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第1章 実は処女だなんて、絶対誰にも知られたくない!

第1話 高嶺の花は28歳、処女

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「着きましたよ、エミリーさん」
「んぅ……」

 名前を呼ばれたので目を開こうとして、できなかった。

(まぶた、重い……)

「鍵どこですか?」
「ん……?」

 問いかけられても、意味がよくわからない。頭がふわふわしているからだ。

「鍵です、家の」
「バッグ……、ポケット」
「触りますよ?」
「ん」

 ──ゴソゴソ、カチャカチャ、ガチャ。

 鞄を探る音、鍵を回す音、扉が開く音。それらを聞きいていたら、また眠くなってきた。

「エミリーさん、自分で部屋入れますか?」
「……むり」
「でしょうね」

 私の肩を抱いて支えていてくれた誰かが、クスリと笑った気がした。そして、私をひょいと抱き上げる。いわゆる、お姫様抱っこだ。

「お邪魔します」

 彼は丁寧に挨拶をしてから部屋に入った。

「寝室どこですか?」
「みぎ、おく」
「右奥ですね。開けますよ?」
「ん」

 薄暗い室内を進んで、寝室へ。ドサリとベッドに降ろされて嗅ぎ慣れた匂いに包まれると、ほんの少し目が覚めてきた。

「水、ほしぃ」
「はい。キッチン借りますね」
「ん」

 ささっとキッチンに去った彼は、ささっと戻ってきて水の入ったグラスを差し出す。そして、ささっと私の肩を抱き起こしてくれた。

 ──ゴクン。

 水を飲み干す音が、深夜の寝室でやけに響いた。

「……ありがと」

 ようやく開いた目を、その人に向ける。

「どういたしまして」

 そこには、にっこりと笑うさわやかなイケメン。
 彼の名はサイラス・エイマーズ、18歳。最近A級パーティーに加入した大型新人──新米冒険者くんだ。

「ん?」

 思わず、首を傾げた。

「なんで、サイラスくんがうちにいるの?」

 その問いかけに、笑みを深くしたサイラスくん。瞬きをしたので、空色の瞳がパチリと光った。

 ──ギシッ。

 木製のベッドが音を立てた。彼がそこに腰を掛けたからだ。ベッドの上に座って間抜け面を晒していた私との距離が、ぐっと縮まる。

「あなたに、誘われたんですけど」

 彼の長い指の先が、私の唇に触れた瞬間、記憶が一気にフラッシュバックしてきた──。


 * * *


 ことの発端は、職場の飲み会だ。

「で? エミリーちゃん、結婚はいつ?」

 上司の無神経な一言に、グラスを握る手に思わず力がこもった。だが、それを悟られる前にニコリと笑う。

「ノーコメントです」
「つれないねえ。さすが、高嶺の花!」

 ガハガハと笑ったのは私の直属の上司である、窓口課のコールズ課長だ。

「結婚なんかせんでもええ! エミリーちゃんは、ずっとうちにおったらええ!」

 また別の上司が絡んできた。こちらは隣の会計課のランドル課長。いずれもキャラが濃い。

「結婚が全てやない!」
「いや、お前の場合はエミリーちゃんがいなくなったら困るって話だろ?」
「バレたかぁ!」
「俺もだぁ!」

 二人の上司がグイッと酒を呷って、またガハガハと笑った。

「そんな。私なんて、いてもいなくても……」
「何を言うんや!」

 私が言うと、ランドル課長がズイと身を乗り出してきた。

「エミリーちゃんがおらんくなったら、窓口から回ってくる書類の数字、死んでまうやろ!」
「そんなことありませんよ」
「あるぅ! そんなことあるぅ!!」
「エミリーちゃんいなくなったら、誰が新人教育するんだようぅ!」

 二人の課長が大きな声で言ったので唾が飛んだ。やめてほしい。

「公営ギルドいうても、うちは地方の木っ端ギルドや。見てみぃ。窓口担当者は女性ばっかり。実に前時代的や」
「確かに」

 ランドル課長が今度はひそひそ声で言うので、私も小さな声で返事をした。反対側の隣ではコールズ課長がうんうんと頷いている。

「それが悪いとは言わんが、寿退社が多すぎや。一人前になったと思ったら……。くぅっ! エミリーちゃんがおらんなったら、わしら死ぬ!」
「お役に立てて嬉しいです」
「ほんまに」
「とはいえ、私もいつ余所へ異動になるか……」
「それは心配ない!」

 コールズ課長がドンと胸を叩いた。

「本部には圧力をかけてある!」

(は?)

 思わず出そうになった低い声は、なんとか我慢した。

「俺の親戚の貴族様にお願いして、ギルド省のお偉いさんにバッチリ圧力をかけてあるから、エミリーちゃんの異動はまずない!」
「……それは知りませんでした」

 ニコリと笑った私の真意など気付かない二人。

「安心安心!」
「エミリーちゃんは、ずっと、わしらのエミリーちゃんや!」
「高嶺の花、ばんざい!」
「結婚、ノーサンキュー!」
「ガハハハハハハハッ!」

(最悪……!)

 そこからは、やけ酒だった。


 わたしの名前はエミリー・ガネル、28歳、独身。公営ギルド職員、10年目のベテラン。シルバーブロンドにアメジストの瞳を持つ、絶世の美女。

 ──それが、の私だ。

 自分が絶世の美女であることに気がついたのは、5歳の誕生日のことだ。それと同時に、の記憶を取り戻した。漫画やゲームの中で見た、昔のヨーロッパ風世界に転生したのだと、すぐに分かった。

 その瞬間に、私は天啓を得た。

 ブスを隠すために派手な金髪とケバケバの化粧で完全武装して、社畜しながらホストに入れ込んで借金を抱えて。挙げ句、猫を助けてトラックに轢かれて死んだ。そんなしょうもない私は、もういない!

 私は【高嶺の花】として、誇り高く生きる!

 そのために、あらゆる努力をしてきた。真面目に学校に通った。品行方正、成績優秀ともてはやされた。いつしか、誰もが私を【高嶺の花】と呼ぶようになっていた。
 就職活動も大成功。平民女性の人気ナンバーワン職業である、公営ギルドの採用試験に見事合格。あとは素敵な結婚相手を見つけて、家庭に入って……なんて、完璧な人生設計を立てていた。

 ところが、ここでがついた。

 初赴任が、地方の田舎町だったのだ。ギルドがあるので、それなりの規模の街ではあるが、田舎は田舎。しかも国境近くであるがゆえに魔物やダンジョンが多く、とてつもなく忙しかった。

 『ギルド省に頼み込んだんや、とにかく優秀な人を送ってくれって!』とはランドル課長の初対面の挨拶で。ここで、元社畜の私の何かに火が着いた。仕事に打ち込む私を誰もが認めてくれて、大事にしてくれた。期待されて、それに応えられることが嬉しかった。しかも、職場の環境も待遇もあの頃とは大違い。私はどんどん仕事にのめり込んでいった……。

 結果。

 気がつけば、のまま28歳になっていた。
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