ツギハギ夫婦は縁を求める

木風 麦

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第九章《赫姫と国光》

【三】

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「は……姫じゃないなら尚更だ。なぜお前がそのときのことを知っているというんだ。有り得ないだろう」
 レンははっきり困惑を露にしていた。
「それが有り得てしまうのですよ。貴方が私の能力を知らないのも無理ないことです。私たちは一度たりともお会いしたことがないのですから」
 何を言っている。この女、自分が何を言っているのかわかっているのか。矛盾に気づいていないのか。

──だが、肌がヒリつく。

「私は植物から過去を読み取ることができるのです。は常に時代の始まりと終わりを見ています。そこにあの男が関わらないはずがない……まあ関わりのある植物を見つけ出すのは大変でしたけど」
 だから時間がかかってしまいました、と頬に手を当てて色っぽい溜息を吐く。
「そんな能力、主から聞いたこともない」
「あの男が能力の全部を把握しているというのは大きな誤解ですよ。あの男はむしろ、のです。能力云々は、彼の存ぜぬところから起きたのですから」
 目の前にいる女が、一体なにを話そうとしているのか。レンには想像だにつかなかった。だがこの女は間違いなく、歴史を知っている。受け継がれるうちに消えてしまった言葉も、欠けた情報も、この女は持っている。

──それが酷く恐ろしい。

 紅子の母は目を細め、憐れむような視線を投げた。

「貴方、?」

 ひゅっとレンの喉が鳴った。彼女の借り物の体が、流す血流の速度を著しく上げ始める。
 足が独りでにカタカタ動く。
「……っお前」
 干上がった舌のせいか、うまく言葉が出てこない。
 彼女は動揺していた。それゆえに、背後の一太刀に気づくのが遅れた。
 咄嗟に避けた彼女の肩を、真剣がズバリと斬り裂いた。
「……君だろう。彼女を殺したのは」
 地面が振動していると錯覚するほどに、その男は怒りを露にしていた。
 普段ならば美麗な見た目なのだろうが、このときの形相ばかりは般若だった。優しげな目元が吊り上がり、赤い筋が浮いている。
「この罪は、君の命で贖ってもらう」
 斬られた肩を抑えながら立ち上がったレンは、静かに笑った。額には冷や汗が浮かんでいるものの、表情が崩れることはない。
「無理だよ。私は既に、私一人の命じゃあ贖いようのない罪を繰り返している。あんたがどこの誰かは知らないけど、今になって殺されるわけにはいかない。私にはまだ、やらねばならないことが残っている」
「私は秋桐弥生の影だ。君が殺した野杏とは浅からぬ仲でね……私情も入っているが、君の言う『やらねばならないこと』は阻止させてもらう」
 合点がいったというようにレンは目を剥き、
「ああ、故姫の……だがあの子もまた私に刃を向けていた。ならば返り討ちにされても文句は言えないのではないか?」と冷笑した。
「そうだな。君の話を鵜呑みにするならそうかもしれない。だが真か偽りかはどうだっていい。言ったろう、私情だと」
 再び剣を構えた男──クロに、
「成程、手強いな。しかし……あんたと真っ向からやり合うとなると時間が惜しい。申し訳ないが、その決闘の申し出は辞退させて頂くよ」
 にやり、と女の唇が弧を描く。と同時に、肩を負傷していると思わせぬ速さで、紅子の首元目がけて刃を向かわせた。

「させると思います?」

 その声にははっきり殺気が滲んでいた。
 青みがかった長刃を受けたクロが、その剣を払う。
「……ッ女子のお願いは快く聞いてやるのが男だろう」
「どの口が言うんです。私は大事な人間の順にお願いを聞くのですよ。──言わずとも、その優先順位くらいは想像つきますよね?」
 間髪入れずに突きを繰り出すクロが、視線を一切動かさずに「若奥様」と紅子を呼んだ。
「今のうちに、どうぞお行きください」
「……ではお言葉に甘えます。ありがとうございます」
 いつの間にか、紅子は紅子に戻っていた。
 母が入っていたからか、次にすべきことはわかった。だが既に、その母の気配は消えていた。
 名残惜しいが、感傷に浸っている場合ではない。
 走り出した背に、クロの朗らかな声が届く。

「主を、──を、頼みます」

 振り返りかけた。
 だが、足を止めては邪魔になる。彼の足止めが無駄になる。
 返事をしたかった。「もちろん」だと応えたかった。だが、声にできなかった。

──死ぬかもしれないんだ。

 また、目の前で見知った人が殺されてしまうかもしれない。その恐怖が、紅子の背を巡った。
 刀と刀を交えれば、それは文字通り死闘となる。怪我で済めば御の字だが、あの二人に限ってそれはないだろう。
 譲れないものに対して、あの二人は命が尽きるまで挑み続ける性質タチだ。どちらかの勝利は、どちらかの死を意味することになる。

 わかっていたはずだった。覚悟もしていたはずだった。しかしいざ直面すると、避けたい事態だと思ってしまう。

「……貴方はどうですか?仲間が死ぬ事態が、恐ろしくないのですか」

 ジャリ、と砂が擦れる音が静寂に響く。
 ツツジが咲く庭の隅に、特徴のない顔をした、すべての元凶ともいえる男がそこにいた。
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