感じさせて……。

紫倉 紫

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うつつ5

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 カーディガンを脱いで棚に置いた。寝間着のボタンを外していく。指先に和明の視線を感じる。今更恥ずかしがることではないのに、ひかりは顔をあげられずにいた。
 ごく当たり前のはやさで脱いでいく。和明は動かない。すぐに脱ぎ終わった。
「先に体を温めておいて」
  頷いて、バスルームに入った。
 かけ湯をして湯船に浸かる。ちょうど良い温度だった。
 扉の開く音がした。視線をそちらには向けられなかった。
 見慣れているというほどではないにしても、意識するほどではない。場所が違うというだけなのにどうしても意識してしまう。
 手桶を持った和明の手が視界に入る。
「やっぱり眠いかい?」
 ひかりは否定してから、和明を見た。眼鏡をかけていない顔は、そうそう見る機会がない。ひかりはときめいていた。
 和明がボディソープをスポンジにとり泡立てている。
 腕をこすり始めた。
 一緒に暮らしてもう何年にもなるのに、体を洗う順番は知らずにいた。
 ひかりは、湯気に満たされた空気をゆっくりと吸い込む。
 どうして、こんなに好きなんだろう。
 言い様もない幸福感に包まれていた。
 和明ががひかりの方を向いた。
「温まったなら、お願いしたいんだが」
 ひかりは頷いて、浴槽のふちに手をかけ立ち上がった。
 夫の後ろに正座をした。スポンジを受け取る。
 これほど間近に裸の背中を見たことはなかった。痩せているけれど、広い。
 ずっと室内にいるからか、和明は肌の色が羨ましくなるほど白い。
 肩口にスポンジを当てる。円を描くようにしてこすっていく。
「今日、大阪はどうだった?」
 話しかけられて手を止めた。
「楽しかったですよ。いろいろ広すぎて歩き疲れましたけど」
 腰のあたりまで洗い終わった。
「道中、何も問題なく?」
 車の中でのことだろう。ゴミ箱は気づかれないうちに処分したと言うべきか迷う。
「洗い終わった?」
「はい」
 和明が体を捻って、手のひらをひかりに見せた。スポンジを渡そうとした。予想に反して、手首を掴まれた。スポンジを取り上げられる。泡だらけのスポンジを無造作に放り出した。床にあたり潰れたような音が出た。
 ひかりは腕を前に引かれ、和明の背中に頬を押し付ける形になった。
 和明は、ひかりの手を自分の太股の上に置いた。
「握って」
 和明の背中に頬を押しつけたまま、伸ばした手を、足の付け根に向かって這わせる。見えなくてもどこにあるかはわかる。指先に濡れて柔らかな毛が触れた。
 ――昨日、車の中でしたところなのに……。
「両手で」
 和明の前側に回った方がいいのだろうかとひかりは迷う。
 和明がさっきとは反対側に体をひねりひかりの左手を掴んだ。根元に押し付けられる。
 腰にしがみつく形になった。
 まだ泡の残る背中に、裸の胸が触れている。
「好きなようにしてみて」
 ひかりは、両手で包んだまま、しばらく動かせずにいた。好きなようにと言われても、上下に動かすくらいしか思いつかなかった。
 手の中のものが左右に振れた。生き物みたいだ。
 どうすれば、和明を喜ばせることができるだろうかとひかりは思いをめぐらす。ボディーソープがついているから、手はよく滑った。
 背中に押し付けた頬に、鼓動が伝わる。
「もっと強く」
 くぐもった声が聞こえる。
 手のひらに力を入れてみる。
「もっと強くていい」
 ひかりはこれ以上は無理だと思うくらい握りしめた。不安に感じながら動かす。
「痛くないんですか?」
「手を止めないで……」 
 声が苦しげだった。
「普段、君はもっと、強く締めつけてくる」
 言葉だけで、力が抜けた。手を緩めてしまった。
 和明の息づかいが浴室内に響く。
 ひかりは、触れているだけなのに、体の中心をじりりと焼かれているようになっていた。
 和明が、ひかりの手ごと握りしめた。指の関節に痛みが走る。
「っ……」
 声が漏れる。
「ごめん」
 和明はいったん手を離し、ひかりの左手を、付け根にめり込むんじゃないかと思うくらい押し下げた。
「こっちはこうしといて」
 言われた通りに力を込める。
 和明がひかりの右手を包んだ。
「緩くでいいから、速く動かすんだ」
 ひかりにできる限界まで速く、腕を上下に振る。すぐに肘から先がだるくなってくる。
 それでも、必死に動かした。
 手の中で、心なしか大きくなっている。
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