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二章
記憶の証人
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「ヒロー。ちょっとー。いつまで寝てんのー?」
ゆさゆさと揺すられる。
「……んー。××……。まだ、寝たい……」
「もー。ヒロはホントに寝坊助ね」
仕方ないなぁ、と言ったような口調。
お気に入りの白い帽子をかぶった、華奢な体に白い肌。
広翔のことをヒロ、と呼ぶ彼女は──。
はっ、と目を覚ました。
初めて保健室に運ばれた時のように頭がズキズキする。
辺りを見回すと、真っ白の世界。
──保健室じゃ、ない……?
広翔は困惑した。
てっきり保健室だと思った。
夢に決まっている。こんな場所知らない。
辺りを見回すと、冬服の紺の制服に身を包んだ中学生が足を広げ座っていた。髪は肩より少し長い、サラサラのストレートヘアだ。
広翔はそっとその中学生に近づいた。
あと少しで顔が見える──。
その瞬間、いきなり少女が振り向いた。
広翔は驚きのあまり後ろへこてんと転がった。
「ちょっと。無言で背後に立たないでくれない」
トゲトゲした口調で少女が睨みつけてくる。
「ご、ごめんなさい」
つい、謝る。
この剣幕、この顔、どこかで──……。
「ねぇ、ちょっと。いつまで此処にいる気?早く帰りなよ」
眉をひそめ、少女は言う。
「帰るって、どうやって」
なんでだろう、と広翔は思う。
なんでこの人の声を聞くだけで泣きそうになるんだろう、と。
少女は盛大に顔をしかめ、
「ちょっとー。その年になってまだ泣き虫なわけぇ」
と蹴りを入れてくる。泣く気は無かったのだが、一筋、涙が頬を伝っていた。
「もー。もっと男らしくなんなよ。好きな女の子の前でくらいはカッコつけなさいよー?」
と笑って言ってくる。
その笑顔を見た時、何かが繋がった気がした。
その時だ。
視界がぐにゃりと歪み、少女の姿が見えなくなる。
「あ、良かったね。帰れるよ」
少女の声が響く。
「またね。ヒロ」
笑いを含めたような声が、最後に残るように響いた。
広翔はまた、意識を失っていった。
***
目を覚ますと、白い天井に黒い点々が模様となっている景色が映る。
「…………保健室」
今度こそ、本当に。
──今度こそ?
変な夢を見ていた気がする。
ゆっくり上半身を起こすと、起きた耳に保健医の穂花と誰かが話している声が聞こえてくる。
そっと耳を澄ますと、相手は美人の先輩、雨水望江のようだった。
「そんな、だって……今も…………」
「………………だから、…………も協力」
端々しか聞こえない。
そっとベッドから降り、カーテン越しに二人を探す。
二人は相談室のソファに腰掛け、対面していた。
耳に意識を集中させた。
「だってそんな、信じられるわけないじゃん。春海ちゃんのことだけ覚えてないなんて」
「でも、事実なの」
穂花はどこか諭すような口調で語りかける。
「両親だけじゃなく……葛西君!」
穂花は目を覚ました広翔に気づき、すぐに話をやめた。
「大丈夫?」
「……はい」
広翔は微かに頷く。
春海。
誰?
君は、誰?
聞きたいことは多いのに、言葉になって出てきたのは、
「具合が悪いので、帰ります」
ふらりと覚束無い足取りで保健室のドアに手をかけた。
「待って」
出て行こうとする広翔を、望江は呼び止めた。
「もし」
と前置きし、ゆっくり広翔を見上げた。
「もし、春海ちゃんのことが気になるなら、答えてあげる。あなたの知りたいことを、ある程度は話してあげられる」
「ちょ、雨水さんっ!」
穂花が諌めるように声を大きくした。
「いいじゃない、先生。広翔君だって気づいてるんじゃない?自分の記憶が無いこと。だから、選べばいい。記憶が欲しいのか、いらないのか」
真っ直ぐな瞳が、広翔を射貫いた。
「──だけど、覚悟することね。あなたが思うほど、記憶の価値は軽くなんてないんだから」
***
校舎を出た中庭に、胡桃が佇んでいた。
そうだ、雨水さんを追ってきたんだった、と思い出す。
「雨水さん」
と声をかけると、胡桃はバッと振り返った。
「え……葛西君。どうしてここに」
と驚いている。
驚くのも無理はない。
何せ本来なら授業中。広翔が中庭に居ることはおかしい事態だ。
「雨水さん、教室戻らないの?」
「ん。ちょっと、サボりたくなった」
と胡桃は苦笑した。
「葛西君。入学式の日のこと、覚えてる?」
「え、貧血で倒れた日?」
広翔が困惑気味に聞き返す。
胡桃は広翔の方は見ずに、
「昔話、聞きたい?」
と続けた。
広翔はますます困惑した。
「え、と……何の話?」
「聞きたい?」
今度は、広翔と視線を合わせた。
口元は笑っているが、目は真剣そのものだった。
「どう?聞く?」
これが最後、とばかりに言う。
「…………うん」
広翔はやがて頷いた。
「聞く。聞かせて」
ゆさゆさと揺すられる。
「……んー。××……。まだ、寝たい……」
「もー。ヒロはホントに寝坊助ね」
仕方ないなぁ、と言ったような口調。
お気に入りの白い帽子をかぶった、華奢な体に白い肌。
広翔のことをヒロ、と呼ぶ彼女は──。
はっ、と目を覚ました。
初めて保健室に運ばれた時のように頭がズキズキする。
辺りを見回すと、真っ白の世界。
──保健室じゃ、ない……?
広翔は困惑した。
てっきり保健室だと思った。
夢に決まっている。こんな場所知らない。
辺りを見回すと、冬服の紺の制服に身を包んだ中学生が足を広げ座っていた。髪は肩より少し長い、サラサラのストレートヘアだ。
広翔はそっとその中学生に近づいた。
あと少しで顔が見える──。
その瞬間、いきなり少女が振り向いた。
広翔は驚きのあまり後ろへこてんと転がった。
「ちょっと。無言で背後に立たないでくれない」
トゲトゲした口調で少女が睨みつけてくる。
「ご、ごめんなさい」
つい、謝る。
この剣幕、この顔、どこかで──……。
「ねぇ、ちょっと。いつまで此処にいる気?早く帰りなよ」
眉をひそめ、少女は言う。
「帰るって、どうやって」
なんでだろう、と広翔は思う。
なんでこの人の声を聞くだけで泣きそうになるんだろう、と。
少女は盛大に顔をしかめ、
「ちょっとー。その年になってまだ泣き虫なわけぇ」
と蹴りを入れてくる。泣く気は無かったのだが、一筋、涙が頬を伝っていた。
「もー。もっと男らしくなんなよ。好きな女の子の前でくらいはカッコつけなさいよー?」
と笑って言ってくる。
その笑顔を見た時、何かが繋がった気がした。
その時だ。
視界がぐにゃりと歪み、少女の姿が見えなくなる。
「あ、良かったね。帰れるよ」
少女の声が響く。
「またね。ヒロ」
笑いを含めたような声が、最後に残るように響いた。
広翔はまた、意識を失っていった。
***
目を覚ますと、白い天井に黒い点々が模様となっている景色が映る。
「…………保健室」
今度こそ、本当に。
──今度こそ?
変な夢を見ていた気がする。
ゆっくり上半身を起こすと、起きた耳に保健医の穂花と誰かが話している声が聞こえてくる。
そっと耳を澄ますと、相手は美人の先輩、雨水望江のようだった。
「そんな、だって……今も…………」
「………………だから、…………も協力」
端々しか聞こえない。
そっとベッドから降り、カーテン越しに二人を探す。
二人は相談室のソファに腰掛け、対面していた。
耳に意識を集中させた。
「だってそんな、信じられるわけないじゃん。春海ちゃんのことだけ覚えてないなんて」
「でも、事実なの」
穂花はどこか諭すような口調で語りかける。
「両親だけじゃなく……葛西君!」
穂花は目を覚ました広翔に気づき、すぐに話をやめた。
「大丈夫?」
「……はい」
広翔は微かに頷く。
春海。
誰?
君は、誰?
聞きたいことは多いのに、言葉になって出てきたのは、
「具合が悪いので、帰ります」
ふらりと覚束無い足取りで保健室のドアに手をかけた。
「待って」
出て行こうとする広翔を、望江は呼び止めた。
「もし」
と前置きし、ゆっくり広翔を見上げた。
「もし、春海ちゃんのことが気になるなら、答えてあげる。あなたの知りたいことを、ある程度は話してあげられる」
「ちょ、雨水さんっ!」
穂花が諌めるように声を大きくした。
「いいじゃない、先生。広翔君だって気づいてるんじゃない?自分の記憶が無いこと。だから、選べばいい。記憶が欲しいのか、いらないのか」
真っ直ぐな瞳が、広翔を射貫いた。
「──だけど、覚悟することね。あなたが思うほど、記憶の価値は軽くなんてないんだから」
***
校舎を出た中庭に、胡桃が佇んでいた。
そうだ、雨水さんを追ってきたんだった、と思い出す。
「雨水さん」
と声をかけると、胡桃はバッと振り返った。
「え……葛西君。どうしてここに」
と驚いている。
驚くのも無理はない。
何せ本来なら授業中。広翔が中庭に居ることはおかしい事態だ。
「雨水さん、教室戻らないの?」
「ん。ちょっと、サボりたくなった」
と胡桃は苦笑した。
「葛西君。入学式の日のこと、覚えてる?」
「え、貧血で倒れた日?」
広翔が困惑気味に聞き返す。
胡桃は広翔の方は見ずに、
「昔話、聞きたい?」
と続けた。
広翔はますます困惑した。
「え、と……何の話?」
「聞きたい?」
今度は、広翔と視線を合わせた。
口元は笑っているが、目は真剣そのものだった。
「どう?聞く?」
これが最後、とばかりに言う。
「…………うん」
広翔はやがて頷いた。
「聞く。聞かせて」
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