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四章
プロローグ
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ここは幻獣の森。
入り口付近ではAランクの魔物がうじゃうじゃおり、奥に進むにつれ限りなくSランクに近いAランクの魔物がいる。
そしてその奥にはSランクの魔物がいるとされているが、現在は確認されていない。
そんな人類にとっては恐怖の象徴とも言える森に一つだけ、この静かに建つ小屋がある。
その静かな空間で小さな寝息を立てる男がいる。
ひたひたと落ちる雫の音だけが、静寂の部屋で音を鳴らしている。
しかし静寂というのは唐突に破られるものだ。
部屋の扉がきいきいと、壊れかけの扉が開かれる。
扉の主は、麗しい女性だった。
「珍しいですね。貴女がここに来るなんて」
「大層な御身分だ。潜入作戦に失敗しておいて」
「貴女は見えるから説明は不要です。ご存知の通り私は見事、ジノアにしてやられましたよ」
「ぬけぬけと。あれだけヒントをあげていたくせに」
「さぁどうでしょう?」
表情を崩すことなく、顔を洗いながら答える男。
女性は男性の対応に不快に思うこと無く、淡々と鼻を鳴らし壁へと寄りかかる。
「ふん!まぁいい。ここから撤収するから必要なものだけまとめて、この小屋は焼き払え」
驚いた顔をする男の名は、ジノアの元側近騎士セバス。
この小屋はセバスを含めたとある組織が、この国ライザー帝国での任務での、仮拠点のひとつとしてよく利用しているからだ。
ここを取っ払うという事の意味はすなわち、組織における仮拠点を捨てるということに他ならない。
「これはまた急ですね」
「任務を失敗した奴が物申すか」
「ここは帝都から一番近い拠点なのですよ?」
「近いと言っても帝都までかなりの距離があるじゃないか」
「ですが・・・」
セバスはどうしても組織がライザー帝国に対して身を引くという状況にするわけにはいかなかった。
彼の計画のためにも、まだ終わるわけにはいかないのだ。
「安心しなさい。ライザー帝国にはまだまだ甘い汁を啜らせていただく予定だ」
そっと胸を撫で下ろすサバス。
上司らしき女性は、彼の事情を知っているため微笑を浮かべる。
「ここから退居する理由は何かあるのでしょう。が、他に仮拠点は準備できているのでしょうか?」
「新たなる仮拠点については問題ない。そしてここから退居する理由は、この幻獣の森であることが起きたからだ」
「あることとは?」
「魔物達が次々と進化を繰り返す、進化の楽園祭が起こっている」
進化の楽園祭とは複数の魔物が次々と進化に次ぐ進化を繰り返している現象を指す。
その規模は最弱の魔物、ゴブリンからAランクの魔物のジャイアントベアまで様々だった。
「中には鬼神やカムイも確認されたらしい。我々は流石に危険と判断したと言うわけだ」
鬼神はゴブリンやオーガといった鬼系の進化系で悪神にあたる。
カムイも同様に悪神に当たり、進化系統は熊系の魔物、ジャイアントベアなど上げられる。
どちらもSランクの魔物で、被害は相当なものになると考えられた。
「なるほど、それはかなり危険な状況ですね。今こうして止まっているのもまずそうだ」
「是だ。速やかに撤収する」
「他の方々にも通知は出しているので?」
「あぁ、そのことだがな。忌々しいことにヒャルハッハ王国側で活動をしていた奴らは全員死亡した」
その言葉にセバスは驚愕の表情を隠せない。
ヒャルハッハとライザー帝国は隣国であり、活動拠点になる場所は同じなのだ。
セバスは潜入任務としてライザー帝国に常駐であったため、ヒャルハッハへと赴く機会は少なかったが、同僚達が全滅するとは夢にも思わなかったのだ。
両国は粒揃いな人材を持つものの、組織の人間もまた粒揃いであり遅れを取るはずがないと居たからだ。
「やられたよ。神話級の精霊とは、本来あれほどなのだな」
「神話級の精霊、ですか?恐れながら申し上げます。神話級の精霊は私も目の前で実力を見ましたが、とても我々を全滅に持って行けるようには見えませんでした」
「だろうな。ヒャルハッハ王国の神話級の精霊を見たからわかるが、彼らは気を遣って魔法を行使している」
「と、言うと?」
「彼らは包囲網が硬すぎて、我の目では見えない」
右目を押さえながらそういう彼女の名前は、セバスすらもしらない。
唯一知る能力に千里眼の様な物があることだけはわかるも、その能力の詳細は教えられておらず、素性すらもわかっていない。
「そうですな。懐に入るまでは出来ましたが、警戒に至っては貴女と同様に隙を見せない」
「こんなにもわかりやすい女性もいまい。まぁ我は仕事をしてくれれば信頼など要らんからいいがな」
彼らの関係は、リアスの前世の日本で言うところの契約社員だ。
セバスは彼女に雇われており、お互いの利害が一致したため所属したそれだけの話。
「食えない方だ」
「そのまま返すよ赤い悪魔」
「お戯れを」
「まぁ最悪ライザー帝国が滅ぶ可能性もあるが、構わないな?」
「ふふ、貴女が言ったことが本当ならば、Sランク程度の魔物など、どうということもありますまい」
女性は笑みをこぼしながら、女性が残していた荷物を片している。
最も彼女はほとんどここを訪れていないため、荷物など抱える程度しか無かった。
「さて、では早々に退去致しましょう。準備は出来ています」
「ん?我の見た感じ、何かをしているようには見えなかったがな。荷造りはいいのか?」
「死人の持ち物は燃やしても構わないでしょう。そして私の持ち物もここにあるだけでもう必要はありません」
セバスはポケットから一枚の写真を取り出す。
それはかつての主の写真。
ジノアが生まれてセバスに抱えられている写真だった。
セバスはアルバートが生まれる前から皇族に仕えていた。
アルバートは父である愚帝の正確を色濃く強く受け継ぎ、ガランはそんな二人を崇拝していた。
しかしジノアだけは他の兄弟とは違い、まっすぐに正しく育った。
セバスにとって、彼の存在は紛れもなく救いだった。
(貴方が皇帝になったら、きっと良い国になるでしょうね・・・)
「ふふっ、今更ですね」
「ん?それはジノアか」
「えぇ、思えば長い潜入任務でした。憎き皇族に仕えるのは苦痛でしたよ・・・」
そして笑いながらその写真を地面へと落とした。
その写真のセバスの笑顔は屈託のない本物の笑顔だった。
それをここに置いていくと言うこと、それはジノアとの決別を意味している。
「さぁ、燃やしてください」
ビデオカメラに対応出来る幻惑魔法を作らない限り、ライザー帝国へは二度と潜入任務を行うことができない。
どのみちもう戻ることはできない。
「後悔しないな?」
「えぇ」
「それではこの仮拠点は破棄する」
セバスと女性が小屋から退出後に、女性が指を鳴らし燃やし尽くした。
次には二人の姿は消えさり、あとに残るは激しく燃える小屋と生い茂る森。
引火してあわや大惨事と思える状況だが、女性はそのことも予めわかっていての行動だった。
幻獣の森では山火事が起きることは無い。
何故なら、この森の木々達は炎を吸収するからだ。
だから残るのは、灰となる小屋一つだけ。
燃え上がる炎は次第に強さを弱めていき、やがて沈黙した。
灰だけの残る小屋に人影らしき姿が二つ現れる。
一つは片刃の剣を腰に刺し、一本角を額から生やす。
もう一方は屈強な肉付きに肩や背中を覆う髪、そして頭には丸っこい獣耳を生やしている。
「ここを拠点に活動する外道共がいたのは気づいておったが、森で火を扱うとは何を考えてござろうか」
「幻獣の森の木々達は炎を喰らうからよかったが、全く人間という輩は無知が多くて困るな親友」
「誰が親友でござるか!ついこないだまで縄張り争いに興じて追ったと申すに」
「今では知恵ある良きともでは無いか。其と共に人間の国を獲ろうぞ」
「拙者達は人間共が干渉してこなければなにもしないと、そう決めたであろう」
「いやー、これはもう干渉してきたとみてもいいのではないか?」
その容貌を見ればこの世界の人間でも誰でもわかる者はそう多くない。
一本角を生やす男はゴブリンやオーガ等、鬼系統の最上位の魔物。
屈強な肉体を持つ獣耳を生やすは、ジャイアントベア等、熊系統の最上位の魔物。
それぞれ種族名は悪神と呼ばれる、鬼神とカムイである。
この種族はどちらともSランクに指定される魔物で、一体で国が滅亡するレベルと言われている。
「それでもあの国全員を敵に回すのは骨が折れるでござる」
「某としては、警戒に値する人間はそうはおらぬと思うけどな」
「人間を舐めすぎだ。かつて拙者達は人間の童に煮湯を飲まされたのを忘れたでござるか!」
この2体は5年ほど前に、子供の人間にやられて命からがら逃げ出した個体だった。
そして幻獣の森の奥深くで、必死に修行を積み重ね、悪神と呼ばれるほどにまで進化を遂げた。
「だがのぉ。今や我々槍も強い個体など、この森にも数えるほどしかいないぞ?」
「そいつの言う通りよ」
カムイの声の後に、母性あふれる声と共に現れたのはこれまたSランクに指定される魔物フェンリル。
氷の狼と恐れられ、ライザー帝国の北に遥か遠くに位置する、ロックバンド商国で100年前に一度確認された限り目撃情報すらない。
国が一つ氷漬けになってしまったという伝承まであった。
そして更に後ろに追随する影もまた、人間達にとっては油断ならない魔物達がいる。
「姉御でござるか」
「わいもいるでごわす!」
「アタシもだ」
「俺達抜きで面白い話をするなんてダメっすからね」
現れた三体の個体とも、同じくSランクに指定される。
順に、キュクロープス、
サイクロプスと呼ばれる、奇怪な一つ目の魔物の進化系キュクロープス。
彼は鬼神が持つ片刃の剣を作成者であり、魔物ながらに武器を作る知恵を持つ。
その武器の能力自体がおかしなものが多いため、Sランクに指定されている。
次にアタシを一人称にする羽根の生えた少女はハーピィという人と鳥の合わさる魔物の進化系クピド。
ハーピィの時は腕がほとんど羽毛で覆われ、指も鳥と同じ爪しか持たなかったが、進化することで最も人に近い個体となり、空を飛べる人間と言っても差し支えない。
魔法や弓を得意とする個体で、ハーピィの時から言葉を発することができる事からも、非常に頭の良い種族だ。
更に強みがあり、Aランク以下の魔物を統率する種族魔法を使える為、魔物大量発生の比じゃない軍隊能力を持つ。
最後に、つい最近進化したばかりの魔物の新参者であり、見た目は幼い少年の姿をしている魔物は馬系統の進化系チーリン。
その姿は守りたくなる気持ちを彷彿とさせる。
しかしこの中では随一の防御力を誇る。
攻撃は最大の防御という様に逆も然り。
防御力が高い、たったそれだけで国がひっくり返ることもある。
そしてこれだけのSランクの魔物が1箇に集まるのは異常事態で、セバスの上司に当たる女性の言う様に危険と言って差し支えなく、人類の脅威と言える。
「姉御は人間の国を取るのには反対だと思っていたのでござるがな」
「えぇ、特に理由もなければ反対よ。クピドの彼女がいる以上、幻獣の森は安息の地なわけだけど、私達くらい知恵が身についていない魔物は、同じ魔物の私達でも危険なんだから」
「でも今は理由があると?」
「あんたバカ?森に火を放つのは、子供でもない限り危険だってわかるじゃないの。これは明確な敵対行為よ」
「んだんだ!いくらわいらにビビってるからってこの仕打ちはないごわす」
「俺もそう思うっす!」
「チーリン、オメェは何も考えてないだろぉ?某にはわかるぞ」
チーリンの頭をわしゃわしゃとするカムイに、それを気持ちよさそうに目を細めてされるがままのチーリン。
二人はまるで親子の様な関係だ。
「お前達はわかっているのでござるか?人間の国に攻め込むメリットなんか一つもないでござるぞ?」
「あら?力を示せば、彼らも何も言えないのではなくって?」
「姉御は脳まで筋肉で出来ているのでござるな」
「なんですって!」
「やる気でござるか!」
一触即発の空気を醸し出す二人に、その場にいる彼らは青ざめる。
二人が喧嘩をしたことが多々あり、その規模は恐ろしいもので、森がボロボロになった。
更に加え、それは魔力を一切使わないものであったため、肉弾戦だけでその惨状を作る二人を喧嘩させると碌な事にならないと言うのが、この場にいる全員の一致する思考となっている。
「よせオメェら!また森をボロボロにする気か!魔力が漂ってるから元に戻るとはいえ、他の奴らが困るだろうが!」
「うるさいでござる!一度は剣を交えなければ!治らない馬鹿には良い気付でござる」
「あら?私に勝つつもりなのね。生意気!」
「はぁ、全く。射るわよあんた達?」
クピドは矢に付与魔法を乗せる事を得意としていて、その威力はチーリンをも貫く。
当然、トップクラスの防御力を貫く矢を打つと言われたら二人も止めざるを得ない。
痛いことは二人とも嫌いだからだ。
「今回はこの辺にしとくでござる」
「そうね。それでどうするのかしら?」
「人間の国を攻め落とすってことでござるか?まだ様子見でいいでござろう。落とすにしてもどこから落とすんでござる?」
幻獣の森に一番近いのは、アルゴノート領でありライザー帝国だ。
一番最初の被害を受けるのはおそらく帝国であることが窺える。
「帝国とか言う国でいいでしょ?そもそも鬼神やカムイが、小鬼小熊時代に殺されかけたって言うのが、古代樹から見渡して一番近くに見えるあの街の子供でしょ?」
「子供に遅れをとるとか情けないでごわす」
「昔の話でぇ!んじゃ、今すぐ落とすか?」
「あ、待ってほしいっす!」
チーリンが静止をかける。
概ね賛成派だと思っていたのが、一人は乗り気ではないと思った鬼神は、我先にと言葉を発した。
「おぉ、チーリンも反対でござるか!そうでござるよな」
「いや違うっすから、勝手に仲間に入れないでほしいっすキモいっす」
キモいのその一言に鬼神は完全に撃沈してしまった。
不貞腐れて寝転び始める鬼神。
鬼神もそこまでして人間の国に攻め入るのを止めようとしていないこともあり、そのまま草を引っこ抜いて草笛を吹き始めた。
「俺の子分の奴らが、今進化しようとがんばってるっす!それまで待ってくれないっすか!」
「へぇ、貴方の子分って言ったら、大猿よね?」
チーリンの子分は大猿と言うAランクギリギリの魔物だ。
Aランクの中では最弱の魔物で、まだ言葉を発せないではあるが、チーリンはテレパシー能力を保持しており会話ができる。
そしてその子分が後少しで進化するから、それまでは猶予が欲しいと言うことだった。
Sランクの魔物、ハヌマンへと進化するのだ。
ハヌマンは魔法を得意とし、特に炎を操る種族特有の魔法を持つ。
「そうね。あとひと月くらい猶予があればいいかしら?」
「それだけあれば十分っす!感謝するっす!」
帝国民にとっては知らないところでひと月の猶予が出来たが、逆に言えばひと月後に7体のSランクの魔物が攻め込むことを意味している。
偶然とはいえ、きっかけがセバスの所属している組織によるもの。
ライザー帝国はこの組織によって、混乱の渦に何度も巻き込まれようとしている。
そして何の因果か、ひと月後はアルザーノ魔術学園は夏休みを迎えようとしている。
リアスは慎ましく平穏な暮らしを求めているといるのに、平穏な暮らしはまだまだ先となりそうだ。
入り口付近ではAランクの魔物がうじゃうじゃおり、奥に進むにつれ限りなくSランクに近いAランクの魔物がいる。
そしてその奥にはSランクの魔物がいるとされているが、現在は確認されていない。
そんな人類にとっては恐怖の象徴とも言える森に一つだけ、この静かに建つ小屋がある。
その静かな空間で小さな寝息を立てる男がいる。
ひたひたと落ちる雫の音だけが、静寂の部屋で音を鳴らしている。
しかし静寂というのは唐突に破られるものだ。
部屋の扉がきいきいと、壊れかけの扉が開かれる。
扉の主は、麗しい女性だった。
「珍しいですね。貴女がここに来るなんて」
「大層な御身分だ。潜入作戦に失敗しておいて」
「貴女は見えるから説明は不要です。ご存知の通り私は見事、ジノアにしてやられましたよ」
「ぬけぬけと。あれだけヒントをあげていたくせに」
「さぁどうでしょう?」
表情を崩すことなく、顔を洗いながら答える男。
女性は男性の対応に不快に思うこと無く、淡々と鼻を鳴らし壁へと寄りかかる。
「ふん!まぁいい。ここから撤収するから必要なものだけまとめて、この小屋は焼き払え」
驚いた顔をする男の名は、ジノアの元側近騎士セバス。
この小屋はセバスを含めたとある組織が、この国ライザー帝国での任務での、仮拠点のひとつとしてよく利用しているからだ。
ここを取っ払うという事の意味はすなわち、組織における仮拠点を捨てるということに他ならない。
「これはまた急ですね」
「任務を失敗した奴が物申すか」
「ここは帝都から一番近い拠点なのですよ?」
「近いと言っても帝都までかなりの距離があるじゃないか」
「ですが・・・」
セバスはどうしても組織がライザー帝国に対して身を引くという状況にするわけにはいかなかった。
彼の計画のためにも、まだ終わるわけにはいかないのだ。
「安心しなさい。ライザー帝国にはまだまだ甘い汁を啜らせていただく予定だ」
そっと胸を撫で下ろすサバス。
上司らしき女性は、彼の事情を知っているため微笑を浮かべる。
「ここから退居する理由は何かあるのでしょう。が、他に仮拠点は準備できているのでしょうか?」
「新たなる仮拠点については問題ない。そしてここから退居する理由は、この幻獣の森であることが起きたからだ」
「あることとは?」
「魔物達が次々と進化を繰り返す、進化の楽園祭が起こっている」
進化の楽園祭とは複数の魔物が次々と進化に次ぐ進化を繰り返している現象を指す。
その規模は最弱の魔物、ゴブリンからAランクの魔物のジャイアントベアまで様々だった。
「中には鬼神やカムイも確認されたらしい。我々は流石に危険と判断したと言うわけだ」
鬼神はゴブリンやオーガといった鬼系の進化系で悪神にあたる。
カムイも同様に悪神に当たり、進化系統は熊系の魔物、ジャイアントベアなど上げられる。
どちらもSランクの魔物で、被害は相当なものになると考えられた。
「なるほど、それはかなり危険な状況ですね。今こうして止まっているのもまずそうだ」
「是だ。速やかに撤収する」
「他の方々にも通知は出しているので?」
「あぁ、そのことだがな。忌々しいことにヒャルハッハ王国側で活動をしていた奴らは全員死亡した」
その言葉にセバスは驚愕の表情を隠せない。
ヒャルハッハとライザー帝国は隣国であり、活動拠点になる場所は同じなのだ。
セバスは潜入任務としてライザー帝国に常駐であったため、ヒャルハッハへと赴く機会は少なかったが、同僚達が全滅するとは夢にも思わなかったのだ。
両国は粒揃いな人材を持つものの、組織の人間もまた粒揃いであり遅れを取るはずがないと居たからだ。
「やられたよ。神話級の精霊とは、本来あれほどなのだな」
「神話級の精霊、ですか?恐れながら申し上げます。神話級の精霊は私も目の前で実力を見ましたが、とても我々を全滅に持って行けるようには見えませんでした」
「だろうな。ヒャルハッハ王国の神話級の精霊を見たからわかるが、彼らは気を遣って魔法を行使している」
「と、言うと?」
「彼らは包囲網が硬すぎて、我の目では見えない」
右目を押さえながらそういう彼女の名前は、セバスすらもしらない。
唯一知る能力に千里眼の様な物があることだけはわかるも、その能力の詳細は教えられておらず、素性すらもわかっていない。
「そうですな。懐に入るまでは出来ましたが、警戒に至っては貴女と同様に隙を見せない」
「こんなにもわかりやすい女性もいまい。まぁ我は仕事をしてくれれば信頼など要らんからいいがな」
彼らの関係は、リアスの前世の日本で言うところの契約社員だ。
セバスは彼女に雇われており、お互いの利害が一致したため所属したそれだけの話。
「食えない方だ」
「そのまま返すよ赤い悪魔」
「お戯れを」
「まぁ最悪ライザー帝国が滅ぶ可能性もあるが、構わないな?」
「ふふ、貴女が言ったことが本当ならば、Sランク程度の魔物など、どうということもありますまい」
女性は笑みをこぼしながら、女性が残していた荷物を片している。
最も彼女はほとんどここを訪れていないため、荷物など抱える程度しか無かった。
「さて、では早々に退去致しましょう。準備は出来ています」
「ん?我の見た感じ、何かをしているようには見えなかったがな。荷造りはいいのか?」
「死人の持ち物は燃やしても構わないでしょう。そして私の持ち物もここにあるだけでもう必要はありません」
セバスはポケットから一枚の写真を取り出す。
それはかつての主の写真。
ジノアが生まれてセバスに抱えられている写真だった。
セバスはアルバートが生まれる前から皇族に仕えていた。
アルバートは父である愚帝の正確を色濃く強く受け継ぎ、ガランはそんな二人を崇拝していた。
しかしジノアだけは他の兄弟とは違い、まっすぐに正しく育った。
セバスにとって、彼の存在は紛れもなく救いだった。
(貴方が皇帝になったら、きっと良い国になるでしょうね・・・)
「ふふっ、今更ですね」
「ん?それはジノアか」
「えぇ、思えば長い潜入任務でした。憎き皇族に仕えるのは苦痛でしたよ・・・」
そして笑いながらその写真を地面へと落とした。
その写真のセバスの笑顔は屈託のない本物の笑顔だった。
それをここに置いていくと言うこと、それはジノアとの決別を意味している。
「さぁ、燃やしてください」
ビデオカメラに対応出来る幻惑魔法を作らない限り、ライザー帝国へは二度と潜入任務を行うことができない。
どのみちもう戻ることはできない。
「後悔しないな?」
「えぇ」
「それではこの仮拠点は破棄する」
セバスと女性が小屋から退出後に、女性が指を鳴らし燃やし尽くした。
次には二人の姿は消えさり、あとに残るは激しく燃える小屋と生い茂る森。
引火してあわや大惨事と思える状況だが、女性はそのことも予めわかっていての行動だった。
幻獣の森では山火事が起きることは無い。
何故なら、この森の木々達は炎を吸収するからだ。
だから残るのは、灰となる小屋一つだけ。
燃え上がる炎は次第に強さを弱めていき、やがて沈黙した。
灰だけの残る小屋に人影らしき姿が二つ現れる。
一つは片刃の剣を腰に刺し、一本角を額から生やす。
もう一方は屈強な肉付きに肩や背中を覆う髪、そして頭には丸っこい獣耳を生やしている。
「ここを拠点に活動する外道共がいたのは気づいておったが、森で火を扱うとは何を考えてござろうか」
「幻獣の森の木々達は炎を喰らうからよかったが、全く人間という輩は無知が多くて困るな親友」
「誰が親友でござるか!ついこないだまで縄張り争いに興じて追ったと申すに」
「今では知恵ある良きともでは無いか。其と共に人間の国を獲ろうぞ」
「拙者達は人間共が干渉してこなければなにもしないと、そう決めたであろう」
「いやー、これはもう干渉してきたとみてもいいのではないか?」
その容貌を見ればこの世界の人間でも誰でもわかる者はそう多くない。
一本角を生やす男はゴブリンやオーガ等、鬼系統の最上位の魔物。
屈強な肉体を持つ獣耳を生やすは、ジャイアントベア等、熊系統の最上位の魔物。
それぞれ種族名は悪神と呼ばれる、鬼神とカムイである。
この種族はどちらともSランクに指定される魔物で、一体で国が滅亡するレベルと言われている。
「それでもあの国全員を敵に回すのは骨が折れるでござる」
「某としては、警戒に値する人間はそうはおらぬと思うけどな」
「人間を舐めすぎだ。かつて拙者達は人間の童に煮湯を飲まされたのを忘れたでござるか!」
この2体は5年ほど前に、子供の人間にやられて命からがら逃げ出した個体だった。
そして幻獣の森の奥深くで、必死に修行を積み重ね、悪神と呼ばれるほどにまで進化を遂げた。
「だがのぉ。今や我々槍も強い個体など、この森にも数えるほどしかいないぞ?」
「そいつの言う通りよ」
カムイの声の後に、母性あふれる声と共に現れたのはこれまたSランクに指定される魔物フェンリル。
氷の狼と恐れられ、ライザー帝国の北に遥か遠くに位置する、ロックバンド商国で100年前に一度確認された限り目撃情報すらない。
国が一つ氷漬けになってしまったという伝承まであった。
そして更に後ろに追随する影もまた、人間達にとっては油断ならない魔物達がいる。
「姉御でござるか」
「わいもいるでごわす!」
「アタシもだ」
「俺達抜きで面白い話をするなんてダメっすからね」
現れた三体の個体とも、同じくSランクに指定される。
順に、キュクロープス、
サイクロプスと呼ばれる、奇怪な一つ目の魔物の進化系キュクロープス。
彼は鬼神が持つ片刃の剣を作成者であり、魔物ながらに武器を作る知恵を持つ。
その武器の能力自体がおかしなものが多いため、Sランクに指定されている。
次にアタシを一人称にする羽根の生えた少女はハーピィという人と鳥の合わさる魔物の進化系クピド。
ハーピィの時は腕がほとんど羽毛で覆われ、指も鳥と同じ爪しか持たなかったが、進化することで最も人に近い個体となり、空を飛べる人間と言っても差し支えない。
魔法や弓を得意とする個体で、ハーピィの時から言葉を発することができる事からも、非常に頭の良い種族だ。
更に強みがあり、Aランク以下の魔物を統率する種族魔法を使える為、魔物大量発生の比じゃない軍隊能力を持つ。
最後に、つい最近進化したばかりの魔物の新参者であり、見た目は幼い少年の姿をしている魔物は馬系統の進化系チーリン。
その姿は守りたくなる気持ちを彷彿とさせる。
しかしこの中では随一の防御力を誇る。
攻撃は最大の防御という様に逆も然り。
防御力が高い、たったそれだけで国がひっくり返ることもある。
そしてこれだけのSランクの魔物が1箇に集まるのは異常事態で、セバスの上司に当たる女性の言う様に危険と言って差し支えなく、人類の脅威と言える。
「姉御は人間の国を取るのには反対だと思っていたのでござるがな」
「えぇ、特に理由もなければ反対よ。クピドの彼女がいる以上、幻獣の森は安息の地なわけだけど、私達くらい知恵が身についていない魔物は、同じ魔物の私達でも危険なんだから」
「でも今は理由があると?」
「あんたバカ?森に火を放つのは、子供でもない限り危険だってわかるじゃないの。これは明確な敵対行為よ」
「んだんだ!いくらわいらにビビってるからってこの仕打ちはないごわす」
「俺もそう思うっす!」
「チーリン、オメェは何も考えてないだろぉ?某にはわかるぞ」
チーリンの頭をわしゃわしゃとするカムイに、それを気持ちよさそうに目を細めてされるがままのチーリン。
二人はまるで親子の様な関係だ。
「お前達はわかっているのでござるか?人間の国に攻め込むメリットなんか一つもないでござるぞ?」
「あら?力を示せば、彼らも何も言えないのではなくって?」
「姉御は脳まで筋肉で出来ているのでござるな」
「なんですって!」
「やる気でござるか!」
一触即発の空気を醸し出す二人に、その場にいる彼らは青ざめる。
二人が喧嘩をしたことが多々あり、その規模は恐ろしいもので、森がボロボロになった。
更に加え、それは魔力を一切使わないものであったため、肉弾戦だけでその惨状を作る二人を喧嘩させると碌な事にならないと言うのが、この場にいる全員の一致する思考となっている。
「よせオメェら!また森をボロボロにする気か!魔力が漂ってるから元に戻るとはいえ、他の奴らが困るだろうが!」
「うるさいでござる!一度は剣を交えなければ!治らない馬鹿には良い気付でござる」
「あら?私に勝つつもりなのね。生意気!」
「はぁ、全く。射るわよあんた達?」
クピドは矢に付与魔法を乗せる事を得意としていて、その威力はチーリンをも貫く。
当然、トップクラスの防御力を貫く矢を打つと言われたら二人も止めざるを得ない。
痛いことは二人とも嫌いだからだ。
「今回はこの辺にしとくでござる」
「そうね。それでどうするのかしら?」
「人間の国を攻め落とすってことでござるか?まだ様子見でいいでござろう。落とすにしてもどこから落とすんでござる?」
幻獣の森に一番近いのは、アルゴノート領でありライザー帝国だ。
一番最初の被害を受けるのはおそらく帝国であることが窺える。
「帝国とか言う国でいいでしょ?そもそも鬼神やカムイが、小鬼小熊時代に殺されかけたって言うのが、古代樹から見渡して一番近くに見えるあの街の子供でしょ?」
「子供に遅れをとるとか情けないでごわす」
「昔の話でぇ!んじゃ、今すぐ落とすか?」
「あ、待ってほしいっす!」
チーリンが静止をかける。
概ね賛成派だと思っていたのが、一人は乗り気ではないと思った鬼神は、我先にと言葉を発した。
「おぉ、チーリンも反対でござるか!そうでござるよな」
「いや違うっすから、勝手に仲間に入れないでほしいっすキモいっす」
キモいのその一言に鬼神は完全に撃沈してしまった。
不貞腐れて寝転び始める鬼神。
鬼神もそこまでして人間の国に攻め入るのを止めようとしていないこともあり、そのまま草を引っこ抜いて草笛を吹き始めた。
「俺の子分の奴らが、今進化しようとがんばってるっす!それまで待ってくれないっすか!」
「へぇ、貴方の子分って言ったら、大猿よね?」
チーリンの子分は大猿と言うAランクギリギリの魔物だ。
Aランクの中では最弱の魔物で、まだ言葉を発せないではあるが、チーリンはテレパシー能力を保持しており会話ができる。
そしてその子分が後少しで進化するから、それまでは猶予が欲しいと言うことだった。
Sランクの魔物、ハヌマンへと進化するのだ。
ハヌマンは魔法を得意とし、特に炎を操る種族特有の魔法を持つ。
「そうね。あとひと月くらい猶予があればいいかしら?」
「それだけあれば十分っす!感謝するっす!」
帝国民にとっては知らないところでひと月の猶予が出来たが、逆に言えばひと月後に7体のSランクの魔物が攻め込むことを意味している。
偶然とはいえ、きっかけがセバスの所属している組織によるもの。
ライザー帝国はこの組織によって、混乱の渦に何度も巻き込まれようとしている。
そして何の因果か、ひと月後はアルザーノ魔術学園は夏休みを迎えようとしている。
リアスは慎ましく平穏な暮らしを求めているといるのに、平穏な暮らしはまだまだ先となりそうだ。
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