ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第三章《籠姫伝と焔の能力》

【九】

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 体勢を崩した紅子は尻もちをついた。
 打ちつけた尻をさすりながら起き上がり、よろよろと窓へ手を伸ばす。
 小さな窓から外を覗こうとするが、砂埃が舞って視界が悪い。だが地震とはまた違う、どちらかと言えば基地の中枢が爆発して建物を壊されたような揺れだった。
 つまり、一気に足元が崩れ落ちていきそうなメキッという嫌な音を立てて、床に大きく亀裂を生んでいっているのだ。
 慌てて鍵束を錠に差し込む。
 五つある鍵のうち、一つ目はガチッと音を立てて差し込めない。これではないようだ。
 急がないと瓦礫の下敷きになる。
 二つ目も違った。三つ目、と試そうとした時だ。
 ギィィ、と目の前の扉が開いたのだ。
 固まる紅子の前に、見たことの無い男が立っていた。
 恐らく、この集団の「主」なのだろう。
 目の前の人物は、髪を剃り、眉を剃り、身体的特徴は皺しか残していなかった。
 年齢の特定は難しかった。
「……ああ」
 目の前の人物は、目をすがめた。
「やはり、生きていたか。あの女の血筋が」
 ひゅっと喉が鳴った。
 会ったとこが無い、見たことすらないはずなのに、体が強ばった。
 脳が目の前の男を拒んでいた。
 それなのに体は動かない。震え上がって自分の意思で指一本動かせない。
 そんな状態の紅子を前に、男は太い手を彼女の首に伸ばした。
 次の瞬間、物凄い握力で紅子の首が締められた。
「……っ」
 息ができない。声も出せないから助けも呼べない。

──でも誰が助けてくれる?
 誰が私を…………。
 ふっと紅子の目に影が落ちた。
 視界の端がチカチカと光った。

 やめて。
 やめて、国光くにみつ様……。

 ハッと覚醒し、上手く見えない視界の中、男を見る。
 ああ、だ。
 私の曽祖父の、弟だ。

 いや、男だ……!

 身体中の血液が沸騰しそうなほどの怒りが身を包む。
 辺りは怒りの炎に包まれていた。
「やはり、お前はあの女の子孫か」
 うるさい。
 そう言いたいのに声が出せない。
 その代わりに、今まで使ったことの無い能力チカラが出せる。真っ赤に光る焔を、男に向かってふっと吹く。彼岸花の花びらを散らしたような焔は、男を目がけ飛んでいく。
 男はそれを避けた。
 が、一つだけ肩を掠めた。
 その肩は焼けることなく、煙を出して肩を。まるで細胞が壊死していくように、青黒く変色していく。
「……っ使えるのか。くそ。ようやく足が治りかけてきてるというのに」
「お前は私の夫を殺した。それが、私は許せない」
 紅子の口が勝手に動く。
 出ないはずの声が出ている。
あかか。俺は確かに兄を殺したさ。だがそれはあんたを手に入れるため。あんたを俺のものにするためだった。……お前と兄が拒否しなけりゃ、兄は死なずに済んだんだよ」
 すっと紅子──緋姫の目が細められた。
「絶対にお断りよ」
 緋姫の手が円を描くと、血の色をした焔が円状に形を変えた。

「さようなら、国光様。今度こそ」
 ヒュッと音を立てながら、焔が国光を求めて走った。

 キン、と耳元で音がした。

 瞬間、緋姫の目が見開かれ、紅子の腕はだらんと脱力した。
 途端に焔は行き場をなくしてシュンと消えた。
「……あき、ぎりさま……?」
 朦朧とする意識の中、紅子の瞳に弥生がぼんやりと映る。彼女はそっと手を伸ばして彼の頬に触れた。
「来てくれたんだ」
 その言葉を最後に、紅子は目をそっと閉じた。

 再び脱力した紅子の脈を確かめ、弥生は彼女を横抱きにした。
 その彼を、「待て」と男が低い声で呼び止めた。
「貴様が今の領主か」
「……いえ。今は私の父が領主を務めていますよ。それでは、さようなら」
 そう告げると、崩れゆく部屋の窓から飛び降りた。
 窓だった部分は破壊され、大きな穴が出来上がっていた。

「──では、いくつか質問してから死んでいただきましょう」
 いつの間にか、首には、鈍く光る剣が背後から突きつけられていた。
 優しい声色とは裏腹に、剣はブレることなくピタリと喉に張り付いている。
「不思議なものだ。なぜ貴様は生きていられる?」
 剣を突きつけられているというのに、男は至極冷静だった。
「貴様の問に答える義理はない。……まず、なぜあの紅髪の人を攫った?」
「私の子だからだよ」
 男の発言に、クロは剣を持つ手に力を込めた。
「……それは有り得ない話では無いですが、信ぴょう性は薄いですね。その話が仮に本当だとして、なぜ自身の子を殺そうとしているのです」
「私の血を引いているからだ。私は兄とも血が繋がっている。兄の血があの女に流れているのが堪らない。兄の血が流れているのだと思うと、殺したくてしょうがない」
 何かに憑かれているかのような執着ぶりに、クロは思わず顔をしかめた。
「ではなぜさっさと殺さなかったのです」
「あいつの能力チカラはこの世を統べることができるほど強大なものだ。それを使ってから殺すのでも遅くはないはずだったのに……まさかあいつがこんな大きな後ろ盾を自ら得ていたとはな。誤算だった」
「この集団をつくった理由は?」
「あいつを探し出し、私の国を取り戻すためだ。なぜ私がこんな仕打ちをされねばならない。私は領主だ。なぜ粗末な衣服を着てひもじい思いをせねばならない?許せるはずがないだろう」
 ベラベラと喋る男に、クロは冷ややかな目を向けた。
「では最後に。……あんた何者だ」
 そんなクロを嘲るように、
「それは、今後知る機会がいくらでもあるんじゃないか?」
 と、鈍く光る瞳を向けた。
「分かりました。もう結構ですよ。さようなら」
 ヒュッと空を切る音がした時、男は「ああ、だが」と声を漏らした。
 唇を吊り上げ、
「お前がまだ生きていればの話だがな?」
 そう男が笑った瞬間、クロはガクリと膝を折っていた。
 肩が熱い。
 焼けるような痛みに手を添えると、白い手は深紅の色に染まっていた。
 肩を深く切られたのだ。
「遅くなりました。主様」
 レンはそう告げると、男を庇うようにしてクロの前に立ち塞がった。
「退路を確保しておきました」
「ああ、ご苦労さま。さぁ行こう。もうじき彼は死ぬだろうから」
 と、亀裂が入った天井と床を見ながら男は笑った。
「他の子たちはどうした?」
「……………………皆瓦礫の下に」
「そうだったか。シンの能力は使えたから残念だ」
 くるりと背を向け、男はレンを連れて崩れゆく天井の中遠ざかっていく。
 ビキッと一際大きな音を出し、石造りの床はボロボロと崩れていった。
 崩れゆく部屋に残されたクロは、薄れゆく意識の中、幼少期を思い出していた。

 これが走馬灯というものなのだろう、と、どこか他人事のように思えた。
 クロの口元には、柔らかな笑みが広がっていた。
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