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Prologue
忘れられない-3
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――それから数ヵ月が過ぎたとき。
柏木先輩が彼女と別れたという噂が、一年の教室にまで流れてきた。
私はそれを複雑な思いで聞いていた。
*
今日の校内は普段と違う雰囲気で、男女ともどこかそわそわとして落ち着きがない。
私もそんな中の一人で。
ずるいけれど、先輩が彼女と別れている隙にバレンタインのチョコを渡そうと考えていた。
それは私だけではなくて、他の女子も同じだった。
美術室の一角で、先輩の周りに群がる女の子達。代わる代わる、先輩へプレゼントを渡している。
「柏木先輩。これ、チョコなんですけど、良かったら受け取ってください」
「……ありがとう」
少し困ったように笑う蓮先輩は、それでも断ることはせずに快く受け取っている。
私も先輩に渡すため、勇気を出して本命チョコを用意していた。
他のファンの子に混じって手渡す予定だから、たぶん本命とは気づかれないはず。
手紙には勇気がなくて『好きです』と書けなかった。だからただ『先輩の絵が好きです。これからも頑張ってください』と添えただけだった。
これなら、自分の絵に憧れているのかな、程度だと思う。
中3と高1で先輩と離れ離れになった一年間。心の奥底に先輩の存在があったから、他に好きな人はできなかった。
中学のときはたぶん、憧れだけだったのだと思う。
先輩が彼女と別れて、一緒に部活をする中で、好きな気持ちが一層溢れ出してきていた。
前よりもっと、先輩のことが好き。
ほんの少しでいいから、先輩へ気持ちが届きますように。
いよいよ自分の番がやってきて、緊張が最高潮に達していた。
気持ちがばれないように、さりげなく渡さなきゃ。
立て掛けたイーゼルに真っ白なキャンバスを置き、筆を握る柏木先輩。
今は校庭の風景画を描いている途中のようだった。
私はそっと彼の隣に立ち、話しかける。
「柏木先輩」
「……何?」
筆を止めた先輩は、優しく私へ視線を向ける。
「あの、私。中学のときから先輩の絵が……、好きでした」
言い切ったあと、心臓の音が激しく鳴っていることに気づいた。
「僕の、絵が……?」
先輩は微かに目を見開き、不思議そうに首を傾げる。
「良かったら、これ、受け取ってください」
プレゼントを差し出す手が震える。先輩に、気づかれていないといいけれど。
「ありがとう。僕の絵を好きになってくれて」
先輩はふわりと淡く微笑み、私からのプレゼントを受け取ってくれた。
その笑顔は、さっきの女の子達に対するような困った顔ではなかったのが救いだった。私が部活の後輩だから、というのもあるかもしれない。
受け取ってもらえただけで嬉しくて、私も先輩に微笑み返した。
柏木先輩が彼女と別れたという噂が、一年の教室にまで流れてきた。
私はそれを複雑な思いで聞いていた。
*
今日の校内は普段と違う雰囲気で、男女ともどこかそわそわとして落ち着きがない。
私もそんな中の一人で。
ずるいけれど、先輩が彼女と別れている隙にバレンタインのチョコを渡そうと考えていた。
それは私だけではなくて、他の女子も同じだった。
美術室の一角で、先輩の周りに群がる女の子達。代わる代わる、先輩へプレゼントを渡している。
「柏木先輩。これ、チョコなんですけど、良かったら受け取ってください」
「……ありがとう」
少し困ったように笑う蓮先輩は、それでも断ることはせずに快く受け取っている。
私も先輩に渡すため、勇気を出して本命チョコを用意していた。
他のファンの子に混じって手渡す予定だから、たぶん本命とは気づかれないはず。
手紙には勇気がなくて『好きです』と書けなかった。だからただ『先輩の絵が好きです。これからも頑張ってください』と添えただけだった。
これなら、自分の絵に憧れているのかな、程度だと思う。
中3と高1で先輩と離れ離れになった一年間。心の奥底に先輩の存在があったから、他に好きな人はできなかった。
中学のときはたぶん、憧れだけだったのだと思う。
先輩が彼女と別れて、一緒に部活をする中で、好きな気持ちが一層溢れ出してきていた。
前よりもっと、先輩のことが好き。
ほんの少しでいいから、先輩へ気持ちが届きますように。
いよいよ自分の番がやってきて、緊張が最高潮に達していた。
気持ちがばれないように、さりげなく渡さなきゃ。
立て掛けたイーゼルに真っ白なキャンバスを置き、筆を握る柏木先輩。
今は校庭の風景画を描いている途中のようだった。
私はそっと彼の隣に立ち、話しかける。
「柏木先輩」
「……何?」
筆を止めた先輩は、優しく私へ視線を向ける。
「あの、私。中学のときから先輩の絵が……、好きでした」
言い切ったあと、心臓の音が激しく鳴っていることに気づいた。
「僕の、絵が……?」
先輩は微かに目を見開き、不思議そうに首を傾げる。
「良かったら、これ、受け取ってください」
プレゼントを差し出す手が震える。先輩に、気づかれていないといいけれど。
「ありがとう。僕の絵を好きになってくれて」
先輩はふわりと淡く微笑み、私からのプレゼントを受け取ってくれた。
その笑顔は、さっきの女の子達に対するような困った顔ではなかったのが救いだった。私が部活の後輩だから、というのもあるかもしれない。
受け取ってもらえただけで嬉しくて、私も先輩に微笑み返した。
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