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2巻

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  1 生誕祭(一)


 今回の生誕祭は、ハイネスト家にとって名前を売る絶好のチャンス!!
 努力の末に豪商の一つに数えられ、今年、さらにはくをつけるために多額の賄賂わいろ爵位しゃくいを手に入れた我がハイネスト家だが、社交界での知名度はまだまだ低い。
 ハイネスト家のチャンスということは――その令嬢であるこの私、セシリ・オービス・ハイネストが晴れ舞台にデビューする絶好の機会でもあった。
 生誕祭とは、毎年夏、ガイウス皇帝陛下の誕生日を祝う『神聖エルモア帝国』における最大の祭りだ。祭りは丸一週間も行われ、ガイウス皇帝陛下に祝いの言葉を贈るため、各国の使者や国内の貴族たちが集まる。
 王宮ではパーティーがもよおされる。四大国の一つでもある『神聖エルモア帝国』の皇帝の誕生パーティーは、その名に恥じぬよう盛大なものになる。
 そんな王宮のパーティーに参加できるのは、貴族と一部の招待客だけ。そのパーティーこそ、私の見せ場になるのだ。

「セシリよ、生誕祭ではガイウス皇帝陛下がお忍びで帝都を見て回っているとのうわさもある。貴族となって日の浅いハイネスト家が、率先して生誕祭の露店や店舗を見回り、よからぬやからから守ってやる必要があるとは思わんか。――もちろん、ただではないが」
「でも、お父さん、生誕祭に向けて準備しているお店からショバ代を徴収するのは、無理だと思いますよ。裏では、シマの割り当ても決まっているでしょう。ハイネスト家の入り込む余地など……」

 お父さんの目的は、言われずとも理解している。これでも、跡目を継ぐべく一流の家庭教師のもとで学問を身につけた。今回のお父さんの真意は――単なる善行でも、ちょっとした金稼かねかせぎでもない。ガイウス皇帝陛下の目に留まる可能性があるのなら、どんな些細ささいなことでも実行したいといったところだ。

「それが聞いて驚け、セシリ。なんと、ショバ代という風習がないのだよ。信じられると思うか?ガイウス皇帝陛下の生誕祭だというのに、どの貴族も裏稼業の連中もショバ代集めをしていない」
冗談じょうだんでしょう? 普通、どんな小規模な祭りでも、ショバ代を徴収する代わりに用心棒として荒事あらごとを引き受ける連中が存在するというのに。帝都の祭りって、そんなに治安がよかったかしら」

 今まで参加した帝都での生誕祭を思い返してみる。
 治安は……微妙だった。スリもいれば、乱闘もある。夜は女性が一人で出歩くな、とまで言われている。他国の者や流れ者がたくさん来るので仕方がない。地方に比べれば、これでもましなのだが、この規模のお祭りでショバ代が徴収されないのは、やはり考えられない。

「無論、わしとて馬鹿ではない。家の者を使い調査した結果、多くの店が共同で金を出して冒険者を雇っていることが分かった。そこで、その手間を省いてやるという名目で、ハイネスト家が高ランクの冒険者を雇い、店を守る代わりにショバ代をいただくわけだ」
「なかなか、いいアイディアです。では、その任は私が引き受けます。今後のために、色々と勉強にもなりそうですし」

 高ランク冒険者の力を間近で見られるだけでなく、パーティー以外で、ハイネスト家の名前と私の顔を売るチャンスにもなる。どこで皇帝陛下が見ているか分からない。もし、祭りの治安を守るために働く私を見たなら、好感度は上がることはあっても、下がることはないはず。
 こういった地道な努力が、出世に繋がるのだ。


 帝都にあるギルド本部で早速依頼を出した。表向きは、生誕祭における護衛と治安維持活動としてランクB冒険者三名を用意してほしいという内容だ。
 先に冒険者を用意してショバ代を徴収に行くか、事前交渉をした上でショバ代を徴収するか迷った。しかし後者は、ショバ代を持ち逃げするつもりだろうとか、低ランクを雇って差分をふところに入れるつもりだろうなどと言われるのは目に見えている。
 だから、先にこちらが本気であることを見せつけるため、冒険者から準備した。生誕祭に向けて遊びに来ている冒険者も多く、意外と早くランクB冒険者は見つかった。
 出費は大きかったし、回収する算段もできているとはいえ、計画倒れになれば今やっている事業の一つをつぶすことになるだろう。爵位しゃくいを得るためにかなり資産を費やしたため、ハイネスト家のふところ事情はお世辞せじにも余裕があるとは言えない。だからこそ、失敗は許されない。
 店舗の売上の十パーセントをショバ代としていただく代わりに、め事はこちらで引き受ける予定だ。平均的なショバ代は売上の二十パーセントなので、良心的な値段を設定している。
 帝都の連中の多くは、今までショバ代を払ったことがないだろうから、素直に払うかは疑問なところもある。そこで、帝都外から生誕祭のために来た露店を狙うことにする。
 最悪の場合はを行うことになるが、許容範囲だった。

「ギルド本部付近で問題を起こすバカは少ないでしょうから、遠い場所から交渉します。さあ、貴方あなたたち、私についてきなさい」


 ――炎天下の中、私がわざわざ足を運んで交渉すること、既に十数件目。

「もう別の冒険者を雇っちまったからなあ、他を当たってくれ」
「ショバ代を出せだあ? お嬢ちゃん、これでも元冒険者なんでね。必要ねーな」
「うちはそんなに元手がかからんから。もし来たときは来たとき。運が悪かったであきらめるよ」

 どの店もお断りしてくる。
 どうしてなの!? こっちには、ランクB冒険者が三名もいるというのに、なぜどの店もショバ代を払わない!?
「やっちまいますか、お嬢さん」と冒険者が声をかけてくるが、さすがにやめた。真昼間から堂々とグレーな行為はできないし、万一ばれたら、問題になってしまう。ガイウス皇帝陛下の好感度をかせぐためにやっているのに、そんな場面がガイウス皇帝陛下の目に留まれば笑い話にもならない。

「一体、どういうことよ!! これじゃ、大損じゃない! 次に行くわ、次に!!」

 落ちつくのよ。こういうときこそ、冷静になるのよ。露店を狙うという作戦を変えよう。よく考えれば、露店なんて場所を変えられたら同じ店を探すのは至難。逃げる算段があるからこそ、お断りを入れてくるのだろう。
 だから、当初の予定を変えて、店舗を構えている店を狙う。これなら、期待できる!! 露店と違って、生誕祭のあともこの場所に残るのだ。ゆえに、帝都で豪商として名が売れはじめたハイネスト家と対立しないためにもショバ代は払うと考えられる。
 一応、少し強めに交渉しよう。
 表通りは人目につくから、裏路地へと入る。そして、ちょうどよさそうな店を見つけた。
 その店は、裏路地にある割に小綺麗こぎれいな外観。中から声がしているが、おそらく生誕祭に向けておお掃除そうじでもしているのだろう。
 えーと、店名は『触れ合いカフェ』……何と触れ合うのか文字がかすれて読めない。店の入口には、『一見様お断り』と書かれている。カフェだというのに、何を売りにして経営を成り立たせるつもりなのか想像もつかない。カフェでお茶をするのに紹介状がないと入れないなど、店主にアホかと言いたい。
 ――それでは、えある一人目になっていただこう。


     ◇ ◇ ◇


 毎年のことだが、この時期になると私――レイア・アーネスト・ヴォルドーのもとに、ある手紙が届けられる。しかも、ギルド経由とかではなく『神聖エルモア帝国』の正式な使者によるガイウス皇帝陛下からの書簡だ。
 内容は、最重要機密に指定されており、使者ですら中身を知らない。だが、大貴族であり、高ランク冒険者としても名が売れている私に直接渡されるものだから、人には言えないような依頼だと使者も思っているに違いない。
 まあ、本当に人には言えない依頼なのだけどね!!
 十年前にあることがあって以来、ガイウス皇帝陛下が味をしめてしまい、生誕祭のときには必ずを開けるようにと催促が届くのだ。頼まれなくてもなかば趣味でやっていることなので、お店を開けないつもりはない。

「この時期になると使者の方が必ず来ますよね。ガイウス皇帝陛下から直々じきじきの書簡とは、さすがレイア様です。で、今年も生誕祭に?」

 ここ、『ネームレス』ギルド本部の受付嬢であるマーガレット嬢が、私に問いかける。自分の領地以外で私を捕まえるならこのギルドだと、ガイウス皇帝陛下も分かっているので、書簡はいつもここに届けられているのだ。

「当然、店を開けることにする。帝都に家を買って以来、毎年お店を開けているのだ。今更、店を開けなかったら、他の常連客にも申し訳ないしね」
「我々『ネームレス』ギルド本部も、帝都の生誕祭で出店することが決まっております。よろしければ、レイア様のお店の売上に貢献いたしますよ」
「では、こちらも『ネームレス』ギルド本部の売上に貢献しよう。その際に、お店の場所も教えよう」

 さて、やることはたくさんある。まずは、店の掃除そうじ、従業員の制服作り、メニューも新しくしよう。店員は、妻のゴリフリーテとゴリフリーナ――ゴリフターズと、二人の従姉妹いとこのゴリヴィエあたりにやらせれば問題ないな。裏方は、猫耳亜人のサポーターであるタルトにでも手伝わせるか。


 ――というわけで、生誕祭の準備をすべく、みんなと一緒に帝都に所有している家を訪れた。
 冒険者として、帝都に家を持っておくのはステータスだと思い、だいぶ昔に買った家だ。聞いた話では、この家は持ち主が自殺や他殺など、様々な理由で何度も変わっているいわくつきの物件で、比較的安く買えた。それでも当時のかせぎのほとんどを費やしてしまったがね。

「さて、掃除そうじなどはむしたちにお願いするとして、我々は飾りつけをするぞ。ゴリフリーテとゴリフリーナ、ゴリヴィエはウエイトレス。タルトは、裏方だ。メニューについては既に考えているから、あとで教える」

 全員、納得の布陣だ。
 考えているメニューは『ゴリフのパンティーセット』『ゴリフの手絞てしぼり百パーセント果汁のジュース』『蟲ダシコーヒー』『蟲パン』『迷宮の朝食セット』『かき氷 みぞれ味(※蟲産)』である。他にも、産地直送の新鮮な肉や野菜、魚を用いた普通のメニューも用意している。
 絹毛虫きぬけむしちゃんの希望で『冷やし絹毛虫ちゃん』という斬新なメニューもある。ひんやり冷えた絹毛虫ちゃんを抱きしめ放題という素晴らしいメニューなのだ。メニュー表には、可愛かわいらしい字で『冷やし絹毛虫ちゃんはじめました』と、どこの中華料理店だと言いたくなるようなことが書かれている。
 そして、毎年恒例の来店スタンプ景品。お店を訪れるごとにスタンプが一個まる。生誕祭中にスタンプがいっぱいになるともれなく粗品をプレゼントしている。
『絹毛虫ちゃん香水』『蛆蛞蝓うじなめくじちゃん再生薬』『淫夢蟲いんむちゅう淫靡いんびなアバンチュール一日券』『蛆蛞蝓ちゃんの全身エステコース』など――市場に流出することがない蟲産の非売品を盛りだくさん用意している。
 スタンプがまらなかった人には、残念賞として絹毛虫ちゃんストラップをプレゼントする予定だ。

「旦那様と一緒にカフェ経営。弟たちに政務を全部押しつけてきてよかった。ありがとうミルア、イヤレス」
「ええ、弟たちにもたまには頑張がんばってもらわないと。私たちの幸せのために」

 四大国の一つ『ウルオール』の双子姫でもあるゴリフリーテとゴリフリーナ。二人は、国の代表として『神聖エルモア帝国』のガイウス皇帝陛下にお祝いの言葉を贈る役目を辞退して、ここにいる。もちろん、『ウルオール』のヴァーミリオン王家には、手紙で丁寧にお断りしている。そして、代わりに義弟たちがその任を全うすることになったのだ。

「そんなに喜んでもらえるのなら、私としても嬉しい限りだ。それと……よく、似合っているよ、その衣装」

 従業員用のドレスを既に着て準備万端のゴリフターズをめる。ゴリフターズが蟲たちの糸で編み上げた逸品いっぴんである。繊細せんさい刺繍ししゅうに加え、宝石、ミスリル、オリハルコンなどの貴金属を加えることで、きらびやかなものになっている。売り出せば、軽く億は超える従業員服だ。
 ゴリフターズが恥じらいのあまり、握っていた床補強用の鉄板をじきった。

「粗悪品だな。タルト君、新しい鉄板を用意してくれ」
「今朝、買ってきた新……いえ、なんでもありません。すぐに、買ってきます」

 ゴリフターズがじきった鉄板を見て、なにやら言いたそうにしたタルト君。まったくまだまだ勉強が足りない。私が買ってこいと言ったら、疑問を挟まず、すぐに肯定の返事をするのが当然だというのに。
 命の恩人でもあるこの私をいささか軽く見ている気がするね。ゴリヴィエが正しくタルトを矯正きょうせいするまで駄目猫タルトと呼ぶことにしよう。
 では、駄目猫タルトが補強用の鉄板を買いに行っている間に、カフェを綺麗きれいにしよう。昨年度の生誕祭から一度も使っていないので、綺麗きれいにすべき箇所はたくさんある。

「しかし、旦那様の発想は素晴らしいですね。まさか、このようなカフェを何年も前から経営していたとは」
「ありがとう、ゴリフリーナ。思いつきで始めたことなのだが、本当にこのお店のおかげで色々なことがあったよ」

 この私が運営する『蟲との触れ合いカフェ』――通称蟲カフェは、知る人ぞ知る隠れた名店、もとい迷店(笑)。オープンは生誕祭期間中だけという極めてレアなお店。リーズナブルなお値段とスタンプ景品目当ての紳士淑女たちがつどう場所なのだ。
 店内のメニューは、時間無制限の食べ放題。料金は百万セルと分かりやすい値段が設定されている。紳士として、祭りを盛り上げるために赤字覚悟で商売する。赤字分は、他で補充すればいいしね。
 スタンプをめてもらえる景品は、軒並のきなみ一千万セル相当の商品だ。生誕祭の七日間を毎日来れば、必然的に客の方も黒字になる。しかも、美味おいしい食事も食べられるだけでなく、常連客である高ランク冒険者との交流も可能だった。

「旦那様、私は地下室の整理を手伝ってきますね」
「すまないね、ゴリフリーテ。あと、地下は冷えるから、これを羽織はおっていきなさい」

 地下貯蔵庫へ向かうゴリフリーテに、私が羽織はおっているマントを貸してあげた。地下の温度は、平均十度以下だからね。きたえ上げられているゴリフリーテの肉体にしてみれば、問題にすらならないだろう。だが、旦那として妻を気遣うのは当然だ。そして、ゴリフリーテを見送り、後ろを見てみると、ゴリフリーナのうるんだ目が私に何かを訴えかけてくる。
 当然、言わんとすることは分かるよ!! でもさ、上着を脱いで渡しても体格的に着られないでしょ!! 

「コ、コーヒーを入れるから、少し休憩きゅうけいにしよう」
「はい!! 旦那様」

 全員分の飲みものを準備しながら思ったが、みんなでやったおかげで、掃除そうじ及び改装にかかる時間が大幅に短縮された。昨年までは全て一人でやっていたので、今年が本当に楽に思える。一番大変な作業になるだろうと思っていた、新たな地下室の建造も、ゴリフターズの『聖』の魔法のおかげで一瞬で完了した。
 なにせ、指をクイと曲げて「はああああ!!」とさけんだら、床に大穴が開いたのだからね。『蟲』の魔法だと半日はかかる作業を一瞬で終わらせるあたりに、攻撃力の差が顕著に出ている。
 地下室には、ゴリフターズと一緒に隣国の氷山から採ってきた氷が置いてある。お店で出すかき氷や飲みものに使うのだ。ついでに、暑い時期なので、冷気が上に流れるようにして、クーラーの代わりにもしている。
 氷菓子に加え、空調管理まで準備しているお店など、帝都中を探してもここしかないだろう。
 ――ドンドン、とカフェの扉をたたく音がした。
 常連客が開店前に来るとは思えない。誰だ一体。

「レイア様、客人が来たようですが、どういたしますか?」
「私が対応しよう。ゴリヴィエは、店内の飾りつけを続けてくれ。全部の席に絹毛虫ちゃんを配置して、ブラッシングを頼んだ。あと、幻想蝶げんそうちょうちゃんも各席に行き渡るように配置してくれ」

 お店に来てくれる人には、可能な限りリラックスしてもらえるよう、全席に幻想蝶ちゃんと絹毛虫ちゃんを配備。これで、快適なお昼寝もできる。
 さてさて、先ほどから我が店の扉をたたくのは誰だろうか。
 扉の小窓からのぞいてみると、高飛車たかびしゃそうなドリルヘアーの少女と、護衛だと思われる冒険者が三名。全く見覚えがない面構えである。だが、誰かの紹介ということもあるので、一応確認してみる。

「まだ、開店準備中だが、どなたかの紹介ですかな?」
「わたくしは、ハイネスト家のセシリ・オービス・ハイネストよ。生誕祭に向けて不届き者が多いから、用心棒を引き受ける代わりに、ショバ代を徴収させてもらうわ」
「ハイネスト家? 知らんな。ショバ代なんて初めて聞いたぞ。悪いが、用心棒は間に合っている。他を当たれ」

 従業員も含めてランクB以上しかいないこの店に、用心棒など不要だ。さらに言えば、世界で四人しかいないランクAが二人もいるんだぞ。むしろ、こちらが金をもらってもいい立場だ。
 我々がいるだけで、よからぬやからが逃げ出すわ。

「いいのですか。そんなことを言って。ハイネスト家は、帝都でもそれなりに力を持っています。お店を構える以上、ショバ代を出すのは当然のルールですよ」

 当然のルール……貴族であり帝都でもそれなりに力のある家の者が、そこまで堂々と言い切る。ということは、今年から新たに定められたのだろう。ガイウス皇帝陛下も、そんなルールを敷かれたのだったら、書簡に一言でも載せてくれればいいのに。

「ルール……(ガイウス皇帝陛下が定めた)新しい規則か。ここら辺を管理するのが、ハイネスト家という認識で問題ないか?」
「ええ、その通りです。ショバ代は(暗黙の)ルールです。万が一、他の家が二重徴収に来たならば、ハイネスト家にご報告なさい。すぐに、排除して差し上げます」

 突然の出費ではあるが、不幸中の幸いだ。ガイウス皇帝陛下が定めた規則を、この私が破ることになっていたかもしれない。帝国臣民の模範となるべき貴族が、知らないからお金を払いませんでした、では示しがつかない。

「理解した。いくら払えばいい?」
「そうですね。後払いならば、生誕祭の最終日に売上の二十パーセントをいただきましょう。前払いなら、昨年の売上の十パーセントで手を打ちましょう」

 固定額でなく、売上比率で持っていくのか。だが、この場合は後者の方がいいな。今年の方が昨年より売上が伸びそうだ。

「分かった。しばし待たれよ」

 昨年の売り上げが三億セルほどあったから、十パーセントなので三千万セルか。少々痛手だが許容範囲だ。扉の向こうにいる税徴収者をあまりお待たせしては申し訳がないから、急がなければいけない。
 周りはお祭りだというのに、国家のため汗水垂らして税徴収をするお役人は大変だ。冒険者が一緒にいるのも、税金を出したくないとしぶる連中や事を荒立てようとする連中を武力鎮圧するためにちがいない。

「聞こえていたと思うが、ショバ代の徴収が来た。なんでも、規則らしく前年の売上の十パーセントを渡すようにと」

 地下室から戻ってきたゴリフリーテ。テーブルをみがいているゴリフリーナ。絹毛虫ちゃんをブラッシングするゴリヴィエ。そして「新しい鉄板を買ってきました」と、裏口からいいタイミングで戻ってきた駄目猫タルト。蟲カフェの従業員全員が一階に揃っており、全員の意見を一応確認することにした。

「ガイウス皇帝陛下が定めた規則ならば喜んで払いましょう。ガイウス皇帝陛下には、旦那様とのご結婚を認めていただいたことや、旦那様の爵位しゃくいを上げていただいた大恩もあります。それに、貴族として規則は守るべきです。そうですよね、ゴリフリーナ」
「その通りです。我々貴族は、民の模範となるべき存在です。上が規則を破れば下も当然破ることになりましょう。むしろ、十パーセントと言わず、二十パーセントでも三十パーセントでも私が出しましょう。そのくらいの蓄えはあります」

 さすがはよく分かっている妻たちだ。だが、妻のかせぎは妻たちのものだ。だから、私の財布から出費しよう。妻たちほどではないが、私も金には困ってないのでね。

「用心棒なら、このゴリヴィエが喜んで引き受けるというのに……ですが、規則なら仕方がありません。ガイウス皇帝陛下の顔に泥を塗るわけには、いきませんからね!!」

 確かに、あの程度の用心棒は、進化した今のゴリヴィエであれば、三分で全身の骨をバラバラにできるだろう。

「いえ~、あの~何でもないです」

 駄目猫タルトが何かを言いたそうだった。だが、何でもないと言っているからいいだろう。よって、満場一致で喜んで支払うことになった。
 ガイウス皇帝陛下が必要とされて定めた規則だというのに、何を確認することがあるのか。ここは、疑ったおびの意味も込めて、前年の売上の三十パーセントほどを包んでおこう。ガイウス皇帝陛下の財布にいくのならば、何ら躊躇ちゅうちょすることはない。

「待たせたな。おびの意味も込めて色をつけておいた。(ガイウス皇帝陛下には)よろしく頼む」

 扉を開けて、お金が入った麻袋を渡した。

「随分と重いわね。まあ、いいわ。これからも、長く付き合えることを期待しているわ」

 そのあとすぐに「なんですの!! この大金」という声が遠くから聞こえた気がした。気のせいだろう。




  2 生誕祭(二)


 生誕祭初日には、ガイウス皇帝陛下が王宮のテラスから帝国臣民に向かってお声掛けをする。それを聞くために、たくさんの者たちが王宮周辺に集まってくる。生でガイウス皇帝陛下を見られるチャンスなど、一般人にしてみればこのとき以外にない。
 だが、蟲カフェの従業員は、おとなしく仕事に従事している。
 我々は若干じゃっかん一名――駄目猫タルトを除き、ガイウス皇帝陛下には会おうと思えば会える立場なのだ。それに、もう何度も会っているので、ガイウス皇帝陛下のお姿を遠くで見るためだけに人混みの中に行くなどナンセンス。
 ドンドンと扉をたたく音が聞こえた。どうやら、開店初日のお客様が到来だ。小窓からのぞいてみると、見慣れた顔があった。早々に扉を開けて中に招き入れる。

「ジュラルド、エーテリア、久しぶりだな。剣魔武道会で別れてから会う機会がなかったが、元気そうで何よりだよ」

 ジュラルドとエーテリアは、私と同じ『ネームレス』を根城にするランクBの冒険者だ。ジュラルドが魔法使いで、エーテリアが戦士。二人ともかなり腕が立つ。

「こちらこそ、レイア殿。『ネームレス』にはいたのですが、お互いすれ違ってばかりでしたね」
「ちげーね。そうそう聞いてくれよ。とりあえず、アタイら婚約したから!! そして、ジュラルドも両親との誤解が解けて、双方の両親に挨拶あいさつも終えたところだ」
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