ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第八章《昭平と母国の画策》

【八】

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 雲ひとつない晴天が広がり、心地の良い風が優しく吹くその日、明菜の結納の式が始まろうとしていた。

 白無垢に身を包み、紅をさした彼女はより一層の美しさを纏っていた。
 そのすぐ背後には、ほんの昨日に「護衛」と称され付けられた女が居る。
「お父上から話は聞いていたが、噂に違わぬ美貌だな。羨ましいよ」
 護衛の女は明菜の視線に気づいたのか、にこりと笑みながら言った。
「それはありがとうございます。それで、昨日今日でどうやってお父様の信頼を得たのかしら。父は用心深い人なの。得体の知れていない人間を付けるなんて初めてのことよ。よっぽどの功績があるのでしょうね」
 笑みを返しながら探りを入れる。
 父が騙されているとは考えにくい──が、この女に背中を預けるのは危険だと明菜の本能が告げていた。
「親子揃って警戒心が強いんだな。大丈夫だよ、君に危害を加えるような命令はされてないからさ」
「今のところは、と続くのでしょう?そんな方が護衛だなんて、笑い話かしら」
「気が強いお嬢さんだな。聞いていた人物像とだいぶ違う」
「あら そうなの?それはお気の毒様。……まぁ なんて言われていたかなんて、だいたいの想像はつくけど」
 自嘲する明菜に、女は「嫌なのかい?」と意外そうに目を瞬いた。
「噂話を気持ちが良いと思える人間は稀でしょう。たとえそれがいい噂であれ、人に囁かれるのは嫌いよ」
「ああ たしかに」女は首肯し、
「さて、雑談はこの辺にしとこうか。そろそろ始まるようだ」
 と襖を開けた。
 陽の光が廊下に差し、馬の毛のように艶めいている。そのすぐ側にある池の鯉は、狭いところにいるにも関わらずに、のびのび穏やかに泳いでいた。


***


 結納には親族だけでなく、その一族と関わりのある者たちや主役の友人が招かれた。通常は当人たちの親族だけで執り行うのが慣例だが、今回は太陽家の血を引く男──太陽夫妻の弟の子どもとの挙式なのだ。
 なぜその話がきたかと言えば、理由は単純明快。その従兄弟殿が明菜を街で見かけて大層お気に召した。ただそれだけの話だった。

「……まさか、踊り子として招かれていただなんて」

 控え室で姉たちの化粧や着付けを手伝っていた紅子は戸惑いを口にする。
 自身の長い髪を梳きながら、梅夜は「ああ、それは」と視線を隣に移す。
「あら、結納の二次会にはよく呼ばれるじゃないの。二次会よりも一次会のほうが人が多くて賑やかにしたいからってことで時間がズレただけ。そんなに驚くことでもないでしょ?」
 にこり、と微笑む桃李は、纏っていた薄桃色の羽織をふわりと浮かせてポーズを決める。天女を思わせるその仕草には、同性でもドキリとさせられる。
「お紅ちゃん、先に言っておくけど」
 ふとピリッとした雰囲気を持ち出した梅夜に、紅子は笑みをしまって向き直る。
「わかっているだろうけど、今回のこの式が、紅子ちゃんが逃げ出す最大のチャンスだよ。そしてそれを、向こうもわかってる。私たちが舞っている間は、おそらく警戒されてしまう。だから絶対に紅子ちゃんから目を離す瞬間を作る。その隙にうまく逃げるのよ」
「……そう、言われると思いました。けれど梅ちゃん」
 苦しげに顔を歪める紅子の頬が、柔らかくほんのり温かいものに包まれる。
「あんたのことだから、残された私たちが殺されてしまうって心配してるんでしょ。安心なさい。そこはちゃんと手を打ってあるの……っと、詳しく説明したいとこだけど、どこで監視の目があるかわからないから……──ま、あんたはただ私たちを信じてなさい。言ったでしょう?辛くて苦しいって助けを求めてきたら、絶対に助けに行くって」
 紅子の頬に添えた両手で軽く紅子の頬を張ると、強気に姉は笑った。紅子はぐっと唇に力を込めて俯く。
「大丈夫よ。絶対、誰も死なないから」と確信のこもった口調で桃李は言う。
 それでも尚「でも」と渋る紅子に、梅夜と桃李は顔を見合せ、にたりと企み顔で笑み、

「「あんたは愛する人のことだけ考えてなさい」」

 息の揃った揶揄いエールに、紅子は頬が熱くなるのを感じながら大人しく「はい」と頷き──やはり姉には敵わない、と苦笑を滲ませた。

 準備が着々と整っていく光景を背にした紅子は、鏡の前で帯から浅緑色の珠が付いたかんざしを取り出すなり、軽く結っていた髪を解き、簪の装飾である金色の鎖を揺らしながら纏め直した。
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