コボルド将軍の息子 ──チャブチ

家紋武範

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転生の章 チャブチ篇

第43話 叔父の遺志

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ピンクと再婚し、家族が揃ったところで母立会いのもと、邸宅の裏庭に父の首を埋葬し、墓石を立てて氏神として祀った。
ブラウン家の英雄がいつも我らを見守っていてくれる。

母は供物に久しぶりに羊の脳みその唐揚げを出した。
チャブチはそれを墓前に捧げ、すぐにそれを取って長男のベジュを呼んでその場で立って食べた。
お調子者の次男のキャメルも近づいて来たが、叱って下がらせた。

「これは父ブラウン将軍への捧げものだ。霊力が宿っている。ブラウンの当主のみだ。キミはおばあちゃんに新しく作ってもらいなさい」

それは叔父ゴールドに教えられた通りのことだった。
兄弟にも上下の別がある。チャブチは意識だけの存在となってもそれを聞いていたのであろう。


鬼族の隊長達は、庁舎の前に英雄チャブチの銅像を建立しようと提言した。
しかし、チャブチは頭を振って辞退した。

「私よりも作らなくてはいけない英雄の銅像がある」

それは誰しも父ブラウン将軍の銅像だと思った。
英雄チャブチ以外と言えばそれしか無いと思ったのだが違っていた。


彼は叔父ゴールドの銅像を建立した。ちゃんと両手のある銅像だ。
自ら砦を赴き、仮の墓より叔父の亡骸を掘り起こし、丁重に荷車に乗せた。左右に部下がたくさんいたが、誰も寄せ付けず、汗だくになってその作業を一人でしたのだ。
そして城に向けて一人でその荷車を引く。
これを見て、誰があの傲慢で女好きなチャブチだと思うだろう?
誰の目にも叔父への気持ち厚い甥に見えた。
ドロドロになった作業服とホコリだらけの顔。
しかし、それほど清々しい顔は無かった。
チャブチと叔父ゴールドの遺体を乗せた荷車は、城に入る際に歓声を以て迎えられた。
それは偉大なる英雄が凱旋してきたかのようだった。

叔父ゴールドの銅像は庁舎前の公園に建てた。
その横に大きな土饅頭の叔父の墓を作り、そこに碑石を置いて、こう記した。

「この地を訪れる旅人よ聞いて下さい。そしてどうか別の土地に行ったときこう伝えて下さい。チャブチ・ブラウンと言う愚かな男がいたことを。そしてそれを身命を賭して忠告した賢いゴールドと言うコボルドの英雄がいたことを。愚かなチャブチは彼の死後にそれに気付き、百拝して彼に謝りましたがもう二度とゴールドは生き返りませんでした。しかしその魂はコボルド族の中に永遠に生き続けるのです」


彼チャブチの日課は早朝5時に起き、団長の正装して邸宅の裏庭に氏神として祀った父の墓に伝統に習い跪いて一礼し、立って三度拝礼した。
その後、叔父の墓に行って自ら掃除をし、キレイになった石畳の上に長い間額を擦り付けるのだ。
それから邸宅に戻り妻ピンクと父の墓の横にある母の屋敷を訪れご機嫌伺いをする。そして朝食まで起きて来る子供たちを見ながらゆっくり妻とお茶を飲んだ。
妻と庭を見ながら食事をしそれが終わると、庁舎に向かい政務室に入り日が暮れるまで仕事をした。


彼はもうピンクしか見ていなかった。
コボルド族で一番の賢妻。
一歩引いて英雄チャブチに仕える糟糠の妻。
だがチャブチも決して彼女を下に置いたりしなかった。
気持ちが通じ合ってる夫婦。
誰の目にも前と雰囲気は全く違っていた。

しかし、ボクからチャブチに肉体の主導権を握られ最初にねやを共にしたときのことだった。

「ん?」

ピンクが小さい声を上げる。

「いつもとやり方が違う……」

ボクとチャブチでは手順が違ったらしい。
チャブチは彼女の顔すれすれに己が顔を近づけそっと聞いた。

「いやか?」

だがピンクはそんな彼の背中に手を回した。

「ううん。愛されてるって感じ……」

お互い見つめ合って笑い合い、行為を続行した。


そんな二人をボクはチャブチの中で見ていた。
意識だけで肉体をコントロール出来ない。
チャブチの中で、彼の動きで快楽を感じられるが、彼は独りよがりではなかった。
ボクだってピンクを愛しているのに。
でも、彼も同じように意識だけの存在の時はこうして眺めるしか出来なかったんだな……。


そして二人の睦言が始まった。

「チャブチ変わったよ」
「変か?」

「ううん。全然こっちのほうがいい。なんか一族の長って感じだもの」

その言葉に彼は微笑んだ。

「なんで急に変わったの?」

彼は……チャブチは、じっと彼女を見つめてただのひと言呟いた。

「言っても信じまい」

そして小さく笑う。彼女は訳も分からず

「え? どういうこと?」

と聞いたが、彼はそれに微笑み返すばかりで答えなかった。


そうだ。チャブチの意識は常にあったのだろう。
今のボクみたいに。
ボクが彼の体を支配していたことを彼は苦々しく思っていたに違いない。


彼はピンクの顔を真剣に見ながらこう言った。

「なぁピンク。僕たちは一族の頂点だ。一層身を慎まなくてはならない。君には不都合をかけることも多いと思う。だがな、たまに故郷の味のネズミのスープを作ってくれよ。そして二人の結婚記念日には小さい野ウサギの焼き肉を出してくれ。な? それくらいいいだろ? 家政婦が作ったものでなく、君の味が好きなんだ。憶えているか? 僕たちはあれから始まったんだ。もしこれから、全て失って林や山で暮らすようになってもなにも怖くない。ボクのあばら屋にはキミがいて、小さいランプに火をともすんだ。でも油が少ししかないからすぐ消えてしまう。ボクはそのわずかな時間、君の顔を見続けて叱られる。早く食事をしなさいってね。食器が片付けられないからってさ。ボクはすぐにネズミのスープと野ウサギの焼き肉を平らげる。食事が終わったらキミと長い間身を寄せ合うんだ。お互いにあばら屋は寒いからって言い訳しながら。そんな生活でもボクは満足だ。だってそこには君がいるのだから」

それを聞くと、彼女はクスリと笑った。

「ふふ。団長閣下は女に狂って忘れてしまいましたか? その言葉、前にもおっしゃってましたよ?」
「ん? そうだったか?」

「そうですよ。逆に今じゃそれらを手に入れる方が難しくなりました。でも許して差し上げます。あたしの可愛いチャブチだもんね」
「すまん。叔父にも君にも一生かかっても謝りきれん」

彼女は彼の首筋に優しく噛みついた。

「ふふふ」

二人は笑い合って夜をなだらかに過ごすのだった。


チャブチは邸宅の庭を不用意に散歩しようとはしなかった。そこにはジュンと庶子のプラチヌがいるからだ。
自分の身から起こしてしまった彼らに不要な感情を起こしてしまうのは申し訳が無いという配慮からだった。
だがピンクは妹分のジュンやその子の境遇をあわれに思っており、ことあるごとにチャブチに頼んだ。

「団長閣下。たまにはジュンの屋敷にもいってあげてください」

だが彼はそればかりは……と固く誇示した。しかし一時は共同で暮らした仲なのに離されて暮らすのは不憫とピンクは泣いて懇願した。

「しかし、子のプラチヌが不憫です」

チャブチは、叔父ゴールドの家が女児しかいなかったので、この庶子プラチヌに叔父の大名跡を継がすことに決めた。
叔父の末子の娘がプラチヌと歳が同じだったので、彼女の婿として婚約の申し入れをした。
叔父の妻もプラチヌの金毛を見て、我が子のように可愛がり、それを快諾した。
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