私は張飛の嫁ですわ!

家紋武範

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出会い編

第二回 魅力の化物 二

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 そして劉備がお城に着いた当日。曹閣下は馬車に乗り、自身の官僚を揃えて城門まで行くと、まず驚いたのは落ち延びてきたと聞いてたのに、徐州の官僚たちまで引っ付いてきていて大きな集落の祭りのよう。
 曹閣下は、郭嘉や荀彧から人が集まると聞いたけど引っ付いてきた連中は、徐州という生活の基盤を捨ててこの男と運命を共にしているので、そんな人物を見たことも聞いたこともなかったから大変に驚いたようよ。

 その難民を率いる男は曹閣下に気付くと馬からサッと降りて、ぺこんと頭を下げては小走りにやって来たので、田舎者だと思ってたけど、これは高貴な人への礼儀を知ってるのだと曹閣下は面食らったわ。
 礼節をわきまえたものなんて珍しくはないけども、たいていのものは曹閣下に会うと恐れ入って口も聞けないものばかり。ところがこの劉備という男はまるっきり物怖じもせずにやってきて、にこやかに顔を上げたの。

「はー! 曹司空しくう閣下! 私は劉備と申します! 呂布に追われて頼るところもなく恥じも外聞もなくこちらに参りましたが、ご面会を許されると誠にありがたいお言葉! その御手にすがるばかりでございます」

 なんという人懐っこい、小気味良い挨拶でしょう。曹閣下は荀彧の言葉もあっていくらか構えていたの。群雄でも最弱だけど名声はあるというこの男は、変にへりくだってニコニコしているのよ。

 だけど大変。これは帰ってきた旦那が言ってたんだけどね、その時の曹閣下はまるで電撃が走ったように身を震わして、じっと劉備を凝視!
 しばらくそのままだったのを旦那は逆に見ていたそうよ。

 そこに曹閣下の馬車の横で馬に股がっていた荀彧が馬から飛び降りて焦ったような顔をして曹閣下の袖を引いたの。

「閣下! 閣下! なりません。目をお逸らしあそばせ!」

 でも曹閣下は聞こえてないのか、劉備の顔をジーッと見たままよ。荀彧が強く袖を引いて、さらに肩を揺するとようやくハッとして答えたの。

「な、なんだ荀彧。どうした」
「ほら言わんこっちゃない。閣下は劉備の妖気に当てられました!」

 でも曹閣下は荀彧の手を振り払って笑って答えたわ。

「ばーかなことを言っちゃいかんよ。妖気だァ? そんなもの、この世にそんなものあるわけなかろう」
「し、しかし閣下は劉備と出会った瞬間から時が止まったようでした。今なら間に合います。早々に城に帰って接待は係りに任せなさい」

「はー、荀彧よ。余を頼ってきたものを無下に扱えば余が天下のそしりを受けるではないか。ささ、劉備どの。馬は配下に任せて余の車に陪乗ばいじょうしたまえ」
「!! 閣下──!」

 これは荀彧の反応が正常ね。だって曹閣下は漢の大大臣である司空しくうなのよ? 親族や譜代の家臣だってなかなか陪乗なんて出来ないはずなのに、それが初対面の群雄に対して馬車に一緒に乗るよう命じるなんておかしいわよ。だってもし劉備に悪心があって、白刃を晒して馬車に駆け上がって来たら暗殺成功じゃない。こんなこと異常なことだって誰でも分かるわ。

 さらに曹閣下は、馬車をそのまま屋敷に入れて劉備の袖を引いて入るように促したの。

「さあさ劉備どの。本日は当家でお休みくだされ」
「ははは、閣下。すると私の身内はどうなるので?」

「心配には及ばない。係が宿舎に案内する。さあ君は我が家に逗留していろんな話をしよう、な?」
「いえ閣下。お招きに感謝致しますが、私は義兄弟きょうだいと離れるわけにはいきません。本日は遠慮しとうございます」

「なに? 余が招いているのにか?」

 曹閣下がイラつきながら劉備を見ると、その言葉に劉備は困った顔をしたらしいのよ。無礼なことだけど、それを見て焦ったのは曹閣下だったらしいわ。

「い、いや、いいのだ。いいのだぞ劉備。では日を改めよう。君は長旅で疲れておる。まず落ち着きたいよな? 今日はゆっくり宿舎で休みたまえ」
「ああ誠でございますか? 閣下には甘えて申し訳ございますが、そうさせていただきます」

 そういいながら劉備は曹閣下におじぎをしたのだけど、曹閣下はまるで恋をしているかのように劉備を見つめながら言ったの。

「それでは明日、朝議あさまつりが終わったら宴席を設けよう。来てくれるな、な?」
「閣下。私は義兄弟とは一心同体。彼のものたちも共に招かれれば、これに勝る喜びはありません」

「そうか。君が喜ぶならば構わない。関羽の同席を許そう」
「ははあ。ありがたき幸せ。それを聞くばかりです」

 ここでね、曹閣下は劉備のわがままを一歩譲って自分も懇意にしたい、二人いる義兄弟の関羽のほうの同席は許したのよ。

 ところがね、朝議あさまつりが終わって劉備に使者を出すと、劉備は関羽の他に張飛とかいうもう一人の義兄弟も連れてきたの。
 当然、門番は止めたけど劉備は困惑している張飛の腰帯を掴んで宴席に上げてしまったのよ。

 使用人は戸惑いながら客人の席に案内したけど、客の席は二つしかないわ。でも劉備も関羽も詰めて三人で座って、お膳も間にずらして置いたの。

 そこに曹閣下が現れると、呼んでもいない張飛が座ってる。これにはさすがに曹閣下も咎めたわ。

「劉備よ。余は関羽は招くと言ったな?」
「はい。仰られました」

「ではなぜもう一人座っておる。余は彼の席は用意しておらん」
「ええ、構いません。我ら義兄弟、二つの席で充分です故。ささ益徳えきとく。もっとこっちに寄らねぇか。そうそう。我らが肩を寄せ会えば二つの席も三つだよ、なァ」

 と劉備は平気の平左。けど回りには、妙才さん含む曹閣下の譜代の臣もいたから曹閣下がいつ激怒するのかハラハラしていたみたいよ。

 それでも曹閣下は劉備を咎めることなく宴会を始めたわ。
 宴会では、曹閣下は劉備に故郷の話を聞いたり、徐州の話をしたり、呂布を恨んでるか聞いたりしたけど、劉備はそれに答えながら、義兄弟に向かって

雲長うんちょう、益徳。飲んでるか? これはの酒だそうだ。どうだ? 旨いか?」

 と仲良くやってるので、なぜか曹閣下は大人気なく嫉妬したように劉備に尋ねたのです。

「劉備よ。君の義兄弟である張飛は、留守居の際に呂布に城を奪われ、再度呂布と和解しても、呂布といさかいを起して今回の亡命となった。その原因となった張飛を咎めもせず降格もしないとは甘いのではないのか?」

 と多少声を荒げたのよ。たしかに今回の亡命は、この張飛が下手をやらかしてらしいわ。酒癖悪く、手が出るのが早いもんだから、こんなことになったようよ。曹閣下はそういう者は嫌いで軽蔑するから、ついいつもの調子で言葉に出したのかもね。
 劉備はなんとか取り繕うとするものの、肝心の張飛は自分は確かに今回の亡命の元になったので、この場にふさわしくありませんと、そこに平伏して立ち去ろうとするのを、劉備と関羽はすぐに立ち上がって、張飛の帯を掴んでもう一度席に戻るように説得したの。
 曹閣下は、自分が懇意にしたい劉備と関羽は、逆に張飛に執心しゅうしんなようなので、まったく意味が分からないみたいだったわ。

 そこに劉備が泣きながら曹閣下に申し上げてきたのよ。

「閣下。我ら義兄弟は一心同体。私は関羽であり張飛であります。また関羽も張飛も劉備なのです。私の成功は義兄弟の成功であり、また義兄弟の失敗は私の失敗です。張飛が宴会にふさわしくないならば、私も関羽も宴会にふさわしくないのです。貧しい時には共に野草や一匹の鼠を食らった間柄。我らに膳は一つでよく、寝台も一つで構いません。本日は過分にも膳を二つもいただけたと閣下のお心に甘えてしまいましたが、本日は座をしらけさせてしまいましたので、これにて失礼致します」

 とペコリと頭を下げて暇乞いをしたの。そうなると今度は曹閣下はどうにかして引き留めたい、劉備のほうでは今日はいけないと押し問答となって、始まって一刻もしないのに劉備と二人の義兄弟は早々に帰ってしまったわけ。
 それでそのまま宴席は中断して日を改めようということになって、どうにか劉備を喜ばしたい曹閣下は冴える頭脳を回転させて、劉備は徐州に妻妾さいしょうを置いてきた。ならば女が良かろうとなって、ウチの娘たち。即ち、一娘と二娘の出番となったわけよ。





 私はこの話を聞いて、そんな曹操さまを惚れさす劉備という男に大変興味を持ったのです。
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