80 / 102
第八章《昭平と母国の画策》
【九】
しおりを挟む
「式典にお集まりの皆々様、本日はよくお越しくださいました」
司会者の号令に、集まった客人たちは各々小さく会釈を返す。
「それでは時頃となりましたので、式を始めたく思います。司会は私、柴田が務めさせて頂きます。まずは私の方からご挨拶申し上げます」
柴田、と聞き覚えのある名前に紅子は顔を上げる。
体がずんぐり丸く、坊主頭。塾にいた頃よりだいぶ背は伸びているものの、それ以外は変化がない。
けれど司会を務めるということは、一家の柱となったわけで。
──そういえば都にいた頃、商売で才覚を現したと噂になったっけ。
思わぬ同級生との再会に、紅子の唇に笑みが浮かぶ。
──同級生といえば、陽茉さんは元気かしら。
塾で仲良くしてくれた女の子。彼女は今、どこかの豪農の長男のもとへ嫁いだと手紙がきたきり疎遠になっている。
桜は、──……。
──桜さんは、どうなったっけ?
ぼんやり霞んだ遠い日の記憶に、紅子は目を瞑って意識を集中させる。しかし手繰れど手繰れど、これといった記憶に結びつかない。
武家の娘で、剣術を極めることを望んでいた彼女は、望まぬ結婚を強いられた──はずだ。
曖昧な記憶に、心臓が警鐘を鳴らすかのように早くなる。
「お紅ちゃん?」
ポンと手を乗せられた華奢な肩が跳ねる。
「びっくりさせちゃった?ごめんね。うち陽茉!久しぶりやね」
と肩から手を引いたその人物は、黒く長い髪を後ろで綺麗に丸く束ね、薄い唇に色の薄い紅を引いている。
「陽茉さん!」
ちょうど浮かべていた人物が目の前に現れ、思わず声を上げそうになるのをぐっと堪える。
「ほんとに久しぶり!会えて嬉しい」
手を取り合い、互いに微笑む。
「まさかお紅ちゃんが戻ってきてるなんて……よう帰ってこれたね。大丈夫なん?」
心配そうに眉を顰める陽茉に、紅子は「うん、まぁ」と曖昧に返す。
「それより……桜さんって、覚えてる?」
ドキンドキンと耳元で心臓の音を感じ、緊張が加速する。
陽茉は首を捻り、
「……忘れたん?あの子、親父さんに決められた結婚相手との初夜で、相手を切りつけた後屋敷に火ぃつけて、自分も死んでまったやん」
と静かに告げた。
記憶が花開いていく。
脳の血管に血が詰まってしまったような痛みに、紅子は頭に手をやる。
「そう、そうだわ。たしか塾を卒業してから一年経ったくらいで、その事件が起きたのよ。どうして今まで……」
靄が晴れていく。あと少しで何か、新しい何かがわかりそうなのに繋がらない。もどかしさを募らせ、紅子は一人一人にあてがわれたグラスに口をつける。
微炭酸が喉を刺激し、彼女に冷静な思考をもたらした。
「……なんで会食前の飲み物って、ラムネなのかしらね」
「お酒をうっかり子どもが飲まんようにじゃない?」
他愛ない会話に、紅子の口元には再び笑みが浮かんだ。
「さて、花嫁のお支度が整ったようです。皆様、庭へ出てお一つずつ花籠をお取りください」
わらわら立ち上がる人たちにつられ、紅子たちも立ち上がる。
広い庭には紅白幕が掛けられており、受付係が花籠を手渡しながら誘導をしている。
紅子たちも一つずつ受け取り、ひと握り手に載せる。花独特の質感と香りに懐かしさが胸に広がった。
宿屋で使っていた、植物の時間を少しだけ巻き戻す能力は、誘拐された時を最後に使っていない。
「あ、ねぇ──主役がきたよ。ほんまに綺麗……」
うっとりした陽茉の声に顔を上げる。
白無垢に身を包んだ明菜が、新郎と共にゆっくりとした歩みで整備された道を渡ってきていた。
花嫁には幸せそうな表情が浮かぶ──ことはなく、ただ粛々と己の業務をこなしているといった様子だ。
「……明菜ちゃんは、お紅ちゃんと似とるなって思ったことがあってん」
ぽつりと陽茉が零す。
「どこか、未来を諦めているって……まるで定まっている未来を歩くことを受け入れてるような、そんな感じが二人はしてたんよ。けど、今のお紅ちゃんはそんなことない。なんていうか、望む道へ自分で行こうとしてる気がするんよ。久々に会って雰囲気変わってたからびっくりしたわ」
だから、と旧友は寂しそうに目を伏せる。
「明菜ちゃんも、いつか……」
その先は言葉にはならず、彼女の喉の奥で留まった。
「明菜ちゃん、もうすぐ通りそうやけど……こんなに人がいたら気づいてもらえそうもないね。てゆかだんだん人多くなってない?」
陽茉は顔を歪め、紅子に手を伸ばす。
「はぐれそうやから、手ぇ繋いどこ」
「うん」と差し出した手が触れる直前で、赤の他人が割り込み阻止されてしまった。
しまった、と紅子は陽茉を探すも、似たような姿がたくさんいてわからない。
「──顔色が悪いですね。横に逸れましょうか」
降ってきた声の主に、見覚えのある山吹色の布が頭に被せられる。
まさか、という期待とともに紅子は顔を上げる。
艶のある黒い髪に、優しげに細められた瞳。トレードマークにもなっている黒縁眼鏡をかけた男が、紅子の肩を優しく抱いた。
「……っや、よい様」
恋焦がれていた人が、そこに居た。
司会者の号令に、集まった客人たちは各々小さく会釈を返す。
「それでは時頃となりましたので、式を始めたく思います。司会は私、柴田が務めさせて頂きます。まずは私の方からご挨拶申し上げます」
柴田、と聞き覚えのある名前に紅子は顔を上げる。
体がずんぐり丸く、坊主頭。塾にいた頃よりだいぶ背は伸びているものの、それ以外は変化がない。
けれど司会を務めるということは、一家の柱となったわけで。
──そういえば都にいた頃、商売で才覚を現したと噂になったっけ。
思わぬ同級生との再会に、紅子の唇に笑みが浮かぶ。
──同級生といえば、陽茉さんは元気かしら。
塾で仲良くしてくれた女の子。彼女は今、どこかの豪農の長男のもとへ嫁いだと手紙がきたきり疎遠になっている。
桜は、──……。
──桜さんは、どうなったっけ?
ぼんやり霞んだ遠い日の記憶に、紅子は目を瞑って意識を集中させる。しかし手繰れど手繰れど、これといった記憶に結びつかない。
武家の娘で、剣術を極めることを望んでいた彼女は、望まぬ結婚を強いられた──はずだ。
曖昧な記憶に、心臓が警鐘を鳴らすかのように早くなる。
「お紅ちゃん?」
ポンと手を乗せられた華奢な肩が跳ねる。
「びっくりさせちゃった?ごめんね。うち陽茉!久しぶりやね」
と肩から手を引いたその人物は、黒く長い髪を後ろで綺麗に丸く束ね、薄い唇に色の薄い紅を引いている。
「陽茉さん!」
ちょうど浮かべていた人物が目の前に現れ、思わず声を上げそうになるのをぐっと堪える。
「ほんとに久しぶり!会えて嬉しい」
手を取り合い、互いに微笑む。
「まさかお紅ちゃんが戻ってきてるなんて……よう帰ってこれたね。大丈夫なん?」
心配そうに眉を顰める陽茉に、紅子は「うん、まぁ」と曖昧に返す。
「それより……桜さんって、覚えてる?」
ドキンドキンと耳元で心臓の音を感じ、緊張が加速する。
陽茉は首を捻り、
「……忘れたん?あの子、親父さんに決められた結婚相手との初夜で、相手を切りつけた後屋敷に火ぃつけて、自分も死んでまったやん」
と静かに告げた。
記憶が花開いていく。
脳の血管に血が詰まってしまったような痛みに、紅子は頭に手をやる。
「そう、そうだわ。たしか塾を卒業してから一年経ったくらいで、その事件が起きたのよ。どうして今まで……」
靄が晴れていく。あと少しで何か、新しい何かがわかりそうなのに繋がらない。もどかしさを募らせ、紅子は一人一人にあてがわれたグラスに口をつける。
微炭酸が喉を刺激し、彼女に冷静な思考をもたらした。
「……なんで会食前の飲み物って、ラムネなのかしらね」
「お酒をうっかり子どもが飲まんようにじゃない?」
他愛ない会話に、紅子の口元には再び笑みが浮かんだ。
「さて、花嫁のお支度が整ったようです。皆様、庭へ出てお一つずつ花籠をお取りください」
わらわら立ち上がる人たちにつられ、紅子たちも立ち上がる。
広い庭には紅白幕が掛けられており、受付係が花籠を手渡しながら誘導をしている。
紅子たちも一つずつ受け取り、ひと握り手に載せる。花独特の質感と香りに懐かしさが胸に広がった。
宿屋で使っていた、植物の時間を少しだけ巻き戻す能力は、誘拐された時を最後に使っていない。
「あ、ねぇ──主役がきたよ。ほんまに綺麗……」
うっとりした陽茉の声に顔を上げる。
白無垢に身を包んだ明菜が、新郎と共にゆっくりとした歩みで整備された道を渡ってきていた。
花嫁には幸せそうな表情が浮かぶ──ことはなく、ただ粛々と己の業務をこなしているといった様子だ。
「……明菜ちゃんは、お紅ちゃんと似とるなって思ったことがあってん」
ぽつりと陽茉が零す。
「どこか、未来を諦めているって……まるで定まっている未来を歩くことを受け入れてるような、そんな感じが二人はしてたんよ。けど、今のお紅ちゃんはそんなことない。なんていうか、望む道へ自分で行こうとしてる気がするんよ。久々に会って雰囲気変わってたからびっくりしたわ」
だから、と旧友は寂しそうに目を伏せる。
「明菜ちゃんも、いつか……」
その先は言葉にはならず、彼女の喉の奥で留まった。
「明菜ちゃん、もうすぐ通りそうやけど……こんなに人がいたら気づいてもらえそうもないね。てゆかだんだん人多くなってない?」
陽茉は顔を歪め、紅子に手を伸ばす。
「はぐれそうやから、手ぇ繋いどこ」
「うん」と差し出した手が触れる直前で、赤の他人が割り込み阻止されてしまった。
しまった、と紅子は陽茉を探すも、似たような姿がたくさんいてわからない。
「──顔色が悪いですね。横に逸れましょうか」
降ってきた声の主に、見覚えのある山吹色の布が頭に被せられる。
まさか、という期待とともに紅子は顔を上げる。
艶のある黒い髪に、優しげに細められた瞳。トレードマークにもなっている黒縁眼鏡をかけた男が、紅子の肩を優しく抱いた。
「……っや、よい様」
恋焦がれていた人が、そこに居た。
0
あなたにおすすめの小説
処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!
秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。
民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。
「おまえたちは許さない」
二度目の人生。
エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。
彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。
1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。
「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」
憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。
二人の偽りの婚約の行く末は……
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です1~またクビになったけど、親代わりのメイドが慰めてくれるので悲しくなんてない!!~
あきくん☆ひろくん
ファンタジー
仕事を失い、居場所をなくした青年。
彼に仕えるのは――世界を救った英雄たちだった。
剣も魔法も得意ではない主人公は、
最強のメイドたちに守られながら生きている。
だが彼自身は、
「守られるだけの存在」でいることを良しとしなかった。
自分にできることは何か。
この世界で、どう生きていくべきか。
最強の力を持つ者たちと、
何者でもない一人の青年。
その主従関係は、やがて世界の歪みと過去へと繋がっていく。
本作は、
圧倒的な安心感のある日常パートと、
必要なときには本格的に描かれる戦い、
そして「守られる側の成長」を軸にした
完結済み長編ファンタジーです。
シリーズ作品の一編ですが、本作単体でもお楽しみいただけます。
最後まで安心して、一気読みしていただければ幸いです。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】竜騎士の私は竜の番になりました!
胡蝶花れん
ファンタジー
ここは、アルス・アーツ大陸。
主に5大国家から成り立つ大陸である。
この世界は、人間、亜人(獣に変身することができる。)、エルフ、ドワーフ、魔獣、魔女、魔人、竜などの、いろんな種族がおり、また魔法が当たり前のように使える世界でもあった。
この物語の舞台はその5大国家の内の一つ、竜騎士発祥の地となるフェリス王国から始まる、王国初の女竜騎士の物語となる。
かくして、竜に番(つがい)認定されてしまった『氷の人形』と呼ばれる初の女竜騎士と竜の恋模様はこれいかに?! 竜の番の意味とは?恋愛要素含むファンタジーモノです。
※毎日更新(平日)しています!(年末年始はお休みです!)
※1話当たり、1200~2000文字前後です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる