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暖衣飽食の夢

43. 在野に下る

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「待てよダリルフェルド! ここを辞めてどうする気だ!?」

ダリルフェルドと呼ばれた男性は腰に帯剣をして肩に荷物を背負いながら呼び掛けを無視して大股開きで足早に歩き去っていった。しかし、それを許すまいと呼び掛けた方の男性が去りゆく男性の肩を掴む。

「待てってダリルフェルド! 念願の騎士団だぞ!? それもそんじょそこらの騎士団じゃない。レグニス公爵家の騎士団だ」
「離せイゴール。オレはもうこの茶番にほとほと愛想が尽きた。何が剣も握れぬ平民だ。貴様らなぞ剣しか握れぬくせに」

ダリルフェルドはイゴールの手を払いのけてなおも進んでいく。そしてイゴールはその才を惜しむかのように執拗にダリルフェルドの後を追った。

「お前には才能がある。こんなとこで終わるような人間じゃ……」
「いくら才能があったとしても、こんな場所で開花なぞ出来るものか」

二人が所属しているレグニス公爵家であるが、当主は未だ八歳で他の家族は母親が居るだけであった。しかし、母親は嫁いできたため実質的に血を受け継いでいるのは彼しかおらず、現在は内戚と外戚の連中が政を取り仕切っていた。

その親戚筋もお互いに争い合っており腐敗が進んでいた。そのため、どんなに優秀な人間であろうとも上の官職に就くことが出来ない状態となっていたのであった。

「オレは諦めないぞダリルフェルド。オレは必ずルーカスさまをお守りし、騎士団長まで昇りつめて見せる!!」
「好きにしろ。だが、それにオレを巻き込むな! 世話になったな」

ダリルフェルドはかつての親友と袂を分かち、兵舎を飛び出た。

「さってと、どーすっかなぁ」

兵舎を飛び出したは良いものの、次の行動を全く考えていなかったダリルフェルド。今後のことを考えようとしたところでお腹が大きな音を出して主張を始めたので、その音を次の目的地へと採用することにした。

「いらっしゃい! 何にする?」
「食いもんと飲みもんをコレで」
「あいよ!」

手近にあった酒場に入るダリルフェルド。店に入るや否や給仕のおばさんに銀貨二枚を渡して食事を注文した。食事が届くまで店内を眺めて待つ。ダリルフェルドの席の後ろには商人が一人二人いるだけであった。

それもそうだろう。こんな昼間っから酒を煽るヤツの程度が知れるとダリルフェルドは自分で自分のことを自嘲した。

「あいよっ! エールと肉詰をパンで挟んで焼いたやつだよ」

ダリルフェルドの目の前に大きなコップと美味しそうな御飯が運ばれてきた。お腹が悲鳴を挙げているのを思い出したダリルフェルドは早速パンに噛り付く。

中から肉汁が溢れ出てダリルフェルドは先程までの殺伐とした感情の中に一滴の幸せを見出していた。

一心不乱に食べ進めるダリルフェルドの後ろから商人たちの声が聞こえてきた。どうやら、商人は待ち合わせの相手が到着したらしい。

「どうだい? 景気の方は」
「オレの方はジグムンドの旦那が大きな戦を起こしてくれたからな。それなりに儲かったぜ」
「オレんとこはダメだった」
「お前んとこは東と南の辺境伯だったっけか? 勝ち馬に乗れなかったのか。かーっ! 勿体ねぇなぁ」

ダリルフェルドはこの商人の会話に聞き耳を立てていた。何故なら彼は次の勤め先を探さねばならないからだ。話に挙がっていた家は人が不足していることが考えられるから候補に入るだろう。

「あとは色々と小競り合いが続いてるようだな」
「それな。まだ東と南の辺境伯んとこはキナ臭いって聞くぞ。この間に二回も小競り合いが起きたって聞いたぐらいだ」
「そうなんだよ。何とかって言う小さな地方領主なんだがまだ幼子だって話だ」
「あー、それはオレも聞いたぜ。それが領土を広げて騎士に上がったっつー。なんてったっけな」
「「ま、いいか!」」

後ろの商人たちは声をそろえてそう言うと、大きな声で笑いながら上機嫌に酒を水の様に浴びていた。ダリルフェルドは商人の話を参考に今いる場所から南下していこうと考えた。

「ごちそーさん」
「毎度!」

ダリルフェルドは膨れた腹を擦りながら表に出た。陽はまだ高い。

「テキトーに下っていきますか」

ダリルフェルドの最初の目的はスポジーニ東辺境伯だ。その次はベルドレッド南辺境伯だろう。それが叶わなければ、その何とかと言う幼い領主の名も分からなければ場所も分かっていない場所を探そうと考えていた。

詰まるところ、仕官さえできれば良いのである。でないと、明日も膨れたお腹を擦ることが出来ないだろう。こうしてダリルフェルドは自身の足でゆっくりと歩みを始めたのであった。
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