感じさせて……。

紫倉 紫

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うつつ4

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 亮が越してくる前日、和明から早く帰ると連絡があった。
 夕食のリクエストはやはりうどんだった。せめてもと思い、豆乳仕立ての肉うどんにした。
「早く食べて、ドライブに出ないか?」
 急な誘いに戸惑いはしたが、ひかりは喜んだ。
 今夜は結構冷え込んでいる。ひかりはロングスカートに長めのダウンコートを着込んだ。足元はブーツだ。
「寒がりだね」
 和明がひかりに優しく笑いかける。
 駐車場はマンションの敷地内にある。それほど距離はない。和明と並んで歩けるだけで心が躍るのだから、ひかりはいつまでも夫に恋をしているようだ。片思いが続いているせいだと最近気が付いた。
 車の中は外気とそれほど変わらず、冷え切っていた。
「しばらく走ったらエアコンを入れるからね」
 助手席で震えていると、声をかけてくれた。
 もう夜9時を過ぎていた。ドライブ自体ほとんどしたことがない。どこへ行くつもりなのだろう。京都へ来て数年たつが、ひかりには土地勘がほとんどなかった。
  京都に夜景のキレイなところがあるのだろうか。それ以外、夜にドライブをする理由は思いつかなかった。車が動き始めた。
「独りの時、よくこうやって夜に車を走らせたんだよ」
 ひかりは、和明の横顔をうかがう。スピードメーターの弱い光でも、表情は読み取れる。穏やかな雰囲気だ。
「行き詰まっているときだとか、こうすると、ふと名案が浮かぶこともあった」
 仕事で何かあったのだろうか。
「独りで来なくて良かったんですか?」
 和明は顔を横に振る。
「今は家では仕事のことはあまり考えない。考えなければならないことは、考えつくして帰るんだ」
 だから遅くなるのだと思った。
「帰れば君が癒やしてくれる」
 思いがけない言葉だった。
「ひかり」
 名前で呼ばれることも少ない。
「喜多川君と僕の話をするの?」
「しますけど」
 子供の時のこと以外、共通の話題は和明のことしかない。
「その時、君は僕のことをなんと呼ぶ?」
 亮は和明のことを先生と呼ぶ。自分はどうだったろうとひかりは考える。
「多分、和明さんと……」
「そうなんだ」
 なぜそんなことを訊くのかわからない。それから沈黙が続く。
 窓の外に目をやると、街灯や民家がほとんどなく、真っ暗だった。どこをどう走ったのかわからない。いつの間にか市街地をはずれていた。
 道路のわきに車を二台ほど並べられそうなスペースがあった。和明はそこに入り、車を駐めた。
 和明がシートベルトを外した。
 ひかりのうなじと髪の間に指を差し入れた。何かを考えるまもなく引き寄せられ、唇がふさがれた。いきなりの激しいキスだった。 
 かけっぱなしのエンジンがかすかに車を振動させている。柑橘系の香りを含んだ暖かな空気が車内を満たしていく。
 和明の息づかいが、一番近くにある。
 口の中を舌でかき回される。端から唾液がこぼれて顎を伝う。
 和明が、顔を離した。ひかりは、息をつぐ。手の甲で顎の下を拭う。
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