単なる下働きの私ですが、1000の前世持ちです

厠之花子

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序章 とある下働きの少女

9.天使はいるのか

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◇◇



「──大丈夫か、リィン」

「ビアンカさん……本当にごめんなさい。お仕事出来なくて……」

「いやそんな事は良い。今日はゆっくり休め、な?」


 そう言って微笑んだビアンカは頭を撫でてくれる。ベッド脇にはいつも以上に心配そうなメシアが座っている。


「食事は……そうだな、メシアに頼もうか。傍にいてやれなくてすまない」

「いえ、そんな。大丈夫です……本当にありがとうございます」


 頼んだ、とビアンカが目配せすると、メシアはこくんと頷く。私はそっと身を隠すようにして布団を被る。
 ……翌日の朝。体調は案の定であった。

 まず目覚めてから身体の奥で主張する全身の痛み。一晩寝た事により昨日程酷くはないものの、少し身動ぎをしただけでその痛みは増す。この状態では仕事にならない事くらい、すぐに分かった。

 自分一人ではどうにもならないので、先に起きていたメシアに頼んでビアンカを呼んでもらった次第である。


(……やっぱり、この幼い身体だと負担が大きいみたいだ)


 ──虫や魔物では無い、使えるであろう前世の記憶の一つ。2つ前の世界で私は魔術師の男だった。

 近い前世だったからか、これはよく覚えている。

 そこは魔法が一般化された世界。今世とは違い、魔法学が発展し、魔法自体もより活用されていた。

 自身が生まれた家は典型的な魔術師一家だったようで、幼い頃から魔法学の勉強ばかり。魔素が安定し始めてからは兄や父と実践練習に明け暮れ、恋人は疎か友人の付き合いもなかった。

 当然、そんな魔術一筋の男に青春なんてものは無い。代わりに手に入れたのは王宮魔術師──所謂、エリート魔術師の称号だ。兄や父と同じ職である。

 金はそこそこあった。魔術師としての才もあった。上とのコネを利用して権力も手に入れた。

 ……だが、女はいなかった。

 そんな彼の死因は猛毒。誰が雇ったかは知らないが、ある夜に見知らぬ女に誘われ、即死毒入りの酒を飲まされて一発でお陀仏だ。
 これは色仕掛けに弱かったのがいけなかった。結局、女の悦びを知らずに死んでしまったのである。

 これを見て私は、今世では異性との交流も大事にしようと思った。いやもう本当に情けない。

 しかし、彼のお陰で今の私がいるのだ。幸いなことに、魔法に関する知識は全て引き継いでいるようで、有難く活用させてもらっている。

 ただひとつ難点なのは、殆ども魔法がこの幼い身体では扱いがとてつもなく難しいという点だ。魔力も多く使う上に技術的にも高度な魔法故、その点は仕方がないのかもしれない。

 当然自身の魔素だけでは足りないので、他の人の身体から漏れ出たものを拝借している。これも彼の記憶からやり方を学んだ賜物だ。──この世界の生物は、無意識に魔素を一部体外へと流していることに気づいていない。僅かな量でもソレを利用しない手はないだろう。

 魔素量の問題はこれで解決した、が。それでも幼い身体では扱えない。仕方なく、幼くても使える身体強化の魔法で無理矢理扱えるようにしている。しかし、その魔法自体も身体に負担がかかるもの。

 結果、解除した時の反動は酷く、私は今このような情けない姿となっていた。


(……はあ、今日は休むしかないのかな)


 身体を動かす為に強化魔法を使えば、さらに酷くなる事くらいはわかっている。今一番いいのは、このままじっとしていることだ。

 ぎゅっと片手を握られる。不自然な程に冷たい手が私の手を包む。


『きょうは、ぼくが、りぃのおせわをするの』

「……うん、ありがとう。メシア」


 以前にも長く魔法を使ったせいで、こうして倒れ込んだ事があった。その時も、こんな感じでメシアに看病されていたっけか。


(ここに来てからは平和で、魔法なんて使う機会少なかったんだけどな)


 兎にも角にも身体を休ませようと、目を閉じようとした時、息を荒らげた半獣人のウェイターが部屋に飛び込んできた。


「……そんなに慌ててどうした?」

「はぁっ……それが、あの、昨日の」

「落ち着け。──ゆっくりでいいから」


 低く響いたビアンカの声に、はい、と息を整える女性。ほぅ、と言葉を吐き出した。


「……酒場の表に、昨日出禁にした男が座り込んでいて。それがその何というか……様子がおかしいんです」


 出禁にした男と言えば、今の私の状況を作り出した元凶だ。──しかし。


(私がしたのは短時間の記憶の消去。それ以外は何もしていないはずだ)


 彼女のただならぬ様子に、ビアンカも真剣な表情で向き合う。


「様子がおかしいだと?」

「はい……まるで薬物中毒のような様子で、しかもずっと、『天使に会わせてくれ』とうわ言のように……」

「……、わかった。私が見に行こう。メシア、リィンの事をよろしく頼む」


 ビアンカの去り際の言葉を聞いて、メシアが頷く。パタン、と扉が閉められると、途端に部屋は静けさに包まれた。
 片手を握られたまま、私は今飛び込んできた情報を反芻する。


「天使……?」


 前の世界には、悪魔の対になる存在として天使は存在していた。精霊と同様に人前には滅多に姿を現さない為、彼らと契約した者は大賢者と崇められたものだ。
 私も姿形などは絵で見たことがあるものの、実際に見たことはない。

 その天使が、この世界の天使と同じかはわからないが……。ここでも存在はしているらしく、昔ちらっと聞いたことはある。

 私の呟きにメシアが反応した。手のひらに言葉を書き出していく。その言葉に私は驚いた。


『てんし、てんしはまっしろ。でもこわい』

「……メシアは天使を見たことあるの?」

『ん。こわい、きらい』

「怖いの?」

『……ん』


 そう言ったメシアは頷いたきり黙ってしまう。

 天使といえば優しいイメージがある。正反対の印象だ。とても想像がつかないが……。


「──私も会ってみたいな、いつか」


 ふかふかの枕に顔をうずめながら、私ふとそんな事を呟いた。
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