ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第八章《昭平と母国の画策》

【九】

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「式典にお集まりの皆々様、本日はよくお越しくださいました」
 司会者の号令に、集まった客人たちは各々小さく会釈を返す。
「それでは時頃となりましたので、式を始めたく思います。司会は私、柴田が務めさせて頂きます。まずは私の方からご挨拶申し上げます」
 柴田、と聞き覚えのある名前に紅子は顔を上げる。
 体がずんぐり丸く、坊主頭。塾にいた頃よりだいぶ背は伸びているものの、それ以外は変化がない。
 けれど司会を務めるということは、一家の柱となったわけで。

──そういえば都にいた頃、商売で才覚を現したと噂になったっけ。

 思わぬ同級生との再会に、紅子の唇に笑みが浮かぶ。

──同級生といえば、陽茉さんは元気かしら。

 塾で仲良くしてくれた女の子。彼女は今、どこかの豪農の長男のもとへ嫁いだと手紙がきたきり疎遠になっている。
 桜は、──……。

──桜さんは、どうなったっけ?

 ぼんやり霞んだ遠い日の記憶に、紅子は目を瞑って意識を集中させる。しかし手繰れど手繰れど、これといった記憶に結びつかない。
 武家の娘で、剣術を極めることを望んでいた彼女は、望まぬ結婚を強いられた──はずだ。

 曖昧な記憶に、心臓が警鐘を鳴らすかのように早くなる。

「お紅ちゃん?」

 ポンと手を乗せられた華奢な肩が跳ねる。
「びっくりさせちゃった?ごめんね。うち陽茉!久しぶりやね」
 と肩から手を引いたその人物は、黒く長い髪を後ろで綺麗に丸く束ね、薄い唇に色の薄い紅を引いている。
「陽茉さん!」
 ちょうど浮かべていた人物が目の前に現れ、思わず声を上げそうになるのをぐっと堪える。
「ほんとに久しぶり!会えて嬉しい」
 手を取り合い、互いに微笑む。
「まさかお紅ちゃんが戻ってきてるなんて……よう帰ってこれたね。大丈夫なん?」
 心配そうに眉をひそめる陽茉に、紅子は「うん、まぁ」と曖昧に返す。
「それより……桜さんって、覚えてる?」
 ドキンドキンと耳元で心臓の音を感じ、緊張が加速する。
 陽茉は首を捻り、
「……忘れたん?あの子、親父さんに決められた結婚相手との初夜で、相手を切りつけた後屋敷に火ぃつけて、自分も死んでまったやん」
 と静かに告げた。

 記憶が花開いていく。

 脳の血管に血が詰まってしまったような痛みに、紅子は頭に手をやる。
「そう、そうだわ。たしか塾を卒業してから一年経ったくらいで、その事件が起きたのよ。どうして今まで……」
 靄が晴れていく。あと少しで何か、新しい何かがわかりそうなのに繋がらない。もどかしさを募らせ、紅子は一人一人にあてがわれたグラスに口をつける。
 微炭酸が喉を刺激し、彼女に冷静な思考をもたらした。
「……なんで会食前の飲み物って、ラムネなのかしらね」
「お酒をうっかり子どもが飲まんようにじゃない?」
 他愛ない会話に、紅子の口元には再び笑みが浮かんだ。
 
「さて、花嫁のお支度が整ったようです。皆様、庭へ出てお一つずつ花籠をお取りください」
 わらわら立ち上がる人たちにつられ、紅子たちも立ち上がる。

 広い庭には紅白幕が掛けられており、受付係が花籠を手渡しながら誘導をしている。
 紅子たちも一つずつ受け取り、ひと握り手に載せる。花独特の質感と香りに懐かしさが胸に広がった。
 宿屋で使っていた、植物の時間を少しだけ巻き戻す能力は、誘拐された時を最後に使っていない。
「あ、ねぇ──主役がきたよ。ほんまに綺麗……」
 うっとりした陽茉の声に顔を上げる。
 白無垢に身を包んだ明菜が、新郎と共にゆっくりとした歩みで整備された道を渡ってきていた。
 花嫁には幸せそうな表情が浮かぶ──ことはなく、ただ粛々と己の業務をこなしているといった様子だ。
「……明菜ちゃんは、お紅ちゃんと似とるなって思ったことがあってん」
 ぽつりと陽茉が零す。
「どこか、未来を諦めているって……まるで定まっている未来を歩くことを受け入れてるような、そんな感じが二人はしてたんよ。けど、今のお紅ちゃんはそんなことない。なんていうか、望む道へ自分で行こうとしてる気がするんよ。久々に会って雰囲気変わってたからびっくりしたわ」
 だから、と旧友は寂しそうに目を伏せる。
「明菜ちゃんも、いつか……」
 その先は言葉にはならず、彼女の喉の奥で留まった。
「明菜ちゃん、もうすぐ通りそうやけど……こんなに人がいたら気づいてもらえそうもないね。てゆかだんだん人多くなってない?」
 陽茉は顔を歪め、紅子に手を伸ばす。
「はぐれそうやから、手ぇ繋いどこ」
「うん」と差し出した手が触れる直前で、赤の他人が割り込み阻止されてしまった。
 しまった、と紅子は陽茉を探すも、似たような姿がたくさんいてわからない。

「──顔色が悪いですね。横に逸れましょうか」

 降ってきた声の主に、見覚えのある山吹色の布が頭に被せられる。
 まさか、という期待とともに紅子は顔を上げる。
 艶のある黒い髪に、優しげに細められた瞳。トレードマークにもなっている黒縁眼鏡をかけた男が、紅子の肩を優しく抱いた。

「……っや、よい様」

 恋焦がれていた人が、そこに居た。
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