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五章
事件の記憶<前編>
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自転車を走らせること二十分。
ガラス製の窓に覆われた図書館が見えた。
自転車を停め中へ入ると、寒いほどの冷気が体を冷やす。
ソファ席を順に廻っていくと、ハーフアップにした望江が本を読んでいた。
広翔に気づくと、目を細めて微笑を浮かべた。
「こんにちは、広翔君」
何か用かしら、と見え透いた演技をする。
「先輩こそ、俺に話があるんじゃないですか」
広翔が憤怒の表情で言うと、望江は「まぁこわい」と笑った。
「場所、移しましょうか」
そう言ってきたのは、学校近くのカフェだった。
望江はラズベリーソースのケーキとアイスカフェラテ、広翔はアイスティーを注文し、席に着く。
「──さて」
カフェラテを口に含み、望江は笑顔を向けた。
「用件は、何かしら?」
面白がっているような目に、広翔は怒りを覚えた。
「先輩に何をしたんですか」
広翔が言うと、望江はクスクスと笑う。
「何も?」
「何もしてないわけないでしょう!?」
広翔が叫ぶと、望江は眉を寄せた。
「やだ、叫ばないでよ」
「事件のこと、話しましたよね」
望江は口角を上げ、「ええ」とカフェラテを飲む。
「何でそんなことしたんですか。先輩が話す必要ってあったんですか」
「あった」
おどけた口調ではなかった。
真っ直ぐに広翔を見据えて言った。
「記憶の話をすると、あなた気絶するらしいじゃない。で、提案だけど、今からあなたのお家に行きましょう」
カフェラテを手に席を立つ。
「え、ちょ……っ」
何でいきなり記憶の話に、と狼狽えていると、望江はため息混じりに言った。
「あなたの記憶に関係しているのよ。どうするの?」
──あなたの知りたいことを、ある程度は話してあげられる。
望江は確かにそう言った。
──それが、先輩に繋がるなら。
広翔は意を決して「はい」と息を吸い込み、
「教えてください。事件のこと」
***
家には誰も居なかった。
「じゃ、始めよっか」
望江は広翔をベッドに寝転がせた。
「ていうかそもそも、なんで先輩に会いに行ったんですか」
「やだ、誤解しないで」
と望江は目を見開く。
「私は誘われた側。澄香ちゃんにお呼ばれしたのよ。まぁ、行かなきゃよかったって、後悔したけどね」
望江は暗い表情で広翔を見つめる。
「そうね、あの日行かなければ、みんな幸せだったかもね」
今となってはもう、取り返しはつかない。
「あの事件は、空き巣犯による放火って報道されたけど、違う。あの事件は、もっともっと、深くて黒いのよ」
望江はふー、と息をつき「私が」と語りだした。
八年前、ちょうど私が十一歳になる月の十二月に、事件が起こった。
「葛西一家火災事件」って、ダジャレみたいだってクラスで騒がれてた。でも、みんな笑ってなかった。むしろ泣いている子が多かったわ。
なぜって、その火事でクラスの女の子が一人、死んじゃったんですもの。
それが、葛西春海ちゃん。
あなたのお姉さん。
春海ちゃんは勉強もスポーツもできる、コミュニケーションもとれる、クラスのリーダー格だったのよ。
ハキハキものを言って、正義感が強くて、喧嘩も強くて、憧れる子も多かったと思うわ。
春海ちゃんとは、仲がすごくよかった。
私は親友だと思ってたくらい。春海ちゃんがどう思ってたかは知らないけどね。
広翔君とも、たまに会ってたよ。
でも、あなたお姉さんっ子で、春海ちゃんから離れないんだもの。こっちは遊べなくて、ちょっとイラッとしたときもあったわ。
ああ、思い出してきた。
だんだん、目が閉じていく。
望江の話す声が遠ざかっていく。
「……あ」
気づいたら、真っ白な床が広がっていた。
「あ、起きた起きた。またまたいらっしゃーい」
おどけた調子で、制服の少女は言った。
「誰」
広翔が尋ねると、少女は眉をひそめる。
「言いませーん。君はどうしてここにきたの?」
少女の問いに、広翔は応えた。
「先輩がどうしていなくなったか、知りたいから」
少女は満面の笑みを浮かべ、「了解」と言った。
瞬間、辺り一面白かった景色は、プラネタリウムのような景色に包まれた。
「えっ!?」
広翔は慌てて辺りを見回す。
「ムフフフ。驚いたか」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、少女はピン、とデコを弾いた。
「では、始めようか」
少女がそう言うと、ポンポンポン、と白く丸い光が五つほど少女の前に現れた。
「な、何だよこれ」
広翔がたじろぐと、少女は微笑を浮かべた。
「これは、君に眠った記憶」
ふわりと少女の髪が舞い上がる。
白い光の一つを手に取り、すっと差し出してきた。
「これが、欲しい部分の記憶」
「え?」
困惑した。
てっきり、全ての記憶を取り戻すものと思っていたから。
「あら、不思議そうな顔」
クスっと笑いながら言った。
「だって君、全ての記憶が欲しいわけじゃないでしょ」
少女の言葉に、ドキッとする。
「君が覚悟を決めない限り、私は記憶を渡さない」
少女は決然たる態度で言った。
「君は、記憶の番人?」
広翔が聞くと、少女は笑った。
「そんなとこかな」
ふふっと笑いながら少女は手を広翔の額にあてた。
ピカッと光が辺りを包む。
「じゃあ、またいつか」
そういった少女の声が、遠くの方で聞こえた気がした。
ガラス製の窓に覆われた図書館が見えた。
自転車を停め中へ入ると、寒いほどの冷気が体を冷やす。
ソファ席を順に廻っていくと、ハーフアップにした望江が本を読んでいた。
広翔に気づくと、目を細めて微笑を浮かべた。
「こんにちは、広翔君」
何か用かしら、と見え透いた演技をする。
「先輩こそ、俺に話があるんじゃないですか」
広翔が憤怒の表情で言うと、望江は「まぁこわい」と笑った。
「場所、移しましょうか」
そう言ってきたのは、学校近くのカフェだった。
望江はラズベリーソースのケーキとアイスカフェラテ、広翔はアイスティーを注文し、席に着く。
「──さて」
カフェラテを口に含み、望江は笑顔を向けた。
「用件は、何かしら?」
面白がっているような目に、広翔は怒りを覚えた。
「先輩に何をしたんですか」
広翔が言うと、望江はクスクスと笑う。
「何も?」
「何もしてないわけないでしょう!?」
広翔が叫ぶと、望江は眉を寄せた。
「やだ、叫ばないでよ」
「事件のこと、話しましたよね」
望江は口角を上げ、「ええ」とカフェラテを飲む。
「何でそんなことしたんですか。先輩が話す必要ってあったんですか」
「あった」
おどけた口調ではなかった。
真っ直ぐに広翔を見据えて言った。
「記憶の話をすると、あなた気絶するらしいじゃない。で、提案だけど、今からあなたのお家に行きましょう」
カフェラテを手に席を立つ。
「え、ちょ……っ」
何でいきなり記憶の話に、と狼狽えていると、望江はため息混じりに言った。
「あなたの記憶に関係しているのよ。どうするの?」
──あなたの知りたいことを、ある程度は話してあげられる。
望江は確かにそう言った。
──それが、先輩に繋がるなら。
広翔は意を決して「はい」と息を吸い込み、
「教えてください。事件のこと」
***
家には誰も居なかった。
「じゃ、始めよっか」
望江は広翔をベッドに寝転がせた。
「ていうかそもそも、なんで先輩に会いに行ったんですか」
「やだ、誤解しないで」
と望江は目を見開く。
「私は誘われた側。澄香ちゃんにお呼ばれしたのよ。まぁ、行かなきゃよかったって、後悔したけどね」
望江は暗い表情で広翔を見つめる。
「そうね、あの日行かなければ、みんな幸せだったかもね」
今となってはもう、取り返しはつかない。
「あの事件は、空き巣犯による放火って報道されたけど、違う。あの事件は、もっともっと、深くて黒いのよ」
望江はふー、と息をつき「私が」と語りだした。
八年前、ちょうど私が十一歳になる月の十二月に、事件が起こった。
「葛西一家火災事件」って、ダジャレみたいだってクラスで騒がれてた。でも、みんな笑ってなかった。むしろ泣いている子が多かったわ。
なぜって、その火事でクラスの女の子が一人、死んじゃったんですもの。
それが、葛西春海ちゃん。
あなたのお姉さん。
春海ちゃんは勉強もスポーツもできる、コミュニケーションもとれる、クラスのリーダー格だったのよ。
ハキハキものを言って、正義感が強くて、喧嘩も強くて、憧れる子も多かったと思うわ。
春海ちゃんとは、仲がすごくよかった。
私は親友だと思ってたくらい。春海ちゃんがどう思ってたかは知らないけどね。
広翔君とも、たまに会ってたよ。
でも、あなたお姉さんっ子で、春海ちゃんから離れないんだもの。こっちは遊べなくて、ちょっとイラッとしたときもあったわ。
ああ、思い出してきた。
だんだん、目が閉じていく。
望江の話す声が遠ざかっていく。
「……あ」
気づいたら、真っ白な床が広がっていた。
「あ、起きた起きた。またまたいらっしゃーい」
おどけた調子で、制服の少女は言った。
「誰」
広翔が尋ねると、少女は眉をひそめる。
「言いませーん。君はどうしてここにきたの?」
少女の問いに、広翔は応えた。
「先輩がどうしていなくなったか、知りたいから」
少女は満面の笑みを浮かべ、「了解」と言った。
瞬間、辺り一面白かった景色は、プラネタリウムのような景色に包まれた。
「えっ!?」
広翔は慌てて辺りを見回す。
「ムフフフ。驚いたか」
ニヤニヤと笑みを浮かべ、少女はピン、とデコを弾いた。
「では、始めようか」
少女がそう言うと、ポンポンポン、と白く丸い光が五つほど少女の前に現れた。
「な、何だよこれ」
広翔がたじろぐと、少女は微笑を浮かべた。
「これは、君に眠った記憶」
ふわりと少女の髪が舞い上がる。
白い光の一つを手に取り、すっと差し出してきた。
「これが、欲しい部分の記憶」
「え?」
困惑した。
てっきり、全ての記憶を取り戻すものと思っていたから。
「あら、不思議そうな顔」
クスっと笑いながら言った。
「だって君、全ての記憶が欲しいわけじゃないでしょ」
少女の言葉に、ドキッとする。
「君が覚悟を決めない限り、私は記憶を渡さない」
少女は決然たる態度で言った。
「君は、記憶の番人?」
広翔が聞くと、少女は笑った。
「そんなとこかな」
ふふっと笑いながら少女は手を広翔の額にあてた。
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「じゃあ、またいつか」
そういった少女の声が、遠くの方で聞こえた気がした。
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