感じさせて……。

紫倉 紫

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ゆめ6

三十三

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 早速、手洗い場をかりた。簡単に済ませ、奥村さんの元に戻る。
「後は気楽な観光だ」
 頷く。
「お前は、俺の腕につかまって歩くんだ」
「そうなんですか?」
「嫌なら、別にいい。ノートにあったからといって、そこまで再現する必要はない」
「嫌じゃないので、します」
 私は、そっと奥村さんの肘に触れた。
 腕を組むだけなのに……。また、動悸がしてきた。
 
 
  ロープウェイに乗って『股のぞき』のできる公園まで上がった。
「確かに良い眺めだ」
 奥村さんは表情を変えずに言う。さっき、歩いて渡ってきた天橋立を見下ろしていた。
 海の向こうで、山が幾重にも連っている。
 ロープウェイに並ぶ間に、腕を放してそれきりだ。奥村さんが何も言って来ないので、このままにしておきたかった。近づきすぎると落ち着かない。
 しばらく、展望所から景色を眺めて『股のぞき』はせずに、公園を後にした。
 昼食に出石そばを食べた。
「そろそろ戻るか」
 こちらへ来るときは風景楽しむ余裕がなかった。今度はゆっくり松を眺めながら歩こう。
 土産物屋を通り過ぎ、小さなスーパーもこえると、天橋立の入口につながる道がある。
 レンタサイクルがまた並んでいる。少し足が疲れていたので、気になった。
「遊覧船で渡ろう」
 奥村さんが乗り場へ入っていく。私も後に続いた。
 
 乗船までまだ少し時間がある。
 乗り場に、赤ちゃん用のカッパえびせんが売ってある。カモメにエサをあげられるらしい。
 私がじっとみていると、奥村さんが買ってくれた。
 船には、十年近く乗っていない気がする。
 時間になり乗り込む。甲板の後部に奥村さんと並んで立った。それほど大きな舟ではないが、波も穏やかなのでそれほど揺れていない。
 私たち以外にも、家族連れやカップルが数組いた。
 出向した。
 海の上は、思っている以上に風が強い。
 船の後ろで、細かな波が立ち白く尾をひいている。
 真っ白なカモメが、何羽も何羽も、船を追いかけ飛んでくる。
 私がカモメに見とれていると奥村さんに何か話しかけられた。
 船のエンジン音が大きいので聞き取れない。
「何ですか?」
 大きめの声で聞き返す。いきなり、奥村さんの顔が近づいてきたので、つい緊張してしまう。
「焦らしてないで、早くエサをやれ」
 耳元で言われたせいで、なんてことのない内容なのに感じてしまった。
 
 
 小袋を開けてえびせんをひとつ摘まんだ。
「投げればいいようだ」
 一応は、一羽のカモメに向けて投げてみた。風で思ったところにはいかない。
 それでも違うカモメが、器用にさらっていった。
「すごい!」
 つい、奥村さんの袖をつかんで「すごかったですね?」と同意を求めてしまった。
 奥村さんは面食らったあと、「そうだな」と少し笑った。
「ほかのやつも待ってるぞ」
 私は楽しくて、投げる先を変えながら投げた。
「楽しそうだな」
「奥村さんも投げますか?」
 断られるかと思ったけれど、私に手のひらを広げてみせたので、いくつか載せた。
 奥村さんは最初、舟のほんの近くに投げた。カモメはそれでも器用にえびせんを口にくわえて、すぐに船から離れた。
「驚いた。すごい能力だ。本気で感心する」
 奥村さんも次からは意地悪をやめて遠くに投げた。
 私ももっと遠くの方へ投げたくてえびせんを持った手を、精一杯伸ばした。
「危ない」
 奥村さんが声と同時に私の手を強引にさげさせ、覆い被さってきた。訳もわからないまま、しゃがみ込む。
「大丈夫だったか?」
 何が起こったのかわからない。
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