コボルド将軍の息子 ──チャブチ

家紋武範

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転生の章 決戦篇

第38話 陣中の夜

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ボクの心の中はかなりモヤモヤしていた。
ピンクに会いたい。あって詫びたい。
たぶん、土下座すれば許してくれるかもしれない。

でもピンクのことだからそんなに引きずってもないと思う。
それにしても手紙くらいくれたっていいじゃないか。

一人でいるということは色んな考えが頭を巡る。
みんなのことをこっちから嫌いになってやると憤怒したり、もう自分はこの世界に居場所がないのではないかと極端な考えに陥ったり、コノハと共に山に入って野生の軍隊を作って見返してやると思ったり……。
しかし行き着くところはピンクの顔。
糟糠の妻。彼女がいたからこそ団長になれたんだ。
寝台の上で彼女を思ってメソメソ泣いた。


夜。ボクはコノハに酒を注がせて、酔って一人で陣中を歩いた。
月明かりの元、叔父の埋葬地に来た。
ボクは、墓に手を合わせた。

「はぁ、叔父上。ボクは一体どうしたいいんでしょう? 教えて下さいよ……。いつも教えて下さったじゃないですか」

しかし、墓が話すわけもない。

「どうしてボクを見限ったのですか! 叔父上なんて地獄に落ちてしまえばいい!」

当たる場所がない。甘える場所もない。
叔父の墓に甘えたんだろう。そう叫んだ後に、墓にすがって泣いてしまった。

「叔父上のバカ……」

ボクはひとしきり泣くと叔父の墓に背を向け手に持った酒瓶を口に近づけグビリとあおった。

いつの間にか、チビがそこに立っていた。

「わ! マジでビックリした! チビかよぅ。見てたのか?」

泣いてるところを見られるなんて格好が悪い。だがチビは首を横に振ってくれたのでホッとした。

「団長閣下。私と陣中を少し歩いて頂いてよろしいですか?」

階級が上といえども、昔は一緒に遊んだ友だ。
チビを含めた三人の友は心置けない仲。彼らの前では団長の重責関係なく自分が出せる。
チビがそんなことを言うので、少し気が楽になった。

「いいとも。二人っきりなんだから閣下はやめろよ。昔みたいにオレ、おまえで行こう」
「そうだね。一口もらえるかな?」

ボクは彼に酒瓶を渡した。彼もクイと一口あおった。

「ふぃーーー。さすが団長。いい酒だ。うまいよ」

その言葉に久しぶり戦を忘れて微笑み合った。
チビが先導して歩いた先には、大きな幕舎があった。

「ここは……?」

ボクが聞くとチビは人差し指を立てて、声を立てないように指示した。そして口を耳元に寄せて説明した。

「ここは、我々よりも3~5歳若いコボルドの新兵の幕舎だよ。少し聞き耳を立ててみてよ」

そう言われて腰をかがめて幕舎に耳を当ててみた。
中から楽しそうな声が聞こえる。


「やっぱり団長はかっこいいよなぁ。大こん棒ブンブン振り回してさぁ」
「だよな。戦略のセンスはないけど」
「見た目がすごいじゃん。あれじゃ敵もビビるよな」
「そーいや、お前アレだろ? 戦争が終わったらも結婚するんだろ? 彼女と」
「おう。でもその言い方ヤメロ。フラグじゃねーか」
「わりーわりー。やっぱ、妾も持つの?」
「当たり前。もう目をつけてるのいるし」
「モテるやつは違うね~」

ボクはビックリして顔を上げてチビを見た。
彼は少しばかり寂しげな顔をしていた。

「さて、もう少しお付き合い願いましょう」

今度連れてきたのは、ゴブリンの幕舎。
その一つのテントにはこうこうと灯りがついているものがあった。
そこでも彼は聞き耳を立てるように言ってきたので、耳をすましてみることにした。

「……団長のことは尊敬はしてるが……」
「うむ……」

「多少やり過ぎなところがあるな。この前、テントを蹴り壊されたものがいるとか……」
「うむ……。前はそんなことはなかった。鬼族平等の声の元、我々は集まったが最近は我々ゴブリンを軽んじておられるような……」

「明日の戦でも無茶をされて我々は討ち死にしてしまうかもしれん。毎日が恐ろしい……」
「うん……。逃亡兵も増えているしな……」

「逃げるヤツは利口だ。参謀長が亡くなってから軍律は緩みっぱなしだ。オレも国元に帰りたい」
「そうだ。そうだ」

そんな。まさか、コボルドがそんなことを思っていただなんて。
確かにボクは戦下手かもしれない。戦略が下手なのは分かってる。
でも、彼らを軽んじたりするようなことは……。


チビの方を見ると、今までよりもさらに厳しい表情をした。

「さて。最後にもう一か所だけ……」

彼が案内した場所はボクのテントとほど近い、コボルドの幹部たちの宿営地だった。

「え? ここって……」

チビは口に指をあてる。
そこはクロの幕舎だった。
中から声がする。聞き覚えのある声ばかり。
参謀長府の連中は元より、コボルドの歴戦の戦士や隊長たち。
大部隊長の声もする。

「団長閣下はもうダメだ! コボルドの星ではない」
「そうとも。勝手気ままで女の尻ばかり気にして我々を省みない!」
「このままでは、一族がダメになってしまう。一族の文化が……」

そこで、クロの声だった。
彼は落ち着きを払って指導者の演説のような話し方だった。

「皆さん。父ブラックは、ブラウン将軍のためなら命を落としても構わないと私が小さい頃から言っておりました。そして、将軍亡き後は一族のためなら死んでも構わないといって、戦死してしまいました。私は父の背中を見ております。ゴールド様のためなら死んでも構わないと思っておりました。シルバー様のためならとも。しかし、親友であるはずのチャブチのために死ぬくらいなら、野生のコボルドと一緒になって生魚でも食いながら一生を終えた方がましです」

そう言うと、幕舎の中が沸き上がった。

「しかし……」

そう言うと幕舎の中が静寂になる。

「この二年でチャブチは変わってしまいました。傲り高ぶってるだけなんです。本来はマジメで一族のために砦を奪取し、今はこの城を取ろうとしております。それはまぎれもない事実ですし、彼なりの一族を思ってのことなのでしょう」

うん……。そのこころざしだ。
一族のため、鬼族のため、みんなの生活のため……。

「ですが、そこまでです。その後チャブチが変わらず、まだ女のことばかり考えるようでしたら、私は故郷の山に帰ろうと思います。あそこでブラウン将軍と暮らしたあの山で山菜をとり、虫を炒めて、タンポポの花を疑似餌にして魚やエビを釣って暮らす、あの平和な山に……」

テントの中は「そうだ。そうだ」という声でいっぱいになった。

「ですから皆さん、もう少しだけチャブチに時間を下さい。どうか謀反などという考えは捨てて下さい」

ボクはそこまで聞くと参ってしまった。
チビはボクの肩に手を乗せた。

「チャブチ。ここを治めるには方法が二つあるよ」
「……それって、どう言う……?」

「一つ目は、今すぐクロを捕まえて明日の朝、鬼族全体の前で処刑してしまうのさ。そうすれば、みんな気を引き締めるだろう。みんなで集って頭を垂れてこんなことを言うなんて重罪だ」
「そ、そんなこと……。出来っこないだろ。クロはボクの親友なんだ」

チビはクスリと笑った。

「二つ目は、チャブチが今までのことを反省し、女のことを忘れて、戦に大勝することさ。……ちゃんと清算するんだ。今までのことを」

全くその通りだ。今までの身持ちの悪さが招いたことだ。
分かっている。分かっているのだが、ボクはチビをそこに置いて、うなだれながら自分のテントに入って行った。
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