単なる下働きの私ですが、1000の前世持ちです

厠之花子

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序章 とある下働きの少女

3.突然の来客_1

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 一つ扉を超えれば酒場の賑やかさは一転、緊張感のあるピリピリとした雰囲気が身を包む。私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
 酒場程ではないがこちらも人が多く、だだっ広いはずのフロアが狭く感じる。

 普段通りかと思いきや、今日は少々様子が違うようで。冒険者の皆さんの意識は、何やらある一点に向けられているらしく、不自然な静寂が入り口の方まで漂ってきている。

 ──ギッ……

 皆が皆動きを止めていた。そのせいで、小さい私の足音と床の軋む音は異常に大きく響く。いつもはこの黒髪で何かと噂されることはあるものの、ここまで注目されたのは初めてだった。


 正直、怖い。


 私の登場により若干のざわめきが広がる。見なくとも、この髪色に注目が集まってくるのが分かる。


「ああ、あれが噂の黒……」「しっ、聞こえるぞ」──静寂の中では、小声でよく聞こえるものだ。これももう慣れたことだった。
 私はそちらを見ることもせずに、歩みを進める。どうということはない。

 ……一人場違いな存在だということくらいはわかっている。
 当然この場に、私よりも幼い子はいない。田舎ギルドなら有り得るかもしれないが、王都に位置する中央ギルドは他とは違い、それなりの実力者だけに入ることが許される。

 そんな中だ。一人だけ浮くのは当たり前だろう。酒場と異なりここに入ったのは数回程度、見慣れないのも無理はない。それでも何も言ってこないのは、私が店の制服を着ているお陰だ。

 俯きがちに足早に、それでもカップの中身を零さないよう細心の注意を払って受け付けの方に向かう。
 ジルロ──ギルドマスターの部屋はその奥にある。そこに行くためには、一度受け付けを抜けなければいけない……つまりは、この視線の中を潜らなければいけないわけで。


 ──誰とも目を合わせずに行った先、そこでようやく、私は異様な静寂の原因を知ったのだった。


 離れていてもひしひしと肌で感じる威圧感。その圧力だけで屈してしまう人もいるのでは、と思うほど。


(……これは)


 目と鼻の先には、2m以上はある巨体。漆黒の全身鎧フルプレートを身につけた大男がそこに、いた。

 背には身長程ある大剣。楽々それを背負っている体躯は、全身鎧フルプレートを身につけている上からでも筋肉質だとわかる。
 残念ながら、フルフェイスに覆われているせいで顔は見ることが出来ない。……それもまた注目される要因の一つだろう。

 特に何をするでもなく、ただただ立っている。特に危害を加えてくるでもない。なんてことは無い、ただ立っているだけなのだ。
 ……が、それだけでも目を惹かれてしまう。その存在そのものが何故か異様なのだ、他の冒険者とは違う何かがある。

 ハッと見えないその男の顔を凝視した。


(そうだ、思い出した)


 雲の上の存在だったため、思い出すのに時間がかかってしまった。

 彼は英雄級冒険者に近いとされる人物等のうちの一人。手には手袋、漆黒の全身鎧フルプレートで全身を隠し、素肌は誰にも見せない。しかしその実力は本物で、巨大な大剣をいとも簡単に振り回し、敵を一刀両断にしてしまう。

 巨大な体躯から発せられる威圧感と必要最低限の言葉しか話さない寡黙さ。
 沈黙の漆黒剣士──アーダルベルド=バルツァー。

 冒険者ランクは言わずもがな、最高ランクであるSだ。それなりの数がいるAランクに対し、Sランクはある特殊試験をクリアしたほんの一握り。いかに優れているかがわかる。

 そんな〝超〟有名人がこんな小国のギルドにいるのだ。そりゃあ、こんな空気にもなる。当然の反応だ。

 なるほど、と私は一人納得するとその横を通り過ぎようとして──立ち止まった。……視線を感じる。いや、大勢に見られているには見られているのだが、それよりも強い視線。


「……」


 嫌な予感がして、恐る恐る顔を上げてみると案の定。前を向いていたはずのアーダルベルドの顔は、真っ直ぐ私を見下げていて……。
 あの、私何かしましたかね……えっ挨拶した方が良かったとかそういう……?

 凝視されると非常に落ち着かない。少し考えてみると、確かに挨拶しないのは不味いだろうという結論に至った。うん、挨拶はどんな世界でも大切だ。
 トレーを持ったまま、私は大きく頭を下げる。

 引き攣りそうな顔で無理やり笑顔を作った。


「あの、えっと……バルツァーさん、こんにちは。お会いできて光栄です」

「……」

「えっと……」


 返事はない。ただ身動ぎしたのか、短く鎧が触れ合う音がしただけである。静まった空間で、今まで以上にひしひしと視線を感じる。そんな中、私はひたすら彼が何か言うのを待った。

 待った。そう、待った。

 ……が、アーダルベルドからは何の音も発せられない。いくら寡黙とはいえ、流石にこれは……。とても気まずい。どれだけ待っていても助け舟は来ないだろうし。

 トレーの上のお茶はすっかり冷めていた。


「じゃあ……あの、私はこれで……」


 これ以上ここにいたくなくて、私は最後に頭を下げてから踵を返す。──後ろから息を呑む音が聞こえた。

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