して温暖な気候、そして本来、日陰になりやすい北側からも陽が届くという条件が、ドュフテフルスの農業を支えている。
それは正しく、インフゥに一つの言葉を思い出させた。
「適者生存……」
呟いたインフゥは、この景色にシュティレンヒューゲルの大公が目指す世を感じる。
小雨であるが、平野部の広さ、山の地形、気候、それらに適したものを栽培し、争い事を好まない住民の性質――しかしファンは理想ではないという。
「でも果実や野菜は熱量が低いから、飢饉が起きるとヤバいッスわ」
栄養価は高くとも、熱量――カロリーの低いものばかりを作っているのでは、食糧自給率という観点から見れば劣悪という事になってしまう。
難しい話に難しい顔をさせられるインフゥとザキたったが、そんな表情を一変させるものをエルが見せる。
「けど、熱量が高いといえば、取って置きのものを作ってますよ」
エルは包み紙を鞄から取り出す仕草を、少しばかり勿体付けたのだから、ザキは気になると身を乗り出させられる。
「なーに?」
食いついてくるザキに対し、エルはまだまだ勿体付けたままの手付きで包みを開け、
「砂糖菓子です」
「わ!」
ザキが目を輝かせた。戦乱からの復興も嗜好品は後回しになりがちであるから、砂糖は高級品である。
ただドュフテフルスでは、安くはないが、目玉が飛び出る程の高級品ではないから、エルが買ってきている。
「港で買ってきました」
手軽、気軽に買えるとこらに、このドュフテフルスの豊かさがある。
「甘ーい」
口に砂糖菓子を放り込み、ニコニコと笑うザキへ、ファンがクスクスと笑った。
「三白っていうのがあるんスよ」
ドュフテフルスの特産品の事である。
「砂糖、塩、小麦ッス。小麦は今いった通り、畑が広いから。塩は、ずっと遠浅の海岸があるから、海水を引き込んで精製できるんスわ」
しかし砂糖といわれると、コバック、ザキ、インフゥは首を傾げた。
「お砂糖、白い?」
ザキがいう通り、世に流通しているものは基本的に黒砂糖だ。
「ドュフテフルスの砂糖は白いんスよ。黒いのを、どうにかして白くするらしいんスけどね、実は自分も方法は知らないッス」
子爵家が独占的に握っている秘技であり、それは子弟といえども、おいそれと知る事はできない。
「お酒と似たような方法で作るらしいんスけど、その技術は外部へ漏らしたり、盗みに来た相手は処刑されるってくらい、厳しいんスよ」
脅しでなく、本当に他国から技術を盗みに来た者が処刑された話があるのだ、とファンはいう。ここだけは領土が狭いドュフテフルスにとっては死活問題に繋がりかねず、争い事の嫌いなドュフテフルスの男でも容赦できない点なのだろう。
そんな馬車が城下へ入っていく。
「ところで、どこへ?」
エルがくれた砂糖菓子を頬張りながら訊ねるインフゥは、馬車が華やかな中心地ではなく外れの方へ向かっている気がしていた。
「外れの方に住んでるんスよ」
***
馬車が停められたのは、町でも外れの外れだった。
だが荒ら屋同然の建物ではなく、土壁、石壁こそないものの、板壁、草葺きの家は凜とした雰囲気に包まれている。
入り口には、軍学兵法、六芸十能、医陰両道と書かれた看板があり、
こここそが、ファンの目的地。
「御流儀の師匠ッスわ」
ファンが少し照れくさそうに笑った。
御流儀とは本来、ドュフテフルスに仕える騎士として必要な技術、知識群を指し、これも副帝の兄が初代太守として赴任してきた際、纏め上げ、作るよう指示したといわれている。
初代はこういった、とファンには伝わっている。
「戦うだけなら誰でもできる。誰でもできないのは人を守る事だって、おっしゃったんスね」
戦闘に必要なものだけでなく、あらゆる知識を備える事こそ新時代の騎士であると考えたのだ、と。ファンがユージンの村で簡単な薬が作れた事、詰み石による防壁を築けた事は、この知識に起因している。
御流儀の指南所である事を示す看板の上には馬の意匠があり、これも初代太守が決定したものだ。
その理念とは――草庵の方から投げかけられた言葉が告げる。
「駿馬の旗の下、遍く技術を統合せよ」
その声はファンに居住まいを正させた。
「師匠」
それに対し、師は溜息を吐いてしまう。
「ニヤけた声を出しおって」
今のファンは御流儀を操る剣士ではなく、大道芸人だった。このカルい口調は、御流儀の師としては複雑である。
「お前の声はよく聞こえる」
この発声法も大道芸で学んだものであるが、腹式呼吸と丹田呼吸は御流儀においても重要な地位を占めている。溜息を吐けど、咎められるものではなかった。
そして師の威厳は、いつもならばファンの頭を抑えて、一緒にお辞儀させるエルにも、今は一人で一礼させる。
「手紙が届いていましたか? ご無沙汰していました」
「届いておったよ。上がりなさい」
師はふと笑い、草庵へ皆を招いた。
招きつつも、ファンが背後につくと、ファンのみに聞こえるように呟く。
「敗れたらしいな」
「はい」
「小雨地域といっても、農業も盛んなんですね」
小雨は見方を変えれば、日照時間が長いという事にも繋がる。野菜や果実の栽培には意外に向くのだ。
エルは「盛んですよ」といって、三角山を指さす。
「特に柑橘類の栽培が盛んです」
三角山は果樹が植えられ、鮮やかな緑の葉を揺らしている。
「日照時間が長く、北側に波の穏やかな海があるので、陽の光を反射して果実に当てられます。だから山の斜面に、よく陽が届くのです」
日照時間が長く、一年を通して温暖な気候、そして本来、日陰になりやすい北側からも陽が届くという条件が、ドュフテフルスの農業を支えている。
それは正しく、インフゥに一つの言葉を思い出させた。
「適者生存……」
呟いたインフゥは、この景色にシュティレンヒューゲルの大公が目指す世を感じる。
小雨であるが、平野部の広さ、山の地形、気候、それらに適したものを栽培し、争い事を好まない住民の性質――しかしファンは理想ではないという。
「でも果実や野菜は熱量が低いから、飢饉が起きるとヤバいッスわ」
栄養価は高くとも、熱量――カロリーの低いものばかりを作っているのでは、食糧自給率という観点から見れば劣悪という事になってしまう。
難しい話に難しい顔をさせられるインフゥとザキたったが、そんな表情を一変させるものをエルが見せる。
「けど、熱量が高いといえば、取って置きのものを作ってますよ」
エルは包み紙を鞄から取り出す仕草を、少しばかり勿体付けたのだから、ザキは気になると身を乗り出させられる。
「なーに?」
食いついてくるザキに対し、エルはまだまだ勿体付けたままの手付きで包みを開け、
「砂糖菓子です」
「わ!」
ザキが目を輝かせた。戦乱からの復興も嗜好品は後回しになりがちであるから、砂糖は高級品である。
ただドュフテフルスでは、安くはないが、目玉が飛び出る程の高級品ではないから、エルが買ってきている。
「港で買ってきました」
手軽、気軽に買えるとこらに、このドュフテフルスの豊かさがある。
「甘ーい」
口に砂糖菓子を放り込み、ニコニコと笑うザキへ、ファンがクスクスと笑った。
「三白っていうのがあるんスよ」
ドュフテフルスの特産品の事である。
「砂糖、塩、小麦ッス。小麦は今いった通り、畑が広いから。塩は、ずっと遠浅の海岸があるから、海水を引き込んで精製できるんスわ」
しかし砂糖といわれると、コバック、ザキ、インフゥは首を傾げた。
「お砂糖、白い?」
ザキがいう通り、世に流通しているものは基本的に黒砂糖だ。
「ドュフテフルスの砂糖は白いんスよ。黒いのを、どうにかして白くするらしいんスけどね、実は自分も方法は知らないッス」
子爵家が独占的に握っている秘技であり、それは子弟といえども、おいそれと知る事はできない。
「お酒と似たような方法で作るらしいんスけど、その技術は外部へ漏らしたり、盗みに来た相手は処刑されるってくらい、厳しいんスよ」
脅しでなく、本当に他国から技術を盗みに来た者が処刑された話があるのだ、とファンはいう。ここだけは領土が狭いドュフテフルスにとっては死活問題に繋がりかねず、争い事の嫌いなドュフテフルスの男でも容赦できない点なのだろう。
そんな馬車が城下へ入っていく。
「ところで、どこへ?」
エルがくれた砂糖菓子を頬張りながら訊ねるインフゥは、馬車が華やかな中心地ではなく外れの方へ向かっている気がしていた。
「外れの方に住んでるんスよ」
***
馬車が停められたのは、町でも外れの外れだった。
だが荒ら屋同然の建物ではなく、土壁、石壁こそないものの、板壁、草葺きの家は凜とした雰囲気に包まれている。
入り口には、軍学兵法、六芸十能、医陰両道と書かれた看板があり、
こここそが、ファンの目的地。
「御流儀の師匠ッスわ」
ファンが少し照れくさそうに笑った。
御流儀とは本来、ドュフテフルスに仕える騎士として必要な技術、知識群を指し、これも副帝の兄が初代太守として赴任してきた際、纏め上げ、作るよう指示したといわれている。
初代はこういった、とファンには伝わっている。
「戦うだけなら誰でもできる。誰でもできないのは人を守る事だって、おっしゃったんスね」
戦闘に必要なものだけでなく、あらゆる知識を備える事こそ新時代の騎士であると考えたのだ、と。ファンがユージンの村で簡単な薬が作れた事、詰み石による防壁を築けた事は、この知識に起因している。
御流儀の指南所である事を示す看板の上には馬の意匠があり、これも初代太守が決定したものだ。
その理念とは――草庵の方から投げかけられた言葉が告げる。
「駿馬の旗の下、遍く技術を統合せよ」
その声はファンに居住まいを正させた。
「師匠」
それに対し、師は溜息を吐いてしまう。
「ニヤけた声を出しおって」
今のファンは御流儀を操る剣士ではなく、大道芸人だった。このカルい口調は、御流儀の師としては複雑である。
「お前の声はよく聞こえる」
この発声法も大道芸で学んだものであるが、腹式呼吸と丹田呼吸は御流儀においても重要な地位を占めている。溜息を吐けど、咎められるものではなかった。
そして師の威厳は、いつもならばファンの頭を抑えて、一緒にお辞儀させるエルにも、今は一人で一礼させる。
「手紙が届いていましたか? ご無沙汰していました」
「届いておったよ。上がりなさい」
師はふと笑い、草庵へ皆を招いた。
招きつつも、ファンが背後につくと、ファンのみに聞こえるように呟く。
「敗れたらしいな」
「はい」
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