29 / 157
うつつ4
三
しおりを挟む
亮が越してくる前日、和明から早く帰ると連絡があった。
夕食のリクエストはやはりうどんだった。せめてもと思い、豆乳仕立ての肉うどんにした。
「早く食べて、ドライブに出ないか?」
急な誘いに戸惑いはしたが、ひかりは喜んだ。
今夜は結構冷え込んでいる。ひかりはロングスカートに長めのダウンコートを着込んだ。足元はブーツだ。
「寒がりだね」
和明がひかりに優しく笑いかける。
駐車場はマンションの敷地内にある。それほど距離はない。和明と並んで歩けるだけで心が躍るのだから、ひかりはいつまでも夫に恋をしているようだ。片思いが続いているせいだと最近気が付いた。
車の中は外気とそれほど変わらず、冷え切っていた。
「しばらく走ったらエアコンを入れるからね」
助手席で震えていると、声をかけてくれた。
もう夜9時を過ぎていた。ドライブ自体ほとんどしたことがない。どこへ行くつもりなのだろう。京都へ来て数年たつが、ひかりには土地勘がほとんどなかった。
京都に夜景のキレイなところがあるのだろうか。それ以外、夜にドライブをする理由は思いつかなかった。車が動き始めた。
「独りの時、よくこうやって夜に車を走らせたんだよ」
ひかりは、和明の横顔をうかがう。スピードメーターの弱い光でも、表情は読み取れる。穏やかな雰囲気だ。
「行き詰まっているときだとか、こうすると、ふと名案が浮かぶこともあった」
仕事で何かあったのだろうか。
「独りで来なくて良かったんですか?」
和明は顔を横に振る。
「今は家では仕事のことはあまり考えない。考えなければならないことは、考えつくして帰るんだ」
だから遅くなるのだと思った。
「帰れば君が癒やしてくれる」
思いがけない言葉だった。
「ひかり」
名前で呼ばれることも少ない。
「喜多川君と僕の話をするの?」
「しますけど」
子供の時のこと以外、共通の話題は和明のことしかない。
「その時、君は僕のことをなんと呼ぶ?」
亮は和明のことを先生と呼ぶ。自分はどうだったろうとひかりは考える。
「多分、和明さんと……」
「そうなんだ」
なぜそんなことを訊くのかわからない。それから沈黙が続く。
窓の外に目をやると、街灯や民家がほとんどなく、真っ暗だった。どこをどう走ったのかわからない。いつの間にか市街地をはずれていた。
道路のわきに車を二台ほど並べられそうなスペースがあった。和明はそこに入り、車を駐めた。
和明がシートベルトを外した。
ひかりのうなじと髪の間に指を差し入れた。何かを考えるまもなく引き寄せられ、唇がふさがれた。いきなりの激しいキスだった。
かけっぱなしのエンジンがかすかに車を振動させている。柑橘系の香りを含んだ暖かな空気が車内を満たしていく。
和明の息づかいが、一番近くにある。
口の中を舌でかき回される。端から唾液がこぼれて顎を伝う。
和明が、顔を離した。ひかりは、息をつぐ。手の甲で顎の下を拭う。
夕食のリクエストはやはりうどんだった。せめてもと思い、豆乳仕立ての肉うどんにした。
「早く食べて、ドライブに出ないか?」
急な誘いに戸惑いはしたが、ひかりは喜んだ。
今夜は結構冷え込んでいる。ひかりはロングスカートに長めのダウンコートを着込んだ。足元はブーツだ。
「寒がりだね」
和明がひかりに優しく笑いかける。
駐車場はマンションの敷地内にある。それほど距離はない。和明と並んで歩けるだけで心が躍るのだから、ひかりはいつまでも夫に恋をしているようだ。片思いが続いているせいだと最近気が付いた。
車の中は外気とそれほど変わらず、冷え切っていた。
「しばらく走ったらエアコンを入れるからね」
助手席で震えていると、声をかけてくれた。
もう夜9時を過ぎていた。ドライブ自体ほとんどしたことがない。どこへ行くつもりなのだろう。京都へ来て数年たつが、ひかりには土地勘がほとんどなかった。
京都に夜景のキレイなところがあるのだろうか。それ以外、夜にドライブをする理由は思いつかなかった。車が動き始めた。
「独りの時、よくこうやって夜に車を走らせたんだよ」
ひかりは、和明の横顔をうかがう。スピードメーターの弱い光でも、表情は読み取れる。穏やかな雰囲気だ。
「行き詰まっているときだとか、こうすると、ふと名案が浮かぶこともあった」
仕事で何かあったのだろうか。
「独りで来なくて良かったんですか?」
和明は顔を横に振る。
「今は家では仕事のことはあまり考えない。考えなければならないことは、考えつくして帰るんだ」
だから遅くなるのだと思った。
「帰れば君が癒やしてくれる」
思いがけない言葉だった。
「ひかり」
名前で呼ばれることも少ない。
「喜多川君と僕の話をするの?」
「しますけど」
子供の時のこと以外、共通の話題は和明のことしかない。
「その時、君は僕のことをなんと呼ぶ?」
亮は和明のことを先生と呼ぶ。自分はどうだったろうとひかりは考える。
「多分、和明さんと……」
「そうなんだ」
なぜそんなことを訊くのかわからない。それから沈黙が続く。
窓の外に目をやると、街灯や民家がほとんどなく、真っ暗だった。どこをどう走ったのかわからない。いつの間にか市街地をはずれていた。
道路のわきに車を二台ほど並べられそうなスペースがあった。和明はそこに入り、車を駐めた。
和明がシートベルトを外した。
ひかりのうなじと髪の間に指を差し入れた。何かを考えるまもなく引き寄せられ、唇がふさがれた。いきなりの激しいキスだった。
かけっぱなしのエンジンがかすかに車を振動させている。柑橘系の香りを含んだ暖かな空気が車内を満たしていく。
和明の息づかいが、一番近くにある。
口の中を舌でかき回される。端から唾液がこぼれて顎を伝う。
和明が、顔を離した。ひかりは、息をつぐ。手の甲で顎の下を拭う。
0
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる