単なる下働きの私ですが、1000の前世持ちです

厠之花子

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序章 とある下働きの少女

2.雑用係として

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 昼間から浴びるように酒を飲み、日々の疲れを癒す男性もいれば、2、3人で集まり何やら相談をしているグループもある。
 人で溢れかえったそこは、むんとした熱気で酷く暑い。

 ──ギルド内に併設された酒場は今日も賑わっていた。


「リィン! ちょっとジルロに茶を出すついでに、いい加減仕事をしろと伝えてきてくれ!!」

「あ、はい!!」


 カウンターの方から、一際威勢の良い声が飛んでくる。
 呼ばれのは私の名だ。振り向くと、怒気を含んだ切れ長の瞳がこちらを見つめていた。

 その怒りの矛先が私ではないとはいえ、その迫力に若干の冷や汗が流れる。

 恐らくは前半部分の方が〝ついで〟なのだろう。その後に続けられた「寝てたら、股間を蹴り上げてでも起こして仕事をさせろ」という台詞がその証拠だ。

 明らかに怒っている表情の彼女を見て、私は苦笑いを浮かべた。


(この様子じゃあ、またジルさんは怒られそうだ)


 あの人のサボり癖は恐らく一生治りはしない。きっと今も寝ていることだろう。


「リィン!? 聞こえているか!?」


 通行の邪魔にならないよう、のたのたと掃除用具を片付けていたら怒鳴られてしまった。すぐに返したはずの返事だったが、尋常ならぬ喧騒に掻き消され届かなかったらしい。

 「はぁい!!」周りの声に負けじと張り上げると、ようやく彼女は満足気な微笑みを口元に浮かべた。
 さあ、急がなくては。私は持っていた箒を近くの壁に立てかけ、人の間を縫うように厨房へと向かうのだった。



 アーネッド王国。

 決して大きいとは言い難い国だが、王都には商人も多く集まり、のんびりとした端の街とはまた違った表情を見せていた。

 そして、その王都でも一際立派な建造物がある。それが中央ギルド。
 その中にはメインとして依頼のやり取りを行う受け付け、そしてレストラン代わりに酒場が併設されている。

 その酒場が、私が雑用係として数年間働いている場所だ。──しかも3食付きの住み込みで。

 12歳という年齢とその状況に同情してからか、1人だけ破格の好待遇。それも下働きとはいえ王都のギルドで、だ。他ではこんなことありえない。せいぜい門前払いされるのがオチである。

 仕事内容だって難しいものではない。掃除に接客、買い出し……誰にでも出来る作業だ。

 当然、そんな好条件辞められるはずが無い。──それに、彼らは私たちの恩人でもあるのだから。


 そんなわけで私は今、幸せな老後生活の為に地道にお金を貯めている。



 すっかり顔馴染みとなった厨房で、淹れたてのお茶をトレーに乗せてもらう。
 小さな両手でそれをしっかりと受け取ると、熱々の湯気が顔にかかって、思わず逃れるように顔を逸らした。

 それを見て目の前の男性は軽快に笑う。遅れて、ポンと頭に手を乗せられた。──ピクリと肩が跳ねる。
 くしゃくしゃ、くしゃくしゃ。癖のない黒髪が大きな手によって乱された。

 幸いなことに手はすぐに離れていってくれた。強ばった身体が離れた安心感によって緩まっていく。

 他人に触れられるのはまだ慣れていない。

 バレていないだろうか、とチラと上を見ると笑顔だったので、私もほっと息をつく。


「ハハハッ、気をつけて運べよー」

「はぁい。ジュンさんありがとー!」


 彼の気遣う言葉に、私はへらりと力の抜けた笑みを浮かべる。

 ジュン=エイミス。纏う雰囲気は何処か疲れたサラリーマンのような草臥れたものだが、中央ギルドの厨房を任せられているこの男の料理の腕は超一流だ。

 私も彼が作る賄いにはいつもお世話になっている。時々菓子も作ってくれる良い人で、気がつくと打ち解けて仲良くなっていた。

 そそくさと別れを告げると、その赤茶色の液体を零さないよう慎重に足を運ぶ。──不意に、明るい声が頭上から降ってきた。


「おっ、りーちゃん今日もお疲れ様っス!」

「あ」


 この声の持ち主は知っている。酒場の常連客であり優秀な冒険者だ。
 無邪気な笑顔を浮かべる彼女に、私は足を止めて聞く。

 この人の目的はただ一つだ。


「アイナさん、またビアンカさんに?」

「もちっスよ!! ……本音を言えば姐さんとずっと離れたくないんスけどねぇ」


 そういう彼女の橙色の瞳は輝いている。視線を向けた先には、カウンターで接客をする女性の姿が。先程私に指示を出した人である。

 ビアンカ=バーニ。このギルドの副ギルドマスターのような存在であり、ギルドマスターのお目付け役兼お世話係であり、私たちの恩人でもある女性。

 男性冒険者にも勝る剣術の使い手で、その名は冒険者としても有名だ。彼女に憧れる女性冒険者も多く、目の前の女性──アイナ=マティアスもその1人だった。

 ……が、彼女のソレは既に一般の度を越したものであるが。


「あはは……、でも程々にね」

「燃え上がる炎のような真っ赤な髪!! 気品漂う佇まい!! そしてキュッと引き締まったボディ!! ああ、あの小さなお尻もサイコーっスね!! 許されるなら全身を舐めまわ──」

「おいこら変態」


 ゴンッ、と鈍い音でアイナの台詞が中断される。彼女の頭に鉄拳を食らわせたのは、何を隠そうビアンカ姐さん本人である。


「も~なんスか。こんなか弱い乙女のことを殴った輩は……って姐さん!!」

「来て早々に何くだらないことを語ってるんだお前は。あと、か弱い乙女とは180度違う生き物だぞお前」


 ビアンカの姿を見た瞬間、痛いっスよ~、と涙目だったアイナの顔がパッと晴れる。その変わりようは見事。

 抱きつこうとする彼女に、ビアンカはもう一度拳を振り下ろした。
 ぼーっと突っ立ったままの私を見下ろすと、困ったように小さく笑う。


「この馬鹿が済まなかったな。リィンは気にせず仕事に戻ってくれ」

「あっはい! 行ってきますね」

「姐さん!! 挨拶のハグを──」

「馬鹿。んな挨拶があるか」


 軽く会釈をした後2人に背を向け、人混みの中足早に目的地へと向かう。……背後からまた鈍い音が聞こえたのはきっと気の所為だろう、うん。

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