3 / 7
3.
「あら、あちらはどなた?」
「お隣にいらっしゃるのはスレド伯爵のご子息でしょう?」
「そう言えば最近、あのケバケバしい件の奥様とは別にもうお一方奥様をお受けになったとか」
「確かキース伯爵家のご令嬢ではなかったかしら?」
「あら、あんな綺麗なお嬢さんだったかしら」
ざわつくパーティー会場で、アレンの腕に掴まり歩くナディアを中心としてさざめきが起こる。
「……皆、ナディアのことを気にしているようだ」
「あまり見ぬ顔が気になるだけですわ。すぐに気にされなくなると思います」
「いや、いつもではあるが、今日のナディアは……いつにも増して本当に美しい」
「アレン様にそう言って頂けて、気合いを入れて準備して頂いた甲斐がありましたわ。屋敷の皆にはお礼をしなければなりませんね」
艶やかな黒髪に華を散らし、細い体躯を上品に包む夜のヴェールのような輝くドレスで微笑むナディアは、アレンの視線は元より会場中の視線を奪っていた。
「こんな時だけ、無理を言ってすまなかった。今日このパーティーに見える貿易相手はとても重要な方々でね、できれば良い関係を保ちたいんだ」
「私に務まるか不安ではございますが、精一杯努力させて頂きますね」
「いやいや、そんなに緊張しなくてもいいんだ。ナディアなら普段通り、失礼のないようにして貰えればそれだけで十分だから」
「ーー努力いたします」
ニコリと笑んだナディアに対する速る鼓動を持て余したアレンは、ぎこちなく微笑み返した。
バシャリと降ってきた水に、ナディアは思わず動きを止めた。
「ナ、ナディア様っ!? ご無事ですか!? お怪我は……っ!!」
「ありがとう、大丈夫よ。多分ただの水だわ」
「タオルをお持ちいたします! 少しお待ち下さいませっ!」
バタバタと走り去る侍女の姿を見て、ナディアは頭上を仰ぎ見る。
よく晴れた天気の良い日に、スレド伯爵家の屋敷の窓から少し離れた廊下を歩く金色の髪が見えて、ナディアはやれやれとため息をついた。
学生の時分ならいざ知らず、ナディアもメアリーもいい年をした、社会的に見れば大人として肩を並べる19を数える歳。
「あいかわらず、しょうもないのは変わっていないようね……」
自室にネズミや虫が撒かれたり、ドレスが破かれていたり、何もしていないのに強く当たられたり、メアリー主催のお茶会で多数に無勢でなじられたりと、細かい嫌がらせは続いた。
とは言え嫁ぎ先の屋敷内での出来事となる訳で、そう大々的なことも出来ないと見えるメアリーは、大して歯牙にもかけていない様子のナディアにイライラが募っているようだった。
家の商いは男が。家の揉め事は女が。と言われることもあり、アレンあたりの耳には入っていそうなものであるが、基本的に女同士の争いとなるのはよくあること。
そして得てしてそんな争いに男が介入すれば悪化を招くのが世の常であり、それに打ち勝てるような強かさと賢さがなければ社交界では生きていけない。
「ナ、ナディア、大丈夫かいっ!?」
「アレン様……?」
夜も更けたある夜に、突然自室を訪ねて来たアレンにナディアはいくらか驚いた。
今までにアレンがナディアの自室を訪れたことは数えるほどな上に、自室に招かれたこともない。
つまり嫁いで数ヶ月、未だに夫婦としての営みはなかった。それがどうしたことか、今は互いに夜着で向かい合っている。
「最近、メアリーがナディアに……その、嫌がらせじみたことをしていると耳にして……っ」
「……心配して来て下さったのですか?」
「もちろんだ、ナディアは僕の大切な家族なのだから……っ」
「ーー…………」
しばし近距離で向かい合い、言葉を失うナディアをアレンは心配そうに見つめる。
少しの時を経てふっと顔を綻ばせたナディアに、アレンは胸の鼓動が鳴るのを自覚した。
「ありがとうございます、アレン様。驚きましたけど、心配して下さったこと、とても嬉しいです」
「いや、そんな、僕は何も出来なくてーー……」
ふふと笑うナディアに、アレンはドキドキとしながらも申し訳なさそうに俯いた。
「いいえ、私を認めて気にかけて下さったと言うことだけで、とても嬉しくて、力になります」
シンプルな薄着に身を包み、下ろした髪を緩くひとまとめにしたその細い体躯に今更ながらに魅せられて、アレンはハッとして顔を逸らす。
「と、とにかく、何かあれば言って欲しい。僕としても、ナディアに辛い思いをさせたくはないんだ」
「……ありがとうございます、アレン様。とても嬉しく心強いです。でも、大丈夫ですよ」
「ーーえ?」
予想外だったのか、目を丸くするアレンにナディアは微笑みかける。
「私、もう昔ほど弱くはありませんからーー」
ナディアの自室に消えてから程なくして出て来たアレンの姿を見届けて、その時間の短さにメアリーは廊下の影から詰めていた息を吐き出した。
しかしてそんな乙女じみた行動に浸る間もなく、メデューサのように髪を逆立てたメアリーは、怒り肩に憤怒の表情でアレンの自室へと足音荒く向かう。
艶やかに微笑んだナディアの姿を自室で幾度も夢見心地に思い返していたアレンが、ノックもせずに大きな音を立てて乗り込んできたメアリーとのあまりの落差に、腰を抜かしそうなほど驚いたのは言うまでもなかった。
「お隣にいらっしゃるのはスレド伯爵のご子息でしょう?」
「そう言えば最近、あのケバケバしい件の奥様とは別にもうお一方奥様をお受けになったとか」
「確かキース伯爵家のご令嬢ではなかったかしら?」
「あら、あんな綺麗なお嬢さんだったかしら」
ざわつくパーティー会場で、アレンの腕に掴まり歩くナディアを中心としてさざめきが起こる。
「……皆、ナディアのことを気にしているようだ」
「あまり見ぬ顔が気になるだけですわ。すぐに気にされなくなると思います」
「いや、いつもではあるが、今日のナディアは……いつにも増して本当に美しい」
「アレン様にそう言って頂けて、気合いを入れて準備して頂いた甲斐がありましたわ。屋敷の皆にはお礼をしなければなりませんね」
艶やかな黒髪に華を散らし、細い体躯を上品に包む夜のヴェールのような輝くドレスで微笑むナディアは、アレンの視線は元より会場中の視線を奪っていた。
「こんな時だけ、無理を言ってすまなかった。今日このパーティーに見える貿易相手はとても重要な方々でね、できれば良い関係を保ちたいんだ」
「私に務まるか不安ではございますが、精一杯努力させて頂きますね」
「いやいや、そんなに緊張しなくてもいいんだ。ナディアなら普段通り、失礼のないようにして貰えればそれだけで十分だから」
「ーー努力いたします」
ニコリと笑んだナディアに対する速る鼓動を持て余したアレンは、ぎこちなく微笑み返した。
バシャリと降ってきた水に、ナディアは思わず動きを止めた。
「ナ、ナディア様っ!? ご無事ですか!? お怪我は……っ!!」
「ありがとう、大丈夫よ。多分ただの水だわ」
「タオルをお持ちいたします! 少しお待ち下さいませっ!」
バタバタと走り去る侍女の姿を見て、ナディアは頭上を仰ぎ見る。
よく晴れた天気の良い日に、スレド伯爵家の屋敷の窓から少し離れた廊下を歩く金色の髪が見えて、ナディアはやれやれとため息をついた。
学生の時分ならいざ知らず、ナディアもメアリーもいい年をした、社会的に見れば大人として肩を並べる19を数える歳。
「あいかわらず、しょうもないのは変わっていないようね……」
自室にネズミや虫が撒かれたり、ドレスが破かれていたり、何もしていないのに強く当たられたり、メアリー主催のお茶会で多数に無勢でなじられたりと、細かい嫌がらせは続いた。
とは言え嫁ぎ先の屋敷内での出来事となる訳で、そう大々的なことも出来ないと見えるメアリーは、大して歯牙にもかけていない様子のナディアにイライラが募っているようだった。
家の商いは男が。家の揉め事は女が。と言われることもあり、アレンあたりの耳には入っていそうなものであるが、基本的に女同士の争いとなるのはよくあること。
そして得てしてそんな争いに男が介入すれば悪化を招くのが世の常であり、それに打ち勝てるような強かさと賢さがなければ社交界では生きていけない。
「ナ、ナディア、大丈夫かいっ!?」
「アレン様……?」
夜も更けたある夜に、突然自室を訪ねて来たアレンにナディアはいくらか驚いた。
今までにアレンがナディアの自室を訪れたことは数えるほどな上に、自室に招かれたこともない。
つまり嫁いで数ヶ月、未だに夫婦としての営みはなかった。それがどうしたことか、今は互いに夜着で向かい合っている。
「最近、メアリーがナディアに……その、嫌がらせじみたことをしていると耳にして……っ」
「……心配して来て下さったのですか?」
「もちろんだ、ナディアは僕の大切な家族なのだから……っ」
「ーー…………」
しばし近距離で向かい合い、言葉を失うナディアをアレンは心配そうに見つめる。
少しの時を経てふっと顔を綻ばせたナディアに、アレンは胸の鼓動が鳴るのを自覚した。
「ありがとうございます、アレン様。驚きましたけど、心配して下さったこと、とても嬉しいです」
「いや、そんな、僕は何も出来なくてーー……」
ふふと笑うナディアに、アレンはドキドキとしながらも申し訳なさそうに俯いた。
「いいえ、私を認めて気にかけて下さったと言うことだけで、とても嬉しくて、力になります」
シンプルな薄着に身を包み、下ろした髪を緩くひとまとめにしたその細い体躯に今更ながらに魅せられて、アレンはハッとして顔を逸らす。
「と、とにかく、何かあれば言って欲しい。僕としても、ナディアに辛い思いをさせたくはないんだ」
「……ありがとうございます、アレン様。とても嬉しく心強いです。でも、大丈夫ですよ」
「ーーえ?」
予想外だったのか、目を丸くするアレンにナディアは微笑みかける。
「私、もう昔ほど弱くはありませんからーー」
ナディアの自室に消えてから程なくして出て来たアレンの姿を見届けて、その時間の短さにメアリーは廊下の影から詰めていた息を吐き出した。
しかしてそんな乙女じみた行動に浸る間もなく、メデューサのように髪を逆立てたメアリーは、怒り肩に憤怒の表情でアレンの自室へと足音荒く向かう。
艶やかに微笑んだナディアの姿を自室で幾度も夢見心地に思い返していたアレンが、ノックもせずに大きな音を立てて乗り込んできたメアリーとのあまりの落差に、腰を抜かしそうなほど驚いたのは言うまでもなかった。
あなたにおすすめの小説
とある伯爵の憂鬱
如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。
【本編完結】笑顔で離縁してください 〜貴方に恋をしてました〜
桜夜
恋愛
「旦那様、私と離縁してください!」
私は今までに見せたことがないような笑顔で旦那様に離縁を申し出た……。
私はアルメニア王国の第三王女でした。私には二人のお姉様がいます。一番目のエリーお姉様は頭脳明晰でお優しく、何をするにも完璧なお姉様でした。二番目のウルルお姉様はとても美しく皆の憧れの的で、ご結婚をされた今では社交界の女性達をまとめております。では三番目の私は……。
王族では国が豊かになると噂される瞳の色を持った平凡な女でした…
そんな私の旦那様は騎士団長をしており女性からも人気のある公爵家の三男の方でした……。
平凡な私が彼の方の隣にいてもいいのでしょうか?
なので離縁させていただけませんか?
旦那様も離縁した方が嬉しいですよね?だって……。
*小説家になろう、カクヨムにも投稿しています
女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜
流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。
偶然にも居合わせてしまったのだ。
学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。
そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。
「君を女性として見ることが出来ない」
幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。
その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。
「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」
大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。
そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。
※
ゆるふわ設定です。
完結しました。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
その結婚は、白紙にしましょう
香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。
彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。
念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。
浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」
身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。
けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。
「分かりました。その提案を、受け入れ──」
全然受け入れられませんけど!?
形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。
武骨で不器用な王国騎士団長。
二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。