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1章
27.王子様の事情2
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「僕には、僕とは容姿も性格も間反対な兄がいてね。よく本当に兄弟かと周囲には言われていた。僕はそんな兄が小さな頃から好きで、憧れていたんだ。そんな真面目で実直で物静かな兄には、婚約者がいた」
ルド様と正反対のお兄様とは、逆に気になる所ではあったが、私はカップを机に置いて聞く態勢に入った。
「兄はその婚約者のことを気に入っていたし、僕は元より家族も歓迎していたんだ。明るくて、可愛い令嬢だった。寡黙な兄の、苦手な部分を埋めてくれるような、いい人になれるんじゃないかって。僕も、兄の婚約者と言うこともあり、努めて好意的に振舞っていたつもりだ」
ぎゅっと、ルド様が重ねた手を握り締めるのがわかる。語り口が、明らかに重くなった。
「……ある日、兄の婚約者に頼みがあると呼び出されてね。のこのことついて行ったら――……不意をつかれて、キスをされた。僕としたことが、びっくりし過ぎて声も出なくてね……。兄を好きにはなれない。好きなのは僕だと。切羽詰まった顔で、僕も同じ気持ちだろうと、迫られた」
「――…………」
「今から思えば、彼女も追い詰められていたんだろうけど、見たこともない兄の婚約者の姿に困惑するのと同時に、兄の姿が頭に浮かんだ。はっきり言って、目の前の兄の婚約者のことなんてどうでもよくて、ただ、兄を傷つけないためには、この事態をどうすればいいかとそれだけしか頭にはなかった。結果的にいい方法も思い浮かばず、兄の婚約者を引き剥がして、その場から逃げた」
「……その後は、どうなったのですか……」
小説くらいでしか見聞きしない展開に驚きつつ、先を促す。押し出すように話すルド様は、苦しそうに眉根を寄せた。
「……婚約は……保留になった。令嬢は僕の家に姿を見せなくなり、普段からあまり感情を露わにしない兄は、明らかに気落ちして……少し、苛立っているように見えた。……一度、兄に折を見て尋ねてみたら、珍しく感情的になって、この話はしたくないと言われたよ」
はぁぁと息を吐いて、ルド様は困ったように笑う。
「……ただ、兄の婚約者として好意的に接していたつもりだった。でも、彼女は違う意味に受け取っていたみたいだった。……婚約の保留理由に、彼女がどう伝えたのかはわからないけれど、明かされていないかも知れないあの日の事が明るみに出て、これ以上に兄を傷つけるかも知れないと思うと、不用意に聞くことが出来なかった」
「……そうでしたか……」
誰にも言えず、1人で思い悩んでいたのかと、その表情から喉の奥が締まるようにキュッとなった。
「……辛いのは、兄だ。僕じゃない。……それが、僕が呪われる少し前のできごと。ーー……そこから、なんだか面倒になっちゃって、好意を持ってくれる女性を……適当に扱った」
「ーー適当に……とは?」
一呼吸置いて、ルド様は私の顔をチラリと見て、バツが悪そうに視線を逸らす。
「以前は、向けられる好意や、その気持ちは嬉しかったから、僕なりに誠実に対応してはいるつもりだったんだ。でも、その件以来、言い訳だけど、色々なことが煩わしく感じて、軽く扱った。ーー名前を覚えなかったり、流れに任せて不用意に触れたり……」
あの謎の小鳥ちゃん呼びはそう言うことだったかと、心の中でなるほどと手を打ちつける。
流れに任せて不用意に触れるとは、腰を抱かれたり、キスされそうになったりのあれか。確かに距離感は壊れてたな。と考えつつ、変にスッキリした私を尻目にルド様は尚も続ける。
「……フォルン伯爵の令嬢は以前から僕のことを好いてくれていたみたいなんだけど……兄の一件以降から突然に名前を呼ばれなくなったり、その……他の女性と距離の近くなった僕に混乱して、傷ついてしまったようで、いつの間にか苛立ちに変わっていたと、言っていた」
「……そうなのですね……」
好きな相手から、理由もわからず急に名前を呼ばれなくなるのはショックとは思うけれど、昨日のルド様の様子を見れば、すぐにピンと来ないくらいの間柄であったように思う。そうなると、フォルン伯爵令嬢のやり過ぎた感は個人的には否めなかった。
ルド様の呪いが異性に触れると発動する特性の時点で、そこに彼女なりの色々な感情が混ざり合っていたのかも知れない。
「……多分僕が傷つけたのは、行動に移した彼女だけではないだろうし、彼女をそうしてしまったのも確かに僕だから、僕が悪いんだ。……そんな感じで、いざ呪いを受けた時には身に覚えがあり過ぎて、対処できなくなっていてね……」
「……ご家族に相談はされなかったのですか……?」
私の言葉に、ルド様はしばらく沈黙した後に観念したように口を開く。
「……情けない話しなんだけれど、正直なところ呪った相手が兄や、兄の婚約者の可能性も僕の中で捨てきれなくて、怖くて聞けなかったんだ」
「……そうでしたか」
結果的に違ったとは言え、万が一家族に呪われているかも知れない可能性があれば、私も不用意に聞くことはできない気がする。
本の妖精さんと会っている時に、呪い相手を知りたがったり、呪い返しの影響を心配していたのは、その為だったのかと合点がいった。
「そんな時に、小鳥ちゃんが現れたんだーー……」
ルド様と正反対のお兄様とは、逆に気になる所ではあったが、私はカップを机に置いて聞く態勢に入った。
「兄はその婚約者のことを気に入っていたし、僕は元より家族も歓迎していたんだ。明るくて、可愛い令嬢だった。寡黙な兄の、苦手な部分を埋めてくれるような、いい人になれるんじゃないかって。僕も、兄の婚約者と言うこともあり、努めて好意的に振舞っていたつもりだ」
ぎゅっと、ルド様が重ねた手を握り締めるのがわかる。語り口が、明らかに重くなった。
「……ある日、兄の婚約者に頼みがあると呼び出されてね。のこのことついて行ったら――……不意をつかれて、キスをされた。僕としたことが、びっくりし過ぎて声も出なくてね……。兄を好きにはなれない。好きなのは僕だと。切羽詰まった顔で、僕も同じ気持ちだろうと、迫られた」
「――…………」
「今から思えば、彼女も追い詰められていたんだろうけど、見たこともない兄の婚約者の姿に困惑するのと同時に、兄の姿が頭に浮かんだ。はっきり言って、目の前の兄の婚約者のことなんてどうでもよくて、ただ、兄を傷つけないためには、この事態をどうすればいいかとそれだけしか頭にはなかった。結果的にいい方法も思い浮かばず、兄の婚約者を引き剥がして、その場から逃げた」
「……その後は、どうなったのですか……」
小説くらいでしか見聞きしない展開に驚きつつ、先を促す。押し出すように話すルド様は、苦しそうに眉根を寄せた。
「……婚約は……保留になった。令嬢は僕の家に姿を見せなくなり、普段からあまり感情を露わにしない兄は、明らかに気落ちして……少し、苛立っているように見えた。……一度、兄に折を見て尋ねてみたら、珍しく感情的になって、この話はしたくないと言われたよ」
はぁぁと息を吐いて、ルド様は困ったように笑う。
「……ただ、兄の婚約者として好意的に接していたつもりだった。でも、彼女は違う意味に受け取っていたみたいだった。……婚約の保留理由に、彼女がどう伝えたのかはわからないけれど、明かされていないかも知れないあの日の事が明るみに出て、これ以上に兄を傷つけるかも知れないと思うと、不用意に聞くことが出来なかった」
「……そうでしたか……」
誰にも言えず、1人で思い悩んでいたのかと、その表情から喉の奥が締まるようにキュッとなった。
「……辛いのは、兄だ。僕じゃない。……それが、僕が呪われる少し前のできごと。ーー……そこから、なんだか面倒になっちゃって、好意を持ってくれる女性を……適当に扱った」
「ーー適当に……とは?」
一呼吸置いて、ルド様は私の顔をチラリと見て、バツが悪そうに視線を逸らす。
「以前は、向けられる好意や、その気持ちは嬉しかったから、僕なりに誠実に対応してはいるつもりだったんだ。でも、その件以来、言い訳だけど、色々なことが煩わしく感じて、軽く扱った。ーー名前を覚えなかったり、流れに任せて不用意に触れたり……」
あの謎の小鳥ちゃん呼びはそう言うことだったかと、心の中でなるほどと手を打ちつける。
流れに任せて不用意に触れるとは、腰を抱かれたり、キスされそうになったりのあれか。確かに距離感は壊れてたな。と考えつつ、変にスッキリした私を尻目にルド様は尚も続ける。
「……フォルン伯爵の令嬢は以前から僕のことを好いてくれていたみたいなんだけど……兄の一件以降から突然に名前を呼ばれなくなったり、その……他の女性と距離の近くなった僕に混乱して、傷ついてしまったようで、いつの間にか苛立ちに変わっていたと、言っていた」
「……そうなのですね……」
好きな相手から、理由もわからず急に名前を呼ばれなくなるのはショックとは思うけれど、昨日のルド様の様子を見れば、すぐにピンと来ないくらいの間柄であったように思う。そうなると、フォルン伯爵令嬢のやり過ぎた感は個人的には否めなかった。
ルド様の呪いが異性に触れると発動する特性の時点で、そこに彼女なりの色々な感情が混ざり合っていたのかも知れない。
「……多分僕が傷つけたのは、行動に移した彼女だけではないだろうし、彼女をそうしてしまったのも確かに僕だから、僕が悪いんだ。……そんな感じで、いざ呪いを受けた時には身に覚えがあり過ぎて、対処できなくなっていてね……」
「……ご家族に相談はされなかったのですか……?」
私の言葉に、ルド様はしばらく沈黙した後に観念したように口を開く。
「……情けない話しなんだけれど、正直なところ呪った相手が兄や、兄の婚約者の可能性も僕の中で捨てきれなくて、怖くて聞けなかったんだ」
「……そうでしたか」
結果的に違ったとは言え、万が一家族に呪われているかも知れない可能性があれば、私も不用意に聞くことはできない気がする。
本の妖精さんと会っている時に、呪い相手を知りたがったり、呪い返しの影響を心配していたのは、その為だったのかと合点がいった。
「そんな時に、小鳥ちゃんが現れたんだーー……」
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