78 / 102
第八章《昭平と母国の画策》
【七】
しおりを挟む
薄暗い部屋の中、風もないのに蝋燭の火がゆらりと揺れる。
「今回の会合は酒井の家が主催だったな」
「ああ、娘が大御所に気に入られたんだろ?祝杯を挙げたくもなる」
「あそこは親子揃ってべっぴんだからなぁ」
自由に話していた口が、「酒井殿、参られました」と幹事の一言で閉ざされた。
「遅れて申し訳ない。ご存知のように、太陽家の縁あるものと我が娘の結納が決定した。この喜びを分かち合いたい。盃を持ってくれ」
のっそりと足を組み、酒井越後は自身の盃をかざした。
「──乾杯」
音頭に合わせて、その場に居た男たちも各々盃をかざす。
一介の商人からしたら随分豪華な酒とつまみ。
それらを「日常」に組み込むには相当な苦労があった。
すっかり白が板についた髪と多くなった顔の皺が、盃の水面に映る。
「浮かない顔ですな」
下卑た声に越後は眉を寄せる。
「そう思うなら話しかけないで頂きたい」
酒をちびりと口に含みつつもまったく横を振り返ろうとしない越後に、男は「相変わらずつれないですね」と彼の盃に徳利を傾けた。
「そんなに子が可愛いですか」
これだから、と越後は苦い顔を隠すように盃を一気に呷る。
「いやいや、気を悪くせんでください。俺だって自分の子どもはかぁいいと思ってるさ。なんせあいつは俺が見初めた女なんだから、その間にできた子が可愛くないわけがない」
てめぇと一緒にするんじゃねぇよ、と内心言い返す。だがすぐに、どうこの男を嫌おうが同族嫌悪でしかないと思い直す。
「だからその子のために俺らができるのなんて、良い婿を探すくらいでしょう。大丈夫、あんたんとこの娘は聡明だ。ちゃあんと親心をわかってくれるさ」
「それはどうでしょうね。……それより一体なんの話です。折角の酒を不味くするものじゃないでしょうね」
娘の話題を終わらせた越後に、
「ああ、結納では護衛を私が手配すると言ったでしょう。その者たちを紹介したくてね」
おい、と男が手を振ると、切れ長の目が印象的な美女が近寄ってきた。ただその美女には女らしい、しとしととした雰囲気はない。まるで男のような堂々たる態度だ。この時世じゃ異端扱いされるような風体だが、静かで迫力のある整った顔がそれを黙らせる。
「この護衛には手を出さんでくださいよ。約束事を交わして得た貴重な戦力なんだ」
ほら、と手で女を近くへ招く。だが女はしらっと無視すると、
「好きなように呼んでくれ。あと私は使える主を決めているんだ。敬語でないことは見逃してくれ」
敬語以前に、物言いが上からなことを詫びた方が良いのでは。
随分横柄な態度の女に眉を顰めると、
「私はあくまで護衛だ。あんたに酒を注いだりして機嫌を取るのは仕事ではないのでね」
「……では、私が君に酒を勧めるのは君の意に反するかい?」
徳利を掲げると、女は細い目を僅かに見開き、
「ふむ」と顎に手をやる。
「いや、有難く頂戴する」
と越後の目の前に腰を落とした。
「あともう一人は婿の弟だ。参列者としても参加するが、なにかあったときの護衛も兼ねている」
「……随分、あの者を買っているんだな」
「あんたもあいつの実力は知ってるだろ?それにあいつは家の犬だ。買ってるんじゃなく、都合がいいってだけだよ」
苦い顔で酒を煽った男は、「失敬」と席を立って斜めに座っていた商人のとこへふらふら寄って行った。
「ああやってあの男はのし上がってきたんだろうなぁ。典型的なゴマすりタイプだ」
女はくつくつと肩を揺らして酒をちびりと口に含む。潤った唇と期限の良さそうな眉尻が垂れた目に、この場の男どもの視線が向かう。
「……君は、この土地のものじゃなさそうだな。なぜあの男──松衛の主人に手を貸した?」
「うん?都合が良かったんだ。酒井の家なら知ってるだろ?この国から戦争をけしかけようとしてること」
極秘の情報をさらりと口に出す女には恐れがない。怖いもの知らず、というよりは好戦的な目。
まともな人間じゃない。
「それが一体なんの得となる」
「あんたには関係の無い話だよ。だけどそうさな……惚れてしまった相手がいなくなれば、お姫様も諦めてくれるかなってね」
そう呟いた彼女は、笑みを浮かべていなかった。楽しそうに酒を飲んでいた女は、いつの間にか能面のような顔をしていた。
「私はただ──主を妄執から引き剥がしたいだけ。そのためなら、いくらでも人を殺められる。私はそういう生き物なんだ」
「今回の会合は酒井の家が主催だったな」
「ああ、娘が大御所に気に入られたんだろ?祝杯を挙げたくもなる」
「あそこは親子揃ってべっぴんだからなぁ」
自由に話していた口が、「酒井殿、参られました」と幹事の一言で閉ざされた。
「遅れて申し訳ない。ご存知のように、太陽家の縁あるものと我が娘の結納が決定した。この喜びを分かち合いたい。盃を持ってくれ」
のっそりと足を組み、酒井越後は自身の盃をかざした。
「──乾杯」
音頭に合わせて、その場に居た男たちも各々盃をかざす。
一介の商人からしたら随分豪華な酒とつまみ。
それらを「日常」に組み込むには相当な苦労があった。
すっかり白が板についた髪と多くなった顔の皺が、盃の水面に映る。
「浮かない顔ですな」
下卑た声に越後は眉を寄せる。
「そう思うなら話しかけないで頂きたい」
酒をちびりと口に含みつつもまったく横を振り返ろうとしない越後に、男は「相変わらずつれないですね」と彼の盃に徳利を傾けた。
「そんなに子が可愛いですか」
これだから、と越後は苦い顔を隠すように盃を一気に呷る。
「いやいや、気を悪くせんでください。俺だって自分の子どもはかぁいいと思ってるさ。なんせあいつは俺が見初めた女なんだから、その間にできた子が可愛くないわけがない」
てめぇと一緒にするんじゃねぇよ、と内心言い返す。だがすぐに、どうこの男を嫌おうが同族嫌悪でしかないと思い直す。
「だからその子のために俺らができるのなんて、良い婿を探すくらいでしょう。大丈夫、あんたんとこの娘は聡明だ。ちゃあんと親心をわかってくれるさ」
「それはどうでしょうね。……それより一体なんの話です。折角の酒を不味くするものじゃないでしょうね」
娘の話題を終わらせた越後に、
「ああ、結納では護衛を私が手配すると言ったでしょう。その者たちを紹介したくてね」
おい、と男が手を振ると、切れ長の目が印象的な美女が近寄ってきた。ただその美女には女らしい、しとしととした雰囲気はない。まるで男のような堂々たる態度だ。この時世じゃ異端扱いされるような風体だが、静かで迫力のある整った顔がそれを黙らせる。
「この護衛には手を出さんでくださいよ。約束事を交わして得た貴重な戦力なんだ」
ほら、と手で女を近くへ招く。だが女はしらっと無視すると、
「好きなように呼んでくれ。あと私は使える主を決めているんだ。敬語でないことは見逃してくれ」
敬語以前に、物言いが上からなことを詫びた方が良いのでは。
随分横柄な態度の女に眉を顰めると、
「私はあくまで護衛だ。あんたに酒を注いだりして機嫌を取るのは仕事ではないのでね」
「……では、私が君に酒を勧めるのは君の意に反するかい?」
徳利を掲げると、女は細い目を僅かに見開き、
「ふむ」と顎に手をやる。
「いや、有難く頂戴する」
と越後の目の前に腰を落とした。
「あともう一人は婿の弟だ。参列者としても参加するが、なにかあったときの護衛も兼ねている」
「……随分、あの者を買っているんだな」
「あんたもあいつの実力は知ってるだろ?それにあいつは家の犬だ。買ってるんじゃなく、都合がいいってだけだよ」
苦い顔で酒を煽った男は、「失敬」と席を立って斜めに座っていた商人のとこへふらふら寄って行った。
「ああやってあの男はのし上がってきたんだろうなぁ。典型的なゴマすりタイプだ」
女はくつくつと肩を揺らして酒をちびりと口に含む。潤った唇と期限の良さそうな眉尻が垂れた目に、この場の男どもの視線が向かう。
「……君は、この土地のものじゃなさそうだな。なぜあの男──松衛の主人に手を貸した?」
「うん?都合が良かったんだ。酒井の家なら知ってるだろ?この国から戦争をけしかけようとしてること」
極秘の情報をさらりと口に出す女には恐れがない。怖いもの知らず、というよりは好戦的な目。
まともな人間じゃない。
「それが一体なんの得となる」
「あんたには関係の無い話だよ。だけどそうさな……惚れてしまった相手がいなくなれば、お姫様も諦めてくれるかなってね」
そう呟いた彼女は、笑みを浮かべていなかった。楽しそうに酒を飲んでいた女は、いつの間にか能面のような顔をしていた。
「私はただ──主を妄執から引き剥がしたいだけ。そのためなら、いくらでも人を殺められる。私はそういう生き物なんだ」
0
あなたにおすすめの小説
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
私たちの離婚幸福論
桔梗
ファンタジー
ヴェルディア帝国の皇后として、順風満帆な人生を歩んでいたルシェル。
しかし、彼女の平穏な日々は、ノアの突然の記憶喪失によって崩れ去る。
彼はルシェルとの記憶だけを失い、代わりに”愛する女性”としてイザベルを迎え入れたのだった。
信じていた愛が消え、冷たく突き放されるルシェル。
だがそこに、隣国アンダルシア王国の皇太子ゼノンが現れ、驚くべき提案を持ちかける。
それは救済か、あるいは——
真実を覆う闇の中、ルシェルの新たな運命が幕を開ける。
【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!
胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。
主に5大国家から成り立つ大陸である。
この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。
この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。
かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。
※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!)
※1話当たり、1200~2000文字前後です。
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる