55 / 157
うつつ5
七
しおりを挟む
カーディガンを脱いで棚に置いた。寝間着のボタンを外していく。指先に和明の視線を感じる。今更恥ずかしがることではないのに、ひかりは顔をあげられずにいた。
ごく当たり前のはやさで脱いでいく。和明は動かない。すぐに脱ぎ終わった。
「先に体を温めておいて」
頷いて、バスルームに入った。
かけ湯をして湯船に浸かる。ちょうど良い温度だった。
扉の開く音がした。視線をそちらには向けられなかった。
見慣れているというほどではないにしても、意識するほどではない。場所が違うというだけなのにどうしても意識してしまう。
手桶を持った和明の手が視界に入る。
「やっぱり眠いかい?」
ひかりは否定してから、和明を見た。眼鏡をかけていない顔は、そうそう見る機会がない。ひかりはときめいていた。
和明がボディソープをスポンジにとり泡立てている。
腕をこすり始めた。
一緒に暮らしてもう何年にもなるのに、体を洗う順番は知らずにいた。
ひかりは、湯気に満たされた空気をゆっくりと吸い込む。
どうして、こんなに好きなんだろう。
言い様もない幸福感に包まれていた。
和明ががひかりの方を向いた。
「温まったなら、お願いしたいんだが」
ひかりは頷いて、浴槽のふちに手をかけ立ち上がった。
夫の後ろに正座をした。スポンジを受け取る。
これほど間近に裸の背中を見たことはなかった。痩せているけれど、広い。
ずっと室内にいるからか、和明は肌の色が羨ましくなるほど白い。
肩口にスポンジを当てる。円を描くようにしてこすっていく。
「今日、大阪はどうだった?」
話しかけられて手を止めた。
「楽しかったですよ。いろいろ広すぎて歩き疲れましたけど」
腰のあたりまで洗い終わった。
「道中、何も問題なく?」
車の中でのことだろう。ゴミ箱は気づかれないうちに処分したと言うべきか迷う。
「洗い終わった?」
「はい」
和明が体を捻って、手のひらをひかりに見せた。スポンジを渡そうとした。予想に反して、手首を掴まれた。スポンジを取り上げられる。泡だらけのスポンジを無造作に放り出した。床にあたり潰れたような音が出た。
ひかりは腕を前に引かれ、和明の背中に頬を押し付ける形になった。
和明は、ひかりの手を自分の太股の上に置いた。
「握って」
和明の背中に頬を押しつけたまま、伸ばした手を、足の付け根に向かって這わせる。見えなくてもどこにあるかはわかる。指先に濡れて柔らかな毛が触れた。
――昨日、車の中でしたところなのに……。
「両手で」
和明の前側に回った方がいいのだろうかとひかりは迷う。
和明がさっきとは反対側に体をひねりひかりの左手を掴んだ。根元に押し付けられる。
腰にしがみつく形になった。
まだ泡の残る背中に、裸の胸が触れている。
「好きなようにしてみて」
ひかりは、両手で包んだまま、しばらく動かせずにいた。好きなようにと言われても、上下に動かすくらいしか思いつかなかった。
手の中のものが左右に振れた。生き物みたいだ。
どうすれば、和明を喜ばせることができるだろうかとひかりは思いをめぐらす。ボディーソープがついているから、手はよく滑った。
背中に押し付けた頬に、鼓動が伝わる。
「もっと強く」
くぐもった声が聞こえる。
手のひらに力を入れてみる。
「もっと強くていい」
ひかりはこれ以上は無理だと思うくらい握りしめた。不安に感じながら動かす。
「痛くないんですか?」
「手を止めないで……」
声が苦しげだった。
「普段、君はもっと、強く締めつけてくる」
言葉だけで、力が抜けた。手を緩めてしまった。
和明の息づかいが浴室内に響く。
ひかりは、触れているだけなのに、体の中心をじりりと焼かれているようになっていた。
和明が、ひかりの手ごと握りしめた。指の関節に痛みが走る。
「っ……」
声が漏れる。
「ごめん」
和明はいったん手を離し、ひかりの左手を、付け根にめり込むんじゃないかと思うくらい押し下げた。
「こっちはこうしといて」
言われた通りに力を込める。
和明がひかりの右手を包んだ。
「緩くでいいから、速く動かすんだ」
ひかりにできる限界まで速く、腕を上下に振る。すぐに肘から先がだるくなってくる。
それでも、必死に動かした。
手の中で、心なしか大きくなっている。
ごく当たり前のはやさで脱いでいく。和明は動かない。すぐに脱ぎ終わった。
「先に体を温めておいて」
頷いて、バスルームに入った。
かけ湯をして湯船に浸かる。ちょうど良い温度だった。
扉の開く音がした。視線をそちらには向けられなかった。
見慣れているというほどではないにしても、意識するほどではない。場所が違うというだけなのにどうしても意識してしまう。
手桶を持った和明の手が視界に入る。
「やっぱり眠いかい?」
ひかりは否定してから、和明を見た。眼鏡をかけていない顔は、そうそう見る機会がない。ひかりはときめいていた。
和明がボディソープをスポンジにとり泡立てている。
腕をこすり始めた。
一緒に暮らしてもう何年にもなるのに、体を洗う順番は知らずにいた。
ひかりは、湯気に満たされた空気をゆっくりと吸い込む。
どうして、こんなに好きなんだろう。
言い様もない幸福感に包まれていた。
和明ががひかりの方を向いた。
「温まったなら、お願いしたいんだが」
ひかりは頷いて、浴槽のふちに手をかけ立ち上がった。
夫の後ろに正座をした。スポンジを受け取る。
これほど間近に裸の背中を見たことはなかった。痩せているけれど、広い。
ずっと室内にいるからか、和明は肌の色が羨ましくなるほど白い。
肩口にスポンジを当てる。円を描くようにしてこすっていく。
「今日、大阪はどうだった?」
話しかけられて手を止めた。
「楽しかったですよ。いろいろ広すぎて歩き疲れましたけど」
腰のあたりまで洗い終わった。
「道中、何も問題なく?」
車の中でのことだろう。ゴミ箱は気づかれないうちに処分したと言うべきか迷う。
「洗い終わった?」
「はい」
和明が体を捻って、手のひらをひかりに見せた。スポンジを渡そうとした。予想に反して、手首を掴まれた。スポンジを取り上げられる。泡だらけのスポンジを無造作に放り出した。床にあたり潰れたような音が出た。
ひかりは腕を前に引かれ、和明の背中に頬を押し付ける形になった。
和明は、ひかりの手を自分の太股の上に置いた。
「握って」
和明の背中に頬を押しつけたまま、伸ばした手を、足の付け根に向かって這わせる。見えなくてもどこにあるかはわかる。指先に濡れて柔らかな毛が触れた。
――昨日、車の中でしたところなのに……。
「両手で」
和明の前側に回った方がいいのだろうかとひかりは迷う。
和明がさっきとは反対側に体をひねりひかりの左手を掴んだ。根元に押し付けられる。
腰にしがみつく形になった。
まだ泡の残る背中に、裸の胸が触れている。
「好きなようにしてみて」
ひかりは、両手で包んだまま、しばらく動かせずにいた。好きなようにと言われても、上下に動かすくらいしか思いつかなかった。
手の中のものが左右に振れた。生き物みたいだ。
どうすれば、和明を喜ばせることができるだろうかとひかりは思いをめぐらす。ボディーソープがついているから、手はよく滑った。
背中に押し付けた頬に、鼓動が伝わる。
「もっと強く」
くぐもった声が聞こえる。
手のひらに力を入れてみる。
「もっと強くていい」
ひかりはこれ以上は無理だと思うくらい握りしめた。不安に感じながら動かす。
「痛くないんですか?」
「手を止めないで……」
声が苦しげだった。
「普段、君はもっと、強く締めつけてくる」
言葉だけで、力が抜けた。手を緩めてしまった。
和明の息づかいが浴室内に響く。
ひかりは、触れているだけなのに、体の中心をじりりと焼かれているようになっていた。
和明が、ひかりの手ごと握りしめた。指の関節に痛みが走る。
「っ……」
声が漏れる。
「ごめん」
和明はいったん手を離し、ひかりの左手を、付け根にめり込むんじゃないかと思うくらい押し下げた。
「こっちはこうしといて」
言われた通りに力を込める。
和明がひかりの右手を包んだ。
「緩くでいいから、速く動かすんだ」
ひかりにできる限界まで速く、腕を上下に振る。すぐに肘から先がだるくなってくる。
それでも、必死に動かした。
手の中で、心なしか大きくなっている。
0
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる