感じさせて……。

紫倉 紫

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うつつ5

十五

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 コーヒーを運ぶ。それぞれの前に置いた。
 亮と目があった。ついそらしてしまった。
 和明の言葉が気にかかっていた。知られていなくても確かにこうして今でも落ち着かない。しかし、知られた方がまだ良い状況は思いつかなかった。
「急に別のキャンパスへ行く用事ができたんだ。喜多川君には申し訳ない」
「いえ、もう、決めて配送の手配をしていたので」
 二人が話している。冷めたカップをトレーにのせた。
「山手のキャンパスですか?」
「そうなんだ。バスで行けないわけでもないんだが」
「ここからだと、バスが出る駅までが大回りでしょう」
 和明が頷いた。
「教授があそこに保管してある書物を取ってこいって言い出したんだ。それも准教授以上でないと持ち出せない分で。申請を出せば来週には送ってもらえるのに」
 ひかりは一度だけ教授と会ったことがある。小柄で優しそうな印象だったが実際は違うらしい。
 和明がため息をついた。
「自分で行けばいいのに、教授はあのキャンパスとは相性が悪いって」
「あの方なら、おっしゃりそうだ」
 亮が笑った。
 ひかりには、大学でのことをほとんど話してくれない。さきほどの会話は愚痴に聞こえた。亮になら、こぼせるようだ。
  コーヒーを飲み終わり、和明は「気乗りしないが行ってくる」と言った。
「君に頼みたいことがある」
 ひかりは見詰められ、不安になった。
「一緒に書斎へきてくれ」
 頷いて立ち上がった。視界の隅の亮を意識する。自然にしていれば気づかれるはずはない和明の言葉が引っかかり続けている。
 書斎の扉を閉めた途端に、腕を掴まれた。
 思わず息をのむ。
 和明がうっすらと口元に笑みを浮かべた。目は、冷たい光を帯びている。
「僕はいつ帰れるかわからない。すぐに解放されるかもしれないし、別の用事を押しつけられるかもしれない。僕がいないのを良いことに、勝手に下着を身につけることは許さないよ」
「わかりました」
 和明がひかりの髪をなでた。
「君は本当に優秀だ」
 何に対してそう思うのかが、わからなくても嬉しかった。
「さて、君に頼みたい事だが」
 言いつけをするための口実だと思っていたが違ったようだ。
 小さな紙を渡された。美しいとは言いがたい文字が書き込まれている。
『金□□体形□□高分子□』
 殴り書きで、所々しか読めない。
「数年前に教授に貸したことがある本なんだが、明日までに持ってきて欲しいと言われてね。大概、どの辺りにあるか把握しているけれど、さっき見たら、思ったところになかったんだ。時間が取れるかわからないので、君に探しておいて欲しいんだ」
 ひとまず、読み取れた部分だけでも探せそうだ。
「わかりました」
 書斎にこもっているだけの方が、安心だと思った。
 
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