ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

文字の大きさ
79 / 102
第八章《昭平と母国の画策》

【八】

しおりを挟む
 雲ひとつない晴天が広がり、心地の良い風が優しく吹くその日、明菜の結納の式が始まろうとしていた。

 白無垢に身を包み、紅をさした彼女はより一層の美しさを纏っていた。
 そのすぐ背後には、ほんの昨日に「護衛」と称され付けられた女が居る。
「お父上から話は聞いていたが、噂に違わぬ美貌だな。羨ましいよ」
 護衛の女は明菜の視線に気づいたのか、にこりと笑みながら言った。
「それはありがとうございます。それで、昨日今日でどうやってお父様の信頼を得たのかしら。父は用心深い人なの。得体の知れていない人間を付けるなんて初めてのことよ。よっぽどの功績があるのでしょうね」
 笑みを返しながら探りを入れる。
 父が騙されているとは考えにくい──が、この女に背中を預けるのは危険だと明菜の本能が告げていた。
「親子揃って警戒心が強いんだな。大丈夫だよ、君に危害を加えるような命令はされてないからさ」
「今のところは、と続くのでしょう?そんな方が護衛だなんて、笑い話かしら」
「気が強いお嬢さんだな。聞いていた人物像とだいぶ違う」
「あら そうなの?それはお気の毒様。……まぁ なんて言われていたかなんて、だいたいの想像はつくけど」
 自嘲する明菜に、女は「嫌なのかい?」と意外そうに目を瞬いた。
「噂話を気持ちが良いと思える人間は稀でしょう。たとえそれがいい噂であれ、人に囁かれるのは嫌いよ」
「ああ たしかに」女は首肯し、
「さて、雑談はこの辺にしとこうか。そろそろ始まるようだ」
 と襖を開けた。
 陽の光が廊下に差し、馬の毛のように艶めいている。そのすぐ側にある池の鯉は、狭いところにいるにも関わらずに、のびのび穏やかに泳いでいた。


***


 結納には親族だけでなく、その一族と関わりのある者たちや主役の友人が招かれた。通常は当人たちの親族だけで執り行うのが慣例だが、今回は太陽家の血を引く男──太陽夫妻の弟の子どもとの挙式なのだ。
 なぜその話がきたかと言えば、理由は単純明快。その従兄弟殿が明菜を街で見かけて大層お気に召した。ただそれだけの話だった。

「……まさか、踊り子として招かれていただなんて」

 控え室で姉たちの化粧や着付けを手伝っていた紅子は戸惑いを口にする。
 自身の長い髪を梳きながら、梅夜は「ああ、それは」と視線を隣に移す。
「あら、結納の二次会にはよく呼ばれるじゃないの。二次会よりも一次会のほうが人が多くて賑やかにしたいからってことで時間がズレただけ。そんなに驚くことでもないでしょ?」
 にこり、と微笑む桃李は、纏っていた薄桃色の羽織をふわりと浮かせてポーズを決める。天女を思わせるその仕草には、同性でもドキリとさせられる。
「お紅ちゃん、先に言っておくけど」
 ふとピリッとした雰囲気を持ち出した梅夜に、紅子は笑みをしまって向き直る。
「わかっているだろうけど、今回のこの式が、紅子ちゃんが逃げ出す最大のチャンスだよ。そしてそれを、向こうもわかってる。私たちが舞っている間は、おそらく警戒されてしまう。だから絶対に紅子ちゃんから目を離す瞬間を作る。その隙にうまく逃げるのよ」
「……そう、言われると思いました。けれど梅ちゃん」
 苦しげに顔を歪める紅子の頬が、柔らかくほんのり温かいものに包まれる。
「あんたのことだから、残された私たちが殺されてしまうって心配してるんでしょ。安心なさい。そこはちゃんと手を打ってあるの……っと、詳しく説明したいとこだけど、どこで監視の目があるかわからないから……──ま、あんたはただ私たちを信じてなさい。言ったでしょう?辛くて苦しいって助けを求めてきたら、絶対に助けに行くって」
 紅子の頬に添えた両手で軽く紅子の頬を張ると、強気に姉は笑った。紅子はぐっと唇に力を込めて俯く。
「大丈夫よ。絶対、誰も死なないから」と確信のこもった口調で桃李は言う。
 それでも尚「でも」と渋る紅子に、梅夜と桃李は顔を見合せ、にたりと企み顔で笑み、

「「あんたは愛する人のことだけ考えてなさい」」

 息の揃った揶揄いエールに、紅子は頬が熱くなるのを感じながら大人しく「はい」と頷き──やはり姉には敵わない、と苦笑を滲ませた。

 準備が着々と整っていく光景を背にした紅子は、鏡の前で帯から浅緑色の珠が付いたかんざしを取り出すなり、軽く結っていた髪を解き、簪の装飾である金色の鎖を揺らしながら纏め直した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~

あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。 彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。 剣も魔法も得意ではない主人公は、 最強のメイドたちに守られながら生きている。 だが彼自身は、 「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。 自分にできることは何か。 この世界で、どう生きていくべきか。 最強の力を持つ者たちと、 何者でもない一人の青年。 その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。 本作は、 圧倒的な安心感のある日常パートと、 必要なときには本格的に描かれる戦い、 そして「守られる側の成長」を軸にした 完結済み長編ファンタジーです。 シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。 最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

処理中です...