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三章
初夏
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くだんの日から数週間、胡桃は広翔とは必要最低限しか話さなくなった。
「俺、なんかした?」
璃久に話しかけると、
「さぁな」
璃久はしれっと受け流す。
避けられてるのは目に見える事実。
どうすれば良いか広翔はわからなかった。
「そっとしとけば」
目を合わさず璃久は言った。
「え、でも」
「何もしない方がいい時もあるんじゃん」
何か確信があるのだろう、と広翔は感じた。
もう九年一緒に居るのだ。もちろん感情が完璧にわかるわけではない。わかるわけでは無いが、かといって何もわからないわけではない。雰囲気や口調で、端々の簡単な喜怒哀楽くらいは簡単にわかるようになるものだ。
十年間も一緒に居ればなぁ。
しみじみと広翔は思う。
そして、そのつっかかりにふと気づく。
──十年間…………。
なんで、確信があるんだろうか。
広翔は混乱した。
今まで何の疑問もなく一緒に居た。何の疑問もなく同じクラスだと感じていた。
──だけど俺には記憶が欠けている。所々。
それを、彼は知っているのだろうか。
いや、知らないわけがない。
なら何故黙っていた?
色々な疑問がせめぎ合い、どんどん頭が働かなくなる。
「広翔?」
広翔が黙りこくったのを見て、璃久が覗き込んでくる。
「……璃久」
「何だよ」
青い顔の広翔を見て、「大丈夫か?」と心配そうに言う。
「璃久、お前、俺の記憶のこと何か知ってるんじゃないのか」
璃久の目が見開かれた。
少し考える仕草をし、真顔で言った。
「お前、記憶、あった方がいいのか?」
璃久の言葉に、広翔は返答しかねた。
── 選べばいい。記憶が欲しいのか、いらないのか。だけど、覚悟することね。あなたが思うほど、記憶の価値は軽くなんてないんだから。
望江が言った言葉が、脳内に響く。
「お前と、同じようなこと言った人がいた」
広翔は俯きながら呟いた。
「雨水か?」
「なんだ、知ってた…………ん?いや、待て。雨水先輩のほうだ」
「先輩?」
と璃久が怪訝そうな顔をする。
その時、予鈴が鳴った。
璃久は小さく舌打ちをして、広翔を指差した。
「昼休み!話せよ、それ」
と言い残し、席に着いた。
ちなみに次の授業は英語だった。
授業に頭を切り替えられなかった広翔は、難波に笑顔でビシバシ当てられた。
***
二人は授業終了の号令がかかるなりすぐ、教室を飛び出した。
「青春ねぇ」
難波は苦笑いを浮かべた。
「で?」
中庭のベンチに腰掛け、菓子パンの袋をバリバリと破きながら、璃久は広翔を薄目で見やる。
「何、姉って」
「え、っと。璃久なら、他の奴には言わないか」
「おう」
じゃあ、と広翔は雨水胡桃と雨水望江の関係を簡単に説明した。
「姉、ねえ」
初耳だわ、と璃久が呟いた。
「わざわざ言うほどのことでもないしな」
二人はしばし無言になった。
「璃久」
静かな口調だった。
「俺は、記憶が、抜けてんだよな」
「ああ」
躊躇い無く、璃久は頷き、肯定した。
「それだけで、いいのか」
ガサガサ、と璃久は袋を漁る。
今度は昆布のおにぎりを取り出し、ペリペリとラインに沿ってフィルムを剥がす。
「もう一つだけ、教えて」
璃久はおにぎりを頬張りながら頷いた。
「俺の記憶って、両親がいないのと関係ある?」
ごくん、と音がした。
パリッと海苔ごと白飯と昆布を食み、璃久は広翔を見た。
「あるよ」
璃久は、変わらない調子で続けた。
「中学の時から、気づいてたのか?」
「いや」
記憶は、戻らなかった。叔母の言葉がキッカケではあった。確信ではなかったし、別段不便ではなかった。
「不便じゃ、なかったけど。でも、ずっと引っかかってた。ずっと、気にしないフリをしていたんだ」
「まぁ、良いことよりか、悪いことの方が多いとだけ言っておくわ」
鮭のおにぎりに手をかけながら、うっすら笑いを浮かべていた。
「──俺は、どっちでもいいよ」
璃久は入学式の日のように、人懐こい笑みを浮かべた。
「それで俺らの付き合いが無くなるわけじゃないからな」
璃久の言葉に、広翔は、ようやく深く空気を体に取り込めた気がした。
中庭に存在する立派な桜が、ザアアと音を立て緑を辺りに散らした。
「俺、なんかした?」
璃久に話しかけると、
「さぁな」
璃久はしれっと受け流す。
避けられてるのは目に見える事実。
どうすれば良いか広翔はわからなかった。
「そっとしとけば」
目を合わさず璃久は言った。
「え、でも」
「何もしない方がいい時もあるんじゃん」
何か確信があるのだろう、と広翔は感じた。
もう九年一緒に居るのだ。もちろん感情が完璧にわかるわけではない。わかるわけでは無いが、かといって何もわからないわけではない。雰囲気や口調で、端々の簡単な喜怒哀楽くらいは簡単にわかるようになるものだ。
十年間も一緒に居ればなぁ。
しみじみと広翔は思う。
そして、そのつっかかりにふと気づく。
──十年間…………。
なんで、確信があるんだろうか。
広翔は混乱した。
今まで何の疑問もなく一緒に居た。何の疑問もなく同じクラスだと感じていた。
──だけど俺には記憶が欠けている。所々。
それを、彼は知っているのだろうか。
いや、知らないわけがない。
なら何故黙っていた?
色々な疑問がせめぎ合い、どんどん頭が働かなくなる。
「広翔?」
広翔が黙りこくったのを見て、璃久が覗き込んでくる。
「……璃久」
「何だよ」
青い顔の広翔を見て、「大丈夫か?」と心配そうに言う。
「璃久、お前、俺の記憶のこと何か知ってるんじゃないのか」
璃久の目が見開かれた。
少し考える仕草をし、真顔で言った。
「お前、記憶、あった方がいいのか?」
璃久の言葉に、広翔は返答しかねた。
── 選べばいい。記憶が欲しいのか、いらないのか。だけど、覚悟することね。あなたが思うほど、記憶の価値は軽くなんてないんだから。
望江が言った言葉が、脳内に響く。
「お前と、同じようなこと言った人がいた」
広翔は俯きながら呟いた。
「雨水か?」
「なんだ、知ってた…………ん?いや、待て。雨水先輩のほうだ」
「先輩?」
と璃久が怪訝そうな顔をする。
その時、予鈴が鳴った。
璃久は小さく舌打ちをして、広翔を指差した。
「昼休み!話せよ、それ」
と言い残し、席に着いた。
ちなみに次の授業は英語だった。
授業に頭を切り替えられなかった広翔は、難波に笑顔でビシバシ当てられた。
***
二人は授業終了の号令がかかるなりすぐ、教室を飛び出した。
「青春ねぇ」
難波は苦笑いを浮かべた。
「で?」
中庭のベンチに腰掛け、菓子パンの袋をバリバリと破きながら、璃久は広翔を薄目で見やる。
「何、姉って」
「え、っと。璃久なら、他の奴には言わないか」
「おう」
じゃあ、と広翔は雨水胡桃と雨水望江の関係を簡単に説明した。
「姉、ねえ」
初耳だわ、と璃久が呟いた。
「わざわざ言うほどのことでもないしな」
二人はしばし無言になった。
「璃久」
静かな口調だった。
「俺は、記憶が、抜けてんだよな」
「ああ」
躊躇い無く、璃久は頷き、肯定した。
「それだけで、いいのか」
ガサガサ、と璃久は袋を漁る。
今度は昆布のおにぎりを取り出し、ペリペリとラインに沿ってフィルムを剥がす。
「もう一つだけ、教えて」
璃久はおにぎりを頬張りながら頷いた。
「俺の記憶って、両親がいないのと関係ある?」
ごくん、と音がした。
パリッと海苔ごと白飯と昆布を食み、璃久は広翔を見た。
「あるよ」
璃久は、変わらない調子で続けた。
「中学の時から、気づいてたのか?」
「いや」
記憶は、戻らなかった。叔母の言葉がキッカケではあった。確信ではなかったし、別段不便ではなかった。
「不便じゃ、なかったけど。でも、ずっと引っかかってた。ずっと、気にしないフリをしていたんだ」
「まぁ、良いことよりか、悪いことの方が多いとだけ言っておくわ」
鮭のおにぎりに手をかけながら、うっすら笑いを浮かべていた。
「──俺は、どっちでもいいよ」
璃久は入学式の日のように、人懐こい笑みを浮かべた。
「それで俺らの付き合いが無くなるわけじゃないからな」
璃久の言葉に、広翔は、ようやく深く空気を体に取り込めた気がした。
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