上 下
29 / 59
一章 云わば、慣れるまでの時間

27. で、調べてくれたか?

しおりを挟む


「──で、調べてくれたか?」

「ええ、もちろんです」


 そう言ってフェデルタは数枚の羊皮紙を差し出してくれるが、その文字は読めない。だが、一応受け取っておく。

 フェデルタに頼んだこと。それは今後に必要な情報だった。ペラペラと紙をめくっては、並んだ文字列に胸が高鳴る。そこには、思っていた以上に文字が書かれていた。

 短い文字列、そしてその後に長めの文。このセットが6個分。恐らくは名前と簡潔に纏められた詳細だろう。

 彼ら相手に利用するのは私のスキルである。


 ──何かを欲していて、それを手に入れるためには金に糸目をつけないような人。その何かは何でもいいし、国内であればどこでもいい。
 もちろん、学園内でもいいのだ。

 人脈のある人で成功すれば、口コミで人を集めることができる。そうなれば、もう勝ったも同然である。恐らく、客足の途絶えない商売となるのだから。

 とはいえ、成功するかは不明だ。初めて行うのだから当然だろうが・・・・・・それよりも、〝代償〟の存在を知られてしまうのが1番困る。
 目に見えない代償ならまだ良いが、体の部位など目に見える所はまずい。

 代償は変更可能なのだろうか。可能であれば話は別となる。


「ありがとう。助かった」

「そ、そんな・・・・・・私はただ当たり前のことをしたまででございます」


 微笑んで礼をいえば、フェデルタは感極まった表情で床に頭を擦り付ける。主人の役に立つことこそが至高の喜び。この瞬間、彼女はえも言われぬ幸福感に心を酔わせていた。
 私はそんなフェデルタの様子には気付かない。感心して紙束を見つめる。


「それにしても、短時間でよく調べたな。どんな方法を行ったのだ?」


 はい、と嬉々として語り出したのを聞いて、私はすぐに聞いたことを後悔した。悪びれる様子もなく人間を下等生物と呼ぶ彼女は、やはり魔族なのだと痛感させられる。

 フェデルタの話に対し、私は「そうか」としか返せなかった。何の疑問も持たない。
 そもそも未成年の私には実感の持てない話ではあったし、彼女の美貌と手腕ならば可能だろうと思ったからだ。


「そうだ。噂の方はどうだったか?」


 話が切れた所で私はもう一つの頼み事を切り出す。あの3人も今日来たばかりだと言うが・・・・・・もう既にその存在は浸透しているのだろうか。
 聞くと、フェデルタは顔を曇らせた。それで何となくは察しがつく。


「・・・・・・人気、か」

「はい。今朝に盛大なパレードを開いたようで・・・・・・ちっ、蛆虫風情が」

「聞こえてる、聞こえてるぞ」


 誰にも聞こえないような小声で吐き捨てる。だが、私の耳にはしっかり届いていた。人前では慎め、と窘めるとフェデルタは大きく頷く。


「はい、もちろんでございます。仲良くしております」


 ・・・・・・まあ、問題を起こさなければ何でも構わないが。ここまではっきり言われると、同族としては何とも言えない気持ちになってくる。
 同じ人間だが、どうやらフェデルタにとって私は別格らしかった。支配権が移って良かったと心底思っている。

 それなら良い、と返して改めて詳細を聞く。フェデルタが聞いてきた話によると、3名も召喚されたとの事で国中が浮き足立っている様子だった。

 そして、学園内でも彼らを取り巻く親衛隊ようなものが作られたらしい。国から与えられた権力、そして、その強き力と3名の美貌が大半の生徒の心を掴んだのである。

 ファンクラブかよ、と私は呆れた。


「──どれくらいの生徒が、その馬鹿みたいな集まりに入っているんだ?」

「約半数は確実に」

「・・・・・・それは早いな」


 フェデルタから返ってきた言葉は、予想外のものだった。肩書きが優秀とはいえ、ぽっと出の異世界人が半日で人望は集められるものなのか。


「試験結果が相当優秀だったのと、あの見た目が人を集めたようです」

「なるほど・・・・・・それなら納得だ」


 流石と言うべきだろう。勇者、聖女、賢者の名に恥じない実力をお持ちのようだ。


「まあ、隔離された校舎ならば、彼らと鉢合わせになる可能性も低いだろう。
 ──フェデルタ、決して余計なことはするな。これで十分なのだから」

「はっ、仰せのままに」

「これからは・・・・・・そうだな、日が沈んだらここへ来るといい。出来るか?」


 跪いたままフェデルタは頭を垂れる。つまりは肯定。

 誰にも気づかれずに部屋へと入る──転移魔法が使える彼女にとってその程度は造作もなかった。

しおりを挟む

処理中です...