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四章
くじ引き
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雨が降らなくなる夏場。
澄香は外に出るのが厳しくなる。
デートというデートもできないのだ。
──好きです。私と、付き合ってください。
花火とスマホの画面に照らされた澄香の表情が、脳裏に焼きついている。
彼女。
先輩が、彼女。
嬉しいことに変わりはない。
だが、どうしてもあの日──澄香が広翔を拒絶した日のことは忘れられない。
彼女に何かあり、それは今の澄香を物凄く追い詰めている、または傷つけ続けているということは明確だった。
そんな彼女が、勇気をだして前へ進んで自分を選んでくれたというのも、また変わらない事実であり、優越感がないとは言いきれなかった。
尾田家と葛西家は駅が四つ分離れている。
学校を挟んだ、ちょうど正反対の場所にそれぞれ家がある。
自転車の方が曲線を描く電車よりも早く着く。
だからといって毎日のように尾田家に押しかけるわけにもいかない。
週に何回か、勉強目的で通うだけなのだ。
なんの理由をつけなくても誘える、と思っていたが、日が出ているとどうしても誘い辛い。
広翔がため息をつくと、
「お前何回目だよ」
璃久がウザったい、と書かれた顔を向ける。
「そんなに俺と居るの嫌なわけ」
手元の漫画を読みながら璃久が言う。
「んなわけないじゃん!ちげーって」
広翔が慌てて否定すると、「知ってる」しれっと言う璃久の様子に、からかわれたと気づく。
「会いに行けばいいじゃん。行って、デートの約束でも取り付けてこい」
しっしっ、と追い出すように手を振る。
広翔はムスッとしながら、
「雨の日じゃないと無理なんだよ」
「なんで」
璃久の素直な問いに、うっと答えかねる。
「いろいろ、あるんだよ」
と目を逸らしながら言う広翔に、璃久は「ふーん」とだけ言った。
「別に言えとは言ってないだろ。言えないことをわざわざ聞いたりしない」
広翔は改めて、この友人はなんて気が利いて優しいんだろうか、と尊敬の眼差しを向ける。
璃久はむくりと起き上がり、「商店街行くぞ」と漫画を閉じた。
「は!?」
突然の提案に、広翔は困惑する。
「いや、なんだよ、いきなり」
「結芽さんに買い物頼まれてたろ。いこーぜ」
いや頼まれたけど、と広翔は反駁しようとするも、「ちゃっちゃと行くぞ」と璃久に促され、炎天下の中外へ出ることになった。
***
「ああ、そういうことか」
璃久が一番暑い時間帯にわざわざ商店街に来させたのには理由がちゃんとあったらしい。
「いや、でも無理だろ」
商店街でのレシートを見て、広翔は眉を寄せる。
商店街のイベントで、レシート千円ごとに回すタイプのくじ引きが出来る。
金が一等賞の温泉旅行のペアチケット、青の二等賞は高級菓子セット、赤の三等賞は水族館のペアチケットだ。ちなみに黄色の四等賞はお菓子つかみ取り、オレンジの五等賞は百円アイス、白は残念賞で箱ティッシュだ。
璃久は暗に、「水族館連れてってやれ」と言っていたのだ。
「うーん、確かにすぐそこだし……でも行くまでがなぁ」
「季実さんに頼めば行けるだろ。パートは午後かららしいし」
夜はお前が送って帰れば解決、と璃久は言った。
「ま、引くだけ引けば」
とさらにレシートを寄越してきた。
「どうしたんだよ、これ」
広翔が驚いた表情で璃久を見る。
「母さんがレシート溜めるくせあったから、もしかしてと思ったらビンゴだった」
ニヤリと笑い、「これで七回引けるぞ」と
得意げに言った。
「おぉ……当てられたら良いなぁ」
「当たらなかったら自力で連れていくんだな」
と笑った。
レシートを渡し、カラカラ、と回す。
ころっ、と転がり出たのは……。
「お、おめでとーございます!!一等賞です!」
カランカラン、と管理役の人がベルを鳴らす。
続いて引くも、四等賞、五等賞、五等賞、四等賞、四等賞、とハズレを引く事はなかった。
「相変わらず運が強いな」
璃久は苦笑いを浮かべる。
「いや、でも、欲しいものはなぁ」
と広翔は残念そうに言った。
「最後くらい、璃久が引けよ」
「俺はティッシュしか出さない」
と、璃久はキッパリと断言した。
「うーん」
と言いつつ、広翔は手をかける。
ゆっくり祈るような気持ちで回す。
コロン、と音がする。
「お、おおぉめでとぉございますうう」
またもカランカランとベルが鳴る。
「一等賞に続いて二等賞まで!!すごい!君すごいね!!」
興奮気味に言われ、「どうも」と頬を引きつらせながら言う。
「目玉商品全部持ってったな」
璃久が笑いながら言う。
広翔は困ったように笑い、
「やっぱり頼むしかないのかなぁ」
結芽や雅也には、これ以上ないほど助けてもらっているの。できれば、さらにものをねだることはしたくなかったのだ。
「結芽さんは笑顔でオッケー出しそうだけど、お前の中ではそういう問題じゃ無さそうだな」
璃久の見透かしたようなその思考には舌を巻く。
「えぇ、ここ昨日行ったところなのにぃ」
小さな女の子の声が聞こえた。
「お菓子がいいー!」
そう駄々をこねる女の子の手には、水族館のチケットが握られていた。
広翔は思わず立ち上がり、少女に近寄った。
「ねぇ、交換しない?」
さっきゲットした景品の山を見せる。
「え、いいの!?」
女の子は嬉しそうにはしゃぐ。
「あら、水族館行かなくていいの?」
と母親らしき人が言う。
彼女からすれば水族館のほうがいいに決まっている。
「じゃあ、良ければこれも」
と高級菓子詰め合わせを渡す。
母親の目が見開かれた。
「まぁ!いいの?ここの水族館、すぐそこで割と入場料も安いのよ?」
と母親は手を頬を当てて眉を寄せた。
「いや、ここがいいんです」
広翔が言うと、母親は「そうなの?じゃあ、有難く頂戴するわ」と受け取った。
「良かったな」
戻ってきた広翔に、璃久が笑いかける。
「ああ」
と広翔も笑い返す。
「連れてきてくれてありがとな」
と言うと、璃久は何も言わずに微笑した。
「あ、いた!待って待って」
と駆け寄ってきたのは、さっきの母親だ。
「これ」
と彼女が差し出したのは、「優待券」と書かれたものだった。
彼らが首をかしげていると、
「うちの夫が、そこで働いているのよ。イルカと触れ合えるわよ。水族館のチケットとこのお菓子だとあまりに釣り合いが取れないから、これもらって」
と笑顔で母親は言った。
「実はここのお店のお菓子、私の夫が大好きなところのものなの。近場の店が潰れちゃって、今は遠出しないと手に入らなかったんだけど……ありがとうね」
何度もお礼を言って、その女は去っていった。
「あの安い水族館で、いい思い出作りができそうだな」
「ラッキーだったな」
今度なんか奢る、と広翔が嬉しそうに言うと、璃久は「期待しないでおくわ」と鼻で笑った。
「別にそんなことしなくていいんだって」
璃久は広翔を小突いた。
「ただのありがとうだけでいいんだよ」
璃久はそう言って微笑む。
まだ暑い帰路を、棒アイスを食べながら二人は並んで帰った。
澄香は外に出るのが厳しくなる。
デートというデートもできないのだ。
──好きです。私と、付き合ってください。
花火とスマホの画面に照らされた澄香の表情が、脳裏に焼きついている。
彼女。
先輩が、彼女。
嬉しいことに変わりはない。
だが、どうしてもあの日──澄香が広翔を拒絶した日のことは忘れられない。
彼女に何かあり、それは今の澄香を物凄く追い詰めている、または傷つけ続けているということは明確だった。
そんな彼女が、勇気をだして前へ進んで自分を選んでくれたというのも、また変わらない事実であり、優越感がないとは言いきれなかった。
尾田家と葛西家は駅が四つ分離れている。
学校を挟んだ、ちょうど正反対の場所にそれぞれ家がある。
自転車の方が曲線を描く電車よりも早く着く。
だからといって毎日のように尾田家に押しかけるわけにもいかない。
週に何回か、勉強目的で通うだけなのだ。
なんの理由をつけなくても誘える、と思っていたが、日が出ているとどうしても誘い辛い。
広翔がため息をつくと、
「お前何回目だよ」
璃久がウザったい、と書かれた顔を向ける。
「そんなに俺と居るの嫌なわけ」
手元の漫画を読みながら璃久が言う。
「んなわけないじゃん!ちげーって」
広翔が慌てて否定すると、「知ってる」しれっと言う璃久の様子に、からかわれたと気づく。
「会いに行けばいいじゃん。行って、デートの約束でも取り付けてこい」
しっしっ、と追い出すように手を振る。
広翔はムスッとしながら、
「雨の日じゃないと無理なんだよ」
「なんで」
璃久の素直な問いに、うっと答えかねる。
「いろいろ、あるんだよ」
と目を逸らしながら言う広翔に、璃久は「ふーん」とだけ言った。
「別に言えとは言ってないだろ。言えないことをわざわざ聞いたりしない」
広翔は改めて、この友人はなんて気が利いて優しいんだろうか、と尊敬の眼差しを向ける。
璃久はむくりと起き上がり、「商店街行くぞ」と漫画を閉じた。
「は!?」
突然の提案に、広翔は困惑する。
「いや、なんだよ、いきなり」
「結芽さんに買い物頼まれてたろ。いこーぜ」
いや頼まれたけど、と広翔は反駁しようとするも、「ちゃっちゃと行くぞ」と璃久に促され、炎天下の中外へ出ることになった。
***
「ああ、そういうことか」
璃久が一番暑い時間帯にわざわざ商店街に来させたのには理由がちゃんとあったらしい。
「いや、でも無理だろ」
商店街でのレシートを見て、広翔は眉を寄せる。
商店街のイベントで、レシート千円ごとに回すタイプのくじ引きが出来る。
金が一等賞の温泉旅行のペアチケット、青の二等賞は高級菓子セット、赤の三等賞は水族館のペアチケットだ。ちなみに黄色の四等賞はお菓子つかみ取り、オレンジの五等賞は百円アイス、白は残念賞で箱ティッシュだ。
璃久は暗に、「水族館連れてってやれ」と言っていたのだ。
「うーん、確かにすぐそこだし……でも行くまでがなぁ」
「季実さんに頼めば行けるだろ。パートは午後かららしいし」
夜はお前が送って帰れば解決、と璃久は言った。
「ま、引くだけ引けば」
とさらにレシートを寄越してきた。
「どうしたんだよ、これ」
広翔が驚いた表情で璃久を見る。
「母さんがレシート溜めるくせあったから、もしかしてと思ったらビンゴだった」
ニヤリと笑い、「これで七回引けるぞ」と
得意げに言った。
「おぉ……当てられたら良いなぁ」
「当たらなかったら自力で連れていくんだな」
と笑った。
レシートを渡し、カラカラ、と回す。
ころっ、と転がり出たのは……。
「お、おめでとーございます!!一等賞です!」
カランカラン、と管理役の人がベルを鳴らす。
続いて引くも、四等賞、五等賞、五等賞、四等賞、四等賞、とハズレを引く事はなかった。
「相変わらず運が強いな」
璃久は苦笑いを浮かべる。
「いや、でも、欲しいものはなぁ」
と広翔は残念そうに言った。
「最後くらい、璃久が引けよ」
「俺はティッシュしか出さない」
と、璃久はキッパリと断言した。
「うーん」
と言いつつ、広翔は手をかける。
ゆっくり祈るような気持ちで回す。
コロン、と音がする。
「お、おおぉめでとぉございますうう」
またもカランカランとベルが鳴る。
「一等賞に続いて二等賞まで!!すごい!君すごいね!!」
興奮気味に言われ、「どうも」と頬を引きつらせながら言う。
「目玉商品全部持ってったな」
璃久が笑いながら言う。
広翔は困ったように笑い、
「やっぱり頼むしかないのかなぁ」
結芽や雅也には、これ以上ないほど助けてもらっているの。できれば、さらにものをねだることはしたくなかったのだ。
「結芽さんは笑顔でオッケー出しそうだけど、お前の中ではそういう問題じゃ無さそうだな」
璃久の見透かしたようなその思考には舌を巻く。
「えぇ、ここ昨日行ったところなのにぃ」
小さな女の子の声が聞こえた。
「お菓子がいいー!」
そう駄々をこねる女の子の手には、水族館のチケットが握られていた。
広翔は思わず立ち上がり、少女に近寄った。
「ねぇ、交換しない?」
さっきゲットした景品の山を見せる。
「え、いいの!?」
女の子は嬉しそうにはしゃぐ。
「あら、水族館行かなくていいの?」
と母親らしき人が言う。
彼女からすれば水族館のほうがいいに決まっている。
「じゃあ、良ければこれも」
と高級菓子詰め合わせを渡す。
母親の目が見開かれた。
「まぁ!いいの?ここの水族館、すぐそこで割と入場料も安いのよ?」
と母親は手を頬を当てて眉を寄せた。
「いや、ここがいいんです」
広翔が言うと、母親は「そうなの?じゃあ、有難く頂戴するわ」と受け取った。
「良かったな」
戻ってきた広翔に、璃久が笑いかける。
「ああ」
と広翔も笑い返す。
「連れてきてくれてありがとな」
と言うと、璃久は何も言わずに微笑した。
「あ、いた!待って待って」
と駆け寄ってきたのは、さっきの母親だ。
「これ」
と彼女が差し出したのは、「優待券」と書かれたものだった。
彼らが首をかしげていると、
「うちの夫が、そこで働いているのよ。イルカと触れ合えるわよ。水族館のチケットとこのお菓子だとあまりに釣り合いが取れないから、これもらって」
と笑顔で母親は言った。
「実はここのお店のお菓子、私の夫が大好きなところのものなの。近場の店が潰れちゃって、今は遠出しないと手に入らなかったんだけど……ありがとうね」
何度もお礼を言って、その女は去っていった。
「あの安い水族館で、いい思い出作りができそうだな」
「ラッキーだったな」
今度なんか奢る、と広翔が嬉しそうに言うと、璃久は「期待しないでおくわ」と鼻で笑った。
「別にそんなことしなくていいんだって」
璃久は広翔を小突いた。
「ただのありがとうだけでいいんだよ」
璃久はそう言って微笑む。
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