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一章 云わば、慣れるまでの時間
32. 少し違和感を感じた
しおりを挟む食堂全体が黄色い歓声で揺さぶられる。あの静けさは元から無かったような喧騒に耳を塞いだ。それと同時に、諦めに似た感情が苦く心に広がる。
見なくても分かっていた。時折歓声に交じる呼称に、聞き覚えがあったから。
「きゃぁああ!! 勇者様よぉおおお!!」
「カズキ様もトモキ様もステキぃ~」
「お、おい、アンナ様もいらっしゃるぞ!!」
憧れの3人組が近くにいるということで、生徒達の興奮が頂点へと達する。その熱狂ぶりは凄まじい。しかし──何故か、女子よりも男子の方がより多く歓声を上げていた。
3人を筆頭に続いて入ってきた集団が、更に生徒達の歓声を湧き上がらせる。どうやら、Sクラスの中でも人気のある集団らしい。
彼らはαクラスとは違う白色のケープを羽織る。他生徒からの羨望の眼差しを一身に受けていた。
その中の1人がすっと手を挙げて制す。それだけで食堂は元の静けさを取り戻した。
「何かあったのか?」
響く落ち着いた声。声の持ち主である銀髪の青年が1歩前へ出る。周りを見渡していた切れ長の青緑色の瞳だが、ふとある一点を見て止まる。
その視線──それを辿ると同じ銀色が目に入る。それはさっきまで私と話していた者だった。
(・・・・・・ディルク?)
煌めくような銀髪は同じだ。しかし兄弟だとして、2人の間に漂うこの剣呑な雰囲気は何なのだろうか。互いを睨み合う瞳は決して和やかなものでは無い。
それを見たディルクから一際大きい舌打ちが聞こえてきた。おや、とディルクに気づいた青年が眉を上げる。
「またお前か」
「・・・・・・何もねぇよクソ兄貴」
やはり兄弟か。確かに近くで見ると互いに共通した雰囲気がある。兄が優秀な証の白のケープを羽織っているのに対し、弟はαクラスである象徴の黒のケープ。
・・・・・・何となくではあるが、不仲の理由が分かったような気がする。
より肌を刺すような険しい雰囲気になったのを感じ、私はそっと息を吐いた。2人の間に割り込むようにして声を挟む。
──不思議と心は平常を保っていた。
「申し訳ない。少し彼と口論になってしまっただけだ、他は何も起きていない」
「お前は・・・・・・」
突然現れた声に青年の視線が移される。その言葉が続けられる前に、「あー!!」と遮った者がいた。
嬉々とした表情で近づいてくる。それは、今とても会いたくない人ランキング1位の女性。
「アゼリカちゃんだぁ!! 噂の転入生ってアゼリカちゃんの事だったんだねぇ」
たわわな胸をわざとらしく揺らし、ゆるふわに巻かれた桃色の髪は彼女の愛らしさをより際立たせる。
彼女──アンナが早々でこの学園の上位に位置する者となったのはすぐに分かった。
なんせ、彼女を見る男子生徒の目線がまず違う。憧れ、恋心、崇拝・・・・・・フェデルタに似たようなものを感じる。もちろんそれはSクラスの男子生徒も例外ではない。ディルクの兄も頬を赤らめている。
だが、ここまで過剰なのは男子生徒のみである。カズキやトモキを見る女子生徒の目線はそこまでではない。
それに男子生徒であっても、ディルクやグリムは逆にアンナを敵視しているようだ。惚れている様子はない。
──少し違和感を感じた。彼らの場合、会ってせいぜい数時間。それだけで、ここまで心を掴む事が出来るのだろうか?
殆どの男子生徒が盲目的になっているように感じるのは、私の気の所為だろうか?
だがその違和感の正体を考える前に、アンナの楽天的な声音が食堂内に爆弾を投下した。
「アゼリカちゃんも大変だよねぇ? 転生者なのにαクラスってぇ」
「・・・・・・」
瞳をうるわせながら同情する素振りを見せてはいるが、心の中まで同じとは限らない。・・・・・・少なくとも私は、そうではないと分かっていた。
アンナが投下した爆弾は思いの外周囲に衝撃を与えたようだ。優秀なはずの転生者がαクラスに入った事は相当意外な事らしい。
(他の転生者3名がSクラスに入っているのだから、それも当然か・・・・・・)
1度始まってしまったざわめきが収まる気配はない。聴力も強化されているせいで、「転生者って、マジ?」「αクラスとか・・・・・・」などと口々に蔑み言い合っているのが嫌でも聞こえてくる。
食堂内で溢れ返る罵倒や蔑みの視線。それらを私は平坦な気持ちで受け流した。
「ちょっと・・・・・・!!」
「大丈夫だ、手を出してはこない」
「そういう問題じゃ」
ない、と言いかけたエルミータが私を見て口を噤む。
口ではああ言うが、手を出してこなければ実害はない。それに、私が何かを言ったところで事実が変わりはしないだろう。
「かわいそぅ~」と近づいてくるアンナを見上げる。──同情顔の彼女を見て、私は満面の笑みを浮かべていた。
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