とある王女様の人生最初で最後の恋

Hinaki

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8  Sideアンジェリカ

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 その日は天候に恵まれれば、雲一つなく澄んだ青い空が王都よりも更に遠い北へと続いておりました。

 この国の正式なる結婚の証として妻となる者は夫により新たなる夫婦の住処となる地へへ連れ帰られるものとされております。

 本来ならば婚儀を挙げた翌日旦那様と共にアッシュベリーへ向かう筈でした。
 しかし私の体調不良……悪阻と兄王によりもう暫く王宮で過ごすがいいと横やりが入ったが故に未だ正式な夫婦と成されなかった私達。

 勿論王宮へ留まるのはこれ以上耐えられなかった私は兄の隙を突いて辺境伯邸へと早々に逃げ込みましたけれどもです。
 

 何時までも現実に目を背けてはいられない。
 だからと言って何処をどう探しても正解は見つからない。

 遊び歩くかまたは屋敷内で情緒不安定で泣き暮らすかの私をきっと屋敷の者達は心配するの同時にさぞかし訝しんだ事でしょう。

 それ故アッシュベリーで生死を懸けて戦っておられた筈の旦那様が連絡を受けこうして迎えに来て下さったのですね。

 ああこの場合は迎えに来てくれたのを喜ぶべきなのかはたまた領地で軟禁若しくは幽閉……なのかしら。
 
 お仕事に邁進する夫を放置して昼夜関係なく空削ぎへ講じる妻と言うのはどの様な身分でもあまり褒めたものではないのですもの。

 ですのでとても有り難いのですが同時に私としましては何とも正しく針の筵……と言ったところでしょうか。

 そして何時旦那様によって断罪されるのかと思えば生きた心地何て全くしないと言うのに何故でしょう。

 視界に入るだろう空は吸い込まれそうなくらいに青く美しい。


「さあアンジェリカ様馬車へ乗りましょう」
「……はい」

 スマートにエスコートをして下さるのは旦那様。
 でも馬車に乗るのは私とリザの二人だけ?

「アッシュベリーまでは護衛も兼ねて私は馬上で指揮を執ります。……だからゆっくりと馬車の中でお過ごし下さい。途中休憩も細目に挟みますからお身体に異常を感じれば必ず報告を、後列の馬車には医術の心得がある者も同行しておりますれば……」

「まあ何から何まで有難う存じます旦那様。さあアンジェ様お言葉にお甘えになってお寛ぎを……」
「え、ええ……」

 馬車は王家のものと遜色がないくらいに広く乗り心地も快適でした。
 おまけに馬車の中にはふかふかのクッションが幾つも用意されておれば私はそのクッションへ身体を預ける様に休んでいたのです。

 バスケットの中身はコーヒーや紅茶ではなくハーブティーと簡単な軽食も用意されております。
 本当に至れり尽くせりでした。

 そうまるで私が妊婦である事を知っているかの様な待遇でした。

「まさか……旦那様は……」
「どうなさい――――⁉」

『何者だ!! 我がアッシュベリー辺境伯の一行と知っての狼藉か!!』

 その瞬間馬車の外で旦那様の鋭くも本物の剣を突き立てる様な厳しい誰何すいかの声から何頭もの馬が立ち止まる足音。

 それだけで馬車の中や外に関係なく一斉に緊張感が走った時でした。


 コンコン

「は、はい」

 リザは自然な動作で私を自身の背へと隠せば必死に声を震わせまいと気丈に返事をします。

『休まれておられる所を済まないがどうかアンジェリカ様へお伝えをしたい事がある』

「だ、旦那様⁉ ご無事なのでしょうか」
『ああ敵の襲撃ではありません。ただその……』

 何時になく弱々しい口調の旦那様の様子に疑問を抱いた時でした。

『アンジェリカ王女殿下へ申し上げます。私は此度陛下よりの勅使としてここへ罷り越しまして御座います。どうか王女殿下には速やかに国王陛下よりの勅令を以って王都へ、速やかに王宮へとお戻りになられますよう』

 私とリザは一瞬お互いの耳を疑いました。
 そして態々わざわざとってつけた様に兄は勅使と勅令を以ってしてまで私を自身の腕の中へ縛り付けようとする執着へ私はふるふると身体を小刻みに震わせてしまいました。
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