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2巻
2-3
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晩餐会が行われる離宮では、開始一時間前にもかかわらず、馬車が行列をなしていた。馬車から降りる参加者を見てみるが、何人もぞろぞろと出てきて、笑えてくる。一体、一つの馬車に何人乗り込んでいるんだと。
貴族の社交場は、横の繋がりを強化するために、家同士の婚姻が取り決められる場でもある。下手したら、翌日には結婚してしまうなんて事例もある、とガイウス皇帝陛下から聞いたことがある。
不審者が紛れ込まないように入念なチェックが入口にある受付で行われているが、どの家も子供を連れてきているため、受付が大変そうだ。そのせいか、上空からの侵入に対しては無防備もいいところだった。警備をしている騎士団の練度もたかが知れている。
おかげで、離宮の屋上に難なく辿りつけた。まあ、蟲たちを使い疑似ステルスとなっているのでそうそう見つかることはない。まったく、ガイウス皇帝陛下のおかげで、怪盗紛いなことをするはめになるとはね。
会場は一階だから、窓から侵入したあとに、下へ下へと人目を避けて降りていけばいいな。うまくいけば、道中でガイウス皇帝陛下を見つけられるかもしれない。
カチャカチャと窓の施錠を外して、離宮内部に潜入した。この規模のパーティーにこのような手段で潜入する招待客は、私だけだろう。
窓から潜入し、姿と足音を消しつつ、堂々と下の階へと下っていく。警備体制がザルすぎる。稀に、巡回してくる警備がいたが、姿を消して天井に張りついたら気づかずに通りすぎていった。
あとでガイウス皇帝陛下には、警備体制の見直しプランを提出しておこう。
「おっ、この匂いは……」
これは、『絹毛虫ちゃん香水』の残り香だな。常人ならば、ここまで薄れた匂いを感知するのは不可能だろう。だが私は、蟲の匂いならば犬並みに察知できる自信がある。
コレを利用すれば、お店を訪れた紳士たちが万が一、徒党を組んで私を襲おうとしても、ストラップや蟲産の粗品を身につけているだけで、位置が分かってしまうのだ。まあ、そんな事態は訪れないだろうがね。
そして、匂いのもとに辿りついた。王族の控え室であろう。警備体制や作りから考えても間違いないはずだ。扉の前で警備をしている人材も、副団長クラスとまではいかないが、身に纏う雰囲気から、騎士団の若手の中では選りすぐりのエリートのようだ。
だが、そんな警備であろうとも、私には何ら障害にならない。蟲たちが持つ複数の毒を配合し作り上げた無色無臭の睡眠ガス!! これの前では、私並みの強靱な耐性でもない限り、立ってはいられない。朝までお休みコースになるだろう。ガイウス皇帝陛下には事情を話して、警備の者たちの罪は問わないよう配慮していただこう。
扉をノックする。
「ガイウス皇帝陛下、お待たせいたしました。レイア・アーネスト・ヴォルドー、お招きにあずかりまして、ただ今まいりました」
「レイアか。中に入れ」
中に入ると、ガイウス皇帝陛下と第一王妃が待機していた。側に控える執事とメイドは、護衛だろう。万が一の場合、この私に対しても、一秒でも時間を稼ぐ気でいるのがヒシヒシと伝わってくる。
いい人材だ。立場は違えど、ガイウス皇帝陛下に忠義を尽くす人は好きだよ。特に、この私相手でも一切気を抜かない点は称賛に値する。
「遠路はるばるご苦労。レイアが来たときのために、顔を知る娘を案内役として入口に待機させていたのだが、会わなかったか?」
「急なことでしたので馬車の準備が間に合わず、仕方なく空から不法侵入いたしました。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「構わぬ。晩餐会までは時間があるので、部屋を用意させよう。休んでいるといい」
「お心遣い感謝いたします。あと、ここの部屋を警備していた者を眠らせてしまいましたが、どうかお咎めなきようお願いいたします」
執事に連れられて個室に案内された。そして、待つこと数十分――ついに、ストレス地獄の晩餐会が始まった。
◇ ◇ ◇
ガイウス皇帝陛下のご挨拶のあと、各国使者のお祝いの言葉が延々と続いた。途中から時間を計るのはやめたが、軽く三十分は続いていた。その間、美味しい食べものをたくさんいただいていたら、なぜか!! 私の紹介が、ガイウス皇帝陛下からなされたのだ。
今まで、壁の花として美味しい食事を貪っていたのに……いつの間にか、私という極上の蜜に群がる腹黒い者たちがワラワラと集まってきた。紹介される前までは「あいつ誰だよ」と冷ややかに見ていた貴族たちの目の色が変わっている。まさに、獲物を見る肉食獣。
思わず魔力を全開にして昏睡させてやろうと思ったが、ガイウス皇帝陛下主催の催しものでそんな真似ができるはずもなく、私に挨拶すべく行列ができてしまった。
さりげなく、ガイウス皇帝陛下の方を見てみると「これで、儂の方に来る者たちが減ったわい」と安堵のため息を吐いている。謀りおったな、ガイウス皇帝陛下!!
「ご挨拶が遅れてしまい誠に申し訳ありません。私は――。で、こちらが娘の――。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ご高名は、かねてより伺っております。我が商会では――」
側室にどうかとか、ぜひ我が領地に遊びに来てくださいとか、迷宮での品を高く買うのでよろしくとか、宿の部屋番号を書いたメモをこっそり渡してきたり……本当に、一方的なデモンストレーションが続いた。
作り笑顔を続けているせいで、胃に穴が開きそうだ。挨拶しに来る者たちは、ヘラヘラと頭を垂れているが、黒い腹の中が見えるようで吐き気がする。
実に醜い。貴族社会の闇を見ている気分だ。
しかし、私以上にすごい行列をなしているところがあった。一瞬、ガイウス皇帝陛下に挨拶する列かと思ったが違った。そこには、見知った顔が二つ――義弟であるミルアとイヤレスがいた。会場に訪れている男性女性問わず挨拶のために並んでいるのが凄い。
相変わらず性別関係なく大人気だな。まったく、羨ましくもない。
そして、目が合ってしまった。「やったぜ、これで解放される」と言わんばかりに、義弟たちは笑みをこちらに向けてきた。やめろ!! お前らが考えていることは手に取るように分かるぞ。お前ら、私をダシにして行列を解散させる気だろう!?
いや、待てよ。こちらも同じ手で逃げればいいのだ!!
「お初にお目にかかります。わたくしは、ハイネスト家の――」
なにやら、見覚えのある女性とおっさんが挨拶に来たが、関係ない。
「悪いね、ちょっと呼ばれたので失礼するよ」
ウエイターからお酒のグラスを受け取る。さらに、食事が置かれたテーブルからいくつか料理を見繕って影に放り込む。そして、義弟二人を見て、テラスの方を指差す。
テラスに移動すると、飲みものと影に格納した食事を取り出して、二人に手渡した。
「お義兄様からも、お姉様たちにちゃんと言ってくださいよ!! 本当なら、今頃王宮で惰眠を貪っていたのに。旦那様とカフェをするので使者はできませんって、どういうことですか!? あ、これ美味しいですね」
「むしゃむしゃ、本当です。ミルアも僕も、こう見えて色々と忙しいのですよ。雑誌の取材とか、諸侯への挨拶回りとか、惰眠を貪るとか」
ほうほう、それは忙しそうだな。もっと仕事をさせるように『ウルオール』のミカエル国王陛下に進言しておこう。
「諦めて働け。で、なんで二人ともそんな中性的な服装なんだ。分かってやっていると思うが、変態たちがさっきからこっちを見ているぞ」
さすがに、大貴族と他国の王族が話しているときに、横から割り込んでくる者はいない。テラスの様子をチラチラと窺ってくるだけだ。
「えへへ、似合いますか? 持てる魅力を最大限に引き出しているだけです。まあ、お姉様たちが作ってくれたんですけどね」
似合いすぎていて怖いくらいだ。会場にいるどの女性よりも美しいと断言できる。一部の女性陣からは、嫉妬にも似た感情が漂ってくる。
だが!! こいつらは男だ。さらに言えば、義弟たちだ。
「とてもよく似合っているね、ミルア、イヤレス。あと、私の影で蟲釣りをするのは、やめてもらえないかな」
ミルアが、生ハムや果物をぶら下げた糸で蟲を釣り上げて遊んでいる。そんな斬新な遊びをしないでほしい。なんで糸なんて常備しているんだ。それに、釣られる蟲も空気が読めるといえば読めるのだが、お遊びがすぎる。
そのうち、モリを持って潜り込んで「獲ったぞ~」なんて言いはじめそうで怖い。
「楽しいのに~。まあ、それは置いておいて。お義兄様も大層な人気ですね。お姉様を連れてこないあたり、もしかしてお泊まりですか?」
ニヤニヤしている義弟たちに、軽くデコピンをプレゼントしてあげた。「っ!! いたああああああい」と叫んでいるが当然だ。痛いようにしたのだ。
「バカを言わない。ほれ、あまり我々だけで話し込んでいると、ガイウス皇帝陛下の負担が甚大になるので戻るぞ」
「ううう、痛いです。分かりました、戻りましょうか、イヤレス」
「二日酔いのときより頭が痛いです。ううう、あとでお姉様たちに、女性に色目を使っていたって訴えてやる」
おい、そんな事実無根な報告はやめろ。というか、お願いやめて……君たちのお義兄さんが、好きなものを買ってあげるから許して。
「可愛い顔をしてなんてえげつない。ほ、欲しいものがあるならあとでリストを渡しなさい。優しいお義兄さんが、全部買ってあげよう」
「さすが、お義兄様!! まあ、お姉様たちはお義兄様にゾッコンなので、僕たちの言葉よりお義兄様の言葉を信じるでしょうけどね。明日にでも、イヤレスと一緒にリストを持って蟲カフェに行きますね」
「楽しみです。あ、私は蟲釣りも楽しむので準備していてくださいね」
二人はそう言って、晩餐会の会場に戻っていった。
まったく、綺麗な顔してなかなかの悪女……いや、悪漢だな。さて、私も戻るとしよう。あまり席を外すと、あとでガイウス皇帝陛下に何を言われるか分からない。
◇ ◇ ◇
再び、挨拶祭りになった。貴族の連中は何が楽しくてこんなことをするのだ。せっかく美味しそうな料理が山ほど並んでいるというのに、かなりの量が残っている。料理人が一生懸命作った料理を残すとは失礼極まりない。
パーティーが終わったあとも残っていたら、皇帝陛下にお願いして、蟲たちを解放していいかお伺いしてみよう。骨すら残さず食べ尽くしてくれるだろう。
「――お久しぶりです、レイア様。覚えていらっしゃいますか?」
お久しぶり?
今まで適当に相槌を打っていたが、何やらお知り合いのようなのでよく顔を見てみると……前に助けたクオーターエルフの女性だった。さすがは、エルフの血筋だね。一線を画す美しさだ。
「これでも記憶力はいい方でね。確か、ミーティシア・レイセン・アイハザードだったね。無論、覚えている。あれ以来、無理なレベリングは行っていないようで何よりだ」
「その節は、大変お世話になりました。少し、お話ししたいことがございます。お時間いただけませんか?」
私がどういう人物が知っている上でのお誘いだろうね。さらに言えば、アイハザード家の当主である父親が側にいないのが若干気になる。会場を見渡してみると……いるな。少し離れた場所で別の貴族とお話し中であった。
周りの者に少し席を外すと言って、人気の少ない壁際へと移動した。
「で、私に何の用かね?」
「無礼を承知でお願いさせていただきます。私の妹を……コミットをお許しいただけませんか?」
どんなことで呼んだかと思えば、そんなことか。
「ああ、迷宮の上層で今も生きている妹さんのことか。な~に、私とて鬼や悪魔じゃない。既に、あのときの無礼についての報復は、終えている。現に、アイハザード家に対して何もアクションを起こしていないはずだ。これ以上は何もしない」
金銭の要求もしていないし、謝罪の要求もしていない。私が知らない場所で、ゴリフターズが過去に無礼を働いた者たちに報復を行うはずもないし、何が言いたいのだろうか。
なにより、コミットという存在は、アイハザード家から縁切りされている。書類上ではあるが、赤の他人にそこまで肩入れしなくてもいいと思うのだがね。
「やはり、今も生きていたのですね。あれから、高名な『水』の魔法の使い手にお願いして妹を治せないかと手を尽くしました。ですが……」
「まあ、無理でしょうな。殺すだけなら、ランクBの冒険者でも可能でしょうが……治すのは別問題だ。私の蟲は、それほど甘くはありませんよ」
苗床にしている蟲がいるからこそ生きているのだ。その蟲を排除したら、苗床は死ぬ。だが、排除しないと治療ができない。助けられるのは、『蟲』の魔法が使える者だけだ。
「妹のコミットは、確かにレイア様にご無礼を働きました。そして、あのような仕打ちを受けて……もう十分ではありませんか。どうか、妹を――」
「殺してくれと?」
「違います!! 元に、戻してほしいのです」
なんと! 確かに、第三者からの意見があったら処遇を再考しようと思っていたが、さすがに早すぎないか!? 殺すならまあ分かる。本人が反省する必要ないからね。しかし、元に戻すのはもっときちんと反省してからがスジだと思うんだ。あの腐った性根が、こんな期間で治るはずがない。ミーティシア嬢も本人と会いに行っているのなら、それくらい分かっていそうなのに。
「何を言っているか理解できません。処分するなら理解できますが……。なぜ、今元通りにする必要があるのですか?」
「妹を助けたいと思うのは、姉として当然です。生きているならなおのこと。ギルドを通じて正式に依頼を出しますので、どうかお願いします」
ギルドを通されても、別に受けないけどさ。それに、今治したら逆恨みで何をされるか分かったもんじゃない。元に戻すとしても、まだまだ先の話だ。遠い未来にまた出直してこい。
「お断りします。抹殺依頼なら、喜んでお受けしましょう。ですが、妹を元に戻す依頼は受けられませんね。だって、理不尽な因縁をつけられそうで怖いじゃないですか。私は、モンスターより人間の方が遥かに怖いと思っているのですよ」
「そんな、どうかお願いです」
今はまだだめって言ってるだけなのに、なんでこんなに食い下がってくるのだろう。こうなったらいっそ、今から殺しに行ってやろうか――と思った矢先、アイハザード家の当主が近づいてきた。
「やめいミーティシア!! ガイウス皇帝陛下がいる場所でそのような話をするものではない。妹のことは忘れろと言ったはずだぞ。娘が失礼をいたしました、ヴォルドー侯爵」
「いいえ、妹を思う気持ちは姉ならば当然です。ですが、これ以上その件について言われますと、私としても非常に遺憾ですが……身の安全のために、事を構える次第です」
ニコリと微笑むと、親に強引に連れられて、ミーティシアが離れていった。
4 生誕祭(四)
生誕祭も残すところあと三日。『ネームレス』ギルド本部は、生誕祭で喫茶店を運営している。そこで給仕をやる私――マーガレットも、ボーナスのために精を出して働いていた。
もちろん、ただの喫茶店ではない。受付嬢が、男性に大人気のメイド服を来て給仕を行うのだ。特定の客層を狙い撃ちにしているので、面白いように儲かる。お祭りということもあり、財布の紐と頭が緩い連中が多く、ありがたい限りだ。
「マーガレット先輩、飲食店って大変と聞きますが……結構、楽な商売なんですね」
「そりゃ、私たち受付嬢が給仕をやっているのよ? そこら辺の飲食店とはレベルが違うから当然よ」
他にも似たような店はあったが、容姿端麗なギルド受付嬢たちが自ら給仕を行うこの店は、生誕祭初日から大人気だ。念のため、お店の好評を吹聴する要員まで手配していたから、これで人気にならないはずがない。
メニューのお値段は、コーヒー一杯八百セル――と、原価の二十倍近く取っているが、文句を言う者はいない。それどころか、たくさんのチップを貰った。
「いやー、それにしてもレイア様たちがご来店したときは、驚きましたよね。炎天下の中で律儀に二十分も並ばれるなんて」
「私たちも肝が冷えました。『神聖エルモア帝国』侯爵であるレイア様、『ウルオール』王族のゴリフリーテ様とゴリフリーナ様、『ウルオール』公爵家のご令嬢のゴリヴィエ様、おまけでタルト様を炎天下の中お待たせしてしまうなんて……首が飛んでもおかしくなかったですからね」
後輩のエルメスと先輩のエリザベスさんが、先日の衝撃的な出来事を思い出していた。まったくその通り。特権階級の人たちが一般人に交じって並ぶなど、頭に蛆でも湧いているんじゃないかと思ってしまう。
ギルド長が真っ青な顔で飛び出して、どうぞ中へお入りくださいと言ったら「列があるのだから、並ぶのは当然だろう」と平然と言うあたり、さすがは高ランク冒険者。紛うことなき正論だけど、どこかおかしい。
「おかげで、レイア様がご出店なさっているお店の招待状がいただけました。以前より、ご出店なさっていると伺っておりましたが、場所は教えてもらえなかったので楽しみですね、マーガレット先輩」
楽しみと同時に、不安でもある。あのレイア様が経営しているお店だから、何かあるかと思いきや、一見様お断りの喫茶店。一体、何を考えているのか、さっぱり理解できない。しかも、生誕祭中しかお店を開けていないらしい。レイア様の資金力を考えるに、人を雇って経営させるという手段もあるでしょうに。さすがは、高ランク冒険者……いいえ、金持ちの道楽。
「受け取ったのは、招待状だけでしょう? 噂を聞く限りでは、レイア様のお店は結構いい値段するらしいわよ。大丈夫、マーガレット?」
「ご安心を。先日ボーナスも出ましたし、チップもたくさん貰ったので、それなりに余裕があります。今日は、私がご馳走いたします。先輩には、色々とお世話になっていますし、後輩にご馳走するのも先輩の役目ですしね」
「さすが、マーガレット大先輩。ご馳走になります!!」
現に財布の中には、五十万セルも入っており、スリや強盗を警戒するレベル。だが、エリザベス先輩がいる限り、安心である。なにせ、元ランクCの冒険者――冒険者からギルド嬢に転職とするという珍しい経歴の持ち主だった。今も、下心いっぱいで声をかけてくる輩を処理してくれている。本当に、心強いことこの上ない。
さて、裏路地に入り目的の場所についた。お店の看板を確認するまでは、期待と不安がいいバランスを保っていたのだが、一気に不安の方に傾いた。看板は『……触れ合いカフェ』という文字がギリギリ読める。これだけ見ると、夜の怪しいお店にしか思えない。ある意味、夜の怪しいお店のほうが幾分かマシかもしれない。どんなお店か分かるからだ。
情報を整理してみる。エリザベス先輩曰く――高額な料金設定、生誕祭の間しかオープンしない、一見様お断り、そして『触れ合いカフェ』という怪しいを通り越して、イヤラシさ満点の看板。
まさか、本当にアダルトなお店なのか。
「早くお店に入るわよ、マーガレット」
エリザベス先輩にせかされて扉をノックしてみると、ドアの小窓からレイア様が顔を出した。
「受付嬢ご一行か。ようこそ、私のお店へ。歓迎しよう」
扉が開かれると、中から冷気が漏れてきた。帝都の高級店では、暑さ対策として、魔法が得意な冒険者を雇って室温調整をしている。レイア様のお店もそれに漏れずといったところなのだろう。
それに、レイア様のウエイター姿もなかなか様になっている。黙っていれば、本当に客寄せにはもってこいよね。店内を覗いてみると、レトロな雰囲気でいい味を出したお店だ。
「さすがは、レイア様のお店ですね。一流の魔法使いを雇われているんですね」
「この冷気のことか? 何を言っている。私のお店は、食材からこの冷気に至るまで天然ものだよ」
魔法なしでこの涼しさを再現するなんて、どんな手品を使っているのだろう。
だがそんなことより……店内の客層を確認してみると恐ろしい光景が広がっていた。
国家転覆が可能な組織と言っても過言ではないほどの戦力が集まっている。むしろ、それ以上だ。ギルド嬢なら知っていて当然……いや、周辺諸国に名が売れている屈強な冒険者たちが集まっている。
魔法に長けた者、武具の扱いに長けた者、策謀に長けた者、暗殺に長けた者などそれぞれの分野のスペシャリストが一堂に会しているのだ。世界に四人しかいないランクAが二人いるだけでも異常事態だというのに。
「エリザベス先輩!! あのお方って!?」
貴族の社交場は、横の繋がりを強化するために、家同士の婚姻が取り決められる場でもある。下手したら、翌日には結婚してしまうなんて事例もある、とガイウス皇帝陛下から聞いたことがある。
不審者が紛れ込まないように入念なチェックが入口にある受付で行われているが、どの家も子供を連れてきているため、受付が大変そうだ。そのせいか、上空からの侵入に対しては無防備もいいところだった。警備をしている騎士団の練度もたかが知れている。
おかげで、離宮の屋上に難なく辿りつけた。まあ、蟲たちを使い疑似ステルスとなっているのでそうそう見つかることはない。まったく、ガイウス皇帝陛下のおかげで、怪盗紛いなことをするはめになるとはね。
会場は一階だから、窓から侵入したあとに、下へ下へと人目を避けて降りていけばいいな。うまくいけば、道中でガイウス皇帝陛下を見つけられるかもしれない。
カチャカチャと窓の施錠を外して、離宮内部に潜入した。この規模のパーティーにこのような手段で潜入する招待客は、私だけだろう。
窓から潜入し、姿と足音を消しつつ、堂々と下の階へと下っていく。警備体制がザルすぎる。稀に、巡回してくる警備がいたが、姿を消して天井に張りついたら気づかずに通りすぎていった。
あとでガイウス皇帝陛下には、警備体制の見直しプランを提出しておこう。
「おっ、この匂いは……」
これは、『絹毛虫ちゃん香水』の残り香だな。常人ならば、ここまで薄れた匂いを感知するのは不可能だろう。だが私は、蟲の匂いならば犬並みに察知できる自信がある。
コレを利用すれば、お店を訪れた紳士たちが万が一、徒党を組んで私を襲おうとしても、ストラップや蟲産の粗品を身につけているだけで、位置が分かってしまうのだ。まあ、そんな事態は訪れないだろうがね。
そして、匂いのもとに辿りついた。王族の控え室であろう。警備体制や作りから考えても間違いないはずだ。扉の前で警備をしている人材も、副団長クラスとまではいかないが、身に纏う雰囲気から、騎士団の若手の中では選りすぐりのエリートのようだ。
だが、そんな警備であろうとも、私には何ら障害にならない。蟲たちが持つ複数の毒を配合し作り上げた無色無臭の睡眠ガス!! これの前では、私並みの強靱な耐性でもない限り、立ってはいられない。朝までお休みコースになるだろう。ガイウス皇帝陛下には事情を話して、警備の者たちの罪は問わないよう配慮していただこう。
扉をノックする。
「ガイウス皇帝陛下、お待たせいたしました。レイア・アーネスト・ヴォルドー、お招きにあずかりまして、ただ今まいりました」
「レイアか。中に入れ」
中に入ると、ガイウス皇帝陛下と第一王妃が待機していた。側に控える執事とメイドは、護衛だろう。万が一の場合、この私に対しても、一秒でも時間を稼ぐ気でいるのがヒシヒシと伝わってくる。
いい人材だ。立場は違えど、ガイウス皇帝陛下に忠義を尽くす人は好きだよ。特に、この私相手でも一切気を抜かない点は称賛に値する。
「遠路はるばるご苦労。レイアが来たときのために、顔を知る娘を案内役として入口に待機させていたのだが、会わなかったか?」
「急なことでしたので馬車の準備が間に合わず、仕方なく空から不法侵入いたしました。お手を煩わせてしまい、申し訳ありません」
「構わぬ。晩餐会までは時間があるので、部屋を用意させよう。休んでいるといい」
「お心遣い感謝いたします。あと、ここの部屋を警備していた者を眠らせてしまいましたが、どうかお咎めなきようお願いいたします」
執事に連れられて個室に案内された。そして、待つこと数十分――ついに、ストレス地獄の晩餐会が始まった。
◇ ◇ ◇
ガイウス皇帝陛下のご挨拶のあと、各国使者のお祝いの言葉が延々と続いた。途中から時間を計るのはやめたが、軽く三十分は続いていた。その間、美味しい食べものをたくさんいただいていたら、なぜか!! 私の紹介が、ガイウス皇帝陛下からなされたのだ。
今まで、壁の花として美味しい食事を貪っていたのに……いつの間にか、私という極上の蜜に群がる腹黒い者たちがワラワラと集まってきた。紹介される前までは「あいつ誰だよ」と冷ややかに見ていた貴族たちの目の色が変わっている。まさに、獲物を見る肉食獣。
思わず魔力を全開にして昏睡させてやろうと思ったが、ガイウス皇帝陛下主催の催しものでそんな真似ができるはずもなく、私に挨拶すべく行列ができてしまった。
さりげなく、ガイウス皇帝陛下の方を見てみると「これで、儂の方に来る者たちが減ったわい」と安堵のため息を吐いている。謀りおったな、ガイウス皇帝陛下!!
「ご挨拶が遅れてしまい誠に申し訳ありません。私は――。で、こちらが娘の――。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「ご高名は、かねてより伺っております。我が商会では――」
側室にどうかとか、ぜひ我が領地に遊びに来てくださいとか、迷宮での品を高く買うのでよろしくとか、宿の部屋番号を書いたメモをこっそり渡してきたり……本当に、一方的なデモンストレーションが続いた。
作り笑顔を続けているせいで、胃に穴が開きそうだ。挨拶しに来る者たちは、ヘラヘラと頭を垂れているが、黒い腹の中が見えるようで吐き気がする。
実に醜い。貴族社会の闇を見ている気分だ。
しかし、私以上にすごい行列をなしているところがあった。一瞬、ガイウス皇帝陛下に挨拶する列かと思ったが違った。そこには、見知った顔が二つ――義弟であるミルアとイヤレスがいた。会場に訪れている男性女性問わず挨拶のために並んでいるのが凄い。
相変わらず性別関係なく大人気だな。まったく、羨ましくもない。
そして、目が合ってしまった。「やったぜ、これで解放される」と言わんばかりに、義弟たちは笑みをこちらに向けてきた。やめろ!! お前らが考えていることは手に取るように分かるぞ。お前ら、私をダシにして行列を解散させる気だろう!?
いや、待てよ。こちらも同じ手で逃げればいいのだ!!
「お初にお目にかかります。わたくしは、ハイネスト家の――」
なにやら、見覚えのある女性とおっさんが挨拶に来たが、関係ない。
「悪いね、ちょっと呼ばれたので失礼するよ」
ウエイターからお酒のグラスを受け取る。さらに、食事が置かれたテーブルからいくつか料理を見繕って影に放り込む。そして、義弟二人を見て、テラスの方を指差す。
テラスに移動すると、飲みものと影に格納した食事を取り出して、二人に手渡した。
「お義兄様からも、お姉様たちにちゃんと言ってくださいよ!! 本当なら、今頃王宮で惰眠を貪っていたのに。旦那様とカフェをするので使者はできませんって、どういうことですか!? あ、これ美味しいですね」
「むしゃむしゃ、本当です。ミルアも僕も、こう見えて色々と忙しいのですよ。雑誌の取材とか、諸侯への挨拶回りとか、惰眠を貪るとか」
ほうほう、それは忙しそうだな。もっと仕事をさせるように『ウルオール』のミカエル国王陛下に進言しておこう。
「諦めて働け。で、なんで二人ともそんな中性的な服装なんだ。分かってやっていると思うが、変態たちがさっきからこっちを見ているぞ」
さすがに、大貴族と他国の王族が話しているときに、横から割り込んでくる者はいない。テラスの様子をチラチラと窺ってくるだけだ。
「えへへ、似合いますか? 持てる魅力を最大限に引き出しているだけです。まあ、お姉様たちが作ってくれたんですけどね」
似合いすぎていて怖いくらいだ。会場にいるどの女性よりも美しいと断言できる。一部の女性陣からは、嫉妬にも似た感情が漂ってくる。
だが!! こいつらは男だ。さらに言えば、義弟たちだ。
「とてもよく似合っているね、ミルア、イヤレス。あと、私の影で蟲釣りをするのは、やめてもらえないかな」
ミルアが、生ハムや果物をぶら下げた糸で蟲を釣り上げて遊んでいる。そんな斬新な遊びをしないでほしい。なんで糸なんて常備しているんだ。それに、釣られる蟲も空気が読めるといえば読めるのだが、お遊びがすぎる。
そのうち、モリを持って潜り込んで「獲ったぞ~」なんて言いはじめそうで怖い。
「楽しいのに~。まあ、それは置いておいて。お義兄様も大層な人気ですね。お姉様を連れてこないあたり、もしかしてお泊まりですか?」
ニヤニヤしている義弟たちに、軽くデコピンをプレゼントしてあげた。「っ!! いたああああああい」と叫んでいるが当然だ。痛いようにしたのだ。
「バカを言わない。ほれ、あまり我々だけで話し込んでいると、ガイウス皇帝陛下の負担が甚大になるので戻るぞ」
「ううう、痛いです。分かりました、戻りましょうか、イヤレス」
「二日酔いのときより頭が痛いです。ううう、あとでお姉様たちに、女性に色目を使っていたって訴えてやる」
おい、そんな事実無根な報告はやめろ。というか、お願いやめて……君たちのお義兄さんが、好きなものを買ってあげるから許して。
「可愛い顔をしてなんてえげつない。ほ、欲しいものがあるならあとでリストを渡しなさい。優しいお義兄さんが、全部買ってあげよう」
「さすが、お義兄様!! まあ、お姉様たちはお義兄様にゾッコンなので、僕たちの言葉よりお義兄様の言葉を信じるでしょうけどね。明日にでも、イヤレスと一緒にリストを持って蟲カフェに行きますね」
「楽しみです。あ、私は蟲釣りも楽しむので準備していてくださいね」
二人はそう言って、晩餐会の会場に戻っていった。
まったく、綺麗な顔してなかなかの悪女……いや、悪漢だな。さて、私も戻るとしよう。あまり席を外すと、あとでガイウス皇帝陛下に何を言われるか分からない。
◇ ◇ ◇
再び、挨拶祭りになった。貴族の連中は何が楽しくてこんなことをするのだ。せっかく美味しそうな料理が山ほど並んでいるというのに、かなりの量が残っている。料理人が一生懸命作った料理を残すとは失礼極まりない。
パーティーが終わったあとも残っていたら、皇帝陛下にお願いして、蟲たちを解放していいかお伺いしてみよう。骨すら残さず食べ尽くしてくれるだろう。
「――お久しぶりです、レイア様。覚えていらっしゃいますか?」
お久しぶり?
今まで適当に相槌を打っていたが、何やらお知り合いのようなのでよく顔を見てみると……前に助けたクオーターエルフの女性だった。さすがは、エルフの血筋だね。一線を画す美しさだ。
「これでも記憶力はいい方でね。確か、ミーティシア・レイセン・アイハザードだったね。無論、覚えている。あれ以来、無理なレベリングは行っていないようで何よりだ」
「その節は、大変お世話になりました。少し、お話ししたいことがございます。お時間いただけませんか?」
私がどういう人物が知っている上でのお誘いだろうね。さらに言えば、アイハザード家の当主である父親が側にいないのが若干気になる。会場を見渡してみると……いるな。少し離れた場所で別の貴族とお話し中であった。
周りの者に少し席を外すと言って、人気の少ない壁際へと移動した。
「で、私に何の用かね?」
「無礼を承知でお願いさせていただきます。私の妹を……コミットをお許しいただけませんか?」
どんなことで呼んだかと思えば、そんなことか。
「ああ、迷宮の上層で今も生きている妹さんのことか。な~に、私とて鬼や悪魔じゃない。既に、あのときの無礼についての報復は、終えている。現に、アイハザード家に対して何もアクションを起こしていないはずだ。これ以上は何もしない」
金銭の要求もしていないし、謝罪の要求もしていない。私が知らない場所で、ゴリフターズが過去に無礼を働いた者たちに報復を行うはずもないし、何が言いたいのだろうか。
なにより、コミットという存在は、アイハザード家から縁切りされている。書類上ではあるが、赤の他人にそこまで肩入れしなくてもいいと思うのだがね。
「やはり、今も生きていたのですね。あれから、高名な『水』の魔法の使い手にお願いして妹を治せないかと手を尽くしました。ですが……」
「まあ、無理でしょうな。殺すだけなら、ランクBの冒険者でも可能でしょうが……治すのは別問題だ。私の蟲は、それほど甘くはありませんよ」
苗床にしている蟲がいるからこそ生きているのだ。その蟲を排除したら、苗床は死ぬ。だが、排除しないと治療ができない。助けられるのは、『蟲』の魔法が使える者だけだ。
「妹のコミットは、確かにレイア様にご無礼を働きました。そして、あのような仕打ちを受けて……もう十分ではありませんか。どうか、妹を――」
「殺してくれと?」
「違います!! 元に、戻してほしいのです」
なんと! 確かに、第三者からの意見があったら処遇を再考しようと思っていたが、さすがに早すぎないか!? 殺すならまあ分かる。本人が反省する必要ないからね。しかし、元に戻すのはもっときちんと反省してからがスジだと思うんだ。あの腐った性根が、こんな期間で治るはずがない。ミーティシア嬢も本人と会いに行っているのなら、それくらい分かっていそうなのに。
「何を言っているか理解できません。処分するなら理解できますが……。なぜ、今元通りにする必要があるのですか?」
「妹を助けたいと思うのは、姉として当然です。生きているならなおのこと。ギルドを通じて正式に依頼を出しますので、どうかお願いします」
ギルドを通されても、別に受けないけどさ。それに、今治したら逆恨みで何をされるか分かったもんじゃない。元に戻すとしても、まだまだ先の話だ。遠い未来にまた出直してこい。
「お断りします。抹殺依頼なら、喜んでお受けしましょう。ですが、妹を元に戻す依頼は受けられませんね。だって、理不尽な因縁をつけられそうで怖いじゃないですか。私は、モンスターより人間の方が遥かに怖いと思っているのですよ」
「そんな、どうかお願いです」
今はまだだめって言ってるだけなのに、なんでこんなに食い下がってくるのだろう。こうなったらいっそ、今から殺しに行ってやろうか――と思った矢先、アイハザード家の当主が近づいてきた。
「やめいミーティシア!! ガイウス皇帝陛下がいる場所でそのような話をするものではない。妹のことは忘れろと言ったはずだぞ。娘が失礼をいたしました、ヴォルドー侯爵」
「いいえ、妹を思う気持ちは姉ならば当然です。ですが、これ以上その件について言われますと、私としても非常に遺憾ですが……身の安全のために、事を構える次第です」
ニコリと微笑むと、親に強引に連れられて、ミーティシアが離れていった。
4 生誕祭(四)
生誕祭も残すところあと三日。『ネームレス』ギルド本部は、生誕祭で喫茶店を運営している。そこで給仕をやる私――マーガレットも、ボーナスのために精を出して働いていた。
もちろん、ただの喫茶店ではない。受付嬢が、男性に大人気のメイド服を来て給仕を行うのだ。特定の客層を狙い撃ちにしているので、面白いように儲かる。お祭りということもあり、財布の紐と頭が緩い連中が多く、ありがたい限りだ。
「マーガレット先輩、飲食店って大変と聞きますが……結構、楽な商売なんですね」
「そりゃ、私たち受付嬢が給仕をやっているのよ? そこら辺の飲食店とはレベルが違うから当然よ」
他にも似たような店はあったが、容姿端麗なギルド受付嬢たちが自ら給仕を行うこの店は、生誕祭初日から大人気だ。念のため、お店の好評を吹聴する要員まで手配していたから、これで人気にならないはずがない。
メニューのお値段は、コーヒー一杯八百セル――と、原価の二十倍近く取っているが、文句を言う者はいない。それどころか、たくさんのチップを貰った。
「いやー、それにしてもレイア様たちがご来店したときは、驚きましたよね。炎天下の中で律儀に二十分も並ばれるなんて」
「私たちも肝が冷えました。『神聖エルモア帝国』侯爵であるレイア様、『ウルオール』王族のゴリフリーテ様とゴリフリーナ様、『ウルオール』公爵家のご令嬢のゴリヴィエ様、おまけでタルト様を炎天下の中お待たせしてしまうなんて……首が飛んでもおかしくなかったですからね」
後輩のエルメスと先輩のエリザベスさんが、先日の衝撃的な出来事を思い出していた。まったくその通り。特権階級の人たちが一般人に交じって並ぶなど、頭に蛆でも湧いているんじゃないかと思ってしまう。
ギルド長が真っ青な顔で飛び出して、どうぞ中へお入りくださいと言ったら「列があるのだから、並ぶのは当然だろう」と平然と言うあたり、さすがは高ランク冒険者。紛うことなき正論だけど、どこかおかしい。
「おかげで、レイア様がご出店なさっているお店の招待状がいただけました。以前より、ご出店なさっていると伺っておりましたが、場所は教えてもらえなかったので楽しみですね、マーガレット先輩」
楽しみと同時に、不安でもある。あのレイア様が経営しているお店だから、何かあるかと思いきや、一見様お断りの喫茶店。一体、何を考えているのか、さっぱり理解できない。しかも、生誕祭中しかお店を開けていないらしい。レイア様の資金力を考えるに、人を雇って経営させるという手段もあるでしょうに。さすがは、高ランク冒険者……いいえ、金持ちの道楽。
「受け取ったのは、招待状だけでしょう? 噂を聞く限りでは、レイア様のお店は結構いい値段するらしいわよ。大丈夫、マーガレット?」
「ご安心を。先日ボーナスも出ましたし、チップもたくさん貰ったので、それなりに余裕があります。今日は、私がご馳走いたします。先輩には、色々とお世話になっていますし、後輩にご馳走するのも先輩の役目ですしね」
「さすが、マーガレット大先輩。ご馳走になります!!」
現に財布の中には、五十万セルも入っており、スリや強盗を警戒するレベル。だが、エリザベス先輩がいる限り、安心である。なにせ、元ランクCの冒険者――冒険者からギルド嬢に転職とするという珍しい経歴の持ち主だった。今も、下心いっぱいで声をかけてくる輩を処理してくれている。本当に、心強いことこの上ない。
さて、裏路地に入り目的の場所についた。お店の看板を確認するまでは、期待と不安がいいバランスを保っていたのだが、一気に不安の方に傾いた。看板は『……触れ合いカフェ』という文字がギリギリ読める。これだけ見ると、夜の怪しいお店にしか思えない。ある意味、夜の怪しいお店のほうが幾分かマシかもしれない。どんなお店か分かるからだ。
情報を整理してみる。エリザベス先輩曰く――高額な料金設定、生誕祭の間しかオープンしない、一見様お断り、そして『触れ合いカフェ』という怪しいを通り越して、イヤラシさ満点の看板。
まさか、本当にアダルトなお店なのか。
「早くお店に入るわよ、マーガレット」
エリザベス先輩にせかされて扉をノックしてみると、ドアの小窓からレイア様が顔を出した。
「受付嬢ご一行か。ようこそ、私のお店へ。歓迎しよう」
扉が開かれると、中から冷気が漏れてきた。帝都の高級店では、暑さ対策として、魔法が得意な冒険者を雇って室温調整をしている。レイア様のお店もそれに漏れずといったところなのだろう。
それに、レイア様のウエイター姿もなかなか様になっている。黙っていれば、本当に客寄せにはもってこいよね。店内を覗いてみると、レトロな雰囲気でいい味を出したお店だ。
「さすがは、レイア様のお店ですね。一流の魔法使いを雇われているんですね」
「この冷気のことか? 何を言っている。私のお店は、食材からこの冷気に至るまで天然ものだよ」
魔法なしでこの涼しさを再現するなんて、どんな手品を使っているのだろう。
だがそんなことより……店内の客層を確認してみると恐ろしい光景が広がっていた。
国家転覆が可能な組織と言っても過言ではないほどの戦力が集まっている。むしろ、それ以上だ。ギルド嬢なら知っていて当然……いや、周辺諸国に名が売れている屈強な冒険者たちが集まっている。
魔法に長けた者、武具の扱いに長けた者、策謀に長けた者、暗殺に長けた者などそれぞれの分野のスペシャリストが一堂に会しているのだ。世界に四人しかいないランクAが二人いるだけでも異常事態だというのに。
「エリザベス先輩!! あのお方って!?」
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