とある王女様の人生最初で最後の恋

Hinaki

文字の大きさ
7 / 31

7  Sideアンジェリカ

しおりを挟む


「お久しぶりに御座いますだ、旦那……様。体調が整わなかったとは言え共に領地入り出来なかった事を伏してお詫び申し上げます」

 まるで断罪、裁判所で今にも処刑宣告をされる様な罪人の気分でした。
 

 重い。
 この余りにも重苦しい空気でした。
 余りの重さで今にも私の身体がぺしゃんと音と共に薄い紙切れの様になってしまいそうな程の圧力がこの部屋を支配しているのです。

 当然私は旦那様と二人きりではありません。
 私にはリザが、旦那様には旦那様と然して年齢が変わらないだろう執事らしき者がおります。

 とは言え私の感覚では重く真っ暗な空間にたった一人で放り出された様な、そしてその中で何とも心細げにしている私を遥か高い所で厳しい眼差しで見据えれば、今にも極刑を言い渡そうとしている裁判官が旦那様なのです。

 そう私は罪人。

 どの様な事情があったにせよ旦那様にしてみれば、アッシュベリーと王家が交わしたであろう契約において裏切りの証拠を胎の中に持つのは他の誰でもない私なのです。


 たとえ兄に無理やり犯されたとは言え、それは私が語る主張でしかない。
 国王である兄が公然とと述べる筈がないのです。
 
 万が一胎の子の父親が兄だと知られてしまったとします。

 きっと兄は私を強姦したのではなくと述べる筈です。

 何故なら新婚である兄が義姉を、義姉の故国アマビスカ王国と我が国の堅牢の盾となるアッシュベリーを蔑ろにする訳にはいかないのです。

 ええ兄はまだ十分にこの国を掌握出来てはいないのですもの。
 ただどちらかと申せば義姉とアマビスカにだけは絶対に知られてはいけないと思っているに違いないのです。

 そうほんの数十年前までこの国は近親婚を繰り返してきた歴史があるのですもの。
 おまけに貴族や王族の中にはただ身体に流れているだろう血にその価値を見出している者も多く存在しております。

 最悪アッシュベリー……旦那様へはこれ以上ない尊い純血を授けてやったと開き直る可能性も無きにしろあらずなのかもしれません。

 そうなれば私と兄は深く愛し合――――嫌っっ。

 考えるだけでも悍ましい!!

 私は断じて兄を異性として愛してはいない!!


 私は、私はどれだけあの悍ましい閨の中でっ、兄より愛が囁かれる度に、身体を蹂躙する度に兄をそして己の身体の貪欲さを恨んだ事でしょう。

 既に肉親としての情はない。
 出来得る事ならばこのまま兄に会う事もなくいっそこの子と共に儚く――――。


「私と共にアッシュベリーへ来て頂けますかアンジェリカ様。そしてどうか私と共にアッシュベリーで

「だ、旦那……様、ま、さか、まさか全てを……⁉」

 その瞬間私の心が凍りついてしまいました。

 まさか旦那様は全てを知っていらっしゃる?

 全てを飲み込むかの様なお言葉をどうして⁉

 旦那様のお顔はとても厳つくて怖い印象が強い筈なのに、何故その様な優しいお言葉を仰るの?


 しかしながら旦那様のお優しいお言葉をこの様な私へ掛けて下さるからこそなのです。
 私の心は今まで感じた事のない申し訳なさと自身の歯痒さからの悲しさで心が高速で温度を下げれば、素直に彼へ甘える事が出来なかったのです。


 元王女のプライド?

 いえ、身体だけでなく私の心も何時の間にか荒みきっていたのかもしれません。

 ですがそれでもです。
 旦那様が忙しいのにも拘らず王都へ、私の許へと駆け参じて下さった。
 王都へ来るまでにきっと様々な私の噂を聞いた事でしょう。

 ああもしかすればきっとそう、そうなのかもしれません。

 王族の縛りが解けた元王女の放蕩ぶりに怒りと共に業を煮やされたのでしょう。
 

 それもそうですわね。
 アッシュベリーは優秀な武人を多々排出すると共に我が国で一番正義を重んじる家なのですもの。
 
 もしかすれば私との結婚そのものを悔やんでいらっしゃるのかもしれません。
 この様な身も心も穢れてしまった女を妻へと迎えざるを得なかっただろうお可哀想な旦那様。


 目の前にいらっしゃる清廉な御方の為に、また旦那様が何をどこまで知っていらっしゃるのかは存じません。
 ですがこの様な私が出来る唯一をしなくてはいけませんわね。
 
 ええ、私はこれから稀代の悪女として生きてみせます。
 
 これより先アッシュベリーの悪い部分を全て私が受け止めましょう。
 そしてこの子の父親は兄ではなく顔も何処にいるかもわからないと、忘れたと言い張ればよいのです。

 ただ生まれてくるだろう子供には何の罪や咎はありません。
 
 しかしこの子が私の胎へ宿った事こそがなのです。


 何て可哀想な私の子。
 生涯愛される事のない私の子供。
 そうして恐らく生まれ落ちた瞬間よりこの子はとても言葉にし難いだろう過酷な人生が待っているのです。

 でも安心なさい。
 私はあなたを愛する事はまだ出来はしません。
 ですが親として共に不幸になりましょう。

 だからあなただけを不幸にはしない。
 この様な言葉しか語れない母をどうか許して……。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

白い結婚なので無効にします。持参金は全額回収いたします

鷹 綾
恋愛
「白い結婚」であることを理由に、夫から離縁を突きつけられた公爵夫人エリシア。 だが彼女は泣かなかった。 なぜなら――その結婚は、最初から“成立していなかった”から。 教会法に基づき婚姻無効を申請。持参金を全額回収し、彼女が選んだ新たな居場所は修道院だった。 それは逃避ではない。 男の支配から離れ、国家の外側に立つという戦略的選択。 やがて彼女は修道院長として、教育制度の整備、女性領主の育成、商業と医療の再編に関わり、王と王妃を外から支える存在となる。 王冠を欲さず、しかし王冠に影響を与える――白の領域。 一方、かつての夫は地位を失い、制度の中で静かに贖罪の道を歩む。 これは、愛を巡る物語ではない。 「選ばなかった未来」を守り続けた一人の女性の物語。 白は弱さではない。 白は、均衡を保つ力。 白い結婚から始まる、静かなリーガル・リベンジと国家再編の物語。

将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!

翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。 侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。 そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。 私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。 この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。 それでは次の結婚は望めない。 その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。

うわさの行方

下沢翠花(しもざわすいか)
恋愛
まだ十歳で結婚したセシリア。 すぐに戦場へ行ってしまった夫のニールスは優しい人だった。 戦場から帰るまでは。 三年ぶりにあったニールスは、なぜかセシリアを遠ざける。 ニールスの素っ気ない態度に傷つき疲弊していくセシリアは謂れのない酷い噂に追い詰められて行く。

側妃の愛

まるねこ
恋愛
ここは女神を信仰する国。極まれに女神が祝福を与え、癒しの力が使える者が現れるからだ。 王太子妃となる予定の令嬢は力が弱いが癒しの力が使えた。突然強い癒しの力を持つ女性が異世界より現れた。 力が強い女性は聖女と呼ばれ、王太子妃になり、彼女を支えるために令嬢は側妃となった。 Copyright©︎2025-まるねこ

【完結】どくはく

春風由実
恋愛
捨てたつもりが捨てられてしまった家族たちは語る。 あなたのためだったの。 そんなつもりはなかった。 だってみんながそう言うから。 言ってくれたら良かったのに。 話せば分かる。 あなたも覚えているでしょう? 好き勝手なことを言うのね。 それなら私も語るわ。 私も語っていいだろうか? 君が大好きだ。 ※2025.09.22完結 ※小説家になろうにも掲載中です。

白い結婚は終わりました。――崩れない家を築くまで

しおしお
恋愛
「干渉しないでくださいませ。その代わり、私も干渉いたしません」 崩れかけた侯爵家に嫁いだ私は、夫と“白い結婚”を結んだ。 助けない。口を出さない。責任は当主が負う――それが条件。 焦りと慢心から無謀な契約を重ね、家を傾かせていく夫。 私は隣に立ちながら、ただ見ているだけ。 放置された結果、彼は初めて自分の判断と向き合うことになる。 そして―― 一度崩れかけた侯爵家は、「選び直す力」を手に入れた。 無理な拡張はしない。 甘い条件には飛びつかない。 不利な契約は、きっぱり拒絶する。 やがてその姿勢は王宮にも波及し、 高利契約に歪められた制度そのものを立て直すことに――。 ざまあは派手ではない。 けれど確実。 焦らせた者も、慢心した者も、 気づけば“選ばれない側”になっている。 これは、干渉しない約束から始まる静かな逆転劇。 そして、白い結婚を終え、信頼で立つ家へと変わっていく物語。 隣に立つという選択こそが、最大のざまあでした。

《完結》氷の侯爵令息 あなたが子供はいらないと言ったから

ヴァンドール
恋愛
氷の侯爵令息と言われたアラン。彼は結婚相手の伯爵令嬢にとにかく冷たい態度で接する。 彼女は義姉イライザから夫が子供はいらないと言ったと聞き、衝撃を受けるが気持ちを切り替え生きていく。

処理中です...