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序章 とある下働きの少女

5.買い出しで_2

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「コルじい、いるー?」


 瓶だらけの店内を見回してみる。探していた人物はすぐに見つかった。
 ちょんと置かれた高めの机と椅子。そこに座っていた老人は、私の声を聞くなりはっと本から視線を上げた。険しかった表情が途端に柔和なものへと変わる。


「おお、おお。ビアンカさんのとこの……リィンじゃないか! よく来たなぁ……その制服を着ているということは、今日は遊びに来たんじゃなくて酒場の買い出しかの?」


 そうそう、と言いかけてから、居るはずの人物がいないことに気づいた。


「あれ? ……セーカさんは?」


 確かいつもは用心棒として店にいるはずだが……。
 首を傾げて聞いてみると「数日暇をやった」との声が。


「ええー……もしこの店が襲われたらどうするの」

「客も来ないというのに襲われるか。御贔屓さん以外は来んよ、こんな分かりにくい店」

「確かにそうだけど……」


 呆れと心配の目を彼に向ける。……全く、このおじいちゃんは何をやっているんだろう。

 よく、その老いぼれた見た目に反して強者だとかいう爺さんがいるが、彼──コルガット=クリノフは違う。見た目通り、立派な白髪しらがとふさふさの髭を持つただの老人である。
 足腰が悪いせいで歩く為に杖は必須、歩く速度も遅いので、ほとんどの作業は椅子に座りながら行っている状態だ。

 そして彼を支えているのが、用心棒兼店員兼介護人である青年── セーカ=イリイーンである。中央ギルドから紹介された冒険者で、生粋の優男でもある。

 配達等は彼の召喚獣に任せ、基本的に本人はこの店を手伝っていたはずだが。


「代わりの人とかは……」

「……居んよ、ワシ1人じゃ。なに、あやつも明後日には帰ってくる。──ほら、そんな事よりもそのメモを見せてみぃ。後日あやつに届けさせるからの」


 おずおずと腕を伸ばして手に持った紙を渡す。それを受け取ったしわくちゃの手を見て、さらに心配になった。
 ……本当にいなくて大丈夫かな。


「ふむ、金も確かに頂いたぞ。釣りは領収書と共に中に入ってるからの」

「……うん、ありがとう」


 受け取った後はただ店を出るだけだというのに、私はその場で動かずにじっとコルガットを見る。彼はしわくちゃな顔を更にしわくちゃにして笑った。


「そんな顔をするでない。ワシなら大丈夫じゃ」

「……うん。──明日も来るね」


 麻袋を握りしめた手を振る。行こう、と背を向けると、メシアと繋いだままの手を握り直した。
 明日も来よう、絶対。……ああ、メシアも行くかどうか聞かなきゃな。
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