感じさせて……。

紫倉 紫

文字の大きさ
154 / 157
うつつ7

十一

しおりを挟む
 車は廻旋橋側にあるお寺に停めることになった。境内を軽く散策した後に、そのまま、天橋立へと向かう。歩いて渡って傘松公園に行く。
 天気は良いけれど、風が冷たい。やはり海の側は風が強い。
 まだ早い時間なので、すいていた。
 亮がいうには、廻旋橋の動く時間は決まっていないらしい。
 まずは、歩いて橋を渡る。
 『教授の実験室』でもこちら側から渡っていた。ひかりは、不思議な感覚に囚われていた。いつも読んでいるWEB小説の登場人物が歩いた場所にいる。あのシーンの石のベンチは本当にあるのだろうか。本当にあれば、作者もここに来たことがあるのだと思う。
 有名な観光地なので、遠方から訪れたのかもしれない。季節は違ったとしてもひかりもこれから作者と同じ景色を見られる。
「ひかり、嬉しそうだな」
 亮に声をかけられた。和明はひかり達より少し先を歩いていた。亮に気を遣ってのことだ。
『教授の実験室』の主人公は奥村から手を引かれて歩いていた。亮がいるのに手を繋ぐのは無理だとわかっていたけれど、やはり残念だった。
 天橋立に実際に来てみると、両側に松の立ち並ぶ道を、ひたすら歩くことがわかった。所々、松に名前がついていて由来が書いてある。
 ひかりは松には興味がなかった。
 思っていた以上に距離がある。小説に描かれた石のベンチを探すのは苦労しそうだ。
 渡り始めたからには向こう岸に着くまで、歩くしかない。先を歩く和明からだいぶ遅れていた。
「ひかり、大丈夫か?」
「普段、歩かないから」
「少し休むか?」
 亮がひかりを心配してくれた。
「今、どのくらい歩いたかな?」
 亮に「まだ半分はなってない」と言われて、ひかりはため息をついた。
「流石に、俺に背負われるのは嫌だよな?」
 ひかりは遠慮した。歩けないわけではなかった。楽しくないだけだ。
「石のベンチが砂浜の方にあるって何かで見たから、それに着いたら休もうかな」
「砂浜の方な、気をつけとく」
 亮にも探してもらえるのは助かるとひかりは思った。歩くだけ歩いて見過ごしたら意味がない。
 ひかりは情けなく感じていた。天橋立は大体4キロ弱歩けば向こう岸に行けると書いてあった。半分を過ぎる前に、すでに、歩いて渡ると言ったことを後悔している。半分近くまで来ているなら、引き返すのも渡り切るのも大差ない。進むしかなかった。
 亮が「ゆっくり歩いておいて。ベンチ、探してくる」と言って、遊歩道を外れて砂浜の方へ出て行った。
 和明は何を考えながら歩いているのだろう。風景を楽しんでいるとは思えなかった。和明は振り返らず先を行く。段々と、距離が開いていた。
 松林の間を冷たい海風が通り抜けていく。ひかりは思わず首をすくめた。
 亮は、すぐに戻ってきた。
「砂浜に、石のベンチはあったけど、その近くに東屋があった。そっちの方がまだ風を防げるから良さそうだったよ」
 考えてみれば、小説内とは季節が違う。
 歩いていても寒いのに、石のベンチに座っておくのは難しいかもしれない。
「それじゃあ、石のベンチは見るだけで」
「そこまで、珍しいデザインでもなかったよ」
 いつも楽しみにしているWEB小説に出てきたからとは言えない。
「せっかくだから」
 ひかりは、見もせずに帰るのは嫌だった。
 亮は、首をかしげながらもそれ以上は何も言ってこなかった。
「そうだ、先生の方が先に東屋につくから、そこで待っていてもらうよう言ってくる」
 亮は、和明のもとへ走っていく。相変わらず足が速い。すぐに追いついた。
 和明が立ち止まり、一瞬、ひかりの方を向いた。そしてすぐにまた歩き始めた。
 ひかりは、和明においていかれることに、今更ながらに傷ついて、つい足を止めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

処理中です...